落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第三章 幕間
断章「ある男の新たな始まり」


 レザンがキルン刑務所へと収監された後、たった一人だけ、彼と面会する者があった。

 ローマン・デイ。ザンダー星のノバ軍将校。

 刑務所へ入る直前に見たことがある程度に、レザンもローマンを知ってはいたが、こうしてわざわざ面会に来るような親しい間柄などでは決してなかった。

 首を傾げるレザンに、ローマンは面会室を遮るフェンスの下から二冊の手帳を渡した。本の差し入れは禁止されていなかった。

 一冊はレザンも見覚えのある革表紙。父の遺した手記。もう一冊は、どこかで見たような気がする、表紙のよれた手帳だ。よく見れば、数冊をゴムで留めて一冊にまとめてあった。

「テラ人のユーリ・タカムラは分かるな。彼女から君に渡してくれと頼まれた」

 ローマンは不本意と言った様子でそう言った。ユーリ・タカムラ。レザンの抱いていた野望を砕いた少女。

 そういえば、この表紙のよれた手帳は、彼女が持っていたものだ。ラシューカの城で卓についたとき、彼女がテーブルの上に置いていた。

「渡すのはいつになっても良いと言われていたのだが、ずっと私が持っておくのは据わりが悪い。だから早々に、渡しに来た。では、失礼する」

 ローマンは何か言い訳をするようにそう続けて、腰を上げた。レザンはその言葉を聞き流しながら、ユーリの持っていた手帳を引き寄せ、開く。

 中に書かれていたのは、テラの言語とラシューカの言語だった。

 父の形見と共にわざわざこれを寄越したのは、レザンが、ラシューカの言語を知らないと語ったからに違いない。テラの言語であれば、かつて脳に埋め込んだチップで問題なく読み取れる。

 これを参考に、父の手記を読めと。ユーリはそう伝えているのだ。

「……どこまで、」

 読み方も知らぬ言語を読み解くのは、どれだけの苦労であっただろう。それを、このように、簡単に他人へ明け渡すなんて。

 レザンは泣き笑いのように口角を持ち上げて、ユーリが書いたであろう文字をなぞるように読む。

「おい、そろそろ房へ戻れ」

「……ああ」

 面会人がいなくなってもまだ座ったままのレザンに、看守が声を掛ける。レザンはおとなしく頷き、二冊の手帳を手に立ち上がった。

 お人好しで、優しい少女。それでいて意志が強く、好奇心が強く、この手帳を見る限り執念深い部分もあるのだろう。

 レザンも意志の強さが、執念深さがあったから、宇宙を支配しようなどと野望を抱いた。同じものなのに、向ける方向が違えば、かくも結果が変わるものか。

 もしも自分が、父の手記を読むためにラシューカの文字を読み解く事に心血を注いでいたなら。戦争以外の道を見つけていただろうか。

 ユーリ・タカムラとも、もっと別の出会い方が、あっただろうか。

 そんな、詮無いことを考えた。

 

 ◇

 

 そうして、レザンが収監されて二年近くの歳月が流れた。

 娯楽の少ない刑務所の中で、楽しみの数は限られている。囚人同士の喧嘩、ちょっとしたゲームの賭け、それから……。何はともあれ、レザンの食指が動くような娯楽となると、もっと限られる。

 そんな限られた楽しみの一つであるのが、刑務所に新入りが入ることだった。今日はどうやら数が多いらしい。

 緑の女と、黄色の男、喋る犬に動く木。関係性は分からない。前の同部屋が死んでから、一人で使っている房の中でそれを眺めていたレザンは、彼らを見て、何かが起こるような予感を感じてすっと目を細めた。

 そして罵声を浴びながらレザンの房に入ってきたのは新入りのうちの一人である女囚人だった。

 何も気にしていないかのように、気丈に振る舞ってはいるが、囚人の一人がガラスを叩いた音に微かに息を飲んでいた。どうやら今日から、彼女がレザンの同部屋となるらしい。

「今日は騒がしくていけないな」

 レザンは静かに言って、ついと指を動かした。

 見えない糸がいくつも編み込まれ、それが膜となって、声がシャットアウトされる。唐突に聞こえなくなった事に驚いた様子で、女囚人はドアを見て、レザンを見た。

「何をしたの?」

「私にはちょっとした力がある。それだけさ、ガモーラ。サノスの娘」

 レザンがゆったりと微笑めば、この宇宙で最も恐れられ最も怨まれているだろう男の、娘であるガモーラは警戒するようにきゅっと眉を寄せた。

 ここの看守が囚人の安全を考慮して部屋割りなどすることはない。レザンもまたガモーラを恨んでいるのだろうと考える、そんなガモーラの心がレザンには読めた。

「親というものは、切っても切れぬ。罪も、栄光も。何にせよ、親のために子が苦労するとは大変なことだ」

「……」

「あまり睨まれても困る。生憎と、私には君を恨む理由はない。まあ、君のいびきがうるさいとなれば、恨むことになるかもしれないがな」

 ちょっとしたジョークを言ってみるが、ガモーラは警戒心を解く気は無いようだった。その頑なさに過去の自分を重ね、レザンは目を伏せて自嘲じみた笑みをこぼす。

「同部屋が静かだと気が楽だな」

 皮肉を吐いて、レザンは壁を背もたれに、手元の本へと意識を落とした。

 

 ◇

 

 何かが起こると予感していたレザンの勘は翌日、早くも当たることとなった。

 どうやら新入りの囚人たちと、囚人の中でも一歩抜きん出た強さを持つドラックスという囚人が結託して、脱獄を図っているらしかった。下の広場で銃を猛射する喋る犬と、枝を伸ばし暴れる木を、レザンは房の外の通路から見下ろしていた。

「脱獄か」

 ぽつりとつぶやく。そもそも考えたことのなかった選択肢に、レザンは興味を惹かれる。

 罪を償うならばここにいるのがきっと最短なのだろう。しかしレザンは、ユーリ・タカムラに望まれてここに入った訳ではなかった。

 あの時、たまたまあの場にノバ軍が来て、レザンを裁いただけ。

 ユーリ・タカムラはレザンを法の下で裁こうとはしなかった。ユーリ・タカムラの思う〝悪いこと〟をしない限り、レザンがどうしようと、どこへ行こうとも、彼女は気にしなかっただろう。

 ――私が脱獄したと聞いたなら、彼女はどんな顔をするだろうか。

 怒るか、悲しむか。想像して、「いいや」とレザンは一人微笑む。

 きっと彼女は呆れたように笑うだろう。何故だかそんな気がした。

「おい、お前! さっさと房に戻れ!」

「――嫌だ、と言ったら?」

 銃を向けて命令する看守に、レザンは笑みを深めて答えた。その反抗的な態度に、看守は引き金を引こうとする。それより早く、レザンの手が持ち上がった。

 レザンの意識の中で、見えない糸は撚られて一本の紐となって、看守の銃の下へと潜り込み、その銃口を上へと向ける。銃身が頭にぶつかって、看守はその場にひっくり返った。

 レザンには必要の無いものだが、たまには銃を使うのも悪くは無いかと思って、レザンは看守の銃を取ろうとする。

 かがんだ時に、看守の腕についた機械へ目が行った。他の看守にこれがついていた記憶は無い。何か、特別なものだろうか。

「待ちなさい」

 看守の腕を引いたレザンに、第三者の声が掛かる。顔を上げれば、ガモーラが立っていた。相変わらず警戒した瞳で、レザンを見つめていた。

「それを寄越して。さもないと……」

「脱獄に必要なものか」

 レザンを脅しに掛かるガモーラへ、レザンは静かに尋ねた。ガモーラはぎゅっと眉間にしわを寄せる。レザンはその視線に、疑われたものだと苦笑を漏らした。

「私もついて行かせてくれ。その代わりにこれを渡す、と言ったらどうする?」

 レザンは首を傾げ尋ねた。それを聞いたガモーラは見定めるように彼をじっと見つめ、ややあって口を開いた。

「来たいなら、勝手について来なさい」

「そうか。それは良かった」

 そっけなく答えたガモーラに、レザンはそれでも満足そうに笑みを浮かべた。看守から手を離せば、ガモーラは近寄って、看守の腕についた機械を外す。レザンはそれを興味深げに見つめた。

「で、それはなんだ?」

「ドアのリモコン。脱獄に必要なの。――ロケット!」

 ガモーラはレザンの質問に簡潔に答えて、リモコンを下で暴れまわる喋る犬に投げた。ロケットというらしい。それからその相棒らしき動く木は、グルートと名乗っていたか。

「看守塔に急げ!」

 ロケットは投げられたリモコンをキャッチすると、ガモーラにそう指示を出した。看守塔は刑務所の真ん中に位置する。

「聞こえたでしょ。遅れたら置いていくわ」

「ああ。そうしてくれ」

 ガモーラは返事を聞くと、少しの助走を付けて看守塔のそばの通路へとシャンプした。レザンは空中に見えない糸を張り巡らせて道を作ると、その上を悠々と渡っていく。

 レザンが通路に辿り着けば、新入りたちとドラックスが勢揃いしていた。

 看守塔のドアのロックを解除し中に入れば、振り向いた看守が降参するように両手を上げる。抵抗を止めた看守はグルートに掴まれて、外へ追い出された。

 全員が中に入ると、ガモーラがドラックスを見て何故こいつがいるのかと黄色の男に尋ねている。ロナンがどうこう言っているが、レザンはあまり興味ないので聞き流した。

「っていうかあんた誰?」

 黄色の男は不意にレザンへと水を向けた。その問いに一度目を瞬いたレザンは、悠然と微笑む。

「レザンだ。私も脱獄したくてな。よろしく頼む。そう言えば君の名前を知らないな。君は誰だ?」

「あ、あー、俺は……スター・ロード。聞いたこと無い?」

「ああ、すまない。世俗には疎くてな。よろしく頼む、スター・ロード。スターが名前でロードが家の名か? それともスター=ロードで一つの名前だろうか」

 スター・ロードはレザンのずれた質問にえーっと、とやりにくそうに頬をかいた。

「俺にはピーター・クイルと名乗っていた。嘘を吐いたのか」

「違ぇよ! ピーター・クイルが名前と苗字! スター・ロードは通り名ってやつ! ああ、クソ。なんなんだよ……」

 ドラックスが口を挟むと、スター・ロードことクイルは面倒くさそうに頭を掻きむしった。

 ドラックスは紛らわしいのがいけない、とぼやいて同意を求めるようにレザンに視線を寄越す。レザンは子供をなだめる時そうするように、確かにそうだなと頷いた。

 やがて看守塔は武装した看守たちに包囲される。

 ロケットランチャーが撃ち込まれ、看守塔のガラス窓にヒビを入れた。それが三発撃ち込まれ、一斉攻撃が始まろうとする危機一髪の状況で、ロケットが何かの配線を繋ぎ合わせた。

 すると、武装した看守たちだけでなく、房にいた囚人たちの体まで、看守塔の中以外のすべてが浮き上がりだした。

看守塔(ここ)以外の人工重力を切ったのね」

 ガモーラがつぶやき、感心したように笑みを浮かべた。

 看守塔もまた繋がっていた台から切り離され、浮き上がる。包囲していた機関銃の飛行型自動ロボットがロケットの操作で看守塔の下に取り付き、ジェット噴射をして、看守塔は簡易の脱出ポットとなった。

 囚人たちの居住スペースを抜け出し、レザンたちは押収されていた荷物を取り戻す。そしてクイルの船だと言うミラノ号に乗り込み、無事彼らは脱獄を成功させた。

 思い付きとその場の勢いで行った脱獄。それが、レザンという男の、新たな始まりとなるのであった。

 

 

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