落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
手は打っていた。アスガルドから地球に戻って、日本に一時帰国して、初めにやったのが叔父に守護のルーンを掛けたお守りを渡すことだった。叔父に悪意をもって近付くことは出来ない。
それでも、シットウェルの言葉は私に強い衝撃を与えた。
前世と今世、いくつもの転生の記憶の中で、家族はそれぞれ変わった。それでも〝私〟にとってそれぞれが大切な家族には変わりなかった。
普通の子供より大人びた娘であった私を、母や叔父は疑うことなく愛してくれた。何より、シロのことを受け入れてくれた。
母は死んだ。私のせいで。私たちのせいで。また、同じことが、今度は叔父に起きたら。
「マスター」
ビルの最下階に降りた時、シロに声を掛けられてはっとする。横を歩いていた彼を見下ろすと、彼は静謐な瞳で私を見つめていた。
「手を痛める。少し力を抜け」
そう言われて、自分が強く手を握りこんでいたことに気が付いた。怪我こそしていないが、手の平には深く爪の跡が付いている。
「マスターはやるべきことをやっている。自分を信じてやることも大切だ」
シロの静かで、力強い声に、私は頷き返した。そうだ、私はちゃんと、今度こそ、家族を守れる。
そうして、サムが運転する車はシットウェルも一緒に乗せて、S.H.I.E.L.D.本部であるトリスケリオンに向かって走る。
魔法を使う場合、現れる場所を絞るのが難しいし、人前で魔術をくるくるするのはまだ時期的に早く、
車内にはヒドラについて暴露してしまったシットウェルの嘆き声が響いていた。私はそれを聞き流し、黙って窓の外を眺める。シロはダイレクトに私の感情を感じ取っているのだろう。しかし何も言わずに、私へとそのふわふわの毛を摺り寄せていた。
インサイト計画が発動するまであと16時間。映画通りであれば、この車は襲撃される。
「シットウェルでDNAスキャンをクリアし、ヘリキャリアにアクセスする」
「何!? 正気なのか? とんでもない! 駄目だ、そんな……」
スティーブの提案に、シットウェルが反応する。その時、車の天井に何かが落ちるような音が響き、車内が揺れた。
思わず上を見上げた瞬間、天井が突き破られ、銀色の腕がシットウェルを掴む。私はとっさにシットウェルを掴むが、引っ張る腕の力のほうが強すぎて、私の体では重石にすらならない。そのまま、シットウェルに続いて私は天井から引っ張り出された。
「マスター!」
シロの声とともに、ビリッ、と布の破れる音が聞こえたと思えば、シットウェルの悲鳴が響く。
私の手には千切れたシットウェルのスーツの切れ端。車の上に現れた男によって、シットウェルの体は反対車線へと投げられた。
走行中の車の屋根に立つこととなった私は、とっさに能力でシットウェルの体を空気の膜で包む。あとはあいつの運次第だ。あれ以上の手助けをする義理はない。
それに――そもそも、これ以上シットウェルに構っていられる余裕はない。
目の前で、黒い男――ウィンター・ソルジャーがこちらに銃を向けていた。
反射的に、私は姿くらましで車内に戻る。ミラー越しに後ろを一瞬見た時に、それを見てしまったのか、サムが困惑した声を上げた。車内にいたシロは、少しほっとした様子で私の膝に乗った。
「ウィンター・ソルジャー!」
「分かってる!」
私の言葉にスティーブが答えると同時に、天井から銃が撃ち込まれる。魔法で見えない防護壁を張って防ぎながら、ナターシャと共に前の座席に移動する。つまり、ナターシャはスティーブの、私はサムの膝の上に。シロは一瞬で手乗りサイズに小さくなって、私の服の中に入り込んだ。
スティーブがサイドブレーキを掛け、サムが思い切りブレーキを踏んで、車は急停車する。ウィンター・ソルジャーは慣性の法則で前方に投げ出された。しかし身軽な動きで受け身を取り、金属の左手でアスファルトを抉って止まる。
ゆっくりと立ち上がるウィンター・ソルジャーにナターシャが銃を向けるが、その瞬間後ろから突っ込んできた車によって私たちの車両が押し出された。
左右に振られて壁に突っ込みそうな車を、私は目の前のハンドルを握ってなんとかバランスを保つ。そうこうしている内に、再びウィンター・ソルジャーは屋根に取り付いた。
「サム、ブレーキ踏んで!」
シートの位置的に私にはペダルが遠いなんてこんな悲しいことあるか。サムがその長い足で指示通りすぐにブレーキを踏み込む。しかし後ろの軍用車みたいな車の方が、馬力があるらしく、車は止まらない。
フロントガラスが突き破られ、金属の手がハンドルを持って行く。さすが、成人男性とおおよそ成人女性をまとめて引っ張り上げる腕である。
私はすぐに視界を切り替えた。見えるのは車の構造部分。タイヤのシャフト、あれだ!
「サム、アクセル踏んで! タイヤ動かすから!」
「出来るのか!?」
「わかんない!」
魔法で、見えざる〝手〟をタイヤに繋ぎ、無理やり動かす。横ではナターシャが天井を撃ったが、ウィンター・ソルジャーに当たった様子はない。
バックミラーには役目は終わったとばかりに後方の軍用車に移っていくウィンター・ソルジャーの後ろ姿が見えた。
隣のレーンを走っていた一般車両のサイドミラーをもぎ取りながら、私はなんとかタイヤを操作する。慣れない上に猛スピードで走ってるから、すんごい危険運転だけどね!
そんな私たちに、ウィンター・ソルジャーを乗せた軍用車が再びぶつかってくる。感覚を掴む途中だった私は、その衝撃ですべてリセットされた。ふっと浮き上がるような感覚。
あ、これスリップからの横転するやつ。
「駄目だ無理!」
「掴まれ!」
車が壁にぶつかり、タイヤが乗り上げて車体が斜めになる中、スティーブが叫ぶ。
スティーブは盾を構え、車が跳ね上がった瞬間に助手席側のドアを押し出して外した。スティーブに掴まり、掴まれた私たちは、ボールのように跳ねて飛んでいく車の下に落下した。
スティーブはナターシャを抱えてそのまま車のドアと盾を下敷きに滑り、私はサムを抱えて空気のクッションに包まれ転がる。
なんとかカーアクションから無傷で生還した私たち。私はサムと共に車の影に隠れる。
スティーブたちの方から轟音が聞こえたが平気だろうか。
「マスター、ウィルソン氏、怪我はないか」
「大丈夫」
服の中から出てきて元の大きさへ戻るシロに、私は頷く。サムも頷いた。
「平気だ。あんたほんとにハリー・ポッターみたいだな。あいつら全員、ちょいっとやれたりしないのか」
「敵の数と配置が分かんない限り難しいかな」
あんまり派手にやると味方とか一般人にまで被害が出そうだし。サムは会話しながら、ナイフを準備して機を伺う。私も高架の上にいる奴らを把握しようと車の影から顔を上げようとした。
瞬間、腹部に強い衝撃を受けた。
何が起こったのかすぐには把握出来なかった。ただ、猛烈に腹が熱くなる。反射的に手で押さえつけると、温かくてぬるりとした感触。
撃たれた。
サムが私に覆い被さりつつ、狙撃のあった方向からも死角になるように、車と車の陰が重なる場所へと私を抱えて移動する。
銃弾は貫通しておらず、弾は体内に残ったまま。魔法を使えば弾は取れる。しかし先にやるべきことがあった。
「マスター、」
「平気、撃ったやつ、捜して、早く!」
近くにはいない。狙撃だ。
視界を切り替える。方向は分かる。車と高架の壁の向こうを透視する。
高架のそばに建った赤いビル。丁度高架を狙える窓際。狙撃銃の銃口。スコープの向こう。
短く刈った、明るい茶髪。スラブ系を思わせる、彫りの深い顔。その唇には、薄ら笑い。
「余計なこと言ったな、私……!」
「はぁっ?」
私は一人舌打ちをこぼす。何を言っているのかとサムが首を傾げる。怪我を押さえてくれているサムの手を除けながら、私は立ち上がった。
「おい、ユーリ!」
「狙撃手は私を狙ってる。サムはキャップたちの援護を!」
「あんたは!」
「狙撃手をやる!」
言いながら、足を一歩。シロは私の意図を汲み取り、タイミング良く私の腕につかまった。
視界が捻じれ、私は〝別の空間〟を通り男の待つビルへ。
私が一瞬で現れたのは、男の真上だ。いそいそと拳銃を用意していた男は、ふっと視界に掛かった影へ、顔を上げる。魔力で最大限に強化した拳が、その顔にめり込んだ。
しっかりと顎を捉えた一発に、男はバタリと仰向けに倒れる。着地し、痛みに思わず膝を着く。
慣れない痛みだ。大きく一度息を吸って、歯を食いしばり銃弾を取り除いた。血の着いた弾が床に転がる。息を吐きながら、私は傷口に集中した。
後に新技術として登場するであろう人工クレードルのような形で、魔力により作り出した細胞組織で傷口を簡易的に塞ぐ。これで出血は防げたはずだ。
魔法を使えば小さな怪我はすぐに治せるが、大きな怪我となると時間が掛かるから、これは応急手当に過ぎない。そもそも私、医学なんて専門じゃないからわかんないんだ。
不意に、倒れた男の胸元から
「ソルジェフ、ヴァージャ……ヴァージャ・ソルジェフ、……知らんな」
名前をつぶやき、しかしすぐに意識を切り替えた私は、ビルの窓を開け下を見下ろす。今の下の状況は、どうなってる。
「ユーリ!」
ありえない方向から声が聞こえたと思ってそちらを向けば、『ファルコン』を装着したサムがこちらに飛んできていた。
「サム!」
私は彼に呼び返しながら窓枠に立ち、タイミングを図ってそこから飛び降りる。
サムは思惑通り、空中で私たちをキャッチした。
「あんた相当イカれてるな! あそこで躊躇いなく落ちるか、普通!」
「えっ、そういう意味じゃなかったの!?」
笑いながら言うサムの言葉に、私は逆に驚いた声を上げる。あのとき呼ばれたのはそういう、「シータ!」「パズー!」的な意味合いかと思うじゃん、普通。
ちょっぴりショックを受けたのもつかの間、私は移り変わる景色に目が行った。鳥のように空を飛ぶという体験に、こんな状況ではありながら口角が持ち上がる。
「ははっ、最高! 翼で空飛んでる!」
「振り落とされるなよ!」
上空から見下ろすワシントンD.C.の昼下がりは、突如始まった銃撃戦によって大混乱に陥っていた。鳥に抱えられて飛ぶ、なんて初めての経験による感動は残念なことに一瞬で覚めた。
上空からスティーブたちを探すと、銃弾を食らったらしいナターシャと、ウィンター・ソルジャーと戦うスティーブの姿を見つけた。
「私、ナターシャの救護で良い?」
「ああ、こっちは任せろ。着地は?」
「大丈夫。ここから落として」
私が言えば、サムの手は離される。私は空中で一回転し、魔法で空気抵抗を作りつつ、ナターシャの近くのアスファルトに軟着陸した。
「あなた撃たれたの?」
「そういうこともある」
ナターシャは血に汚れて穴が開いた私の腹部を見て言った。
私は布を作り出してナターシャの傷口を縛る。顔を上げて戦闘中のキャプテンたちを見た。丁度急降下したサムがウィンター・ソルジャーを蹴り飛ばすところだった。
ナターシャが傍らにあったグレネード・ランチャーを持って立ち上がり、躊躇い無く打ち込む。避けたから良いものの、さっき射線にスティーブいたまま撃ってなかったか……?
ともあれナターシャが撃ち込んだグレネード弾はウィンター・ソルジャーのそばにあった車を爆発させる。間一髪で避けたように見えたウィンター・ソルジャーは、その爆発に巻き込まれたのか、それとも逃げたのか。映画通りであれば辛くも逃れたはずだが。
それを確認することは出来ないまま、私たちはその場にサイレンを鳴らし現れた