落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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序章-5「疾走逃走戦闘」

 ――力が欲しいか?

 喉の奥で、いらない、と答えた。この目覚ましで目覚めてこのかた、こんなにも寝覚めの悪い日は初めてだ。ベッドに寝たまま器用に気怠い体を伸ばして、私はのっそりと起き上がった。

 トイレに行って、手を洗うついでに顔を洗い、やっとしっかり目を覚ます。左手の甲には相変わらず、痣のような赤い令呪もどきの痕があった。それを見ないふりして、居間に行く。

 キッチンには珍しく母がいて、料理をしていた。

「優李、今日お休みでしょ。昨日自分で言ってたじゃない」

 母にそう言われて、やっと思い出した。昨日のアレで学校にはS.H.I.E.L.D.の調査が入るのか、今日は所謂〝家庭学習〟となったのだ。そのまま土日に入るから、実質三連休になる。

 惜しむらくはせっかく惰眠を貪れるって日に、いつも通りに起きてしまったことか。二度寝したら昼まで起きない気がするし、それはそれで勿体ないので、このまま朝ご飯を食べてしまおう。

 朝食を取って、リビングでだらだらとテレビを見ていれば、出掛ける母から頭痛薬の買い出しを頼まれた。

 ちょっと多めにくれたお金は、昼食はそのお金で、という意味だろう。そう解釈しておく。漫画を買うときの足しにして、お昼は家で適当に済ませよう。

 母が出掛けてから、私は少しだけ昨日、一昨日と出来ていなかった授業の復習や出ていた課題をこなして、家を出た。

 自転車で最寄りの薬局に行って、頼まれた物を買ったあと、そこからほど近い場所にある小さな本屋へ入る。

 店内には相変わらず、レジ近くに置かれたテレビの音が鳴り響いている。

 私が小学生の頃からおじいさんな店主は、そのテレビから目を外して、人の好い笑みを浮かべて「いらっしゃい」と私に声を掛けた。私は「こんにちは」と会釈しながら漫画本のコーナーへと向かおうとする。

「〔たった今入ったニュースです。○県△市△高校に未確認生物が襲来したと――〕」

 自分の住んでいる県と市の名前、そして何よりも自分の高校の名前がニュースキャスターによって読み上げられて、私は思わず足を止めた。店主が近くだ、と呟く。

 私は一瞬躊躇って、テレビの方へと向かった。レジ台の上、店員側に向かって斜めに置かれたテレビを、レジ台に乗り上げて見る。私のその行動に、店主は少し驚いた様子で、けれどテレビを少し押して、こちらに画面を向けてくれた。

 テレビの画面には、中継の映像が映されていた。

 見知った校舎、校庭。そこには昨日見たのと同じ、金属のような外殻に覆われたエイリアン――ミルファン星人の戦闘メカの姿。そしてそれらを吐き出す、昨日見た宇宙船より更に大きな宇宙船らしき大きな金属の塊があった。ちらほらと黒いスーツを着た人たちの姿もある。S.H.I.E.L.D.だ。

 昨日シロが言っていた通り、あのミルファン星人がシロを狙っているのだとしたら、シロもきっとあの場にいるはずだ。

 いや、いたからどうだって言うんだ。私とシロはもう、関係ない。昨日、そうなったはずじゃないか。

「ここ、お姉ちゃんの行ってる学校かい」

「あ……はい。そうです」

 不意に店主に声を掛けられて、私は頷く。店主は気の毒そうに眉尻を下げた。

「これじゃ勉強出来なくなっちまうだろ。大変だねぇ」

 その言葉に改めてテレビへ目を向ければ、校舎に抉られたように一階部分の一部が崩れている場所があった。一瞬、土煙の中に倒れている黒いスーツの人が映り、カメラはすぐに違う方向へと向けられる。シロの姿は見えない。

 けど、もし、どこかにいるのだとしたら。

 迷う心は、私の顔を俯かせる。それと同時に視界に入って来たのは、無意識に握り込んでいた左手と、その手の甲にある赤い痣だった。

 ――力が欲しいか?

 頭の中に、その問いが過ぎる。答えはノーだ。その気持ちは、今も変わらない。

 多分きっと、数年後の私に同じ問いをしても同じ答えが返せる。〝義務なき権利〟は無い。あってはならない。

 この力を持つ権利を欲するなら、私は義務を果たさなければならない。そんな面倒、背負いたくない。日常を捨ててまでして、得られる対価はきっと少ない。

 だから確かに私は、実際のところ力なんて欲しくはなくて。

 でも、それでも。

 友達のピンチを見捨てるのと、力が欲しいかどうかは、別のことだ。

 友達が大事なのは、子供だろうと大人だろうとも、同じことだ。

 急に動き出した私に驚く店主の声を背に、私は本屋を飛び出した。

 店先に停めた自転車の前かごに荷物を放り入れながらサドルに跨って、学校への道のりをなぞる。

 いつもは出したりしないスピードを出した。

 ゆるりと続く上り坂に、ふくらはぎと太ももがすぐに重たく、悲鳴を上げ始める。正常な呼吸なんてすぐにどこかに行って、酸素を求める肺が痛い。心臓は体中に血液を巡らせるために激しく脈打って、うるさいほどだ。首筋に、背中に、汗が滲んで気持ちが悪い。

 でも、止まる訳には行かなかった。大通りの赤信号にイラついて、自分の体力の無さを呪って、それでも、行かなきゃいけない。

 そうしなきゃ、きっと私は、一生自分を憎み続けるから。

 

 ◇

 

 正門の前には人だかり。その人の波を抑えるように警察官が立っていて、中に入ることは出来そうもない。

 しかしそこは在校生である。この学校に正門と裏門以外にも入る場所があることを、私は知っている。

 学校の周りに張り巡らされた、ブロック塀に沿って脇道へ入って少し。

 テニスコートと駐輪場に丁度挟まれた場所には、使われていない鉄柵扉がある。特に鍵が掛けられている訳ではないから、誰にでも出入りが出来る。噂話程度だが、夜にそこから侵入して度胸試しをした先輩がいたとかいないとか、聞いたことがあった。

 一度自転車を下りて、ふらふらの体で鉄柵扉を押し開ける。

 気休めだけど、着ていたパーカーのフードを被って、再び自転車に乗って走り出す。グラウンドに入れば、二階の教室の一つが、吹き飛ぶのが見えた。思わず漕ぐ足を止める。

 黒スーツの人が数人、二階からグラウンドに落ちた。

 もうもうと広がった煙が晴れると、崩れた二階のベランダ部分にシロの姿があった。小さな白い塊がもぞもぞ動いて、二階の奥を見る。その視線に釣られるように視線を動かせば、教室の奥から巨大なメカが姿を現した。丁度、昨日襲撃してきたメカを五倍くらいの大きさにしたようなやつ。

「シロさん!」

 夢中で名前を呼んで、再び自転車を走らせた。シロは、私の声に気が付いてこちらを見る。シロの口が、動くのが見えた。確かに、マスター、と呟いた。

 その後ろで、巨大なメカが腕を振り上げる。その腕に取り付けられた刃がシロに迫っていた。

「シロ!」

 もう一度、名前を呼んで、片手を広げた。今度は、受け止める。ちゃんと、受け止める。腹は括った。もう逃げない。

「マスター!」

 今度ははっきりとそう聞こえた。ぱっとシロが跳ねて、二階から飛び降りる。

 落ちてくるシロに向かって、私は走ってきた勢いを殺さずに、自転車を蹴って飛び出した。落ちてきたシロを抱きとめて、そのまま地面に転がる。

 シロを抱いて地面に仰向けで転がれば、私たちに影が落ちる。巨大なメカが私たちに迫っていた。二階から飛び降りて、振り上げた腕をこちらに振り下ろそうとしている。

「マスター、避けろ!」

 シロが私の腕の中で叫ぶ。私は迫る巨構から視線を離さずに、想像を巡らせた。この巨体を押し止めるもの。

 視界の片隅で、赤くぼんやりとしていた令呪もどきが再び形を得て、淡く光を帯びる。

 ジャラララッ、と金属の擦れる音が響く。

 空中に現れた丸い空間の歪みからは太い鎖が打ち出された。鎖は巨大メカの腕に、脚に絡みつき、その巨体を締め上げた。メカが振り下ろした腕の刃は、私たちの眼前でその動きを止める。

 天の鎖。

 『Fate』シリーズのサーヴァント、ギルガメッシュが持つ宝具の一つ。かつてウルクを飢餓に追い込んだ神獣・グガランナに対して使用し、捕らえたと言う鎖。その逸話から作中では、使う相手の神性が高いほど、硬度が高まるとされていた。

 目の前の相手は明らかに近未来的な姿で、神性とは無縁そうだ。けれど、そんな事は多分関係ない。だってこれは、私の想像で出来ている、天の鎖であって天の鎖でないものなのだから。

 神性があろうと、なかろうと、とにかく丈夫な鎖と言うイメージが私の中にあれば、これは滅多なことがなければ千切れたりしない鎖だ。

 事実、巨大メカは動こうとするが、ギチギチと金属の擦れる音が響くだけで、天の鎖が千切れそうな様子はない。私はそれから目を逸らさずに、尻餅をついているような姿で後ろへと退いていく。

「なぜだ、なぜ来た、マスター!」

 腕の中で、シロが叫んだ。私は巨大メカに向けていた目をシロに向ける。

「こんなことをすれば、君が〝相棒〟だと、バレてしまう! 俺がマスターから離れた意味が、なくなってしまうだろう!」

 なぜだ、とシロは泣きそうな声で叫ぶ。

「ごめん」

 多分、シロはS.H.I.E.L.D.に、私のことを話さないでいてくれたのだ。私は、そんなシロの思いやりや優しさをも踏みにじって、私の勝手でシロを突き放して、またシロの元に来た。本当に勝手だ。

「ごめん、シロさん。自分勝手な事ばかりで、ごめん。でも、私、友達のこと放って、自分だけ安全なところにいるなんて、出来ないよ」

「ともだち、」

 私の発言に、シロは呆然とした顔で私を見た。その表情が少し笑えて、私の口角は下手くそに持ち上がる。

「力を持つ責任とか、正直嫌だし、〝相棒〟とかも訳分かんないけど。でも、私は、シロさんと友達でいたいって思うよ。だから、ここに来たんだよ」

 こんな状況じゃなきゃ、こんなこっ恥ずかしいクサい台詞言えないって台詞を、思わず言ってしまった。何か反応して欲しいけど、シロはただただ目を見開いて驚いている。

 そんな私たちの上で、金属の軋む嫌な音が響く。

 見上げれば、巨大メカは天の鎖に拘束されながらもなお動こうとしており、天の鎖をも千切ろうとしていた。

「とにかく、話はこいつを倒してからだ」

 震える足を叱咤して立ち上がる。相手は私よりも数倍大きい、それも人間ではないものだ。怖い。逃げたい。でも、あれだ。逃げちゃ駄目だってやつだ。

 巨大メカが無理矢理体を回転させ、天の鎖を引き千切る。鎖の破片があちこちに散らばって、光の粒子になって消えていく。

 巨大メカは体を反らせ、獣のような咆哮を上げた。

 戦闘ロボットに声帯付けるのって無駄では? と思ったこともあったけど、こうして相対して理由を悟った。得体のしれない大声と言うのは、人を恐怖させるものだと。

 巨大メカは凶悪な刃の付いた腕を再び振り上げる。恐怖で頭が上手く回らない。この状況、どうしたらいい。

 ああ、また昨日みたいに、無限の剣製で……。そうイメージするのに、昨日のように体に魔術回路は浮かび上がらない。

「な、なんで!?」

「エネルギーが足りない! 何もないところに物質を作るのにはかなりエネルギーを使う。昨日のマスターと俺は昼食を食べた後だった。俺は昨夜から、何も食べていない」

「S.H.I.E.L.D.はご飯も食べさせてくれないの!?」

「イマジェンは本来飯なんて食わない! 当たり前のように飯を食うと思っているマスターがおかしいんだ!」

「なにそれ! 人を変人呼ばわりしないでよ! 宇宙から来たくせにシロクマみたいな姿してるのに!」

「意味が分からない!」

 言い合いをする私たちの頭上で、巨大メカがそれの終わりを待つわけもない。

 駆動音を響かせて、巨大メカは刃を振り下ろす。間一髪でそれに気が付いて、私は地面に倒れ込むように避けた。

「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ……いや、無理」

 もうもうと土煙に塞がる視界の中、例の初号機に乗り込んだ彼の台詞を自分に言い聞かせてみるが、晴れてきた土煙の中、圧倒的強者感を滲ませて姿を現した巨大メカの姿に、私はシロを赤ん坊を抱くように抱き上げて、脱兎のごとく駆け出した。

 いや、これは戦略的撤退だから。逃げた訳じゃないから。未来への進軍だから!

 窓の割れたところから校舎内に入れば、遮蔽物などものともせずに――と言うか構わず破壊して巨大メカは追ってくる。時折背中に取り付けた機構から銃口を出し、光線を放ってくる。

 後ろを見てくれているシロの指示に従って避けてはいるが、倒すより前にこちらの体力に限界がきそう。だって私、ここまで来るのにめっちゃ体力使ったもん。

「右からくるぞ! 気を付けろ!」

「えっ、うわぁっ!」

 ほーら言った傍から。

 私の右側で弾けた閃光に、私の体は吹き飛ばされる。丁度何かの部屋の扉があったらしく、大きな音が立って、息が詰まるような衝撃と痛みが私の体を襲う。

「うぅ……くそっ」

「平気か、マスター」

 何かいろいろなものが、落ちる音がする。どうやら何か――数学の教科室、そのデスクの上にいるらしい。

 教員用の大きなデスクの上には教科書やパソコン、プリントなどが積まれている。落ちたのはこれらの一部だろう。

 痛みに悶えている暇もなく、巨大メカは扉の壊れた入り口に立った。扉をくぐると言う概念すら知らないのか、壁を歪ませて入ろうとしている。

「来るなよ! 畜生! デカブツ!」

 取り留めない悪態を吐きながら、デスクを下りつつ手当たり次第に物を投げる。やけくそだ。

 誰かのプリントをまき散らし、PCモニターを投げ、消しゴムを投げ。八割は当たっていない自覚はあった。

 そんな中、それを掴んだのは本当に偶然だった。黒板で使う大きな定規。磁石が付いているもの。磁力が強すぎると数学の教師が愚痴を溢していたのを何となく思い出した。

 投げた定規は綺麗とは言えない放物線を描いて、巨大メカの体にバチン、と貼り付いた。

「……あ?」

 一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。いやだって、定規も弾かれて床に落っこちるのを無意識に想像していたから。

「あいつの体、磁石でくっつくんだ」

「マスター?」

 磁石、そうか、それだ。もしかしたら、いけるかもしれない。エネルギー不足って言ってたから、どうか分からないけど。

 イメージする。磁場を作り、操る様を。マーベルシリーズでも最強格に位置するミュータント・マグニートーの能力を。

 壁につっかかり、無理矢理通るのが煩わしくなったのか、巨大メカが腕を振るう。その腕が壁を破り、刃が私たちのところにまで迫ろうとしていた。

「マスター!」

 シロの声を聞きながら、その場で左手をかざす。一か八か。これで駄目だったら、この世に対してサヨナラバイバイすることになるけど。それは嫌なんで、頼む、使えてくれ、頼む。

 令呪もどきが、赤く輝いた。

 刃は私たちを切り裂く寸前で動きを止めた。見えない何かによって動きを阻まれた巨大メカは、訳が分からないとでも言うように声帯を唸るように鳴らして、頭の部分のライトを明滅させる。

 もう片方の手をかざし、巨大メカの肩と腕と、二つの磁場を発生させる。そして並べてかざした手を引き離す。瞬間、その手の動きに合わせて巨大メカの腕が引き千切れた。

 千切れた腕の刃の向きを変え、そのまま巨大メカの胴体へとスライドさせる。滑らかに空中を飛ぶ刃は巨大メカの胴体へと突き刺さった。巨大メカの頭のライトの明滅が激しくなる。

 私は片手を下ろし、かざし続けていた手を一気に握りこむ。巨大メカは紙を丸めて捨てる時のように潰れた。憧れのクシャポイである。

 『ダークフェ〇ックス』、脚本はクソだったが、マグニートーが列車をクシャポイしたシーンは好き。

 そうして、思ったよりもあっけない音が響き、私たちを追い込んだ巨大メカは、ただの金属の塊になり果てたのだった。

 

 

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