落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
窓に取り付けたレースのカーテン越しに、家の前の道路を見る。道路には車が止まっていて、黒いスーツ姿の人たちが数人見受けられた。そのうちの二人は、見覚えのある顔だった。
一人は襲い掛かってきたメカから私を助けてくれた人、もう一人は私が助けた人だ。
「客か」
「メン・イン・ブラックだよ」
「めん……?」
イマジェンは首を傾げる代わりに体を傾けて疑問を示す。
「都市伝説みたいなもんなんだけど、宇宙人とかを見た人のところに現れて、そのことを他言しないようにって口封じする連中のこと。きっと君のことを嗅ぎつけたんだ」
S.H.I.E.L.D.と分かってはいるけど、正直どっちも似たようなものだ。
違うのは、光るペンで記憶を消すか消さないかってことくらい。S.H.I.E.L.D.だって、やろうとすれば記憶の改ざんなんてお手の物だ。フィル・コールソンだってやられてた。タヒチは良いところだぞ。魔法の国だ。
「優李ー、お客さんよー」
玄関の方から、母の声が聞こえた。私は数秒悩んで、普段使いしているトートバッグを掴んでイマジェンと財布とスマホを入れた。
某英国魔法学校の魔法使いをイメージすれば、手の中には指揮者の棒のような杖が現れる。一振りすればぎゅるりと世界が歪んで、一瞬の間に周りの景色はどこかの路地裏に変わった。
三半規管をダイレクトに刺激されたような――強烈な乗り物酔いの感覚に襲われて、私は思わずしゃがみこんだ。食事の後だったら確実に吐いていた。というかさっき食べたお菓子が喉元まで来ている。
「ま、マスター、何を」
「す、姿くらましというか、姿現しというか……。魔法だよ」
地面に落ちたトートバッグから這い出しながら尋ねるイマジェンに、私はこみ上げてくる酸っぱいものを何とか堪えつつ答えた。
『ハ〇ポタ』じゃなくて『ドラゴ〇ボール』の瞬間移動にしておけばよかった。というか、イマジェンも気持ち悪くなってるってことは、三半規管とかそれに準ずる何かがあるのか。
路地裏の壁に背を預けて、少しの間休みながら、どこに移動したのか確かめる。多分、よく来る本屋の路地裏だと思う。
部屋から移動してしまったから、履いているのはスリッパだ。部屋着に着替える前で良かった。裾の破れが気になる中学校時代の体操着で外に出るのは勇気がいる。
落ち着いたら、再びイマジェンにバッグへ戻って貰い、ほど近い場所にあるカラオケ店へ入った。おひとり様フリータイムでそれほど広くない部屋に入れば、とりあえずはほっと息を吐ける。
見るからに室内用のスリッパを履いているのを多少見られたけれど、こういうのは堂々としたもん勝ちである。こういうファッションなんです。
「ここはなんだ、マスター」
「カラオケ。歌歌うところ」
「歌?」
イマジェンは首を傾げる。イマジェンの星には、歌は無かったのだろうか。
「音楽に合わせて……えーっと、聞いた方が早いかも」
適当に曲を入れると、メロディーが流れ出す。モニターには曲の名前とか作詞作曲の人の名前とかが出てきて、バックにはなんか合っているような合っていないような妙な映像が流れ出す。
歌詞が出てきたら、マイクを掴んで電源を入れて、立ち上がって歌った。
イマジェンのこととか家に来たメン・イン・ブラック(仮)のこととか、いろいろ考えなきゃいけないこともあるけど、とりあえず今は頭を空っぽにして歌った。
曲が終わったらソファに身を預ける。次の曲を入れていないので、モニターには最近人気のバンドやら曲やらの宣伝映像が流れ始めた。
「これが歌と言うものか。ラシューカに無かった文化だ。テラには楽しいものがあるのだな」
「きみの星に、歌は無かったの?」
「ああ。……いや、俺が知らなかっただけかもしれないが。ずっと研究所にいたし、研究所を出てからはほとんど戦場だった。戦争が終わったあとも、また研究所だったからな」
そう語るイマジェンの表情は暗い。
そういえば、イマジェンと呼んでいたけれど、イマジェンと言うのは彼のような存在を示す言葉で、彼自身の名前ではないのだろうと思う。それに、私自身、彼に名乗った覚えがない。
「今更だけど、私、高村優李。きみの名前は?」
「む? 俺たちはイマジェンと呼ばれて……」
「それはきみの……いわゆる種族の名前でしょ。個別の名前は無いの?」
私が首を傾げると、彼は驚いたように目を瞬いて、私を見つめた。
「そんなことを聞かれたのは、初めてだ。個別の名前などなかった。検体番号程度ならあったが」
「ふーん……じゃあ、自分で名前付けちゃったら? 呼びにくいしさ」
「そう言われても……マスターが呼びやすいように呼んでくれ」
彼は本気で困っているようだった。相棒だのなんだの言っているわりに、名前も気にされないとは。いや、別の星の人たちの感性が同じとは限らないけれど。
「えー……うーん、じゃあ……」
まじまじと彼を見る。熊だ。毛並みは白い。シロクマなのか、別の熊の白い個体なのか。そもそも宇宙熊だから地球の生態には当てはめられないのか。
「白いからシロ、なんて安直すぎるかな。微妙?」
私は首を傾げる。イマジェンは首を振った。
「シロで構わない。いや……シロがいい」
控えめに笑う(ように見えた)彼――シロの姿が、なんだか少し可愛く見えた。絆されてきている自覚はある。
「それで、そんな話がしたかったわけではないだろう、マスター」
シロは綻んでいた頬を引き締め、真面目な顔になってそう尋ねてきた。
「イマジェンは相棒の記憶や感情を読める。まあ、さすがに深いとこまでは読んでいないが、意識してなくとも感情の波くらいは感じ取れる」
「隠し事とか出来なそうだね」
「そうだな。前の相棒とは、それで喧嘩になったこともあった」
なんだか今カノの前で元カノの話をする人みたいな言い方だ。私は別に彼女ではないから、それを聞いたところでどうとも思わないけれど。
ただ、検体番号しか自分の名前を持たずに生きてきた彼に、そう言う喧嘩を出来るような相手がいたことに、何故か少しほっとした。
「……私、君の相棒にはなれないよ」
ぽつり、呟くように言った私に、シロは小さく、「そうか」と答えるだけだった。
少し意外だった。もっと食い下がると思っていたのだ。そう望んでいたわけではないけれど、あれだけしつこく相棒になってくれと言っていたのだ。真っ先に理由を聞いて、手を替え、品を替え、相棒にしようと引き留めて来るんじゃないかと思っていた。
「理由を聞いてもいいか」
そう尋ねた声は静かだったけれど、宣伝のガチャガチャした音に消されることのない、不思議とよく通る声だった。私は頷く。そうして、ゆっくりと言葉を選んで、口を開いた。
「きみの言う通り、きみの力と私は、多分相性がいいんだと思う。それは理解してる」
自分の空想を現実に出来る力。確かにそれは面白くて、わくわくするものだと思う。シロにとっても、私の想像力はこれまでの相棒たちには無かったものなのだと思う。
しかし私はただの女子高生で、偶然シロに出会っただけだ。
「力には責任が伴う」
〝大いなる力には大いなる責任が伴う〟
マーベルシリーズの中の『スパイダーマン』に出てきた有名な言葉だ。
スパイダーマン――ピーター・パーカーの育ての親であるベンおじさんが、死ぬ間際だっけかに、スパイダーマンとしての力を得たばかりのピーターに伝えた言葉。それはスパイダーマンだけでなくヒーロー全員に、いや、そうでない人々にだって当てはまり、顧みるべき言葉だ。
「うちに来たメン・イン・ブラックも、その責任のため――彼らは力を持つ代わりに、地球を地球外の脅威から守ると言う責任があるから。その責任を果たすために、きみを探している。私がきみの相棒になるのなら、私は手に入れた力に対する責任を負うために、彼らと交渉しなくちゃならない」
交渉と言う言い方はしたけれど、そんな穏やかに済むのかは分からない。もしかしたら出会い頭におねんね銃で眠らされて、起きた時にはベッドとトイレ以外何もない部屋に閉じ込められているかもしれない。
「私は、そこまでして、力を欲しいとは思えない。そんな責任、負えない」
部屋の中には、流行の曲が流れていた。失恋の歌だ。きみがいないと寂しいとか、失って初めて気付いたとか、そんなありきたりな歌詞を歌っている。
「君は、怖いんだな」
「うん」
ただ頷いた。結局のところ、そう言う事だ。つらつらと言い訳を並べ立てても、私は結局怖いのだ。
能力を得ること、能力を使うこと、それが原因で怪我をすること、誰かに怪我をさせること。どれほど大きいのか、全容すら掴めない責任を負う事。見えない何かをきっと大きいものだと考えて、それに怯えている。
あいにくと私は、見た目が子供なだけで、中身はそれなりの大人だ。でもその大人は、良い意味じゃあない。ただ無駄に歳を食って、その分トラウマに似たものが増えて、弱さばかり身に着けた人間。その弱さを隠すことばかり達者になって、本当に強くなることが出来なかった人間。
子供の根拠のない自信に裏打ちされた無謀さも、勇敢さも失くして、その代わりに得た怠惰と臆病が混ざって、最早その違いも分からなくなってしまった。ただの子供の成れの果て。
変わることは怖い。責任を負うことは面倒。
そんな人間が、そんな大層な力、扱っていいはずがないのだ。
それに――力を尽くしても間に合わないとか、救えないとか、そういうのはもう、懲り懲りだ。
「……すまなかった」
重たい沈黙を破ったのは、シロだった。彼は謝罪を一つ落として、ソファを下りた。
さっと床に降りて、出口へ向かう。そうしてドアの前で立ち止まって、こちらを振り向いた。
「いろいろと迷惑をかけて、すまなかった。しかし、本当に楽しかった。あのあんパンとやらも、牛乳とやらも、美味しかった。世話になった礼も出来ないが、いろいろと感謝する。……では」
そう言って、体の一部を大きくしてドアを開けて、シロは出て行った。あんなことも出来るのか、とちょっとびっくりしたが、私は追いかける訳でもなく、ただそのドアが閉まるのを見ていた。
何処へ行くのか、これからどうするのか、気にはなったけど、私にそれを聞く権利なんて無かった。追いかけることも出来ないヤツに。
歌う気になんて勿論なれなくて、私は少しの間ぐるぐると自己嫌悪に苛まれた後、カラオケ店を後にした。
家に帰ればメン・イン・ブラックはいなくなっていて、母は帰ってきた私を少しだけ叱った。
いつも通りの家だった。けど、たった一日だけだったのに、シロがいないだけでひどく部屋が静かに感じた。
床に転がったクッションとブランケットを見えないところに片付けて、CDとラジオで迷って、ラジオを付けた。
ヘッドホンから明るい曲が流れ始める。流行の曲だ。カラオケのCM映像でも流れていた。
これで良かった、これで良かったのだ。
左手の令呪もどきは滲んだようにぼやけている。数日経てば消える、痣のようになっていた。
そうだ、数日もすれば消える。そうして何日も経てば、シロのこともすっかり忘れているだろう。
この後悔に似た自己嫌悪も薄れていって、いつかクローゼットからクッションとブランケットを見つけた時にでも、思い出すのだ。でも思い出す時にはもう、そのナイフの切れ味は落ちている。人間は忘れる生き物だから。
そう言い聞かせても、学生なりにやらなければならないことはたくさんあるのに、一つだって手に付かなかった。