落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
でかいスクラップと化した巨大メカを前に、私たちは大きく息を吐いた。
「私、生きてる……」
訳もなく自分の手の平を見下ろして、呆然と呟いた。目の前に刃が迫っていたのだ。その光景が瞼の裏に浮かんで、今更ぶるりと体が震える。
「安心するのはまだ早い。奴らは昨日とは比べ物にならない巨大な宇宙船で来ている。同じように本体を叩かなければ、状況は変わらない」
シロの言葉に、私の脳裏にテレビで見た映像が過る。あの宇宙船は、校舎の屋上を陣取っていた。
震える足は一歩踏み出すとカクっと曲がり、上手く力が入らない。転びそうになった体勢をなんとか立て直しながら、しっかりしろと一つ手で脚を叩き、廊下へと飛び出した。
「シロさん、あとどのくらい、力が使えるか分かる?」
「マスターの強化パンチ数発分ってところだ」
「ははっ、くそじゃん」
思わず乾いた笑いが漏れる。
私がキャプテン・アメリカのような四倍人間ならまだしも、もやしスティーブと同等か、あるいは毛が生えた程度の人間だ。そんな奴が、ちょっとパンチを強くした程度では、通常サイズの戦闘メカ一体だって倒せないだろう。
だからと言って、強化パンチ数発分のエネルギーでマジカルパワーがどれだけ使えるだろう。
「脂肪をエネルギーに変換するとか出来ませんかね」
「君の魅力的な部分の一つが減ってもいいなら」
「よし、別の方法を考えよう」
つまりおっぱいがちっぱいになる可能性があると。
一度出した提案をすぐに取り消した私は、別の案が無いか、思考を巡らせる。シロ曰く、食べた物を消化を待たずにすぐにエネルギーへと変えることは可能らしい。
使えそうなものは持っていない。スマホや財布は自転車のカゴの中だから、本当に自分とシロだけで何とかしなければならない。
あっ、スマホS.H.I.E.L.D.に回収されてたらどうしよう。身バレ不可避じゃん。
そんなことを考えながら廊下を走って、屋上に向かうため階段へやってくる。いつもはなんでもない階段が地獄でしかない。
「マスター、何も考えず取り敢えず屋上へ行こうとしてないか?」
「じゃあなんだよ、一旦家に帰って飯食って寝てから来るか?」
これがゲームなら、家に帰るとまでは行かなくても、保健室で一眠りして全回復とか出来そうなもんだけど、残念ながらこれは現実である。今はこんなことをしている場合ではない。
「そんな極端なことは言ってない。だがもう少し考えて行動しなければ……まずい、上から来るぞ!」
「うぉっ」
階段の上から落ちてきた戦闘メカを何とか避ける。避けた時に階段の角に膝が当たって滅茶苦茶痛い。涙目。
戦闘メカは着地の事を考えずに落ちてきたのか、ガチャガチャと音を立てながら下へ転がっていた。その隙に私たちは階段を駆け上がる。
丁度自分のクラスの教室がある階だ。
「あっ」
「どうした、マスター」
私は数日前のことを思い出した。
誰からも好かれるクラスのムードメーカー・青野くんが、親戚から大量に貰ってしまったのだとカ〇リーメイトを持ってきて、クラス皆に配ったのだ。あまり接点のない私にも、彼は明るく話しかけてくれて、私にカロリーメ〇トを二箱渡した。
私の机の中には、それがまだ残っている。
ありがとう、青野くん。君の事は忘れない。
教室に駆け込んで、一応出入り口近くの机やホウキでバリケードを作った後に自分の机の中を覗く。見えた黄色い箱に手を伸ばした。一箱は開けて二本減っており、もう一箱はまだ開けてもいない。
それらを持って教卓の陰に隠れる。とりあえず開いていた箱の残りを取り出し、一本はシロに渡した。
「なんだ、これは」
「バランス栄養食」
手軽にカロリー摂取が出来る、今の私たちにはもってこいの食べ物だ。ただ一つ難があるとすれば、口の中の水分を全て持っていかれるという事だろうか。
「マスターこれは、その、美味いんだが、どうにも口の中が乾いて仕方がない」
「知ってる。我慢して。ノルマは一人あと二本な」
私の返答に嘘だろう、と呟く声が斜め下から聞こえた。乾いた口の中で喉に詰まらないようによく咀嚼しながら、私は次の箱を開けて、銀色の包装を破く。
唾液が見る間に吸収されるのが分かった。牛乳とかお茶とか贅沢なことは言わない。水が欲しい。ウマすぎる、なんて言ってらんねぇよスネーク。
薄く茶色がかったブロック状のクッキーを押し付ければ、シロはなんとも言えない複雑そうな表情をして受け取った。分かるよ。カロリー〇イトは美味いけど、水分も一緒に欲しいよな。
二本目のクッキー生地が口内の壁にへばりつくのを感じながら、背後で扉がガタガタと音を立てるのを聞いた。機械音にも似た不快な鳴き声が響いているから、ここにいるのはバレているのかもしれない。
「シロさんって、ヤツらに何か特殊なチップでも植え付けられてるの?」
「気色の悪い事を言わないでくれ。実は、俺たちイマジェンは特別な周波を出しているらしい。おそらくそのせいだろう」
「難儀な体だね」
行儀が悪いと分かってはいるが、モサモサ食べながら話しかける。一周回って冷静になっている自分がいた。
電気の点いていない教室は薄暗く、窓から見える青空が眩しかった。こんな天気の良い日に、私何やってんだろ。
やがて、轟音と共に私たちの横を机やら椅子やらが吹き飛んで行く。
頬を撫でた風圧に驚き、喉に詰まりそうだった最後の一本のカロリーメイ〇を何とか飲み込んで、後ろを見ようとする。鼻先を掠めて光線が過ぎった。怖っ。あと一瞬、顔を出すのが早かったらと思うと血の気が引く。
「シロさん、行くよ!」
「ほう、はっへ、はっへふへ。ごほっ、げほっ」
何か言ってるけど知らん。
とにかく、後のことを考えて、エネルギーは控えめに使いたいところ。
シンプルに、サイコキネシスの能力をイメージする。どういった力がエネルギーを多く使うのか分からないから、探り探りなのが痛い。
見えない手を使うようなイメージで、教室にあった椅子や机を浮き上げ、教室に入ってきた戦闘メカに向かって飛ばす。
不気味な光沢の金属の塊に教室の椅子や机が突き刺さった前衛的なモニュメントを横目に、私はシロを片手で抱き上げて走り出した。
とにかく上へ。私たちは襲い来る敵を倒しつつ再び階段に戻る。
「Hey!」
屋上へと向かおうとする私たちを、英語で呼びかける声。ここからは日本語訳でお送りする。
「君は何者だ?」
銃を向けてはいないものの、警戒した様子で私に問うのは、私もよく知る人物だった。顔はク○ーク・グ○ッグではないが、その顔は、フィル・コールソンその人だ。
この人、この世界がMCUの世界だとすればマリブ行ったり、ニューメキシコ行ったり、日本に来たりと忙しいな。きっとキャプテン・アメリカの発掘のために南極にも行ってるんだろうし。
なんと答えたらいいものか。「江戸川コナン……探偵さ」とか言えたらかっこいいのだけど、あいにくそんな格好のつく肩書は持っていない。
そんな私たちを襲うように、戦闘メカが奇声を上げて飛び掛かってきた。コールソンが銃を構えるより早く、私は〝手〟を動かしてそれをスクラップに変える。
「今は話している場合じゃないんで、とりあえずこれが答えでもいいですか?」
『MGS3』のEVAみたいに「これが合言葉の答えよ」とか格好よく言いたかったけど、なんか普通になってしまった。まあ、それはともかく。
彼が私の〝知っている〟コールソンなら、ここで止めたりはしないだろう。彼は、この緊急時に何を優先すべきか分かっている人だ。
「彼女が君の〝相棒〟ということか」
「……ああ」
コールソンはシロを見て、確信を持って尋ねた。シロは頷く。
シロ、英語喋れるんだ。相互自動翻訳機能があるのかな。あと、二人はちゃんと面識有るんだ。いや、そうだよね、S.H.I.E.L.D.に保護されてたんだもんね。
「屋上へ。とにかく奴らをどうにかしよう」
思った通り、コールソンはそれ以上の詮索をせずに階段を上り始めた。私もそれを追いかける。
屋上へ出るための扉は戦闘メカによって壊されていた。
屋上には四本の蜘蛛のような脚を生やした、楕円の球体二つを丸い筒で繋げたような形の大きな宇宙船が停まっている。校舎二つか三つほどのサイズがあるのだが、そんな大きな宇宙船が三つの校舎の棟に、跨るようにして鎮座していた。
塔屋の中、壊れた扉に隠れて私たちは宇宙船の様子を伺う。ハッチは開かれている。
あの中に入って、向こうとこっち、被害は最小でどうにかすべき、なのだろう。色々調べたいだろうし、S.H.I.E.L.D.的にもその方が有難いに違いない。それに、壊して爆発して、被害が増えるのはいただけない。
コールソンを見れば、コールソンも私を見ていた。
「……先導します、私たちが」
能力も有るし、もしもの時はコールソンが後ろから援護してくれると考えるととても心強い。一番槍という危険な役目に尻込みする気持ちが無いと言えば嘘になるが。
「……分かった。援護する」
しっかりと頷くコールソンを見て、それからシロへ視線を向ける。シロはそれを受けて頷き返した。一呼吸、息を吐いて、私は駆け出した。
物陰を飛び出した私たちに、待ち構えていたかのように戦闘メカたちが襲いかかってくる。私は見える範囲、対応出来る範囲でそれらを倒す。
背後から銃声が何度か響き、ほぼ同時に倒されていく戦闘メカたちを視界の端に捉える。多分今、後ろでコールソンがとても格好良いスパイ・アクションを見せているはず。いや、魅せているはずだ。
「シロさん、中の構造は分かる?」
「詳しいことは分からない。しかし、どの宇宙船の構造も大差はないだろう」
「じゃあ、案内お願い」
危なげなくハッチに辿り着き、私たちは宇宙船内部に入った。入った瞬間に警戒音が鳴り響き、赤いランプが明滅を始める。
少し驚いたものの、コールソンと共に周囲を警戒しつつ、シロの多分こっち、という案内を元に奥へと進んでいく。戦闘メカが襲ってくるのは変わらない。
中は黒いプラスチックのような光沢をもつ金属で出来ており、長い廊下に等間隔で扉が付けられている。扉にはそれぞれ操作パネルが取り付けられていて、これぞ宇宙船、と言った内装だ。
この辺だろう、と言うシロの言葉に従って、扉を壊して中に入る。
「うわっ、宇宙人だ!」
「今更か?」
モニタールームのような空間で、こちらに座っていた椅子ごと振り向いたのは頭部の発達した手足が妙に細い、人類に似たなにか。
逆三角形型の頭と言い、白目部分の見えない大きな瞳と言い、灰色の肌と言い、どう見てもありがちなリトルグレイだ。見た目がテンプレート過ぎて逆に驚いてしまった。
何か私たちには分からない――と言うか可聴の音波を出しているようにしか聞こえない――声を上げて、宇宙人たち、もといミルファン星人たちは慌てふためき始めた。
一人が制御盤らしきモニターへ向かい、残り数人はへんてこな武器を構えて臨戦態勢に入る。
能力を使ってその武器を彼らの手から浮かせて、そのまま手を握る仕草で紙を丸めるように潰してしまう。すると彼らは飛び上がって、制御盤に向かう一人を放って逃げ出してしまった。
「あのー、そこの宇宙人さん? ……あれ、英語とか日本語って通じる?」
「翻訳機を使えば……しかし奴らが使っている様子はない。無理だろう」
「ああ、そう……だよね」
言葉が通じた訳ではないだろうが、雰囲気で自分が呼ばれていることに気が付いたらしい、最後の一人はこちらを見て――見事なまでの二度見をした。他の奴らいないじゃん、とでも言うようにキョロキョロと周囲を見回す。
「宇宙モノのコメディみたいだなぁ」
映画と言うよりはお茶の間で流れるコメディ系のホームドラマって感じの一幕である。バックで笑い声響いてそう。
「イマジェン、奴に動くなと伝えることは?」
「ああ。出来る」
のんきに呟いていた私の横で、コールソンはミルファン星人に銃を向けながらシロに通訳を頼み、シロはそれに応じて先程ミルファン星人が発していたような音波を出した。それに対してミルファン星人は高音の耳鳴りのような、若干頭の痛くなる音波を発した。
挙動などから察するに、どうやら怒っているらしい。
「駄目だ、通じない」
「なら仕方ないな」
コールソンはシロの言葉を受けて迷うことなく銃を撃った。
あまりにも躊躇いが無くて思わずびくっと肩を揺らしてしまった。私、もしかして一歩間違えたら撃たれてたのでは?
「マスター、制御盤のところに連れていって貰えるか」
「あ、うん」
言われるままシロを制御盤に連れて行く。
「俺が指示する通りにやってくれ」
制御盤の前にはモニターがあり、そこには外の様子が映し出されている。私がシロの指示通りに制御盤の操作をすると、外で暴れ回っていた戦闘メカたちが一斉に動きを止めた。
「止まった……?」
「ああ。これで一安心だ」
シロの言葉に、私はほっと息を吐くと同時にその場にへたりこんだ。足の力はすっかり抜けてしまって、多分しばらく立ち上がれなそうだ。
「大丈夫か、マスター」
「うん、ううん……大丈夫、大丈夫じゃない」
「どっちだ、それは」
言葉もままならない私を笑うシロに、私は力のない笑みを返した。