落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
S.H.I.E.L.D.製だかヒドラ製の拘束具はどうやら仕掛け付きらしく、腹を止血していた魔法の疑似細胞を消してしまった。手で押さえているが、流れ出た血は下着にまで染み込んで、気持ちが悪い。
「バッキーだった」
拘束されて乗せられたバンの中で、スティーブがつぶやいた。血を失い過ぎたのか、ぼんやりとしてきた思考では、その言葉にすぐに反応することが出来なった。
「はっきり目が合ったのに、僕を他人のような目で見ていた」
「あり得るか? バッキー・バーンズは七十年前に死んでるはずだろ?」
「ゾラだ」
サムの懐疑的な声に、スティーブはきっぱりと言った。
スティーブは、バッキーは捕虜になったとき、すでに人体実験をされていたと話す。だから列車から落ちても生きており……ヒドラに捕まることとなったのだと。
確信を持った響きはかすかに自分自身を責めるような声音で、ナターシャがそれに対して自分を責めないでと労りの声を掛ける。
私も声を掛けてやりたいところだが、それどころではない。
「マスター、血が……おい、どこまで走るのだ」
「そうだ、早く二人を医者に診せないと。出血多量で死んじまうぞ」
シロとサムが、同乗している二人のヒドラ兵に対して非難を口にする。その瞬間、黙れとでも言うかのようにヒドラの一人がロッド状のスタンガンを取り出した。
息を飲んだサムの前で、そのヒドラ兵は隣のヒドラ兵へとそのスタンガンで攻撃する。そして蹴りが二発。攻撃されたヒドラ兵は床に転がった。
全員が呆気に取られる中、そのヒドラ兵はヘルメットを脱いだ。
「っあー、このヘルメットきついわ」
乱れた髪を指で払いながら息を吐いたのは、サム以外は知っている人物。
S.H.I.E.L.D.副長官、マリア・ヒル。彼女は全員を見回し、サムをチラと見てからスティーブに目を向けた。
「この人誰?」
◇
拘束具こそ外れたものの、血を失い過ぎて魔法を上手く行使出来ない私は、キャプテン・アメリカにお姫様抱っこされるというファンよだれものの状況を経験しながら、S.H.I.E.L.D.の隠れ家へと連れて行かれた。
「二人とも早く治療しなければ……」
「めし……」
「は?」
駆けてきた医者の声に、私は口を開く。
「くそまずいレーションでも何でもいい、飯食えれば自分で治せる」
「正気か?」
私の言葉に、私を抱えていたスティーブが声を上げる。スティーブに、そして振り向いたヒルに、私は頷き返す。ヒルはそんな私を見て、しかしすぐに判断を下した。
「すぐに食べられるものを持って来させるわ。先に貴方たちを彼に会わせなきゃ」
行き交うS.H.I.E.L.D.のエージェントに指示を飛ばしつつ、隠れ家の奥へと案内するヒルに、医者を加えた一行はついていく。その途中で私は駆け寄ってきたエージェントからレーションを受け取って、食べ始めた。
補給したエネルギーを、血液の生成と怪我によって損傷した組織の生成に回す。エネルギーは魔力に変わり、魔力は文字通り血肉となって、やがて私の体に馴染んでいくだろう。
隠れ家の奥に、ビニールのカーテンを引いた空間があった。ヒルが開けたカーテンの先には、ベッドと病室で見るような機材。ベッドには、死んだと言われていたS.H.I.E.L.D.の長官、ニック・フューリーの姿があった。
驚きもそこそこに、私たちは話を聞く体勢になる。スティーブは、近くの椅子に私を掛けさせてくれた。
「脊椎の裂傷、胸骨にヒビ、鎖骨骨折、肝臓に穴、おまけに頭痛もひどい」
「あと肺の虚脱も」
「覚えておこう。まあ、とにかく私は無事だ」
あちこちに包帯を巻かれ、管も通された姿だが、フューリーは確かに生きていた。ナターシャが、心臓が止まっていた事を指摘する。
フューリーは、バナー用の鎮静剤として開発したテトロドトキシンBによって、脈を一分間に一回まで抑えてそう見せかけたのだと答えた。テトなんとかってフグ毒のこと?
「何故黙っていた? 僕たちにまで」
「暗殺に成功したと思わせる必要があったの」
スティーブの問いに、ヒルが答える。死人は殺せない、とフューリーが付け加えた。
「〝敵を欺くにはまず味方から〟?」
「『孫子』か。よく知ってるな」
私の言葉に、フューリーは褒めるように言った。
その後、ナターシャは治療を受け、フューリーはベッドから起きた。私も自身の治療にエネルギーと神経を集中させて、とりあえず問題なく動けるようにはなった。
◇
場所を変え、会議室のような場所。私たちは再び全員で額を突き合わせて、今後の対策の話し合いを始めた。
「この男はな、ノーベル平和賞を断ったんだ。〝平和とは功績ではない。我らが果たす義務であり責任だ〟そう言ってな」
「大層な御高説だ」
フューリーが手にしているのはピアースの写真だ。そのピアースが語ったという言葉を聞いて、シロが皮肉を口にした。フューリーはそれに対して同意するように笑みを浮かべた。
「計画を止めなきゃ」
「委員会はもう、私に耳を貸さないだろうな。だから別の手を使う」
ナターシャの言葉に答えながら、フューリーは傍らに置いてあった黒いケースを開いた。中には三枚のチップ。
サムが「それは何だ」と尋ねる。その問いに、ヒルがパソコンの画面をこちらに向けた。画面にはワシントンD.C.を中心とした地図と、その上空に浮かぶ三機のヘリキャリアが映っている。
インサイト計画では、ヘリキャリアが高度
「ヘリキャリアに侵入し、照準捕捉システムの回路をこれと入れ替える」
「一機や二機じゃ駄目よ。三機すべてをリンクさせなくちゃ意味がない。もし一機でも武装が完了すれば……市民の大勢に犠牲者が」
フューリーとヒルは交互に説明をした。ヘリキャリア内の乗組員はもちろんヒドラであることもフューリーは言った。まあ言わずとも、こちらは承知ではあるが。
「ヒドラを突破し、サーバープレートをセットし、その後で機体を回収できれば……」
「回収はしない。ヘリキャリアだけじゃない。S.H.I.E.L.D.も倒す」
フューリーの言葉を遮って、スティーブがきっぱりと告げた。その言葉に、フューリーは驚いた顔をする。
「S.H.I.E.L.D.は無関係だ」
「あんたがS.H.I.E.L.D.の危機を招いた。S.H.I.E.L.D.が乗っ取られても気付かなかったろう。目の前でヒドラが育ってたのに」
「何故この隠れ家を作っていたと? 気付いていたからだ」
「その間にどれだけ犠牲を払った?」
スティーブの言葉に、フューリーは口を噤む。そしてややあって、口を開いた。
「バーンズのことは知らなかった」
「知ってても僕に言ったか? それともまた、〝情報を分割化〟していたか? S.H.I.E.L.D.も、ヒドラも――すべて潰す」
フューリーはアプローチの仕方を変えようとしたらしいが、スティーブの固い決意の前にそれは無意味だった。
「彼の言うとおりです」
止めを刺すようにヒルがスティーブに同意した。
助けを求めるように、フューリーの視線は他の同席者たちに向けられた。ナターシャは無言で冷たい目を向け、サムはすでにキャプテン・アメリカについていくだけだと腹を決めていた。
最後、私へと視線が向けられて、私は口を開いた。
「……ヒドラは首を切っても、二つになってまた生えてくる。切り落とすだけじゃ駄目」
「根本を絶たねば。正義が貴方の心にあり続けるなら、何度でもS.H.I.E.L.D.はやり直せるはず」
私の言葉を引き継ぎ、シロが言う。良いこと言うじゃない。
誰からも援護がないと分かったフューリーは、瞳に一抹の寂寥を宿してため息を吐き、スティーブの言葉を受け入れた。
「今後は君が命令を出せ。キャプテン」
方針は決まった。
作戦会議が終わったあと、私はふと聞きたかった事を思い出してフューリーを見た。
「ところで長官、私たち用の拘束具、作らせてたんですか?」
「……」
私の質問に、フューリーは黙り込んで視線を逸らした。スティーブから再び非難の目が向けられる。
「万一力が暴走したときのため……」
「その素振りを、彼女たちが見せたことはあったのか?」
「敵対する可能性も……」
「ユーリたちが敵なら今頃あなた、食事に毒でも盛られてるでしょうね」
スティーブのみならずナターシャまでもがフューリーを批判しており、私は図らずもフューリーに同情してしまった。
「アー、二人とも、ありがとう。でも違うんだ、そういうことが言いたいんじゃなくて。ただ、手錠だけかどうかが聞きたくてさ。この任務で、奴らが使ってくる可能性もあるってことでしょ」
それだけが戦う手段ではないが、主戦力なのは事実だ。
ヒドラに〝魔術〟の存在を気取られるのは避けたいし(そもそも実践で使いこなせるほど使い慣れてないし。初心者であんなに使いこなせるの、ストレンジだけだからな)、ルーン魔術だけでは心もとない。イマジェンの魔法を封じられる可能性があるなら、備えておくに越したことはない。
「君たち用の拘束具は、ユーリとシロの繋がりを阻害する周波を出すよう設計されている。作らせたのは拘束具と……一定の範囲に周波を放つ装置」
「それだけ?」
「おそらく」
戦闘で使われるとすれば、フューリーの言う後者の装置だろう。レザンも使っていた類のものだろう。
「それだけって……平気なのかよ?」
「うん。経験あるから」
サムの問いに、私は笑って頷いてみせた。
◇
血まみれになった服は脱いで、私はS.H.I.E.L.D.の用意した
ナターシャが着るようなピッタリとしたやつではなく、軍で支給されるような暗色の迷彩服のズボンに、シャツとジャケットである。一番小さいサイズだと言われたのに色々な部分がだぼついた。
……まあ、男女兼用サイズらしいから、仕方ないね。
ブーツの中にズボンの長い裾を邪魔にならないようにしまい込んで準備を整えていれば、同じく戦闘服に着替えたスティーブたちの声がやってきて、私は顔を上げた。
「――っ!」
目に飛び込んできたその姿に、私は立ち上がり、両手を口元にやって声にならない悲鳴を上げた。
「ユーリ?」
「
「作戦前に死なれるのは困る。いや、作戦中も困るが」
色々ありすぎて忘れてたけど、そうだ、『
限界オタクと化して語彙力を失った私に、スティーブは真面目に返答した。そういうところも
「写真撮ってもいいですか……?」
「ああ、撮りながらで良い。作戦の確認を」
「えっ、良いのかっ?」
驚くサムの横で、私は嬉々としてスマホを構えた。
上から、下から、横から、
「さっき話した通り、三機のヘリキャリアのそれぞれを、この三人で受け持つことになる」
写真は継続して撮りながら、私はキャプテンの言葉を聞きつつ、作戦会議で決まった作戦の内容を脳内で確認した。
三機のヘリキャリアそれぞれにあるサーバーへそれぞれが侵入し、サーバープレートを交換する。以上。
キャプテンは現役のエージェントだが、他二人は退役軍人と半一般人。フューリーは難色を示したが、敵が作戦の開始時間を早める可能性がある以上、最短を選ぶのが最善だ。向こうは大勢の一般人を人質にしているようなものなのだから。
「ねえ。向こうとしては一機でも残ってれば勝ちでしょ。私が敵なら、
「バッキーは僕がやる」
写真を撮りつつ私が問えば、スティーブが即答した。
「ヘリキャリアの内部映像をハッキングすることは不可能よ。どのヘリキャリアにいるかは分からないわ」
「……出たとこ勝負だ」
ヒルの指摘にスティーブは答える。私は写真を撮るのを止めて、真面目にスティーブを見つめた。
「大丈夫なんだね?」
「――ああ」
「じゃあ、もし私がバーンズ軍曹に会っちゃったら、なんとかしてキャップのとこにデリバリーするよ」
「ああ、頼む」
しかと頷いたスティーブの瞳に宿った決意の光に、私は笑い返した。スティーブも、笑って頷く。
「じゃあ、俺も頑張って連れてく……連れていけるかな……?」
「頑張れウィルソン氏。君なら出来る」
サムも言いかけるが、自信なさそうに眉尻を下げた。それをシロクマが励ますシュールな絵面。その様子に、みんなの緊張はいい具合に解れた。
「じゃあ、始めるか」
スティーブの言葉に、私たちは頷きあった。