落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第四章 幕間
断章「魔女の生き死に」


 話は少し遡り、地球(ミッドガルド)の暦で、2012年。ニューヨークを襲ったロキによる災禍がアベンジャーズによって退けられ、数ヶ月が経った頃のこと。

 その頃、アスガルドには、地球から招かれた客人がいた。

 年若いミットガルドの言語学者、ユーリ・タカムラと、その相棒(イマジェン)、シロである。

 名目はシロの故郷であるラシューカ星についての資料の閲覧であるが、アスガルドの王・オーディンは寛容に、それ以外の書物の殆どについても、ユーリとシロが閲覧することを許した。

 知識に貪欲なユーリは様々な書物の閲覧を求め、多くの知識を吸収した。中でも、王妃・フリッガ自らが手ほどきをしたルーン魔術に関して、ユーリは類まれなる才能を発揮したと言える。

 フリッガは聡明で謙虚なユーリに目を掛け、ユーリもまたフリッガをよく慕い、最大の敬意を払っていた。

「フリッガ様」

 開けた廊下から街を眺めていたフリッガは、穏やかな声を掛けられてゆったりとそちらを振り向いた。

 振り向いた先に立っていたのはユーリだ。ユーリは手に何かを持って、邪魔をしてしまったことを申し訳なく思うように眉尻を下げて微笑んでいた。

「ユーリ。どうしたの?」

 首を傾げ尋ねるフリッガは、隣に来るように片手を広げる。ユーリはそれに従い、フリッガに近寄った。

 しかし弁えるという意識が働くのか、ユーリは隣に並んだりはせず、一歩分離れた位置で止まって一礼する。フリッガとしては、その姿が礼儀正しくしっかりした娘として好ましくもあり、少しだけ寂しくもあった。

「フリッガ様に、渡したいものがあって……」

「あら、私に? なにかしら」

 ユーリが両手に包んだものは、フリッガからは見えない。少しだけ胸を弾ませて、フリッガはユーリの言葉を待った。

 ユーリが開いた手の中には、美しく精緻な刺繍が施された片手に収まるほどの小さな袋があった。口を結んだ紐の結び目は複雑で、開いた花のような形に見える。小物を入れるにしては小さすぎる。それがなんなのか、見当もつかずフリッガは首を傾げた。

「これは?」

「お守りです、フリッガ様。私の国では、神様の名や祈りの言葉を書いた内符というものをこういった袋に入れて、持ち歩くという信仰があります。身に着けていると、悪縁を断ち切り、良縁を結び付けてくれるのです」

 フリッガはユーリの手の上に乗ったお守りを手に取った。

 指先で触れて、魔力を感じた。強く優しい、長く人々を見守る大樹のような、守りの魔術。

「これに入れたのは、私がルーンを刻んだ柊の木の板です。ルーン魔術を教えて下さったお礼に……受け取っていただけますか?」

 迷惑だろうかと思う気持ちが現れた、いじらしい姿にフリッガは微笑む。

「ありがとう、ユーリ。大切にするわ」

 フリッガは両手で受け取って、胸に抱いた。その姿に、ユーリはほっとしたように笑みを浮かべる。

「素敵な刺繍ね。この結び目も、花のようで見事だわ」

「ありがとうございます。刺繍は鱗模様です。私の国では蛇の鱗がイメージされるんですが、蛇は脱皮の様子から、再生や厄除けの意味が込められています。それから、こっちの結び目は梅結び。これは無病息災や魔除けの意味が込められた縁起のいい結び方なんです」

「まあ。それぞれ意味があるのね」

 ユーリはフリッガの言葉に、すかさず分かりやすい説明を加える。フリッガはそれらを聞き、楽しそうに目を細め、それから日本文化についての話に花を咲かせた。

 

 ◇

 

 ――時は流れ、地球の暦で2013年。

 フリッガに後悔はなかった。

 マレキスの部下に背中から心臓を刺される未来。息子であるソーの恋人を守るため、命を落とす未来。この未来を知っていた。抱えて生きてきた。知っていたから、惜しみなく愛した。

 倒れたフリッガの体を抱き上げ、額に頬を寄せるのは、愛する夫・オーディンであろう。強いて後悔しているというならば、今この時に、最後の愛を伝えられないことだろうか。

 そんな取り留めのないことを考えるフリッガの胸元が、何故か温もりを発した。魔女であるフリッガには、それが魔術だとすぐに理解出来た。けれど、戦いの前にフリッガが仕掛けた魔術は、ジェーンの幻影を作ることだけだ。

 知らない魔術? ……いや、胸元に、いつも身に着けていたものだ。

 その温もりは、フリッガに生きるための活力を与える。傷を癒やし、息吹を吹き込み、まぶたを持ち上げさせる。

「っは……!」

「フリッガ……!」

「母上!」

 開いたまぶたの向こうに、オーディンとソーがいた。こうして並ぶと、よく似ているだなんて、場違いにもフリッガは考えた。

「良かった、母上。さすがですね。こうなったときのため、魔術を仕組んでおいたなんて。でも、もう少し早く作動するようにしてくれればいいのに。俺は……てっきり……」

「いいえ、私は何も……実際死にかけて……」

 ソーが矢継ぎ早に言った。不安と悲しみの糸が切れて、口が止まらないのだろう。フリッガはその言葉に答えて、胸元の鎧の下に首からさげて仕舞っていた()()を取り出した。

 精緻な刺繍に、花弁が開いた花のような結び紐。守りの魔術を感じるだけだったそれは、今は淡い光を帯びていた。

 ……ただの守りのルーンではなかったのだ。持ち主の危機に初めてその力を発するよう構築された癒しの魔術。

 フリッガだけが分かる、それはとても強力な、守りの魔術。それは、切実な祈り。まるであの子も、フリッガが見た未来を知っていたかのような。

 ……フリッガが見た未来を、必死で逃れさせようとしたかのような。

「母上、それは?」

「……ユーリからの贈り物よ。あの子のルーン魔術の腕前は、もしかしたら、私以上かもしれないわね」

 あの子が自分と同じものを見たのか、そんなことはどうでも良かった。ただ、フリッガはあの子に救われたのだ。死の未来を回避し、フリッガはまた、最愛の家族に愛を伝えられる。

 そうしてアスガルドの魔女は、ミッドガルドの魔女を思い、目を細めて微笑んだ。

 

 ◇

 

 それから更に、数日か、あるいは数週間後。

 晴れ渡ったニューヨークの青空に、雷鳴が轟いた。

 背の高い建物がひしめくマンハッタンの中でも、今かなり注目を集めているビル――スターク・タワー改めアベンジャーズ・タワーのペントハウスのベランダに、ソー・オーディンソンは降り立った。

 出迎えた家主からは玄関を使えと難色を示されたが、ソーの気に留めるようなことではない。それよりも大事な用が、彼には存在した。

 その用事の相手は、外から帰ってきたばかりのようだった。

 以前会った時とは違い、丈が長くひらひらとした服を着て、ソファの傍に立ち、背もたれに手を掛けてテレビを眺めている。ソファには盾の男ことスティーブと小さな熊ことシロが座って、同じようにテレビを見ていた。

「ユーリ!」

 大股でそちらに向かい、声を掛ける。用事の相手――ユーリはきょとんとした顔でソーを振り向いた。

「ソー、久しぶり。こっちに来てたんだ」

「ああ! 久しぶりだなユーリ! 会いたかったぞ」

 ひらひらと手を振るユーリを、ソーは再会の喜びをそのまま表すように抱きしめた。ユーリは驚きと困惑の混じった声を上げる。相変わらず小さいと思いながら、ソーは口を開いた。

「ユーリ、お前のおかげで母上は救われた。なんと礼を言えばいいか」

 言いながら思わず腕の力を強めれば、腕の中から呻き声が聞こえ、ユーリにぺしぺしと腕を叩かれた。

 おっと、とソーはつぶやき、腕の力を緩める。スティーブが心配そうな表情で立ち上がりかけているが、ソーは気付いていなかった。

 その時のスティーブの顔は、力の強い怪物が小動物に触ろうとするのを心配するような表情であったと、後にトニー・スタークが語ることになるのは余談だ。

「母上……フリッガ様?」

「王妃様に何かあったのか」

 力強いハグから開放されたユーリはソーを見上げて首を傾げる。シロもテレビに背を向けてソーを振り向き、尋ねた。

「どこから話せば良いか……」

 ソーはそう口火を切って、ユーリが地球に戻ってからアスガルドに起こった出来事を話した。惑星直列のこと、マレキスのこと、ジェーンとエーテルのこと。

「――その戦いでロキは死んだが……それでも、母上は助かった。ユーリ、お前のおかげだ」

 ソーは寂しそうに笑いながら、それでもしっかりとした手付きでユーリの肩を叩いた。ロキは死んだ。それがロキの魔術によるまやかしなのか、本当に死んだのか、それはユーリには分からない。

「ロキが……ソーは大丈夫?」

 記憶に残るロキとの別れを思い出しながら、ユーリはソーを労り首を傾げる。ソーは静かに笑みを浮かべ、頷いた。

「ああ。平気だ。……そう言えば、父上と母上から聞いたぞ。ロキと旅をしたそうではないか。ロキはついぞ語ってくれなくてな。聞かせてくれないか」

「えっ、どういうことだ、ユーリ」

 ソーの発言に、スティーブが反応する。

 ソーにとっては弟であっても、地球を侵略しようとしてマンハッタンを戦場に変えた男とユーリが旅をしたなど、スティーブには看過できない事実なのだろう。

 ソーはソファにどかりと腰を下ろし、聞く体勢をすでに整えている。スティーブも誤魔化しは通用しないという目でユーリを見ていた。

「……先にお茶を用意しようか」

 ユーリはそう言って、困ったように苦笑を浮かべた。

 

 

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