落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第四章-7「闇の手の谷」

 三重県の菰野で高速を降りた頃には、車の外はすっかり暗くなっていた。

 そこから更に山の方へと入っていき、やがて私たちの乗った車は、舗装もロクにされていない山中へと分け入っていた。メンツがメンツなだけに、これから埋められるんじゃないかという気がしてくる。

 原田は助手席で、部下に方向を何度か指示していた。ヘッドライトが照らす山中には獣道すらなく、木々も絶え間なく生えているが、不思議と車が遮られることはなかった。

「正しい道を進まないと、あそこへは辿り着けないようになっているんだ」

 私の疑問に答えるかのように、原田は言った。

「間違えるとどうなるんです?」

「聞きたいか?」

「……」

「覚えておくといい、お嬢。都市伝説だの怪談などというものはな、生きて帰れたから語られるんだ」

「……闇の手の話を聞く限り、偶然正解の道を辿れても帰れなそう」

「まあな」

 否定はしないのね……と私は内心冷や汗を垂らす。

 そのうち、木々が途切れ、車は山中を抜けた。窓の外の景色に、私はハッと目を奪われる。

 山間の村は月明かりに照らされていた。奥の山沿いにそびえ立つのは、天守閣も存在する城だ。ちょうど山を背にする形となっており、恐らく天守からはこの谷全体を見渡せるだろう。

 裾野の広がりには侍屋敷と呼べるような家が立ち並んでいる。月明かりに瓦が鱗のように輝いていて、城の天守閣のそれと併せて龍がとぐろを巻いているようだった。

 城のある山が南側で、そこから北へ向けて一本、大きい川が流れている。そこを中心に、田畑や家々も広がっていた。侍屋敷のような華美さはないが、こちらも江戸時代以前を彷彿させる造りをしている。

「まるで時代劇の世界だな……」

 シロが呟く。

「地図には載っていない。誰が呼び始めたのかは知らないが、ここに住む者たちは、ここを〝慈悲と怒りの谷〟と呼ぶ」

 原田はそう言うと、部下にさらなる道順を指示した。

 

 ◇

 

 しばらく進むと、原田が「そろそろだ」と呟いて部下に車を停めさせた。

 すると、瞬く間に車の周囲は忍者の集団に囲まれて、私たちは車を降りて忍者たちに連行されることとなった。

 原田が大丈夫だと言うから信じたけど、本当に大丈夫なのか。と半信半疑で忍者たちについて歩いていく。

 建物の一つに入り、外観にそぐわぬエレベーターで地下へ行くと、扉を開けた先に地下の大空間が広がっていた。青白い灯りが各所に灯されて浮かび上がったその光景は、まるでゲームの世界だ。

 むき出しの岩に横穴が掘られて、部屋になっているのか光が漏れている。そんな場所がいくつもあった。そしてケーブルが空間に引かれて、そこをゴンドラが行き来している。

「地震とか大丈夫なの」

「魔術様々ってやつだ」

 思わず日本人らしい感想を発してしまえば、原田から返答があって、私は「はぁ」と曖昧に返す。魔術ってスゲー。

 ゴンドラに乗せられて、私たちは岩壁の洞を使って作られたお堂のような場所へ連れてこられた。

 洞の入り口は朱塗りの柱が出迎え、数段の階段を上ると板張りの廊下が奥へ続いている。両脇に柱が続いており、そのそれぞれに、風除けの和紙で囲った燭台が掲げられていた。

 廊下を進み、回廊をいくつか過ぎると、やっと案内してくれていた忍者が障子の前で足を止めた。

「お頭、連れて参りました」

 忍者が障子の向こうに声を掛ける。ややあって、「入れ」と返事があった。障子が開き、忍者が私たちへ部屋に入るように促す。

「久しぶりだね、剣一郎」

「元気そうだな、マツオ」

 板の間の正面奥に、座している影が声を発した。それはどう聞いても女性の声で、私は少し驚く。

 何よりも今、原田はその影に〝マツオ〟と呼びかけた。原作コミックスの知識が多少ある私は知っている。日本を拠点とした闇の忍者組織ザ・ハンドのリーダー、マツオ・ツラヤバ。

 名前が不可思議すぎて印象に残っていたけど、そのマツオではないのか。

 部屋の灯りが灯されていく。影がその輪郭をはっきりとさせていく。

「これは、これは。見たことのある顔だ。五代目東連会若頭補佐の高村アキヒコ。それにそっちのお嬢さんと熊は最近話題の顔だね。アベンジャーズのレディ&テディ……高村優李とペットのシロクマ」

「ペットではない。熊でもない」

「あっはっは。喋るってのは本当だったのか」

 燭台の光に、女の大笑する姿が浮かび上がった。

 年の頃は三十前後といったところだろうか。すっと通った鼻筋にすっきりした頬。美人だ。吊り目がちな目は勝ち気そうだが、目線一つでこちらを釘付けにさせるような力がある。

「紹介しよう、二人とも。この女は――」

「円谷松緒という。剣一郎の連れてきたお客人、お前たちを歓迎しよう」

「マツオ・ツラヤバ……?」

 私の呟きに、松緒がくすっと小さく笑った。

「海外じゃ、そっちの方で知られているね。円谷って名字はどうも、向こうの人には発音しづらいらしい」

「日本人でも発音しづらい名字だろ」

 松緒の言葉に、原田がすかさずツッコミを入れた。どうやら随分と気安い関係らしい。

 二人の年頃は同じくらいに見えるし、出身地もこの谷だ。もしかしたら古い馴染みなのかもしれない。

「さて、とりあえず座りなさいな。剣一郎、アンタがここに部外者を連れてくるんだ。よっぽどの理由があってのことだろう? 話しな」

 松緒は言って、鋭い視線を原田へと投げた。

 

 ◇

 

 原田は松緒に、志ヶ野暗殺から忍者集団による東連会本部襲撃まで、簡潔に状況を説明した。

 それらを、あぐらをかいた膝に肘を突いた状態でじっと聞いていた松緒は、話が終わると静かに口を開いた。

「まず最初に断っておく。これは言い訳をするつもりでも、責任逃れでもない。ただの事実として言う。私は東連会会長と若頭の暗殺や、本部襲撃に関して何も知らない。関与していない」

 きっぱりとした口調で断じた松緒に、叔父がピクリと眉を動かした。叔父はこの谷に入ってからは一言も発していない。警戒しているのだ。

「あの忍者どもは闇の手のモンだろう? なのに頭領のお前さんが知らないなんてこと、あるはずねぇだろう」

「どこにも事情ってもんがあるのさ。あんたらが次期会長の座を狙って争うのと同じようにね」

 厳しい口調の叔父の問いに、松緒は荒々しく後頭部を掻きながらため息を吐く。

「あたしの父――先代の頭領が死んだ時、あたしはまだ二十歳になったばかりの小娘でね。組織の中でも私を推す派閥と、あたしの叔父を推す派閥とで分かれたのさ。今でこそあたしは大半の部下たちから頭領として認められているが、今でも叔父を慕い、叔父こそ頭領に相応しいと思うものも少なくない」

「じゃあ、その叔父派の忍びたちが、東連会を襲ったってことですか」

「そうなるね」

 私が尋ねると、信じるかはあんたら次第だと言わんばかりの態度で、松緒は頷いた。私としては、嘘じゃあないと思う。

 わざわざ自分を弱く見せるような嘘をつく理由はない。

 それに弱く見せることで侮らせ、隙を作る……なんて必要もないだろう。闇の手の魔術が私の魔法を封じることが出来るのはすでに知っている。殺すつもりならもっと早く殺しているはずだ。

「では、その叔父というのは」

「ここではサカキと呼ばれていた。〝外〟での名は、確か……三木部」

 松緒が口にした名で、私たちは確信を持つ。三木部こそが、志ヶ野を暗殺し、遺体や大響を盗んだ黒幕。

 志ヶ野から受け取ったものがないか、三木部が私に執拗に確認したのは本物の大響の場所を知るためだ。

「うっすらそうじゃあないかと思っていたが……三木部さんがお前の叔父ってのは本当か。俺は知らなかったぞ」

「あたしらが生まれた頃にはもう、頭領はあたしの父だったからね。叔父はその頃には谷を離れて〝外〟で生活していた。時々戻ることもあったが、大抵は夜中だ。十六でここを離れたあんたが知らないのも無理はないさ」

 驚いた様子の原田の顔を、松緒は微かに笑う。原田がその説明で納得している様子を見るに、この谷の決まりは私たちの常識とは異なっているようだ。

「なぜ志ヶ野の親父の遺体を盗んだか、理由は分かるか?」

 叔父が口を開く。松緒はその問いに難しい顔をした。

「志ヶ野さんを蘇らせようとしているとは――いや、殺したのは叔父御だったね。ならおそらく一つだ。誰かを蘇らせようとしている。志ヶ野さんに連なる誰かを」

「蘇りの術、というやつか」

 シロが呟いた。松緒は頷く。松緒は少し迷った素振りを見せたあと、しかし口を開いた。

「闇の手の頭領だけに語り継がれている話がある」

「どんな話だ」

「闇の手と、東連会の繋がりについてさ」

 松緒はそう口火を切って、語り始めた。

 話は能岡が亡くなった後――江戸時代頃に遡る。能岡とともに谷へ行き、能岡を神格化し幕府の終焉を願ったのが、のちに闇の手と名乗ることになる忍者たちだという。

 能岡は死んだ後、怨霊となって日本全土を襲ったという。その時に中心となって怨霊を封じたのが能岡の部下の一部であり、幕府に残った忍者――御庭番衆だった。

 その御庭番衆の一部が諜報活動をするうちに関東地方の侠客となり、戦後の闇市を中心に力を伸ばし組織化したのが、東連会だという。

「能岡の怨霊を封じる時、使われたのが大響だって話さ。伝説じゃあ火山の熱で作られたとかで、陽の気の力を持つらしい」

「その力が、死人を蘇らせる?」

「おそらくね」

 私が尋ねると、松緒は頷いた。

 三木部は志ヶ野の遺体で誰を蘇らせようとしているのか。

 それを知るには志ヶ野の家系図を確認しなければならない。しかしそんな悠長なことをやっている時間があるようには思えない。

「後は叔父御に聞くべきだろう」

「場所を知っているのか」

 腰を上げる松緒に、叔父が問う。松緒はちらりと叔父に視線を向けた。

「闇の手が古くから儀式をやるのに使う場所がある。叔父御はそこだろう。案内する」

 

 ◇

 

 暗い洞窟に、紫を帯びた怪しげな篝火が掲げられていた。

 洞窟の奥、広間のように円状に掘り出された、その中央に細長い箱がある。大きさは大人ひとりが入れる程度であり、実際にその中には人が入っていた。つまり、棺だ。

 その棺の周囲、四隅の方向にはそれぞれ篝火が焚かれている。その炎が、洞窟内を照らし出していた。棺の前には、男――三木部が一人立っている。

 洞窟に靴音を響かせることなく入ってきた雉村は、持っていた細長い箱を男の背後に置き、跪いた。

「お待たせいたしました。ご所望の品をお持ちいたしました」

 言って、箱を開けて三木部に差し出す。

「よくやった。これで我が悲願も叶う」

 三木部は箱の中身――一振りの刀を取って恍惚とした笑みを浮かべた。

 

 

 

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