落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第四章-12「精算」

 私たちはしばらくの間、火口を見下ろしていた。戦いの最中の騒がしさと打って変わって静かになった空間で、最初に口を開いたのは叔父だった。

「戻ろう。親父を早く、ちゃんと弔ってやりたい」

「うん」

 火口に背を向け言った叔父に頷いて、私も後ろを振り向いた。地面に横たわったままの祖父の遺体の傍へと近付き、私は魔法の光で包んで浮き上がらせる。叔父と頷き合って、来た道を歩き出す。

 私たちの入ってきた縦穴に繋がる道へ進む手前ほどに差し掛かる。その時、私たちの背後で、ざり、と砂を踏む音がした。

 振り向いた先に立っていたのは、三木部である。吹き飛ばされたときに乱れたのであろう髪や砂の着いた衣服をそのままに、愕然とした表情で火口を見つめていた。

「そんな、能岡様……」

 ふらふらと、覚束ない足取りで三木部は能岡の魂が落ちていった火口の方へ、数歩足を進めた。私たちは警戒しながらその動向を見守る。私はすぐさま回避行動が出来るように、術式の準備をしておいた。

「よくも……よくもあの方を! ……いや、遺体はまだある。子孫も他にいる。大響もある! もう一度、もう一度蘇生の儀を行えば……!」

 三木部はカッとこちらを振り向いた。胸元から拳銃を取り出し、こちらへと向ける。私は魔法の盾を展開する。銃声が響く。

 しかし銃弾が当たったのは、魔法の盾ではなかった。三木部の拳銃は地面に落ちて、三木部自身は拳銃を持っていた腕をあらぬ方向へと曲げていた。

 呆然とした様子で、三木部は自分の意志に関係なく動かされたその腕を見る。血が滴っているのを見て、三木部は弾かれたように声を上げた。

「あ、あああ……! 何だ、誰だッ!」

 三木部の目が、ぎょろりと巡って銃声の主を見付ける。その視線を追えば、そこに立っていたのは一人の女だった。忍装束を纏い、手には拳銃。

「雉村ぁ……!」

 三木部は心底憎々しげに、女――雉村を呼ぶ。

 雉村の目には、おそらく三木部しか映っていなかった。血走った目で、ただ三木部だけを見詰めている。

 怒り、憎しみ、多分それだけじゃあない。これまで見てきた余裕のある表情は雉村の顔から消えていて、彼女は酷く荒い息で呼吸をしていた。それは、ここまでの道中を走ってきたから、なんて理由ではないだろう。

「てめぇ、この期に及んで何しやがる! 自分が何をしたか、分かってんのか、あぁ?」

 撃たれた腕を押さえ、三木部は顔面を赤黒く染めた鬼のような形相で凄んでみせた。人の良い中年男然とした様子は、今や見る影もない。

「あなたは……、あなたは生き返らせられるって言った! お姉ちゃんを生き返らせられるって! 家族を元に戻せるって!」

 もはや取り繕う余裕などないのだろう。雉村は叫ぶように言った。これまでの彼女の姿からは想像も出来ない、どこか子供のような姿だ。

「うるせぇ! そんなもん、方便に決まってるだろうが! 騙されたてめぇが悪いんだよ! そんなことより、さっさと大響と志ヶ野の遺体を奪い返してきやがれ!」

「う、うう……うぅう、ああぁああっ!」

 雉村の叫び声とともに、銃声が立て続けに何度も響く。その音の主である雉村は、撃ちながら三木部へと駆けていた。狙いも何もない。放った銃弾は、一発も三木部に当たっていない。

 その様子を見かねた私は、二人を止めようと半歩足を踏み出すが、制すように叔父の手が肩に置かれた。見上げると、無言で首を振られる。

 私は再び雉村たちへ目を向けた。三木部は雉村に背を向け逃げ出す。何を思ったか、逃げ道のない火口の方へ。

 雉村はそれを追いかけ、火口の近くで足を止めた三木部へ飛びかかった。二人は互いに襟首を掴み、揉み合っていた。

 やがて銃声が一発。血飛沫が三木部の背中から噴き出る。雉村が拳銃の銃口を三木部の腹へ押し付けるようにして撃ったのだ。

 呆然と自身の腹を見下ろす三木部。雉村はその放心した三木部を掴み、押し、道連れにするように火口へ飛び込む。

「えっ」

 三木部の悲鳴と、マグマの海に落ちた音。目を見開いた私は、思わず駆け出す。

 火口へ駆けつけて、崖下を見下ろした。崖下に見えるのは赤く煌々と輝くマグマのみで、人影はもはや、跡形もなく消えていた。

 

 ◇

 

 祖父の遺体を本部に運び、遺体はやっとちゃんと火葬された。

 大響に選ばれたことと、原田がその座を譲ったこと。そしてその他幹部からの支持も得て、叔父のアキヒコが東連会の六代目会長に就任した。

 闇の手にいた三木部派は今回の一件で若い女頭領の力を認めることとなり、「雨降って地固まるとなりそうだ」と松緒が言っていた……と、就任式の日に会った原田から聞いた。

 祖母は東京郊外に居を移し、極道から足を洗って更生した人々の手助けをする活動に力を入れている。

 まあ、何はともあれ。いつも通り、日常へと戻っていくわけだ。みんなも、私も。

 一連の騒動から早くも数週間が経った。

 花の最盛期は終わって青葉が茂り始め、そろそろ梅雨入りかという今日このごろ。アベンジャーズの招集がかかった。S.H.I.E.L.D.が崩壊した際に盗まれた、ロキの杖の在り処が掴めたらしい。

 アベンジャーズ本部へ向かう前日、私とシロは叔父に連れられて墓参りへとやってきていた。

 近くの花屋で買った花束に、コンビニで買ってきた線香。霊園の敷地内の水場に並んだ桶の一つに水を入れて、私たちはその墓の前に立つ。

「ここが、お前の父さんの墓だ」

 叔父の言葉を聞きながら、私は墓石を見下ろした。何ということはない、普通の墓石だ。こまめに人が来ているのだろう。花こそ飾っていないが、墓石やその周りは綺麗だった。

 写真でしか知らない、今世の父親の墓。

 墓を見れば何かこみ上げるものがあったりするだろうか、と思ったけれど、特に何も感じなかった。写真を見たときのほうがよっぽど、感じるものがあったと思う。

 落ちていた葉っぱなんかを簡単に取り除いて掃除を済ませ、私は線香に火をつける。叔父に借りたライターを使ったのだが、なかなか火がつかなくて、焦れた私は魔法でズルをする。

「要らなかったな」

「最初からこうすればよかった」

 魔法で火をつけた私を横目で見た叔父が苦笑する。私はそれに、口を尖らせて答えた。

 その間に、シロが器用に花立てに花を挿していた。叔父は柄杓で花立てに水を注ぐ。それが終われば、私は火のついた線香を香炉に置く。墓前でかがみ、目を閉じて手を合わせる。

 こういう時、心の中で何か語りかけるものなのだろうかとか思うのだけど、何も思い付かなかった。だから、手を合わせただけ。目を開けて、墓石をちょっと眺めて、それで終わり。

 母の葬儀で散々いろいろな人に言われた。母は私を見守っているって。だったらきっと父も同じだろう。見ているはずだ。

 立ち上がって、叔父の横へ。叔父は黙って墓石を見詰めていたが、ややあって口を開いた。

「兄弟に出会ったのは、俺が志ヶ野組に入ってすぐのことだ。あの頃俺たちは中学を上がったばかりの高校生でな。同じ高校に入ってたもんだから、俺は高校生だった兄弟の付き人に選ばれたんだ」

 当時のことを語る叔父の笑みはどこか微苦笑と言えるような苦いものが見え隠れしていた。私はもしかして、と思い口をはさむ。

「最初、仲悪かった?」

 私の言葉に、叔父は笑った。

「ああ。俺はあいつをボンボンだと思っていたし、あいつは俺をつまらねえチンピラだと思っていたからな」

「映画とかドラマの冒頭みたいだね」

「まさしくな」

 茶化すように言った私に、叔父は頷く。

「では、どうして義兄弟になったのだ?」

 シロが尋ねる。

「なんてことはねえよ。それこそ臭い青春ドラマみたいな展開だ。殴り合いの喧嘩して、喧嘩売ってきた不良共相手に、一緒に戦って。友情が目覚めたってやつさ」

 照れ隠しのように冗談交じりな口ぶりで叔父は話す。私はからかうように口笛を吹いてみる。

「お父さんは、叔父さんから見てどんな人だった?」

「そうだな……真っ直ぐで、弱いやつを放っておかない……」

 叔父は言葉を探すように言って、一度言葉を切った。切なげにその目が揺れる。私を見る。

「多分、極道らしくて、ヤクザ向きじゃないやつだったよ」

「なに、それ」

 極道とヤクザ、同じじゃないのか。首を傾げた私に、叔父はごまかす時そうするように、私の頭を乱暴に撫でた。

「シラフで話すことじゃあねぇな、こんなこと」

 叔父は白い歯を覗かせて、どこか子供のように笑った。髪の毛を乱されて非難めいた視線を送った私も、その表情を見ると、なんだか何も言えなくなってしまう。

「優李、お前酒は?」

「私まだ十九だよ」

「もう十九か……こんな小さかったのに」

「叔父さん酔ってる?」

 支離滅裂だ。呆れる私に、叔父は目を細めた。眩しいものを見るように。愛しいものを見るように。

「じゃあ来年だな」

 叔父は言った。

「来年、お前が二十歳になったら飲もう。俺が最初の相手だぜ」

 私が「うん」と頷くと、叔父は墓石へ、いたずらめいた笑みを浮かべる。

「俺がお前の娘と最初に酒を飲むんだ。せいぜい墓の下で羨ましがれよ、兄弟」

 父へ向けられたその言葉に、私は微笑む。

 その言葉だけで、私は私が父に愛されていたことを知った。

 帰るか、と叔父が言って、私は頷いた。霊園の駐車場へ向かう叔父の後を追う。

「聞きたかったんだけど」

 叔父の背中に、私は尋ねた。

「あの時、なんで止めたの? 雉村と三木部を止めるの……」

 責めるでもなく問われた背は、こちらを振り向くことなく進み続けた。何か、答えを探しているようだった。

「……大人は汚いんだよ。どちらも東連会にとって邪魔者だ。それが共倒れしてくれるなら、それに越したことないだろ」

「……そっか。まあ、そうだね」

 その答えに、私はただ頷いた。怒っているわけではなかった。むしろあの時――あの時、止めて貰ったことにほっとしている自分がいた。

「討ちたかったか、仇」

 叔父の言葉は問いのようでいて、そうではないように思えた。私の心など見透かされているようで、なんだか逃げたくなる。

「……分からない」

 殺したいほど憎んでいたのは事実だ。雉村が乗ったクインジェットを潰そうとした記憶は、今も強く記憶に残っている。あの時の自分が抱いた明確な殺意を、私はきっと、忘れることはない。

「……母さんは、私が正しいと思うことをしろって言って死んだ。……復讐はさ、とどのつまり、自分のためなんだと思う。自分の心に決着をつけるためにするんだ。母さんのためではない復讐は、私にとって正しいことではない。母さんがどうして欲しいかは、母さんしか知らない。だけど母さんはもういない。どうして欲しいか、聞くことは出来ない」

「そうだな」

 叔父に向けてなのか、自分に向けてなのか、分からない説明を紡ぐ。それに、叔父は短い相槌を打った。

 ……たぶん私は、自分で決断するのが怖かった。

「実際あの二人が死んでなかったら、どうしてたかな? 殺していたかな、躊躇って、殺せなかったかな」

「さあな。……だが、お前が躊躇ったなら、それはそれで良かったと、俺は思うよ」

「……うん。そうかもね」

 背中を向けたまま言った叔父に、私は頷いた。

 駐車場に着いて、叔父は運転席のドアを開けながら私を見る。

「姉さん……お前の母さんのとこにも寄っていくか?」

「ううん。この間行ったばかりだし、いいよ。葬式の時、みんなお母さんはあなたのこと見守ってるよって言ってたから、今回のことも見てただろうし。平気平気」

「マスター、君はそういうところがあるよな」

 シロからジト目を送られる。

「そういうとこ、姉さんにそっくりだ」

 叔父は苦笑する。

「……ねえ、お父さんと私は、似てるとこ、ある?」

 不意に尋ねた言葉に、叔父は驚いたように私を見つめた。数回の瞬きの後、叔父は数度口を開け閉めしてから言った。

「……目元かな」

 言って、叔父は運転席へと身体を滑り込ませた。その様子を私は知っている。何か誤魔化した時。

「えー、他には?」

 助手席に座りながら追求する私に、叔父は困ったように笑う。

「内緒」

「もー……」

 いたずらっぽい笑みが返され、私は口を尖らせた。

「シラフじゃないときにな」

 エンジンを掛けながら言った叔父の言葉に、私は目を瞬き、それから笑顔で頷いた。お母さんには内緒だぞって、わがままを聞いてもらった時のように。

 そうして、叔父のセダンは滑らかに発進し、私たちは墓地を後にする。

 

 

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