落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
全身黒ずくめの人影は、口布に頭巾まで付けて正体を隠していた。肌をさらしている部分は目元と指先だけ。背中には刀を背負い、額には金属の額当て。着物に脚絆。
正体は分からないが、分かることが一つ。
「ウワッ、忍者だ!」
どこからどう見ても忍者だった。むしろこの外見で忍者じゃない何かだと言われたら、逆に怒ってしまうほど忍者だ。
「言ってる場合か、マスター」
「だって、あんな忍者でございって感じの忍者が出てくるとは思わないじゃんよ」
無駄口を叩きながら、私は祖母を奥へ避難させた。祖母と大響を守るためルーンを刻む。その間にも忍者集団は部屋の中へと侵入しようとしていた。
「叔父さん!」
私は魔術で手の中に一振りの刀を生み出し、それを叔父へと投げ渡した。『エンド・ゲーム』で
投げ渡された刀を一瞥し、片手で受け取った叔父は、すらりと鈍銀を解き放った。
「拝一刀か」
「不足はないでしょ」
「ああ。上等だ」
身幅は広く、重ねは厚く、反りはやや浅い。同田貫に似せて生み出したそれは実戦向きで、この戦いにちょうど良いだろう。
私たちは並んで廊下に出る。忍者たちは私たちに襲いかかってきた。私は見えざる手で忍者の足をすくい上げ、そのまま庭の方へと投げ飛ばす。
叔父は、忍者刀を構えて襲いかかってきた忍者の刀を受け、いなすと当時に相手の刀を弾き、袈裟斬りに切った。
「マスター、忍者は絶滅したと聞いていたのだがな。その様子はなさそうだぞ」
足元にいたシロが言う。庭にはさらなる忍者たちが姿を見せていた。物量で押し切ろうとするゾンビ映画のゾンビのような数である。さすがアメコミが原作の世界。忍者の使い方が派手だ。
私は手を横にひと凪ぎした。その動きに合わせて風が起こり、庭の玉砂利ごと忍者たち十数名が数メートル浮き上がる。突然体が浮遊したことによって、それまで声もなく襲ってきていた忍者たちも驚いた様子で声を上げていた。
そして私は目線まで上げた手を一気に下へ振り下ろす動作をした。瞬間、浮き上がっていた忍者たちが地面へと叩きつけられる。
さながらレヴィオーソからのディセンドのコンボってところかな……。変身術で爆弾樽に変えてぶつけるのはやめてやろう。
地面に叩きつけられた衝撃で地面に倒れて、呻き声を上げる仲間たちの姿に、忍者集団の士気が一気に下がった。忍者たちは動揺と恐怖で、二の足を踏む。
すでに叔父へと襲いかかろうとしていた忍者も、背後で起こったその惨事に足を止め、一瞬そちらに気を取られる。その瞬間に、叔父の刃が容赦なく襲いかかり、命が刈り取られた。
「やはり、ただの人間では相手になりませんか」
庭から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。
はっきり誰とは分からないが、どこかで聞いたことがある。玉砂利を踏む音。庭先に一人の女が姿を現した。
「お前は……」
シロが呟く横で、私は息をすることすら忘れていた。
脳裏に鮮明に映し出されるのは、母の姿だ。血に染まったシャツと、頬を撫でる指先。命が失われていくさま。
かあさんをうばったおんな。
「――雉村ッ!」
響いた怒声は、自分のものじゃないみたいだった。
腹の中で一瞬のうちに沸騰した怒りのままに、魔法を使おうとしたのは覚えている。多分、ありったけの魔力で、私はあの女を殺そうとした。
しかし、それは叶わなかった。
忍者たちがすかさず棒手裏剣を投擲した。そんなものなど眼中になく、攻撃をしようとした私だったが、それは〝何か〟によって阻まれた。
両足は地面に縫い付けられ、両手も地面に引かれて動かない、そんな感覚だった。何より、魔法を使えない。
「――ッ!」
咄嗟に足元へ目をやって、私は息を呑む。赤黒い、血のような色をした影が、私とシロの四肢を拘束していたのである。
影を辿れば、先程忍者たちが投擲していた棒手裏剣があった。私の四方を囲むように刺さった四本の棒手裏剣には、それぞれ赤い線で何事かが書かれた和紙が結ばれている。
「闇の魔術的なアレかよ!?」
「いつもの調子に戻ったようで何よりだ、マスター! だが、まずいぞ!」
シロの言葉に顔を上げる。シロがまずいと言った理由は、すぐに分かった。
叔父の手の中にあった刀がボロボロと形を崩して消え去り、祖母と大響を守っていたルーン魔術の結界がその力を失った。
S.H.I.E.L.D.が作ったシロと私の繋がりを阻害するだけじゃない。これはルーン魔術にも干渉する呪いのようなものなのかもしれない。
「お祖母ちゃん……!」
「姐さん、逃げてください!」
結界の向こうで戦いを見守っていた祖母は、その結界がなくなったことに気づくと、焦りの表情こそ見せたものの、気丈に動き出した。
背後にあった大響を手にしてその腕に抱く。私たちの逃げてくれという願いに反して。
私とシロは必死に影から抜けようとした。叔父もまた、敵から忍者刀を奪って応戦を始める。しかし影はびくともせず、叔父も多勢に無勢で防戦一方だ。
「お久しぶりです、優李さん。私を覚えていてくれて、嬉しい限りです」
「どの口がッ……!」
「この口ですよ。ははっ」
「マスター、俺はもう止めんぞ! この女は今すぐにでも殺すべきだ!」
自身の唇を指差して嗤う雉村の姿に、シロが腹に据えかねた様子で言った。言われなくともやれるならばとっくに殺ってる。
「まぁまぁ、そういきり立たないで。そこで見ていて下さいよ。大丈夫、あなたのお祖母様を殺したりはしませんから。……ああ、お母様とお祖父様は亡くなられたとか。ご愁傷様です」
白々しく言う雉村。怒りが頂点に達すると、言葉は出なくなるのだと知った。
志ヶ野を――お祖父ちゃんを殺したのも、こいつらだ。
雉村は黙り込んだ私にわざとらしい微笑みを向けると、祖母の方へと向かって歩みを進めた。
祖母は隠し部屋に入り、戸を閉める。しかし、雉村が投擲した棒手裏剣――それに結ばれた怪しげな紙から放たれた赤黒い影によって、その小さな抵抗はいとも容易く封じられた。
赤黒い影は簡単に戸をボロボロの粉に変えてしまい、大響を抱いて驚愕の表情を浮かべる祖母の姿をさらさせた。
「大響をこちらへ渡してください。あなた方には到底扱い切れる代物ではないのですから」
「誰があんたなんかに渡せるかい!」
詰め寄る雉村の言葉を、祖母はピシャリと撥ねつける。気の強いその姿に、否が応でも
「お祖母ちゃん、逃げて」
その場に釘付けとなった体がもどかしい。なんとか動けないものかと身を捩る。
「優李さんといい、その母親と言い、馬鹿な真似をしますね」
「あんたのように薄汚く生きるなら、バカのほうがマシさね」
祖母の言葉に、雉村が微かに笑ったような息遣いが聞こえた。そして雉村は懐に手を入れ、拳銃を取り出す。
その銃口を向けるのは、祖母ではなく――私だった。
「馬鹿な真似をするのは結構。ですがそのせいでお孫さんの命を失うとしても、同じことが言えますか?」
祖母は目を見開いた。瞳の揺れるさまが、離れた場所にいる私からでも見えるようだった。
「だめ、お祖母ちゃん! 渡しちゃ駄目だ!」
祖母は悔しそうに顔を歪める。数秒の逡巡を挟み、祖母は大響を差し出した。雉村の横顔が、笑みで歪む。
「賢くて助かります」
雉村は油断なく私に銃口を向けたまま、祖母が差し出した大響を受け取った。そして銃口をそのままに祖母から離れ、私の横を通り庭を去ろうとする。その途中で思い出したように足を止めた。
「ああ、そうだ。私はあなたのお祖母様を傷付けることはしませんでしたが、彼らは違いますので。――では、後は頼みます」
「な、」
雉村の言葉に、忍者たちが更にわらわらと現れた。そのうちの数名が、祖母を狙って動き出す。雉村はもはやこちらへ見向きもせずに悠々と庭を立ち去っていく。
「くそっ……」
悪態を吐きながら、私は自身を拘束する影から抜け出そうともがいた。その間にも、忍者たちの凶刃が祖母へと肉薄しようとしていた。
その時。
銃声が鳴り響く。祖母へと迫っていた忍者刀は弾き飛ばされる。
その場にいた誰もが動きを止め、銃声の音源を振り向いた。
「一人残らず、逃がすんじゃあねぇぞ!」
振り向いた先で銃を下ろし、鋭い声で言ったのは、原田だった。
「おおッ!」と威勢のいい返事とともに、原田の子分たちが一斉に忍者集団へと襲いかかる。先程とは立場が一変、忍者集団のほうが急襲を受けたかたちとなる。
原田は自身へと襲い来る忍者たちをいとも容易く返り討ちにしながら私の方へとやってきて、片手に持っていた剣で地面の棒手裏剣に結ばれた怪しげな紙を切り裂いた。
手足に纏わりついていた赤黒い影は剥がれ落ち、塵となって消える。
「災難だったな」
「助かりました。ありがとう」
原田に礼を言うが、彼は「ヤクザに礼なんて言うもんじゃない」と首を振る。
「邪魔だったからどかしただけだ」
そんな心温まる(?)交流に水を差してくる忍者集団。襲いかかってきた奴らは私が指をチョイチョイっとすれば吹き飛ばされて、外壁にぶつかりそのまま倒れ伏す。
東連会側に援軍が来たことで形勢逆転し、あっという間に忍者軍団は撃退された。
倒された忍者たちの始末や怪我人などについては原田の子分たちに任せ、私たち――私とシロ、叔父、原田は祖母の元へと集まった。
「すまないね、大響を守りきれず……あたしの弱さだ」
「あの女のやり口だよ。相手の弱点を突いて、要求を飲ませる……」
あの女が私に志ヶ野暗殺と大響の奪取をさせようとしたときのことを思い出しながら、私は言う。
「何も出来なくてごめん。ありがとう、お祖母ちゃん」
私がそう言うと、祖母は泣きそうに顔を歪めて、ただ首を振った。
顔に付いた返り血を拭いた叔父が、原田を見て口を開く。
「随分とタイミングが良かったな」
「こんな状況だ、兵隊は揃えていたんでね。そして事態が動くとすればここが中心になる。なら人を置いておくのが普通だろう?」
「やめな、アキヒコ。礼を言うよ、原田。あんたのお陰で助かった」
かたや睨み、かたや飄々とした笑みを浮かべる若頭補佐の二人を、祖母は鶴の一声で止める。
「間に合って良かったです、姐さん」
原田は頷くが、すぐに小さな嘆息を落とした。
「……まぁ、間に合ったと言いきっていいものかは分からないが……少なくとも最悪ではないし、まだ取り返しがつく」
「取り返しって、大響を奪い返せるってことですか?」
原田の言葉を拾い上げ、私は尋ねた。原田は頷く。
「道々話そう。急げ。恐らくそこまで時間はないだろうからな」