落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
しんと静まった石階段に、私たちの足音だけが響く。ただ沈黙だけが私とシロの間を行き交う。私は特別お喋りな方でないし、シロも無口な性質だ。こういう静寂はよくあることだった。
私たちは黙ったまま、ひたすら階段を降りていった。
ここから更にどこかへ繋がるのだとしたら、それはラシューカ人の暮らしていた地底の街だ。レザンが水に沈めていたが、残っているところもあるのだろうか?
階段が終わると、石造りの長い通路が続いていた。床は水浸しだが、靴底が浸る程度なので歩くには問題はなさそうだ。
「どこまで続いてるんだろう……?」
先の見えない通路を見て、私はつぶやく。小さい声だったつもりが、意外にも音は響き渡った。ラシューカの地底の街には王城があった。もしかしたらこれは王族の緊急用避難路だったのかもしれない。それか、ルベラ人が作った避難用通路だったか。
水音を立てて進めば、やがて出たのは地底湖を上の方から見下ろせる崖だった。湖の真ん中に街がある、あの地底湖である。しかし、あの時と見える景色は全く異なる。
「街が……」
シロが掠れた声でつぶやいた。
街は湖に沈んでいた。私たちがレザンに出会った場所も、水に沈んでいる。透き通るような青い水の中に、美しく白い街が揺らめいていた。
すべてを水に沈めた、レザンの気持ちは、どんなものだったのだろうか。
「……ここ、もしかして水が通っていたのかな」
ずっと歩いてきた通路を振り向き、私は言う。見たところ、地底湖の壁に開いた横穴のようである。ここから流れてきた水を、地底湖に貯めていたのかもしれない。
「そうかも知れないな。それで、どうするマスター。実質行き止まりのようなものだが」
「大丈夫。私にいい考えがある」
「それは失敗フラグでは?」
「ばっか、コ○ボイ司令官がコレ言って作戦が失敗したのは最初の一回だけで、後の四回は成功してんだよ」
「俺たちの一回目は今からだがな……」
シロの呆れた声は聞き流して、私は軽い足取りで崖から飛び降りた。能力を使い、水に入る寸前、自分たちの周囲に空気の膜を張る。
透明な球体に包まれるように、私たちは水中に立っていた。シロは驚いたようで、ぎゅっと私の腰に抱きついている。
「……やる前に言ってくれ」
「ごめん。ニコイチでツーカーのマブだから分かると思って」
「もう絶交だ」
拗ねたように答えるシロに私は苦笑した。
私は改めて球体の中から外を見る。水族館にある水中トンネルにも似た光景だ。見たことのない魚のような生き物が球体の外を行き交っていた。自然光しか入ってこないため、それより少し暗いが。
水質が綺麗なようで、ずっと向こうまで見えた。水の中で見る地底の街は、白い壁が水中特有のぼやけた光に照らし出されて、幻想的で美しい。
私たちの体は、球体ごと水中を動いていく。カモノハシに似た大きな水生生物が、こちらには目もくれずに球体の横を横切っていったり、水底に蛍火のようなほのかな光がいくつも灯っていたり。
私は楽しみながら、水に沈んでしまった街へと近付いた。
街の上を通り、やがて以前レザンに案内された城へ。流れ込んだ水によってぼろぼろだったカーペットや旗の類が流されていたり、調度品が天井に引っかかっていたりするが、建物自体が崩れている場所は見たところなさそうだった。
私たちは城の図書室を訪れる。前に来たときはその広さと蔵書数に感嘆の声を上げただけで、結局数冊しか読むことが出来なかった。
相変わらず図書室は学校の体育館など軽く収まってしまう程度の広さを誇っており、当然ながらそこに収めてある書物の数は計り知れない。
「水中で読書をする気か?」
「読書はもっと落ち着けるところでしたいかなぁ。この本も、沈めたままにするのはかわいそうだし」
私はぐるっと図書室の中を見回した。
「とりあえずここが崩れてないってことが分かれば良いよ。地上に戻ろう」
そう言って、私はスリングリングで光のゲートを作り、ラシューカ星の地上へと戻る。
レザン曰く、ルベラと呼ばれていたらしいルベラ人の街の残骸を見回す。この街に、図書館のようなものは無かったという。
移住してきてそう時間も掛からずに戦争が始まったせいで、そういった施設を作る余裕は無かったのだろう。軍の地下にあった書庫の本を焚書していなかったのは、知性がかけらでも残っていたということの証だろうか。
私は中心部の公園近くの土地に目を付けた。崩れた建物を使えば建材はなんとかなる。重いものも能力を使えば問題ないし……。
「……マスター、何を考えている?」
「相棒なら、分かるでしょ?」
気乗りしていない様子でこちらを見上げるシロに、私はにやりと笑いかけた。
「――ここを、図書館予定地とする!」
◇
前世だかいつだかの記憶が役に立った。建築知識を引っ張り出した私は頭に浮かんだ図書館のイメージをホログラムとして出現させ、簡単に図書館の設計を済ませた。
その後は簡単だ。元々その場所にあった建物を解体し、その建材をそのまま設計した図書館の形に組み替えていく。能力を使えば簡単で、ものの数時間で作業は終わった。
外観はいたってシンプルな正方形だ。中央に階段があり、そこから行ける各階のフロアに本棚が並んでいる。最上階はガラスのドームにして、昼間は採光に、夜は夜空が楽しめるようになっている。
「エレベーターは付けないのか?」
「……忘れてた」
「……」
この星に建築基準法は無いしな。
さて、まあ、それは置いといて。
大変だったのは図書館建設より水没した本の移動と修復である。素直に魔術でゲートを繋げると水がバシャーだ。そのため、魔術とイマジェンの魔法をフルに活用する事となった。
先程潜水した時のように空気の膜を張って、魔術で地上と水没した図書室を繋げ、改めて本の場所を確認。その上で本を地上へと瞬間移動させた。そして、地上の私たちの前に現れた本をレパロ――ハリポタシリーズに出てくる修復呪文――に似せて組んだ術式で修復した。
量が多いので何度かに分けて作業したが、すべての作業は数日で終わらせられた。新しく出来た図書館には、地下に暮らしていたラシューカ人と、地上に暮らしていたルベラ人それぞれの蔵書がすべて収まっている。
最上階から下階に収められた本棚を眺めて、私は達成感と共に多少の寂しさを覚えた。
「レザンは、この星にいつかまた来るかなぁ」
「……さてな」
今は刑務所にいるあの美しいラシューカ人を思ってつぶやいた。
私のラシューカ語のメモは、彼に渡されただろうか。渡されるときが来るだろうか。故郷の言葉を読むことが出来ずに嘆いていた彼が、いつかここにある本を読めたらいいな、と思う。
寝っ転がれば、ドーム状になったガラスの天井の向こうには星空が広がっている。この星へ遊びに来て何度目かの夜だ。
「明日も忙しいな」
「うん。調べたいことは山積みだ」
日本の家から魔術でブランケットを引っ張り出した私は、そのままシロと寝転んでしばらく星を眺めていた。
◇
それから私たちは、ラシューカ星と地球とを何度も魔術で行き来して、資料を読み進めていった。
そうして分かったのは、ラシューカ人は数百万年前から存在する種族で、アスガルド人と同じく長命であったこと。
元々地下で生まれたラシューカ人はいわゆるアルビノが生まれやすい遺伝子を持っていたようだが、その代わり魔法を使う能力に加え特殊な視覚を持っていて、暗闇でも問題なく生活出来たとか。
ルベラ人が地上で暮らすようになるまではほとんど地下で暮らしていたらしく、もしかしたら地球人とは体の仕組み自体も違う部分が多かったのかもしれない。
「魔法核は亡くなったラシューカ人の遺物……これはレザンが言っていたことと同じだよね。――ね、この記述ってシロさんのことだよね。マンドルってラシューカ人が遺した、唯一の生命体型の魔法核」
「マンドル……」
レザンの父親の手記にも同じ名前を見つけた。シロは私の横から私が読む資料を興味深げに覗き込んだ。
「何か覚えてる?」
「いいや、全く。秘めた記憶を思い出しかけて頭痛、なんて兆候もないな。残念ながら」
「そっか」
マンドルが生きた時代は主に二、三千年前だと書いてある。もしもシロさんが覚えていれば、それほど前のラシューカ星の様子も分かったかもしれないが……。
ん?
「マンドルさんが亡くなったの、大体千から二千年くらい前っぽいけど、シロさんってそのくらいの年齢ってコト?」
「記憶はないが、そう言う事になるな」
ソーより年上か、タメぐらいだろうか。
記憶の有無で言えば、シロは二十代くらいだと思うけれど。……老けた二十代だな。
「今失礼な事を考えただろう、マスター」
「そんなことないよ」
前世の記憶云々を入れれば、私も人のことは言えない身だ。年齢詐称同士お似合いかもしれない。
資料の中には魔法核をラシューカ人以外が手にした場合についての研究内容が書かれたものもあった。
ラシューカ人が魔法核を取り込めば、亡くなった人の魔法知識や魔力を引き継ぐことが出来る。
ラシューカ人以外――つまり地球人とかルベラ人の場合どうなるかというと、魔法核は手にした人物にとっての外付けの脳、そして臓器となる。魔力を事象へ変換する脳の神経回路であり、エネルギーを魔力へと変換するための臓器なのだ。
シロとの契約を切った場合(そもそも切れるのか分からない。記述がない)、その外付けした臓器を切り離す訳だけど……今更ながら問題ないのだろうかと思えてきた。
「マスター? どうかしたか?」
「いやぁ……この期に及んでって話だけど、悪魔との契約に近かったのかもなって思って」
「……まあ、否定はしないな」
半ば騙されたような形で契約結んだし。一度縁を結んだら、ハイ切ったって別れられるもんでもないし。
「……後悔しているか?」
「してないって言えば嘘になるけど。でも、私シロさんのこと好きだし。それに、今更引き返したりしないよ」
読み終えた本を閉じて、私は立ち上がる。魔術で所定の棚へゲートを繋げ、本を戻す。
「そろそろ地球に戻ろうか」
「そうだな」
すっかり慣れた動作を反復する。空中を丸くなぞれば、オレンジの火花が地球へ繋がるゲートを作る。
本を戻す時よりも大きく作ったそれを片足跨ぐと、後ろからシロに呼ばれた。私は片足だけ地球に戻ったまま、シロを振り向く。
「マスター、俺も、君と同じ気持ちだ」
真剣な表情、真剣な声でシロはそう言った。
「知ってるよ」
私は頷き、笑った。