落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第四章-10「炎の選定」

 考えろ、考えろ、何か方法があるはず……!

 口の中で呟きながら、とりあえず私は大響に手を伸ばした。掴んだ。大響の確保は完了。よし、一つ問題は片付けたな。

 現在進行系でマグマの中へ真っ逆さまに落ちようとしているけど。

 魔力を封じられたら魔法は使えない。魔法がなければ私はただの人間だ。壁にしがみ付いたところで登ることは出来ない。そもそも壁に捕まろうとしても、重力で加速した体の重さに耐えられるほどの腕力を持っていない。

「シロさん、なんかアイデア! なんでもいいから!」

「なんという無茶を……! ――あれだ! 逆に考えるのだ! 落ちちゃってもいいさと考えるのだ……!」

「良くねぇよ! クソッ!」

 悪態を渾身の声で叫ぶ。魔法さえ使えればこんな状況どうにか出来るのに。

 能岡の野郎! 私の魔法を真正面から打ち破るだの言ってやがったくせによォー!

 歯噛みすると同時に、私の脳裏に、微笑むジョースター卿の姿が浮かんだ。存在しないはずの記憶の中で、ジョースター卿が口を開く。

 ――ユーリ、魔術に抵抗しようとするからいけないんだよ。逆に考えるんだ。魔術を掛けられていてもいいさと考えるんだ。

 魔術を、掛けられていても……。

 私ははっとする。魔術を掛けられているということは、魔力の塊がそこにあるということ。ならば――。

「シロさん、やるよ」

「冗談だろう」

 断固とした声で言った私に、私の思考を読んだシロは愕然とした声を返す。火口のマグマは、目前に迫っている。

 術式とはプログラムのようなもの。魔力がどう作用するか決めるもの。その作用の仕方を変えればいい。――つまり、ハッキングをすればいい。そして今、それを出来るのは。

「くそッ、どうなっても知らんぞッ!」

 シロはやけくそに叫ぶ。

 元々、私の魔法はシロに与えられたものだ。魔法を使うために必要な臓器の役割をシロが担っている。魔法を使うための魔力と意思以外は、シロが持っているようなものなのだ。

 魔力は能岡の術式が帯びているから、あとはシロ本人が意思すればいい。その意思がシロにないなんて、もはや言わせたりしない。

 私の体に纏っている帯状の術式に揺らぎが現れた。梵字風の文字が歪む。紫の炎に似た揺らめきは一瞬の抵抗を見せたが、シロの意思に押し負けた。

 するりと体の帯が解かれ、私たちとマグマとの間に広がる。体を丸めた私が入れる程度の大きさの、薄膜状の床。

 だんっ、とその床に張り付くように私は落ちた。痛みで数秒悶える。よろよろと顔を上げた。

「……衝撃への備えは次の課題ね」

「二度と御免だ」

 顔を上げた。随分な高さを落ちてきたらしい。けど私の魔法を封じていた魔術は効力を失った。

 魔力切れで今にも魔法の床は消えそうだが、魔法さえ使えれば、こんな高さはどうということはない。ちょっと熱いだけだ。

 嘘。マジヤバイ。焦げそう。溶けそう。

「行こう」

 私は先ほどシロが作った、消えかけの魔術の床を蹴って、飛び立った。

 

 ◇

 

 ――ほんの数秒か数分遡って、崖の上。

 能岡は火口を背に宙へ浮き、地面に倒れ伏したアキヒコを悠々見下ろしていた。

「愚か者が……大人しく我に下れば死ぬこともなかったと言うに」

 ため息混じりに言う能岡。能岡は言いながら、地面に落ちた自身の腕を拾い上げた。能岡はその断面を、能岡の肩にある同じ断面へ合わせる。黒々とした肌が蠢いて、何事もなかったようにくっついた。

「……化け物め」

 アキヒコは文字通り砂を噛みながら悪態を吐いた。

 化け物に乗っ取られているとは言え、渡世の親の体を斬るのに抵抗がなかったわけではない。その覚悟を嘲笑うかのように、能岡は何でもないように腕をくっつけてしまった。

 能岡への対抗手段である二つ――大響直嗣、あるいは姪とその相棒は先程火口へと落ちていった。

 落ちていく時、優李の腕には能岡の魔術由来であろう怪しげな光が見えた。おそらく東連会本部襲撃時と同じように、優李は魔法を封じられたのだろう。

 ……そうなると、優李たちがここへと戻ってくる可能性は低い。

 低くなった勝率を前に、不意打ちを仕掛ければあるいは、とアキヒコはすぐに斬りかかっていったが、あっけなく返り討ちにされて今に至る。

「お前はこの体の主に仕えていたのだったな。どうだ、そのまま我に仕えるというのは。あの小娘の魔術の助けを得ていたとは言え、我の腕を斬り落とすほどの剣の腕前。ここで殺すのは惜しい」

 伸ばされる能岡の手を、アキヒコは鼻で笑った。親父の死も、姉の死も、姪の死も、直接でなくとも原因は能岡にある。

「笑わせるなよ」

 怒るでもなく、呆れたようにアキヒコは言って、能岡の提案を撥ね付けた。地面に腹ばいとなった体は、あちこちが痛みを訴えていたが、なんとか身を起こす。

 姪の優李は、魔法がなければ何も出来ないとうそぶいているくせに、数ヶ月前、自分よりずっと体格の良い現役軍人の男相手に殴り合いをして満身創痍となっていた。

 それを見てひっそりと拳を握り固めていたアキヒコとしては、この程度の痛みで弱音を吐くなど、冗談ではなかった。

 先程の〝返り討ち〟の際、鞘はどこかへ飛んでいたが、刀本体は握って離さなかった。地面に突き立て、杖代わりにして立ち上がる。

「気骨のあることだ。ますます欲しい。が、手に入らぬなら死んでもらう」

 笑う能岡。勝てるとはアキヒコも思っていなかった。だが一矢くらいは報いなければ。

 ……極道として、男として、〝返し〟はきっちりとしなくては。

 能岡は、優李と相対していたときと同じように、魔術を展開した。紫を帯びた黒い炎が能岡の周囲に立ち昇り、その炎の中に、梵字に似た文字がいくつも浮かび上がる。

 先程優李とやり合っていたことと同じことを能岡がするつもりなら、あの文字からビームが発せられるはずだろう、とアキヒコは冷静に分析する。

 ロボットアニメのアクションシーンで見たような光弾の弾幕を掻い潜り、能岡に肉薄など出来るだろうか。自分でも無茶だと分かるそれに、アキヒコは思わず口角を上げた。

 能岡の周囲に浮き上がった文字が、怪しい輝きを増す。そこから発せられる光弾へ集中するため、アキヒコは刀を握る手に力を込め腰を低く落とした。

「疾く死ね! 黄泉路にてあの娘と会うが良い!」

 光弾が発せられようとした、その瞬間。

「勝手に殺すな」

 淡く銀色を纏った白い光が、能岡の周囲の文字をことごとく貫き壊した。更に能岡本人を狙って撃たれた光弾が一つ。能岡は魔術の盾を作りそれを弾くと、火口の方を振り向いた。

 そこに浮かんでいたのは他でもない、優李とシロ――レディ&テディだった。その腕には、一振りの打刀が抱かれている。朱塗りの鞘。大響直嗣。

「小娘ッ……一体どうやって! 貴様の魔力は封じたはずだぞ!」

「封じるならば俺も封じるべきであったな。お前の魔術術式は単純過ぎる。応用と複雑化を考えるべきだ。俺のマスターはその点すごいぞ。術式に小狡さと性格の悪さが滲み出ている」

「おいこら」

 いつも通り仲良く言い合う姪とその相棒の姿に、アキヒコはほっと息を吐く。全く心配を掛けさせる。いつも、いつも……。

「変なとこでお前に良く似てるよ、兄弟」

 ぽそりと呟き、アキヒコは泣くのを堪えるような顔で小さく笑った。

「叔父さん――高村アキヒコ! 東連会五代目会長・志ヶ野の遺言に従い、私、高村優李は、あなたを次の大響直嗣の担い手――六代目東連会会長に指名する!」

 優李は声を張り上げた。彼女の腕の中にあった大響は光の粒子となって消えていき、それと同時にアキヒコの前に現れた光の粒子が、大響の形を作っていく。

 アキヒコが自然と差し出した手の中に、大響が収まる。

 優李は決意と不安の混じった瞳でアキヒコを見つめていた。その視線を受けながら、アキヒコはゆっくりと大響の柄と鞘に手を掛ける。

「させぬッ!」

 それを止めようとする能岡を横目に、アキヒコは大響を抜いた。

 ゴオッ、と耳元で唸るような音が響いた。視界いっぱいに広がる赤い光と、驚愕に染まった優李の顔。

「叔父さん――ッ!」

 悲痛な叫びは耳に届いたか、届いていないか。アキヒコの視界は、暗転した。

 

 ◇

 

 気付けばアキヒコは、どこか薄暗い場所に立っていた。背後にはずっと下まで続いている石の階段。頭上を見上げれば、鳥居がそばに建っていることが分かった。アキヒコは、そこが神社の境内だと悟る。

 境内には男が数名。目を凝らして彼らを見て、アキヒコはその中の数名に見覚えがあることに気が付いた。東連会本部の応接室に飾ってある、歴代会長の写真で見た顔だ。

「ここは、一体……」

 アキヒコはよろけるように半歩、足を踏み出した。

「それ以上入ること、まかりならん」

 鋭い声が飛んできて、アキヒコはハッと我に返る。見れば、いつの間にかそばに男が立っていた。細身で目付きの鋭い、立ち姿に隙のない男だ。

「鳥居を潜ってはならぬ」

 その警告に、アキヒコはいつだったか優李に聞いたことを思い出した。

 鳥居は〝あちら〟と〝こちら〟の境界であるという話。話半分に聞いていたが、男が言いたいのはそういうことなのだろうと理解する。

「お主が大響の次の担い手だな」

 男は纏う空気を少しだけ緩め、そう尋ねてきた。アキヒコが答えるより先に、男は言葉を続ける。

「私は大響の最初の担い手。かつて御庭番衆で頭を務めていた者。あちらにいる者たちも私やお主と同じく大響直嗣を受け継ぎ守ってきた者だ」

 境内にいる他数名の男たちを一瞥しつつ、男は言った。大響を継いできた者。――ならば。

「親父は……志ヶ野の親父はここにいるのか?」

 普段通りに別れて、そのまま帰らぬ人となった渡世の親を尋ねる。

 言いたいことが山程ある。そのほとんどは謝罪と弱音になってしまいそうだけれど。親父に、殴って貰いたかった。しゃんとしろと、背を叩いて貰いたかった。

 しかしアキヒコの思いも虚しく、初代の大響の持ち主は静かに首を振った。

「あやつの身体は今、能岡めに囚われているだろう。魂魄もその身とともにある。身体が正しく弔われて初めて、魂はここへ至る」

 初代はどこか悲しげに目を伏せてそう言った。アキヒコはまるでそれらを忘れていたかのようにハッとした。今も姪が戦っているはずだった。

「新たな担い手よ。志ヶ野の魂を必ず解放してやってくれ」

 念を押すような響きに、アキヒコは片眉を上げた。どういうことか、と目線で問い返す。

「志ヶ野が能岡の血脈であることは承知しておるな。大響が能岡を倒すために作られた武器であることも……」

「ああ」

 アキヒコは頷く。

「志ヶ野はいわば、我らのかたきの子。我らはそれを、信用することが出来なかったのだ。故に正式な担い手として認めず、仮の持ち主とした。次の担い手が選定を受けるまでの……」

 そう語る初代の声には、後悔するような響きがあった。アキヒコはその後悔をひしひしと感じ、何も言えず、黙って耳を傾ける。

「だが志ヶ野は立派に務めを果たした。闇の魔術なぞに頼ることなどなく、大響をよく守った。その末に死んだ」

 初代は真っ直ぐにアキヒコの瞳を見た。

「我らの間違いであった。志ヶ野は確かに、大響直嗣の担い手の一人であった。……それを伝え、かの者をここへ招きたい。そのために、今度こそ能岡を倒して欲しい。頼めるか」

「言われずとも」

 アキヒコは二つ返事で頷いた。初代は微笑み、頷き返す。

「では、そなたを大響直嗣の担い手として認め、ここに力を授ける」

 初代は言って、その手を胸元に置いた。炎がその手の中に生まれる。見れば、その後ろで他の先代の担い手たちが同じように炎を手にしていた。

 彼らはアキヒコへと手を差し出すように出す。炎がアキヒコへと向かう。アキヒコの身はその炎に包まれた。しかしそれは熱くなく、温かく心地よい。

「頼んだぞ」

 その声とともに、アキヒコの意識は再び暗闇に沈んだ。

 

 

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