落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
モールから脱出した私たちは、スティーブが
シボレーの後部座席を陣取って、私はしばしの休息を取らせてもらった。昨夜から朝までほぼ寝ずにS.H.I.E.L.D.のエージェントの相手をして、ロクに寝てなかったのだ。おやすみ三秒も掛からなかった。
ぐっすり眠った私は、ある時ふっと覚醒した。枕にしているシロのふわふわのお腹の上で、ぼんやりと前の座席を眺める。
スティーブが運転席、ナターシャが助手席。ナターシャは足をダッシュボードの上に上げていたけれど、スティーブから注意されて、足を下ろした。しかしそれで不機嫌になる訳でもなく、むしろその口角は意地悪そうに弧を描く。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど。別に答えたくないなら答えなくてもいいの。まあ、答えないならそれが答えってことになるけど――」
「何だ?」
「さっきのキスが1945年以来のキス?」
「そんなに下手か?」
「そんなこと言ってないじゃない」
そんなこと言ってる口ぶりである。前世でMCUのキャップと言えば、演者のク〇ス・エ〇ァンスからも「彼は童貞だと思う」と言われてた男だ。
「ただ……練習積んだのかなって」
「練習? 練習なんて必要ない」
「誰だって練習は必要よ」
「言っとくが、さっきのが初めてじゃない。僕は九十五歳だぞ」
ムキになって否定するところが逆に怪しいのである。
実際解凍されてから女の子とキスしたんだろうか。別に男でもいいけど。どちらにせよ、付き合ってもいない子と自分からキスするタイプには思えないのだが。
「でも恋人はいないでしょ」
ナターシャの言葉をスティーブは鼻で笑った。
「人生について話の合う相手を探すのは難しくてね」
「そんなの、適当にでっち上げればいいのよ。真実なんて、状況によって変化する。相手次第で変わるものなんだから。――私もそう」
車の天井を眺め、私は二人の会話を聞くともなしに聞く。私の知るナターシャのすべてがでっち上げ……なんてことは無いだろう。信じたいものを信じると言ったらそれまでだが、結局はそういうことだ。
「……辛い生き方だな」
「生き延びるのには便利よ」
真実を嘘で隠さなきゃ生き延びられないって人生もなあ。言うて私も隠し事はあるが。
「得体のしれない相手を信頼するのは難しい」
「そうね――私に、どうあってほしい?」
頷いたナターシャはスティーブを見て尋ねる。スティーブはややあって口を開いた。
「良き友人は?」
「……あなた、この仕事向いてないんじゃない、ロジャース?」
スティーブはスパイより兵士だしなあ。
「ところでユーリ、いつまで寝てるフリしてるの?」
「フリは、してない。目は開けてたし。話の腰を折ったらいけないと思って」
話が一区切りついたところで、ナターシャが私に声を掛けた。私は悪びれた風もなく肩を竦めて起きた。すっかり目が冴えてしまった。
「……いつから聞いてた?」
「スティーブがナターシャの足、注意するくらいから」
「ほとんど最初からじゃないか……」
正直に答えれば、スティーブがため息を吐く。別に聞かれて困ることでもあるまいに。私は起き上がって、靴を履きながらぐっと伸びをする。
「よく眠れた?」
「うん。寝心地最高。シャワーとルームサービスがあれば完璧だったんだけど」
強張った肩を回しながら、ナターシャの問いに皮肉で返す。シロも目が覚めたようで、座席に座り直した。
「ねえ。そう言えばあなたたち、昨日は任務なかったでしょ? どうしてフューリー長官と会ってたの?」
ナターシャの問いに、まさか聞かれるとは思ってなかった私は少し驚く。
「前に関わった宇宙由来の
「ふうん。話自体はこの件と関わりは無さそうね」
どこまで話していいのか分からず、私はほんのさわりだけ答える。さらに聞かれたら詳しく話そうと思ったが、ナターシャはすぐに見切りをつけた。説明は面倒だと思っていた私はちょっとほっとして、同時に苦笑を浮かべる。
「ちょっと後悔してるよ、メールで済ませればよかったって」
「だが、そのおかげで心強い味方が出来た」
スティーブが私にフォローを入れるが、それは墓穴だぞ。
「あら、私だけじゃ心許ない?」
「いや、そう言う意味じゃ……」
思った通り、スティーブはその発言をナターシャにからかわれた。
病院での一幕よりかはだいぶ柔らかくなった雰囲気のまま、私たちの乗ったシボレーは真っ直ぐ、ウィートンへとひた走る。
◇
ワシントンD.C.から車を走らせ三時間ほどで、私たちは目的地へと辿り着いた。背の高いフェンスに囲まれた、レンガ造りのレトロな建物。
「ここが、座標にあった場所?」
「ええ。ファイルの出所よ」
「……そして、僕の古巣だ」
看板には〝キャンプ・リーハイ〟の文字。キャプテン・アメリカ誕生以前――もやしスティーブがいたのはこの軍事基地、だったか。
ストップと書かれたフェンス扉を開けて、私たちは敷地内へと入る。端末を確認しながら進むナターシャにくっついて、メモリが本当に導こうとしている場所を探す。
昔の話をするスティーブが、どこか遠くを見て立ち止まる。思い出深い場所なのだろう。戻れないと、なおさら。
「お手上げね。熱反応や信号はなし。はめられたみたい」
「いや、待て、ナターシャ嬢」
かざしていた端末をポケットにしまいながらため息を吐くナターシャに、シロが待ったを掛ける。
私と共に地面にいたシロは、少し高くなった外廊下に登って地面を中心に周囲を見渡す。そして、スティーブを振り向いた。
「キャプテン、この施設に地下は?」
「いや、僕は知らない……が、」
シロの言葉に一度は首を振ったスティーブだが、ある一点に目を付けた。スティーブが見つめていたのは台形の形をした妙な建物だ。
曰く、兵舎から五百メートル以内に武器弾薬を保管するのは禁止なのだそうな。扉の鍵を壊し、私たちはその建物に足を踏み入れた。
中は電気が通っており、スイッチを入れれば天井の蛍光灯が明かりを灯した。
デスクが整然と並べられたオフィス。長く放置されたせいかホコリこそ被っているが、年月の割に綺麗なものだった。正面奥の壁に見えるのは、翼を広げた鳥を模したマーク。よく知るマークより、少し鳥っぽさが強い。ロ○の紋章を思い出したのは私だけか。
「S.H.I.E.L.D.ね」
「ここが始まりか」
驚きと感慨深さを混ぜた様子でナターシャとスティーブがつぶやく。私はざっと見回して、すりガラスがはめ込まれたドアを見つける。
「あっちに部屋があるよ」
私が指差すと、二人はそちらに向かう。多少警戒しつつ、スティーブが先陣を切ってドアを開けた。
ドアの向こうは、元は資料室のようだった。壁に本棚が並べられているが、中身は空っぽだ。壁にポートレートが飾ってあった。
「あっ、ハワード・スタークだ。若いなぁ」
「僕にとっては見慣れた姿だ」
私の言葉に、スティーブが答える。
今世での私がよく見かけるのは、ジョ〇・ス〇ッテリー風のハワード・スタークの写真ばかりで、ド〇ニク・ク〇パー風のハワード・スタークは数えるほどしか見たことが無かった。
「こっちの女性は……?」
ナターシャがペギー・カーターの写真を見てつぶやく。スティーブは一瞥するだけで、何も言わない。
「マスター」
資料室内を歩いていたシロが私を呼ぶ。彼は一つの本棚の前で立ち止まり、こちらを見ていた。
「どうしたの、シロさん」
「この本棚、後ろに何かがある」
私と共に本棚の前にやってきていたスティーブが、シロの示す本棚の周りに目を配って、得心いったように頷いた。
「なるほどな」
小さくつぶやいたスティーブは、本棚に手を掛けて、引き戸のように引っ張った。床の砂埃をこする音を響かせて、本棚の後ろの壁があらわになる。
「オフィスを秘密にしていて、どうしてエレベーターを更に隠す必要がある?」
スティーブが冷静な声音で疑問を口にした。お互いに顔を見合わせ、誰からともなくエレベーターに乗り込んだ。
ゴゥン、と重たい音を響かせて、エレベーターは更に地下へと降りていく。
「……子供の頃は、まさか自分がこんな映画みたいな経験するとは思わなかったな」
エレベーターの壁に寄りかかって、私はぽつりとつぶやいた。
ずっと日本で暮らすものだと思っていた。
すべてテレビの向こう、海の向こうの出来事として、やり過ごすつもりだった。だから時々、昨日までの出来事がすべて夢だったのではないかと思えて、自分の立つ地面が揺らぐような、そんな気分になる。
「同感だ」
独り言はスティーブに拾われた。彼はそうしてただ頷いて、黙りこくった。
やがてエレベーターが止まり、扉が開いた。私たちはエレベーターを降りて、暗い地下室をゆっくり進んでいく。やがてある地点に至ると、天井から下がっていた蛍光灯が勝手に点灯した。
「……あのファイルの出所にしては、随分古いものばかりね」
光の元であらわになった、ステレオタイプの秘密基地の指令室みたいな部屋を見て、ナターシャがつぶやく。確かに、骨董品とも呼べそうな、かなり古いタイプのコンピューターが並んでいる。
その中心に、メインコンピューターらしき筐体を見つけた。外付けの、それだけ妙に真新しい、メモリの差込口もある。
ナターシャは少し緊張した面持ちで、メモリをコンピューターに接続した。それを合図にするように、コンピューターの電源が入る。
画面に文字が現れた。解像度の粗い画面。小学生の時、友達の家で見たWin95の画面を思い出す。というかそれより粗い。
〝
ナターシャが進み出て、デスクに置かれたキーボードへ手を添えた。
「
三文字を入力し、ナターシャは映画の台詞を言いながら、エンターキーを押した。スティーブにフォローを入れようとするが、スティーブは知ってると答える。
スティーブはヒット作からちょっとマイナーな作品まで、結構見ている。時々作り過ぎたおかずをおすそ分けしに行って、一緒に映画とかドラマとかを見たりするから知っている。
コンピューターが起動を始める中、スティーブが私へと水を向けた。
「そう言えば、ユーリがおすすめしていた日本のアニメーション映画も見たよ。ユーリも言ってた通り、大人でも楽しめるね」
「ほんと? 良かった」
私が勧めたのはスタジオジブリ初制作作品である、あの冒険活劇だ。勿論私が好きだから勧めたのだけど、まさか本当に見てくれるとは思ってなくて、素直に嬉しい。先程より少し明るくなったスティーブの表情に、私も微笑み返す。
その時だ。地下室の中におかしな声が響き渡ったのは。