落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
葬儀が終わり、志ヶ野の遺体は霊柩車に乗せられ火葬場へ運ばれた。私たちは叔父とともに車に乗って火葬場へと向かったのだけど、そこで事件は起きた。
「親父の遺体が盗まれたなんて……」
怒りを抑えたような抑えた声で、三木部が言った。
集まった場所は、火葬場――ではない。霊柩車は一向に来ず、待っているうちに警察がやってきて、遺体が盗まれたと分かった。叔父たちはなんとかその場を収め、本部に戻ってきたのだ。
ここはその本部の一室である。
その場に集められたのは、今回中心となって取り仕切っている者たち数名と、
具体的に言えば、若頭候補の叔父と原田。会長代行であり、この葬儀の喪主であるミキコ。本部長の三木部。そしてそれぞれが連れている数名の部下である。
「一体何があったんだい?」
ミキコが尋ねた。火葬場までやってきた警察の対応をして、詳しい話を聞いた三木部は、苦々しい表情で答える。
「信号待ちの関係で霊柩車と後続の車が分かれたじゃあないですか。どうやらその霊柩車だけになったタイミングで……」
火葬場には後続の私たちだけが着き、霊柩車はいくら待っても来なかった。葬儀屋も一人ではないから、霊柩車を運転する職員の携帯に電話をしたものの、全く繋がらない。
そして、最終的には霊柩車に同乗していたお坊さんが走る霊柩車から落とされ、救急車で病院に搬送されたことで事態が発覚した。走行中の車から突き落とされるなんて事故で事件もいいところだから、警察も動いた。
「葬儀屋の運転手が犯人ってことかい……」
ミキコは冷静な声で言うが、その眉間にはシワが刻まれていた。
「葬儀屋の職員に、話は聞いたのかい?」
「それがどうも、本物の運転手は薬で眠らされていたそうでして。本部のトイレの個室で口を塞がれ、縛られて眠っていました。何も覚えていないそうです」
縛られていたなら、無関係なのだろう。途中で目を覚ましても縛られていては助けを呼ぶこともままならない。発見が遅れれば、遺体を盗む時間も稼げる。
そう見せかけたグル……はないだろう。だったらそもそも、その人が遺体を盗めばいい話だ。
「組員の様子はどうだい?」
「武闘派の連中が、今にも片っ端から聞き込んで探してやろうって息巻いてますよ。オジキに頼んで、なんとか抑えて貰ってます。……サツが関わった所為で、すっかりコトが漏れちまって、どこの組も動揺しちまって」
ミキコの問いに、叔父が苦々しい声で言った。オジキ、というのは志ヶ野の兄弟分で、東連会の舎弟頭だ。
「そうかい……」
ミキコは嘆息混じりに叔父の言葉に答える。柳眉を歪めてじっと黙った後、やがてぐるりとその場の極道たちを見回した。
「あの人の遺体を探すんだ。誰の仕業かしらないが、コケにされて黙っているわけにはいかない。いいかい。これは、東連会のメンツをかけた戦いだと思いな」
けして張り上げている訳では無いが、力強いミキコの声が響いた。叔父のアキヒコ、そして三木部、原田を始めとする極道たちは、しかと頷き返事をした。
その水面下で、東連会の跡目争いが始まっていた。
◇
会議が終わった後、用事があるという叔父を本部のロビーで待っていた時、スマホが鳴り出した。
相手は元S.H.I.E.L.D.副長官のマリア・ヒルだ。今はスターク社に就職が決まってるんだか、いないんだか。実は葬儀中の待ち時間に、メールを送ったのだ。雉村の件を聞いておきたくて。
簡単な挨拶を交わした後、私たちはすぐに本題に入る。
『里帰りしたら問題発生ってこと?』
「何をどう問題だと取るかによりますかね。今のところ、S.H.I.E.L.D.が必要な類の出来事は起こってないし」
『じゃあ、問題ないってことにしておくわ。……貴女も知っての通り、S.H.I.E.L.D.はもうないから、ろくなバックアップは出来ない。けど、S.H.I.E.L.D.がおこなったキジムラに関する調査の結果はなんとか手に入れたわ。そっちに送る』
「ありがとう、それで十分」
恐らくニューヨークあたりにいるんだと思うけど、向こうは夜だっただろうに。仕事が早い。
『キジムラ本人は、S.H.I.E.L.D.が崩壊した時の混乱に乗じて、脱走したわ。居場所は掴めていない。もしかしたらそっちに戻っているかもしれないわ。気をつけるのよ』
「分かりました。いろいろありがとう」
私たちは軽く近況の話をして、それから電話を切った。
私はスマホに送られてきたファイルを開く。
雉村をS.H.I.E.L.D.に潜入させたのが何らかの組織であることまでは掴めているが、具体的な組織名はおろか、何を目的に潜入させたのかも聞き出せなかったことが資料から読み取れた。
雉村はシロが地球に来るよりも前にS.H.I.E.L.D.へ入っていた。私とシロの拉致は潜入後に命じられたことで、そもそもの潜入の理由が分からないのだ。それとも内部で機能する〝伝手〟の一つとして用意されていただけなのか……。
東連会の組長が受け継ぐという、大響直嗣という刀との繋がりも分からない。日本の刀剣の美術的価値は世界でも高いと聞くが、わざわざ能力者を使って手に入れようとするだろうか?
「待たせたな、優李」
考え込んでいたところに、叔父が戻ってきた。「こっちも用事済ませてたから」と私は首を振る。
一度叔父の持つ組の事務所へ戻るか、と話していれば、二階から降りてくる男がいた。原田だ。先程の会議でもほとんど言葉を発さなかった彼は、叔父の姿を認めると一度足を止めたものの、また歩き出した。
そして叔父の前で足を止め、叔父と真正面から向き合う。
「……大変なことになったな」
「ああ、そうだな」
先に口を開いたのは原田の方だった。
原田は消沈したふうでもなく、ただ事実を言っているだけというような、淡々とした様子だった。表情も乏しい。叔父も普段通りの様子で返す。
「互いに聞いておくべきかもしれないと思ってな。……心当たりはあるか?」
原田の直球とも言える言葉に、叔父はすぐに反応出来なかったらしい。一瞬訝しむように片眉を上げ、ややあって口を開いた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りだ。俺は腹芸が得意じゃない。三木部さんのように、遠回しに探るのは苦手なんだ。だから聞いている。会長を殺した犯人、遺体を盗んだ犯人、それらに心当たりはあるか?」
「俺が正直に話すとは限らねえだろう」
「言葉だけではそうだろうな。だが俺には、あんたの声の抑揚も聞こえているし、あんたの話す姿も見えている。見聞きすれば、何かつかめるかもしれない。だからあんたは、あんたの言葉で答えてくれればいい。――会長を殺した犯人、遺体を盗んだ犯人、それらに心当たりはあるか?」
原田は問いを繰り返した。
「ない。これから必死に探すところだ」
叔父はきっぱりと答えた。
身内だから分かる。叔父は嘘を吐いていない。だが原田がその返答をどう思ったかは分からない。
「俺からも聞こう。親父を殺した犯人や、遺体を盗んだ犯人に、心当たりはあるか?」
「ない。……だが」
原田もまた、きっぱりと否定を示した。しかしその後、言葉を続ける。
「会長が殺された時、盗まれた刀。あれに伝説があるのを知っているか?」
「……〝大響は持ち主を選ぶ。相応しい者には大いなる炎が宿り、相応しくない者は大いなる炎により焼かれる〟か? 実際に炎なんて見たことはないが」
「その伝説が本当だったなら、盗む価値も上がると思わないか?」
「……まさか」
原田は変わらず、淡々とした声で言った。
与太話を話しているように見えなくて、その作り話のような伝説が真実味を帯びてくるような気がした。なにせここは、宇宙人や神様が存在する世界だ。伝説が作り話でないと、誰が言えるだろう。
「火のないところに煙は立たないと言うだろう。伝説もまた、そういうものだと俺は思っている」
「……なら、俺たち以外の誰かが相応しい者だったのなら。お前はそいつが会長の座に就くのを認めると?」
叔父は尋ねた。原田の野心を探るように。原田は少しの間黙って、叔父を見つめて、口を開く。
「どうだろうな。……もしかしたら、今頃犯人は焼け死んでいるかもしれないな」
片方の口角を上げて、原田は笑みの形を見せた。だがそれがブラックジョークだったのか、そうでなかったのかは分からなかった。叔父も笑うことはなかった。
原田は「では、お互いに力を尽くそう」と言って去っていく。
「なんか、不思議な人だね」
「掴みどころがなさすぎる」
叔父は私の言葉に、ため息を返した。
◇
翌日、新宿の奥まった路地にある、叔父の組事務所に三木部が訪ねてきた。
昨日が特別だっただけで、三木部と叔父の話に同席を許されなかった私たちは、事務所の一室で大響直嗣や東連会そのものについて調べていた。
東連会に関しては、ネットでいろいろと情報が出てきた。江戸の侠客が賭場及び博徒を仕切りだしたのがそもそもの始まりで、その後太平洋戦争後の闇市を中心にして力を伸ばし、現在の東連会に繋がるとか。
もちろん、五代目会長である志ヶ野が亡くなった事件については大きく話題になっていて、ニュースサイトにはあることないこと書かれていたりする。
大響に関しては何一つ情報は出てこなかった。直嗣は刀工の名と踏んで、そちらで検索をかけてみたが、似たような名前が出てくるだけで、めぼしい情報はなかった。
「S.H.I.E.L.D.が見つけられなかった情報を、素人が見つけられるわけないか……」
S.H.I.E.L.D.は文字通り、〝腐って〟も諜報機関だったのだ。
「〝潜って〟みるか?」
「そっちのほうが手っ取り早いかもね」
シロと話した私は、一度自宅へ帰ると叔父に伝えて貰うため人を探し廊下に出たところ、声を掛けられた。
「ああ、確か高村さんの姪御さん」
振り向けば、そこにいたのは三木部だった。叔父の姿はなく、人を連れている様子もない。
表立って敵対しているわけでもないので、「こんにちは、三木部さん」と私は会釈する。三木部も愛想よく挨拶を返す。
「叔父とのお話は終わったんですか?」
「いや、ちょっと小用にね……。年を取ると便所が近くて……いや、失礼。若いお嬢さんに聞かせる話じゃあないですね」
笑いながら、三木部は頭をかく。その姿はスジモンというより中年のサラリーマンといった風だった。
「お嬢さんは、随分と親父に気に入られていたとか。こんなことが起きて、ショックだったでしょう」
「そう、ですね。まだちょっと信じられないです」
「ああ、分かりますよ。実は生きてるんじゃあないか、なんてね。私もちょっと考えてしまう」
三木部は同調するように言った。どこまで本心で言っているのかは読めなかった。
「こんなこと、聞くのは酷かもしれませんが。何か犯人の手がかりになるようなこと、聞いていたりしませんか」
「そう言われても……。おじいちゃん……志ヶ野さんは、お仕事のことはあまり話しませんでしたから。それに、私にとっては優しいおじいさんでしかなくて、とても殺されるような人には、思えなかったし」
「では、何か受け取ったり」
同情心を全面に出した表情こそ浮かべているが、それと裏腹に性急な尋ね方に、私は内心違和感を覚える。
脳裏には貰ったばかりのプレゼントである手帳と万年筆が浮かぶ。だが、私は微苦笑を浮かべて首を振った。
「……いえ、何も」
「本当に、何も? どんなものでもいい、貰ったりしていませんか」
「うーん……年明けに会った時、お年玉でしたら」
「そう、ですか……」
これまでの愛想の良い様子なら、乗るだろうと思って言った冗談は、スルーされた。三木部の様子は、私が志ヶ野から何かを受け取っていると確信していたような素振りだ。
「お役に立てなくて、すみません」
いけしゃあしゃあと私は言う。
「ああ、いえ。そんな。こっちこそ、申し訳ない」
三木部は慌てた様子で手を振った。「何か犯人に繋がる手掛かりがないものかと……」取り繕うようにそう言って、三木部はそそくさとその場を去っていった。
「手掛かり、あったな、マスター」
「だね」
高校卒業と大学入学祝いのプレゼント。脳裏に思い起こしながら、私はシロの言葉に頷いた。