落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
私はシロとともに早速家に帰り、志ヶ野から贈られた手帳と万年筆を調べた。
二つの外観や、人の手で開けて確かめることのできる部分は検める。手帳とセットで付いてきたリフィルもペラペラとめくったが、特に目につくものはない。
最終手段で視界を切り替えて、二つを透視する。
「――あ」
「これか」
システム手帳の革表紙。革と革を縫い合わせて作られた、その革と革の間に、台紙とは別に紙が挟まれている。
「こんな、わざわざ……開けるのに憚られるような場所に」
「本当は、知られたくなかったのではないか?」
困惑しながら呟いた私に、隣でそれらを覗き込んでいたシロが言った。振り向いた時、私はもしかしたら、泣きそうな顔をしてしまっていたかもしれない。
「……これはいわゆる、ヤクザのゴタゴタというやつだ。俺はあの人と長く関わったわけではないが、マスターを……孫娘のような君を巻き込むのを望むような人ではなかっただろうことは分かる」
「……うん」
私はシロの背に手を置く。少し硬い毛の感触を手のひらで感じながら、手帳の革表紙を縫い合わせている糸を見つめた。
「開けよう」
「ああ」
アスガルド製のよく切れるナイフを取り出して、その先端を合わせ目に慎重に差し込んで、糸を切りながら切り開いていく。
開いて出てきたのは封筒だ。封筒を更に開けば、中に入っていたのは二枚。
一枚は手紙で、もう一枚は写真。
先に見たのは写真だ。写っているのは若い男女と、赤ん坊。女の方は記憶より少し若いが、見覚えのある顔だった。
「お母さん」
「では、この赤子と男は……」
私は小さく頷いた。
「多分、私と……お父さんだ」
母は、父の話をしたことがなかった。何度か尋ねたことがあったが、いつもはぐらかして、結局話すことはなかった。その理由が、この写真を見て分かった気がした。
父の顔には、志ヶ野のおじいちゃんとおばあちゃん、それぞれの面影があった。
「私の、ほんとのおじいちゃんとおばあちゃんだったんだ……」
だから母は、一大極道組織の大親分が家を訪ねてくるのを止めなかった。
だから母は、私が志ヶ野と血の繋がりがあるということを教えなかった。
きっと、そういうことだ。
「マスター」
シロの静かな声に、私は視線を向ける。
「手紙を読んでみよう」
私は頷き、折り畳まれていた手紙を開いた。
――おかしな話かもしれないが、優李ちゃん。きみがこの手紙に気が付かないことを、私は祈っている。
きみがこれを見つける時は、きっと私と同じ側にいる者たちの厄介事に、きみが巻き込まれている時だろうから。そんな日が来ないことを祈っている。
頭が良くて周りをよく見ているきみのことだから、私ときみの関係はきっと写真を見ればすぐに分かることだろう。きみの父親に何があったかを語るには、この手紙では少し足りないから、それはミキコやアキヒコに聞いてほしい。
私が伝えたいのは、本物の大響直嗣のありかだ。
あれは東連会の会長が手にするべきものであると同時に、東連会が守り継いできたものでもある。私が会長室に飾っていたのは偽物の大響。本物は隠してある。本部の応接室に飾ってある、花瓶を調べなさい。万年筆が鍵となる。
きみにこんなことを託すのは心苦しいが、大響を継ぐ者を見定めてほしい。私は相応しくなかった。だからきっと、孫であるきみにこんなことを頼まなくてはならないのだ。危険に巻き込んでしまい、申し訳ない。
さいごに、きみを守りきれる自信と度胸のない、不甲斐ない祖父ですまない。きみを何より大切な孫娘と思うことを、許してくれ。
シンプルな白い紙に、達筆な文字で綴られたその言葉を、私はただ黙って見つめていた。
「不器用な人だな」
「うん」
息を一つ吐き、手紙を畳んだ私は万年筆とスマホを手に、叔父へ連絡を取った。
◇
叔父へ仔細を話した私とシロは、叔父とともに東連会本部へと向かった。
志ヶ野の遺体を盗んだ犯人と、志ヶ野を襲撃し大響を盗んだ犯人は同一の可能性が高い。であれば本物の大響を囮に犯人を引っ張り出せるかもしれない、と考えたのだ。
本部では、叔父から連絡を受けたミキコ――祖母、が待っていた。
「よく来たね」
「姐さん、急にすみません」
頭を下げる叔父に、祖母は首を振る。そしてこちらに視線を向けた。目が合う。
急に気恥ずかしくなった私は、一瞬目を逸らした。しかし改めて目を合わせる。
「――お
ずっと呼んでいたけれど、呼んでいなかったその呼び方で、その人を呼ぶ。ちゃんと伝わったらしいその人は、驚いたように目を見張った後、心底嬉しそうに笑った。
「優李ちゃん」
歩み寄ってきた彼女は私の手を取る。どこか懐かしくて柔らかな体温が、私の手を撫でた。そして、片方の手が私の頬へと当てられた。
「お祖母ちゃん」
添えられた手に頬を擦り寄せ、私は手を握り返した。
◇
「あなたのお父さんは、あなたのお祖父さんと同じ、極道者だった」
私は志ヶ野が向かえと書いてあった応接室へと向かう道すがら、父の話を聞いていた。
「俺の兄弟分だったんだ。俺が兄弟に、姉貴の店を紹介してな。それが出会いだった」
つまり叔父と父は、盃を交わした兄弟であり、血縁上での義兄弟でもあったということだ。
「二人は出会って数年後に結婚して、すぐに
祖母は思い出し笑いをくすくすと響かせた。しかしその笑みはすぐに陰りをみせる。
「でも幸せは、そう長くは続かなかった。あなたが生まれて間もなく、東連会内部で抗争が起きてね。当時若頭補佐で、次期若頭と目されていたあなたのお父さんは、あなたとあなたの母を人質に取られたのさ。そしてあの子はあなたたちを取り返すために、命を落とした……」
祖母の柳眉が悲しげに歪む。その横顔に、私は胸が痛くなる。祖母はそんな私に気付いたように振り向き、苦笑を浮かべた。
「そんな顔をするんじゃないよ。わたしはあの子を、自分の妻子を見捨てるような男に育てたつもりはない。……優李ちゃん、ばあちゃんはね、わたしらがもっと上手くやれていれば、あなたを〝父を知らない子〟にしなくて済んだんじゃないかって……そう思わずにはいられないだけさ」
「お祖母ちゃん……」
時折祖母が見せていた、悲しみに似た表情の意味を、私はその時初めて知った。
「ちょっとしんみりしちまったね。さ、応接室はすぐだ。行くよ」
祖母は努めて明るい声で言って、切り替えた。再び歩き出す、着物姿のシャンとした背中を追って廊下を進みながら、私は叔父に声を掛ける。
「叔父さん」
「ん?」
「後で、お父さんの話、聞かせてほしい」
「……ああ。もちろん」
叔父は柔らかく笑って、頷いた。
応接室へ着くと、祖母が「あの人が書いていたのはあの花瓶のことだろう」と入って右手側の床の間の隣、床脇棚の違い棚に飾られた花瓶を指差した。
花瓶は底が直径十センチ程度で、そこから倍ほどに広がって口の近くがすぼまった、つぼのような形をしている。淡い青色のきれいな花瓶だ。その青色は、万年筆のペンクリップの色とよく似ていた。
「手紙には、この万年筆が鍵になるって」
私は持ってきた万年筆を取り出す。そしてそれを片手に、花瓶をひとまず調べてみることにした。
花瓶の中に何か入っている、ということはない。叔父が横へやってきて私と同じように花瓶を覗き込む。シロも足元へ寄ってきて、床近くから違い棚を見上げた。
叔父が花瓶を持ち上げ、ひっくり返したりもしてみるが、花瓶は花瓶である。本当にこれなのか? と首を傾げていると、シロが口を開いた。
「マスター、その穴はどうだろう」
「え、どれ?」
「それだ。ここから見てみてくれ」
シロが床近くから違い棚を指差す。それに従って私はしゃがみ、違い棚を下から覗き込んだ。
「あ」
違い棚の壁際に、木目の都合ではない穴の細工があった。その形は丸に小さな突起があるような形で、ちょうど万年筆が刺さりそうだ。
私は万年筆を持った手を伸ばし、その穴に差し込む。大きさはピッタリだ。だが何も起こらない。怪訝に思っていれば、祖母が口を開いた。
「……そこ、棚の上、ちょうど花瓶の形に線がないかい?」
祖母は言って、違い棚の上を指差す。言われてみれば、うっすらと円形の線があった。
花瓶を持ち上げていた叔父が、ひとまず普通に底の部分を下に花瓶を置いた。しかし、違い棚の円は花瓶の底より少し大きい。
「逆かな?」
「やってみよう」
叔父は花瓶をひっくり返し、口の部分を下にして置いた。円形の線は、ちょうど口の部分と同じ大きさだったと分かる。
すると今度は反応があった。ガコッと音がして、花瓶が押し下がる。そうかと思うと違い棚が奥に押し下がり、そのまま左手側にある床の間の後ろへと引き戸のように下がっていった。
「まじか」
「まさか、こんなもの作ってるなんてね」
驚く私の隣で、祖母は呆れたように言った。
隠し部屋の中に明かりは灯ってないが、応接室からの明かりが入るため、内部の様子は外から窺うことが出来た。
「あれが、大響か?」
シロが、隠し部屋の奥に置かれた刀を示して尋ねた。「おそらく」と叔父が頷く。
朱塗りの鞘が鈍く輝くひと振りだ。太刀のようだ。
「とりあえず無事みたいだけど、この後はどうする?」
囮にする、という話でここまで来た。しかし隠し部屋から引っ張り出してきたところで、どうなるというのか。
私は叔父を見上げた。叔父は大響からすでに視線を外しており、その顔は私たちが入ってきた応接室の廊下の方へと向けられていた。
応接室の廊下側の戸は障子で、廊下の向こうは庭がある。障子も開け放たれ、庭が見えていた。
「叔父さん?」
「優李、親父から何かを受け取ってないかと聞いたのは、三木部だったな?」
「え、うん」
私は唐突な問いに戸惑いながら頷く。現状怪しいのは三木部だ。だが決定打とするには理由が弱い。
「俺の読みが当たっていれば、俺たちの行動は監視されているだろう」
その言葉を聞いていたのか、はたまた偶然か。
「――上だ、マスター!」
シロの鋭い声に、私は反射的に見えない盾を私と叔父、祖母の頭上に作り出した。
甲高い音が響き、畳の上に尖った棒が落ちる。時代劇で見たことがある。忍者が持っていた。棒手裏剣ってやつだ。
間を置かず、玉砂利の庭に、音もなくいくつもの人影が現れた。