落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
「それじゃあ少し整理しましょう。S.H.I.E.L.D.でミサイルを撃つことが出来るのは誰?」
「ピアースだ」
朝食をさっと食べ終えて、口火を切ったのはナターシャだった。対して、スティーブが間髪入れずに答える。
アレクサンダー・ピアース。S.H.I.E.L.D.の高官であり、世界安全保障委員会の一員。私は何度か遠目でちらっと見たことがある程度で、喋ったことすら無い。
「彼は警備の厳重なビルの最上階にいるようなお偉いさんよ?」
「共犯者がいるはずだ。あの船にもゾラのアルゴリズムはあった」
「船?」
二人の会話に、シロが首を傾げる。そう言えば、映画で見ているから知っているけど、あの映画冒頭の船での任務のこと、〝私〟は知らないんだった。
「三日前、S.H.I.E.L.D.の船が海賊にジャックされた。その人質救出の任務に僕たちが当たったんだ」
「人質の中に、S.H.I.E.L.D.の人間がいた――ジャスパー・シットウェルよ」
「シットウェルって、あの……スキンヘッドで眼鏡の?」
シットウェルともあまり面識がないため、私は見た目の特徴を言って確かめる。二人は頷いた。
「しかし、問題はどうやって、お尋ね者が人目のある場所でS.H.I.E.L.D.の人間を連れ去るかだ」
「姿変えることも出来なくはないけど、私とシロさんで上手くやれるか……」
スティーブの言葉に私は一応答えるが、実のところ本当に自信がない。
変身は出来ても、自然な動作が出来るかは別問題だ。モールで子供の姿になってそこそこ自然に見せられたのは、〝父親に抱き上げられてじっとしている〟という状況だったからである。
これで体格のいい成人男性やらセクシーな美女やらに変化しても、自然な動作が出来るとは思えない。自分に合うキャラへ変身したとしても、曲がりなりにもS.H.I.E.L.D.のエージェントを攫うのに、経験浅そうなティーンが表立つ、というのは不安要素が多い。
「あんたたちだけじゃ無理だ。例えハリー・ポッターがいたとしてもな」
そう言って、サムはテーブルにファイルを置いた。
「これは?」
スティーブがファイルに視線を落として尋ねた。私は覗き込み、ナターシャはサムを見上げる。
「俺の履歴書」
「軍歴証明?」
「そ」
私が首を傾げると、サムは頷いた。
スティーブはファイルを取って、中を見る。私もスクランブルエッグとハムを挟んだパンの最後の一口を口に入れながら、スティーブの隣でそれを見る。
ファイルには写真やら文字の並んだ書類やらが入っている。先頭にあったのはサムが同僚と並んで写っている写真だ。
「彼がパラレスキューにいたなんて聞いてないけど?」
ナターシャが驚いたように言って、スティーブを見た。
私はパンくずの付いた手を布巾で拭いて、スティーブの持つファイルから、軍備品についての資料を抜き取った。パイロットでも、パラレスキューでもない。どう見ても特殊なやつだ。
スティーブもそれに目を向けて、驚いた顔をした。確かに力になってくれたら助かると、スティーブも分かったようだが、同時に難色を示す。
「君は退役したんだろ、サム。手を貸してもらう訳には……」
「キャプテン・アメリカが助けを求めてる。手を貸さない理由があるのか?」
サムは〝キャプテン・アメリカの手助けが出来る〟と言うことが嬉しくてたまらない様子だった。その様子に、スティーブは本当に、アメリカって国のヒーローなんだな、と改めて感じる。
「これはどこで手に入る?」
「メリーランドの基地に一つだけ。警備員付きのゲート三つに、分厚い壁の向こう側だ」
サムの返答に、スティーブはナターシャと私たちをそれぞれ見る。ナターシャはお好きに、と言うように肩を竦めて見せて、私も笑って頷いた。
「問題ないな」
スティーブがテーブルの上にファイルを戻した。何となしに、私はそのファイルの表紙を見る。機密と言う印と共に大きく書かれたプロジェクト名。
――
「その基地ってレーションとかあったりするかな」
「まだ食べるのか!?」
「五分目ってとこカナ……」
「嘘だろ……、分かった。まずはスーパーに寄ろう。俺が何か買ってくる。レーションは不味いから止めとけ」
◇
さっさと『ファルコン』を回収して、私たちは街の中心部に移動した。
シットウェルを誘い出す役目はサムが引き受けてくれたので、私たちは近くのビルに上ってサムのサポートにあたる。『ファルコン』と一緒に武器もいくつか拝借してきた。
私はポインター付きの狙撃銃を構えるナターシャの隣で、ドーナツを食べながら双眼鏡を覗き、
ここでのサムのメインサポーターはナターシャであり、私は彼女の一応の護衛役兼観測手もどきだ。キャプテンは道路脇に停めた車で待機している。
シットウェルは護衛任務中だったのか、レストランから誰かと一緒に出てくる。〝私〟にも見覚えのある顔だった。
「あの人ニュースで見たことある。スタークさんの公聴会の時にいた人だ」
「スターン上院議員よ。ヒドラが政府にまで広がってるとなると、思っていたよりずっと、面倒な事態になるわね」
狙撃銃のスコープからそれらを見ていたナターシャが苦々しく答えた。双眼鏡の向こうでは今、スターンとシットウェルがハグをしていた。はいはい、ハイルヒドラハイルヒドラ。
シットウェルを視界から外し、私はサムを見る。携帯でシットウェルとお喋りを始めたサムは、やがてさりげなくこちらに合図を出した。
「ナターシャ、合図出たよ」
それを伝えれば、ナターシャはレーザーポインターをシットウェルに照射した。私が再びシットウェルへと視線を戻せば、彼は狙撃手を探すように周囲を見回し、しかしすぐに諦めた表情になった。
シットウェルはサムの指示通り道路脇の車に乗り込んだ。作戦の第一段階は終了だ。その場を片付け、私たちはシットウェルを連れて来たスティーブと合流し、ビルの屋上へ向かう。
塔屋のドアを開けると、スティーブは乱暴にシットウェルを屋上へと押しやった。ゾラのアルゴリズムについて、船で何をしていたか、尋問しながらスティーブはシットウェルを追い詰める。
この期に及んで船では船酔いで吐いていただなんてシラを切るシットウェルは、あっという間に屋上の端までたどり着き、後ろ向きで落ちそうになったところをスティーブに掴まれて止められた。まだ余裕があるようで、挑発するような空笑いを浮かべている。
「どうした? ここから落とすぞって言いたいのか? それは君のやり方じゃないだろう」
「そうだな、確かに。これは彼女のやり方だ」
スティーブはシットウェルの乱れたスーツを整えてやると、さっと横に避けた。代わりに彼の前に出たのはナターシャだ。シットウェルが状況を把握する前に、ナターシャは足を上げ、シットウェルを蹴って落とす。
「あ、そうだ。経理部のあの子は? 確か、ローラ……?」
「リリアン? 唇にピアスの」
「確かに彼女いい人だけど……パンク系な感じ? じゃなかった? スティーブに合うかな……?」
「ああ、遠慮しておくよ」
遠くなるシットウェルの悲鳴をBGMに、私たちは場違いな会話を繰り広げる。
そうしている内に再び悲鳴が近付いてきて、黒い影が空中に現れた。影は屋上にシットウェルを落っことし、屋上へと降り立つ。
短い悲鳴を上げて四つん這いに私たちを見上げるシットウェルは、さっきの余裕はどこへやら、ペラペラと喋り始めた。
「プログラムだ! アルゴリズムで、標的を選ぶための……」
「標的は?」
「お前だ! それから、カイロのテレビ司会者、国防次官、アイオアの高校の卒業生代表、ブルース・バナー、スティーブン・ストレンジ――ヒドラの驚異になる者は誰でも! 今も、未来においても」
シットウェルは言い終えると、私へと視線を合わせる。なんだと思って頭を傾けた私に、シットウェルは半笑いを浮かべた。
「ユーリ・タカムラ! お前の叔父もだ!」
「……は?」
映画通りと思って聞いていた私は、シットウェルが放った言葉に、地を這うような低い声を上げた。表情を失くした私の姿に、シットウェルは強気な態度を多少取り戻したようだった。
「決まっているだろう、お前の力はヒドラの脅威になる! だがその代わり、お前には大きな弱点がある! それをヒドラが見逃すと思ったのか! 早くこちら側に来たらどうだ! 叔父の命は助けてや……」
シットウェルの言葉はそこで途切れ、続きはうめき声へと替わった。私の拳がシットウェルの頬を殴ったからだ。
「マスター!」
「ユーリ!」
シロとナターシャが叫ぶ。私はそれを無視して、シットウェルの胸ぐらを掴んだ。シットウェルは自分が何をしたのかそこで初めて分かったかのように、目を丸くして怯えていた。
こいつは末端に過ぎない、黒幕は別のやつだと、冷静な私が頭の中で囁く。
「……必要なことにだけ答えろ。それともさっきの、もう一回やりたいか? 次は私が落として、私が拾ってやる。私はキャプテンやサムほど優しくないぞ」
自分の声が自分のものじゃないように思えるほど、低い声で私はシットウェルを脅していた。掴んでいた胸ぐらを、打ち捨てるように離す。
「未来においても、と言ったな。一体どうやって?」
スティーブが冷静に問い質した。その問いに、シットウェルは笑い出す。
「何故分からない! 二十一世紀は、デジタルで読み解ける。ゾラがヒドラに、分析法を教えた」
口座情報、病歴、投票傾向、メール、入試の点数。ゾラのアルゴリズムは人々のあらゆる過去を分析し、標的の未来を予測すると、シットウェルは語った。
「その後は?」
スティーブが更に尋ねるが、そこまで言ったシットウェルはハッとした様子で顔を青くした。
「まずい……ピアースに殺される……」
「その後は!」
スティーブは強い口調で繰り返す。シットウェルは唇をわななかせて、口を開いた。
「ヘリキャリアが対象の標的を抹殺する。一度に数百万人も」
シットウェルは言い終えると、再び怯え始めた。ぶつぶつと呟く言葉は、ピアース、殺される、などといったまとまりのない言葉だ。
その姿に苛立ちが募り、私はもう一度胸ぐらを掴む。シットウェルが短い悲鳴を上げた。
「私たちをトリスケリオンに入れろ。出来ないとは言わせない」
私の脅し文句に、シットウェルは何度も頷く。その姿を見て、私は再びシットウェルを捨てるように離し、塔屋へと踵を返した。
「ユーリ」
「今すべきことは分かってる。平気だよ、キャプテン」
後ろから掛けられたスティーブの声に一度立ち止まって答えた私は、真っ先に屋上を後にした。