落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
第三章-1「嵐の幕開け」
光陰矢の如しとはよく言ったもので、ニューヨークにチタウリの軍が現れてから、地球は二度目の年越しを迎えた。
あと三ヶ月もすれば私は高校卒業で、その後は通信制の大学に入学する予定だ。願書受付もまだなのだけど。
アベンジャーズの一員として戦ったと言う名の海外経験を活かすというか、まあ色々と考えて語学系の勉強をしたいと思っている。ラシューカ語の研究をしたこともあって、色々な言語に興味があるので。
さて話は変わって。随分前にS.H.I.E.L.D.へ入るつもりはないとフューリーに言った私ではあるが、時折依頼を受けるという形でエージェントっぽい仕事もしている。
任務は様々だ。戦闘があるものから、
組み込まれるチームも様々で、キャップ率いるS.T.R.I.K.E.チームに組み込まれたり、それとはまた別のチームに組み込まれたり、多岐にわたる。
どうやらS.H.I.E.L.D.に、安定して使える便利な能力者は少ないらしい。
そんな一月のある日。
とある用件でフューリーと話をした後、私とシロはスミソニアン博物館で現在開催中の、キャプテン・アメリカの特別展示を見に来ていた。とは言えシロにはぬいぐるみに変化してもらっているため、表立ってしゃべることは出来ないが。
人の邪魔にならない端っこで、前世からの推しスーツであるハウリング・コマンドーズ時代のキャプテンのスーツを舐め回すように見つめ、簡単にスケッチしていた私は、キャプテン・アメリカ本人から肩を叩かれた。
「キャ、ス、あ、えー……さ、サー……」
「スティーブなんていくらでもいるよ、ユーリ」
「そうだった……」
気づけばキャプテン呼びが定着しつつあったせいで、思わずそう呼んでしまいそうになった私は、なんと呼べばいいのか分からずに「
そんな私に、スティーブは苦笑して、私も苦笑で答えた。
「まさかここで君に会うなんてね」
「それはこっちのセリフだよ。騒ぎにならなかった?」
「なりかけたよ」
肩を竦めるスティーブ。
あれだな、じっと見つめる男の子に、人差し指でしーっ、てジェスチャーして微笑むやつ! くそっ、見たかった!
「シロは? 今日は一緒じゃないのか?」
首を傾げるスティーブに、私は肩に掛けていたバッグから顔を出しているテディベアを指差した。
「……人前では喋れないのだ」
「……なるほど」
声を落として答えるシロに、スティーブは苦笑交じりに頷いた。
「それにしても、随分熱心に見てたな。……スケッチまでして」
からかいを含んだ声でスティーブは言う。私はそれを睨み、口を尖らせた。
「あの衣装デザイン好きなの。カラーリングとか、かっこいい」
「そう? ありがとう。自分でデザインしたんだ」
「そうなの? センスいいんだね」
……私目線で〝格好良くてセンスがいい〟だから、他の人にとってはダサいのかもしれないけど……いや、『ザ・ファースト・アベンジャー』のキャプテンのスーツは格好良いよ。わかんない人はわかんないままでいいよ。一生口を閉じていて。
「あの盾、昔使ってたやつ?」
私は展示のキャプテンが持っている、星条旗柄のカイトシールドを示す。
第107連隊を助ける時に使っていたのもあんなだった気がするが、本物だろうか? 材質はブリキだろうか。鉄より硬くて丈夫なブリキだそオメェってことか。
「あれは作り直した新品じゃないかな。ステージで使っていたやつは初任務でぼろぼろになったから」
「よく生きてたね」
「はは、本当にな」
スティーブはなんてこと無いように笑った。
この人もなかなか、割とイかれてんな。いや、アベンジャーズメンバー大体そんなんか? アイアンマンは「作戦はある。戦う」とか言うし、ソーは筋肉三段論法の提唱者だし。バナー博士は「いつも
まともなのは僕だけか?
「特攻野郎
「ん? 何か言った?」
「何でもない」
一応特攻するだけじゃないもんね。作戦あっての特攻だもんね。
それから、私とスティーブは示し合わせたわけでもなく、並んで展示を回り始めた。
「〔スティーブ・ロジャースとバッキー・バーンズは、幼馴染で、良き相棒でした。学校でも、そして戦場でも〕」
ガイドアナウンスが流れる。透明な板に、白い線でバーンズ軍曹の写真ともっと詳しい説明書きが書かれていた。その前で、スティーブがゆっくりと足を止めた。
「〔バーンズは、ハウリング・コマンドーズの中で唯一、戦争中に命を落とした人物です〕」
そばに置かれたモニターには当時の映像が映っており、スティーブとバッキーが楽しそうに談笑する姿があった。
「……格好いい人だよね。ハンサムで」
「……ああ。女の子にモテてた」
「好きな人取られた?」
「嫌な思い出だ」
「はは」
私の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をするスティーブ。声こそ明るいが、その目は寂しそうに揺れていた。
私たちはそれから、若い頃のペギー・カーターへのインタビュー映像だとか、他の展示を一緒に見て、博物館を後にした。
「ロマノフに、」
スミソニアン博物館前の通りを何となく並んで歩いていれば、ふとスティーブが口を開いた。その足はややあってから止まる。私はスティーブにとって一歩分、私にとっては一歩半分歩いたところで止まって、スティーブを振り向いた。ナターシャがどうしたのだろう。
「ロマノフに、よく女の子を紹介される」
「ああ、うん」
映画の中でも、そんなシーン見たっけ。実際、私が任務に同行した時もそんな感じの話をしていたことがあった。
「休日に、その子を誘ってみろって言われるんだけど、なんというか……そういうのはしっくりこなくて、誘ったことは無い」
心の片隅で「こじらせてるなぁ」と思ったり、「若干嫌味に聞こえるな」と思ったりもしたが、私は黙って相槌を打つ。
「……みんな、僕が
「……ホームシックみたいに、帰りたくなる?」
スティーブがあんまりにも苦しそうに話すから、私はつい、言葉を引き継いだ。
無意識にだろう、落とされていたスティーブの視線が、こちらを向く。スティーブは頷いた。
死ぬ気で戦って意識が飛んで、やっと気が付いて目が覚めたら、そこは七十年後。生きていた頃の流行はヴィンテージになっていて、知り合いはほとんど生きてはいない。
……いっそ死後の世界だった方がマシって、思っちゃうのかもしれない。だって彼は、キャプテン・アメリカの肩書を持っただけの、ただの二十代の若者だ。
前世があったところで、私にそんな浦島太郎みたいな経験はないから、分かってあげることは出来ない。
慰めを言う事は簡単だ。でも多分スティーブは、そんな言葉はもうたくさん貰って、あふれかえって、嫌気がさしてるのだろう。そして、嫌気がさしている自分も嫌なのだろう。スティーブは優しいから。
「……虹の彼方は、カンザスにはならない。どうやったって」
私の言葉を、スティーブは黙って聞いていた。空飛ぶサルが分かったなら、このたとえも分かるはずだ。
「きっと、私がおばあちゃんになるまでこの国で暮らしたとしても、この国が好きでも、私のカンザスは日本にある。スティーブも、同じだ」
私は一歩、スティーブに歩み寄った。
「それは、誰のせいでもない。仕方のないことなんだ」
手を伸ばして、そっとスティーブの腕を撫でた。そこに傷がある訳でもなければ、そこから彼の悲しみが癒えていく訳でもなかったけれど。
「仕方が、ないんだよ」
◇
スティーブと別れた私は、キャプテン・アメリカの特別展示があった『航空宇宙博物館』以外のスミソニアン系列の博物館を巡り、帰路に就いた。
監視の都合上、ワシントンD.C.への出入りをする場所はS.H.I.E.L.D.が用意したアパートの中でするようフューリーから言われている。
本当はS.H.I.E.L.D.本部内にするよう言われたのだけど、私が嫌がった。だってあそこの人たち、一般人より空気がピリッとしてんだもん。
その
「もしかして『
こんな早い時期だったか? 映画の中でみんな薄手の格好しているように見えたから、もう少し後なのかと思っていた。
さっき外で話している時、ジャケットの前開けて平然としているスティーブの前で、丈の長いコートにマフラーまでしてる私ばかみたいだとチラっと思ったけど、代謝的な意味でおかしいのは多分スティーブだ。普通に寒いよ今日。
もう少しエキストラの格好を気にするべきだったか。いや、エキストラもそんな恰好ではなかったような……。
「マスター?」
「……もしかしたら、今夜野宿かも」
立ち止まった私を訝しんで、シロが声を掛ける。それを見下ろして、私は答えた。S.H.I.E.L.D.が用意したアパートは、スティーブの住むアパートと同じで、一つ部屋を挟んで隣だ。
スミソニアン博物館で展示を見たスティーブは、その後ペギー・カーターに会い、サム・ウィルソンに会い、夜になって帰宅する。
帰宅した部屋で待っていたのはニック・フューリー。フューリーと話している最中に襲撃を受け、スティーブはウィンター・ソルジャーと対峙、事態が大きく動き出すこととなる。
私は街灯の下を足早に歩き出した。最悪の場合、数日間家に帰れない。
アパートの前には警察車両が停まっていた。上を見れば私たちに用意された隣の隣の部屋――つまりスティーブの部屋の窓が破られていて、向かいのビルの窓も破られてるところがあった。
多分簡単にはアパートの中に入れないよな。
そもそも私――今日フューリーと会っている。もしかしたら、日本の自宅もヒドラに押さえられているかも。迂闊に向こうに戻ってスティーブたちと連携が取れないのは多分悪手だ。
「キャプテンの身に何かあったのかもしれない」
「……一旦離れよう」
シロの言葉に、私は静かな声で答えて踵を返した。叔父に、数日日本に帰れないかもしれないとメールを打つ。畜生、私の出席日数が。三年間無遅刻無欠席だったんだぞ。
私は道幅こそ車も通れるほどに広いが、人のいない薄暗い路地へと入った。
それほど長くない路地の先から、黒い車が何台も入ってきて、道を遮るように停まる。ドアが開き、S.H.I.E.L.D.の武装をしたエージェントたちが出てくる。背後からも、同じ音が響く。
「……マスター」
「うん」
低い声でシロが私を呼び、入っていたバッグを飛び降りながら熊の姿に戻った。警戒をしろと言外に言うその声に対し、私は頷く。
「こんばんは、ユーリ・タカムラ。いや、レディ&テディと呼んだほうが良いか?」
数人が一定の間隔を保ち広がって、小銃をこちらに向ける。ちらと後ろを確認すれば、後ろも似たようなものだった。
口を開いたのは最初に車から出てきた男だ。この部隊を率いているのだろう。唯一顔を隠していない。明るい茶髪を短く刈った、スラブ系かな。そんな感じの白人男。名前は知らないが、いつかの任務で見た顔だった。
「穏やかじゃないけど、何の用? S.H.I.E.L.D.に狙われる理由は……まあ多少思い当たるけど、それが理由なら今更すぎる」
分かっていないふりをして私は言った。名前も覚えてない男だが、こいつもヒドラだったりするのだろうか。
母の死で怒りに任せてあの女を殺そうとしたときも、黙って何日か地球を空けたときも、フューリーは私を武装集団で囲み研究所に連行することだって出来た。けれどそれはしなかった。そう考えるとフューリーってとっても優しいかも。
「ユーリ・タカムラ及びシロ。君たちには捕縛もしくは殺害命令が出ている。俺たちだけじゃない。他のエージェントも、君たちを狙っている」
「フューリー長官の命令じゃないな。誰の命令だ」
淡々と言い放つ男に、私は硬い響きの声で尋ねる。ワントーン下がった声に、エージェントたちは警戒を強めた。
「理由は問わない、上官の命令は絶対。知っているだろう、タカムラ。抵抗せず、捕まって貰えるとありがたいんだがな。知り合いを力づくで連行するのは気が引ける」
知り合いなんて言われても、こっちは向こうの名前も知らない。それに、ここには私たちの能力を縛るものもなければ、超能力者がいるわけでもない。
「……ねえ、こうやって囲んで、銃突きつけて、怖い顔してさ。脅迫しているつもりなの?」
ため息を一つ落とす。私は挑発するように笑って、小首を傾げた。その笑みに、男はたじろいだように半歩下がる。
「脅迫ってのは、強いやつがやるもんでしょ」
「っ、撃て!」
黙って捕まる気はないと意思を示せば、男はすぐさま命令を下した。判断の速さは良い。でも間違っていた。
私は片手を挙げる。あるはずのない磁場が展開し、エージェントたちの撃ち放った銃弾が方向を変え、彼らの脚へと吸い込まれていく。
「ぐあぁっ!」
そこかしこから悲鳴が上がる中、私はホッキョクグマほどの大きさになったシロの上に乗っていた。脚を抑えて倒れ伏したエージェントたちの中、唯一無傷の男を私は見下ろす。
「前触れなく狙撃でもすればよかったのに」
私のつぶやきを、男は聞いていただろうか。シロが横なぎした腕に吹き飛ばされて、男は壁へと叩きつけられ動かなくなった。
「……殺してないよね?」
「多分な」