落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
私たちがS.H.I.E.L.D.から追われ始める、おおよそ十時間前。
ワシントンD.C.はポトマック川に浮かぶ、セオドア・ルーズヴェルト島。そこにそびえ立つ、S.H.I.E.L.D.本部・トリスケリオンの司令室で、私とシロは長官のニック・フューリーと向かい合っていた。
「例の
何という事はない。ただの任務報告だ。
本来ならば専属の研究員に知らせるべき内容だが、私が惑星間を移動出来ることはフューリーにしか知られていない(と思われる)ので、報告経路が通常と少し異なっているのだ。
苗……まあ、つまりエゴの苗。私がJ.A.R.V.I.S.に頼んでS.H.I.E.L.D.に匿名で通報して貰ったアレである。
通報後、調査に乗り出したS.H.I.E.L.D.は周辺を規制。宇宙出身という意味では苗と同郷とも言えるシロの意見を求められ、私たちもあの場所に呼び出された。
シロは〝よく分からんが、地球から少しずつエネルギーを吸収している、いわば寄生虫のようなものだ。そこまで深部に根を張っている訳ではないから、抜いてしまった方が安全だろう〟との見解を示した。
S.H.I.E.L.D.の研究者たちはその意見に賛成し、苗を抜いて研究所へと収容した。そこでフューリーと任務にいたエージェントたちから出てきたのが、誰が何のために、この苗を植えたのか、という疑問だった。
まあ、植えた人物も分からない以上、調べようがないので、お手上げ状態だった。そんな中フューリーの元に、私たちがラシューカ星で大量の資料を見つけたという知らせが入った。
ラシューカ人は滅びたと言えど地球よりも長い歴史を持つ宇宙人。何か資料があるのではないかと思ったフューリーに、私は任務を下されていたのである。
「そうか。まあ、予想はついていたがな。宇宙には無数に、我々と異なる文化を持つ星があるようだ。都合よくひとところに情報が集まっているとは思えん」
「そうですね……ですが。長官、ザンダー星を覚えてますか」
「君たちを逮捕した星か」
「逮捕はされてません。任意同行です」
諦めた様子で背もたれに体を預けたフューリーに、私は待ったを掛ける。フューリーは続きを促した。
「ラシューカに資料がないことを知り、ザンダー星の知り合いをあたりました。結果――ザンダー星でも同じものが」
私はそう言って、端末をフューリーの机に置いた。画面に映った写真には、地球で見つけられた苗と同じものがザンダー星にも生えているのが分かる。
「ザンダー星でも調査が進められています。まあ、向こうもS.H.I.E.L.D.と似たような状況でしたが……」
「だが、ザンダーに元々あった植物ではないのだろう。となると、宇宙から訪れた何者かが、それぞれを植えたと見て間違いなさそうだな」
フューリーが導き出した結論に、私は頷く。
「報告は以上か?」
「はい」
「分かった。研究員たちに伝えておこう。追って連絡する。今日はもういいぞ」
「はい。失礼します。……行こう、シロさん」
一礼して、私はシロと共にエレベーターへと踵を返そうとする。それを珍しく、フューリーが呼び止めた。
「今日はどこかに行くのか?」
まるで年頃の娘への接し方が分からない父親のような質問に、私は振り向いて目を瞬く。
「……スミソニアンに。キャプテン・アメリカの特別展示を見に行こうと思って」
「そうか」
「……」
「……」
何だこの沈黙。
「じゃあ、私たちはこれで」
「ああ。気をつけてな」
「長官も」
まさか、この〝気を付けて〟がフラグになるとは。
◇
そして、現在。
S.H.I.E.L.D.の追手をまいた私たちは、ワシントンD.C.の一角に見つけた廃工場で朝を迎えた。追いかけっこなんて何十年ぶりかしら。……いや、待て、十何年ぶり、が正しい。
昨夜は叔父以外の誰かに連絡を取ろうか悩んで、連絡は取らずに電脳世界へ潜ってS.H.I.E.L.D.関連の情報を漁っていた。そのせいで、肉体は休んでいるのに脳が疲弊している……何時間も集中して頭脳労働をしたみたいな状態になった。
私たちにまで追手がかけられたのは、フューリー暗殺の容疑者にされているからのようだ。私たちはフューリーが死ぬ前に会った人物の内、最後から三番目にあたるという。
最後に会ったのはスティーブで、二番目はピアース理事官だそうだ。ピアースにはまったく動機がない()ので、私たちとスティーブが、今のところの有力候補らしい。私たちの能力なら、簡単に暗殺が出来る、というのも容疑が掛かる理由の一つだ。
『ウィンター・ソルジャー』は何度も見たので映画の内容自体は覚えているのだが、フューリーが治療を受けて
病院のひと気の少ない場所にゲートを繋げて移動した私は、認識阻害のルーンを体に刻んで知り合いを捜した。お菓子の自販機を目印に探せば、あっさりと探していた二人を見つけられた。
スティーブ・ロジャースとナターシャ・ロマノフは、ドアを開けっ放しにして物騒な会話をしている。海賊がどうの、フューリーが雇っただの。
部屋に入った私は、とりあえずドアを閉める。キィ、バタン、とホラーゲームだったらビビっている音が響いた。
「ユーリ?」
「スティーブもS.H.I.E.L.D.に追われてるんだって? 奇遇だね、私も」
部屋全体に人避けのルーンを刻みながら私は言う。向き直れば、ナターシャが片眉を上げて首を傾げていた。
「知らない内にカルト宗教でも入った?」
「いや、ちゃんとした人避けの魔術だよ。ルーン魔術。聞いたこと無い? アスガルド留学で習ったの。……コレ、留学先でカルト宗教に入ったとか思われる?」
一人首を傾げる私に、緊迫していた雰囲気が少しだけ緩む。
「どうしてここが?」
スティーブが、ナターシャを動けないよう肩を押さえたまま尋ねる。
「昨夜S.H.I.E.L.D.から追手がかけられたの。私たちの捕縛もしくは殺害命令が下されたってね。心当たりが無いわけじゃないけど、それでもフューリー長官が下したならそれは今更だ。だから長官の命令じゃない。長官以外の命令が下されるなら、長官に何かあったんじゃって思って調べてみたら、色々きな臭いことになってんなーって」
「昨夜、黒人男性が運び込まれて、その情報が消されたのはこの病院だけでしたので。知り合いがいれば詳細を聞こうと訪れました」
私の説明を引き継ぎ、シロが言う。
「どこでそんな情報、調べたのよ」
「スマホ以外にも情報収集出来る手段はあるから」
ナターシャの問いに、私は肩を竦めながら答えた。
「追われる理由は?」
スティーブは尋ねる。
「スティーブと同じ。長官の暗殺容疑」
「ユーリたちは長官に、最後から三番目に会ったのよ」
「この能力なら、やろうと思えばすぐやれるだろうしね」
答える私に、ナターシャが補足を加えた。スティーブはそれらを聞いて納得したように頷き、ナターシャを見た。
「さっきの続きだ。知っている事を話せ」
「……長官を殺したのは、存在しないはずの男――ウィンター・ソルジャー。過去五十年で二十件以上の暗殺に関与。スパイの中じゃ伝説って言われてる」
「亡霊のようなものか」
スティーブは微妙に信じてなさそうだ。今が2014年だから、六十年代から活動している……公式記録に載っている最古が五十年前ってだけかもしれないけど。
「五年前、私がイランから原子力技師を脱出させたとき、ウクライナで誰かにタイヤを撃たれた。車は滑って崖から墜落。なんとか抜け出したら――ウィンター・ソルジャーが待ってた。やつの弾は技師を撃ち抜いた。私を貫通して」
ナターシャはそう言って、服をめくり上げた。左の脇腹には痛々しい弾痕がある。
「旋条痕が残らない、ソビエト製の銃」
「おそロシア。ウィンター・ソルジャーもソ連製?」
首を傾げる私に、分からないと答えるようにナターシャは首を振った。
「やつを追っても無駄よ。私でも駄目だった。まさにあいつは、亡霊なの」
そう言って、ナターシャはポケットからUSBみたいなメモリを取り出した。しばし見つめたスティーブは、それを受け取る。
「亡霊の狙いを探ろう」
◇
「……なあ、本当に親子連れに見えてるのか?」
スティーブが不安げに言う。
「大丈夫、どう見ても休日のパパと娘よ」
さも愉快そうにナターシャは答えた。さっき追い詰められた当てつけかもしれない。
私はと言えば、五歳くらいの白人の少女に変化して、スティーブに抱き上げられていた。私の腕にはテディベアになったシロが抱かれている。
私たちがやってきたのは病院のすぐ近くにあるショッピングモールだ。リンゴマークの店にパソコンが置いてあるから、それを使ってメモリの中身を読むのだとナターシャが提案した。
「堂々としたもん勝ちだよ、パパ」
「……そうだな」
私の言葉に、スティーブはため息交じりに頷いた。
「逃亡の鉄則は走らない、慌てない。向こうはこっちが子連れで歩いてるなんて思わないから、滅多なことじゃバレないわ。安心して」
ナターシャの言葉にはーいと手を挙げて答える。スティーブからの視線が痛いが、演技はもう始まっているのだ。遠足が家を出た瞬間から始まるように。その証拠に、ナターシャは母親のようにいいお返事ねと褒めてくれた。
ショッピングモールの中にまだS.T.R.I.K.E.チームの姿は見えない。私たちはリンゴの店に入り、ナターシャが操作を始める。
「メモリに追尾型プログラムが仕掛けられてるから、使ったらS.H.I.E.L.D.に居場所がバレる」
「時間の猶予は?」
「まあ……九分ってとこね。今から――スタート」
ナターシャがパソコンにメモリを差し込むと、メモリが光った。ディスプレイには自動でフォルダが展開する。
「フューリーの読み通り。あの船やっぱり怪しい。……よほど隠したいファイルなのね。コマンドを打つとAIで書き換えられてしまう」
「開けないのか?」
「コレを開発した人、私より頭がいい。ちょっとだけ」
スティーブ、ナターシャの言ってることちゃんと理解しているのだろうか。出来るか出来ないかだけで判断しているような気がする。
「S.H.I.E.L.D.が開発したプログラムを使う。コレで、ファイルの中身は読めなくても、出所は分かるはず」
S.H.I.E.L.D.の技術すげー。と思っていれば、
「お手伝いしましょうか?」
「――ああ、今ね。家族旅行の計画を立ててたの」
長い金髪をなびかせた小太りの店員。確か名前はアーロン。ナターシャは機転を利かせて答えた。
「ああ、この子の誕生日がそろそろで」
スティーブもなかなかアドリブ力あるじゃない。
「わあ、それはいいですね。おめでとう、お嬢ちゃん。何歳になるのかな?」
「ごさーい!」
もみじのような小さな手をパーにして、私は無邪気に答える。アーロンは癒やされた様子でにっこり笑う。
「行き先はどちらに?」
「ああ、ええと――」
アーロンに尋ねられたスティーブは、ちらりと画面を見る。
「……ニュージャージー」
地図に示されたのはニュージャージー。家族旅行の計画を立てていた割には、地図しか開いていない無骨な画面である。
これうっかりすると、誘拐だと思われる可能性が微レ存?
「――あのねぇ、パパとママといっしょに、ゆうえんち行くの!」
「そっかぁー!」
幼女のフリきついンゴ。見せられた地図に訝しんだ様子だったアーロンも、無邪気な子供にメロメロである。
「じゃあ、御用があったら、アーロンを呼んで」
「ありがとう」
「バイバイ、アーロン!」
「バイバーイ!」
私が手を振ればアーロンは手を振り返しつつ立ち去った。
「――どう、ナターシャ?」
「いい演技だったわ」
「いや、そっちじゃなくて、場所」
「もう少し待ってね、おチビちゃん」
素の自分ってなんて落ち着くのかしら。からかい気味にナターシャから返されたが、それはそれでご褒美である。
「もう九分経つぞ」
「シー、焦らない」
時計を見るスティーブに、ナターシャは余裕ある態度で答えた。
間もなく、ニュージャージーが拡大されて、更に詳細な場所を示す。表示されたのは〝ウィートン〟という地名だ。
スティーブが画面を凝視する。その様子を見て、ナターシャは尋ねる。
「知ってる場所?」
「……昔な。急ごう」
メモリを引き抜き、ショッピングモールを出るべく足早に歩く。私はスティーブに抱き着き、暇そうにモールを見回す子供のふりをして背後を見る。
「後ろから二人。上の階にも見えるよ」
「前からも二人だ。僕がひきつけるから、その隙に二人は地下鉄へ行け」
スティーブが指示を出すが、ナターシャに聞く気は無いようだった。むしろ私に目配せする。
「ユーリ、ロジャース、親子のフリして」
「了解。――ねえ、パパ! 高い高いして!」
「あ、ああ。ほら、高い高ーい!」
ナターシャの指示に私は従い、スティーブにおねだりをする。
歩きながら持ち上がった視界に、きゃあ、と子供らしい笑い声を上げれば、すんなりと追跡者たちは私たちの横を通り過ぎて行った。そのあっけなさに、スティーブが驚いた様子で背後をチラ見していた。
やがて私たちは例のエスカレーターへと行きついた。下りていく私たちの隣の、上りのエスカレーターでラムロウが上階へ向かっていく。ナターシャが振り向いた。
「ユーリは暇そうに後ろ見て。ロジャース、キスして」
「は?」
「人がキスしてたら気まずいでしょ」
「そりゃあそうだ」
問答無用でスティーブの首元を引っ張るナターシャに、私は言われた通りスティーブの肩に顎を乗せて後ろを見た。通り過ぎていくラムロウの背中を視界の端で眺める。
「行きましょ。まだ気まずい?」
「気まずいとはちょっと違う」
そうして私たちは、無事モールからの脱出を成功させた。