落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
それはある昼下がりのこと。
ニューヨークは快晴。過ごしやすい一日やらお出かけ日和やら天気予報士が言う中、常に話題の渦中にありがちなアベンジャーズ・タワーで、家遊びに興じる者があった。
それは他でもない。私こと高村優李と、その相棒のシロだ。私たちは誰もが認める良い天気の日に、電脳世界に潜っていた。
本日私たちを招いたのはJ.A.R.V.I.S.。家主のトニー・スタークを補佐し、アベンジャーズ・タワーの管理をする
「ようこそ、ユーリ様、シロ様」
普段であればオレンジの球体が待ち構えている電脳世界で、今日はホログラムのアイアンアーマーが恭しく腰を折った。
「その姿は珍しい、って言うか初めてだね」
「手足のある姿が、これしか思いつかなかったのです」
何か理由があるのか、あったのか。J.A.R.V.I.S.は自身の手を見ながらそう答える。どういうことかと首を傾げると、J.A.R.V.I.S.はすぐに私たちに答えを与えた。
「以前、ユーリ様は仰いましたね。私に礼をしたいと。なんでも頼みを聞いて下さると」
「なんか言い回しがアレだけど……まあ、大体そんな感じだね。何か決まった?」
「はい」
頷くJ.A.R.V.I.S.。私は以前、エゴの苗の件で彼に手助けをして貰った件を思い返した。
私は無理難題ではないことを心の片隅で思いつつ、人工知能のしてくる頼み事がどんなものなのかわくわくしてしまう。
「私に、料理を教えて欲しいのです」
「
意外な頼みに、私は思わず繰り返してしまう。
「Good. 良い発音ですね」
「Thank you. ……いや、そうじゃなくて」
発音練習も出来る教材のような反応に、私は苦笑いをする。意外な頼みであったが、何故アイアンスーツで待ち構えていたのかの理由も分かった。確かに手足が必要だ。
「なるほどね。料理なら、手足がないとちょっと難しいよね。でもどうして料理?」
「トニー様に、料理を振舞ってみたいと思いまして」
J.A.R.V.I.S.の言葉に、私は驚きのこもった「ほう」と言う頷きで答えた。人工知能が悩んだ末に出した欲求が、誰かのために自発的に何かをしたいって感情だなんて……素敵やん。
「けど、ここで教えるってこと?」
「用意はしてあります」
情報の入った箱しかない空間でどうするのかと首を傾げれば、J.A.R.V.I.S.は心配いらないとばかりに片手をすっと動かした。その動きに合わせて、そばにホログラムのキッチンが現れる。
「トニー様には内緒でやりたいので」
「サプライズってことね。いいじゃん」
私は頷きながら笑みを浮かべる。現れたキッチンは、アベンジャーズ・タワーにあるアベンジャーズメンバーの生活スペースにあるそれと同じものだ。
「調理器具から食材まで、質感や重量などを再現してあります」
「それは凄いね……。こういうの、いつかは普通にゲームで出来る時代が来たりするのかな」
お料理系のゲームは一定の需要があるし、コナンの『ベ〇カー街の亡霊』に出てきたような仮想体感ゲームが作られたら、こういうのも出来るのかも。夢が広がるネ。
それにしても凄い。まな板の重さとか、傷の入り具合とか、とっても見覚えがある。
「……ところで私、基本くらいしか教えられないよ。スタークが普段食べてそうな高級料理とか無理だよ」
「そこまでは求めておりません。私が作りたいのは家庭料理の範疇ですので。トニー様の体調がすぐれないとき、体に良いものを作ってあげられたら、と」
めっちゃ健気……心臓がきゅっとする。
「トニー様は存外、高級料理よりチーズバーガーのようなジャンクなものをお好みですから。ユーリ様やシロ様の手料理も、あまり口に出す事はありませんが、気に入っていらっしゃるように見受けられます。気に入らなければ残しますしね」
小さめだがJ.A.R.V.I.S.から落とされた爆弾に、ちょっと照れ臭くなって、思わずシロと顔を見合わせた。
「そういえば、スターク氏は作業の片手間にしたとしても、俺たちの作った料理を残したことは無かったな」
シロが思い出したように口を開く。
「……まあ、十万の懐石とか百グラム一万の松坂牛とか、高いもんあらかた食ってもボロい屋台の八十円のおでんが一番美味いって佐川さんも言ってたし、そう言うもんなのかな」
「Mr.サガワがどなたかは存じ上げませんが、真理をついた良い言葉ですね」
「ジャパニーズマフィアの言葉だけどね」
照れ隠しにそんなことを言って、私は肩を竦めてみせる。
「じゃ、善は急げ――じゃないけど、早速始めよっか」
「はい、よろしくお願いいたします」
人工知能とバーチャルクッキング、開始である。
◇
卵料理が基本かな、と思って、スクランブルエッグから始めることにした私たち。とりあえず卵割ってみそ、と手本を見せてからJ.A.R.V.I.S.に卵を渡したら、掴んだ瞬間にぐしゃっといった。
「まあ、アイアンアーマーだからね、仕方ないね」
バーチャルなので無かったことに出来ることへ感謝しつつ、次の卵を渡す。今度は力加減に気を付け、握ることは出来た。
何となく嫌な予感はしつつ、キッチンの台に当てて割り目を入れさせようとすると、思った通りぐしゃっと潰れた。それを何度か繰り返し、力加減を理解したJ.A.R.V.I.S.は、良い感じの割れ目を入れて、その割れ目に両手の親指を添えて――案の定ぐしゃっとやった。
「意外と不器用だね」
「申し訳ありません……調理専門のアーマーを開発しようと思います」
ジョークか、それとも本気か。わかりにくい、真面目くさった言葉が返ってきて、私は思わず笑ってしまう。
こればかりは感覚である。アドバイスも、優しく、くらいしか言いようが無い。そもそもアーマーの指先が、料理などの細かい作業に合っているようには見えなかった。
「……案外
「そのようなことは……いえ、頑張ります」
卵の硬さと、それに必要な力加減を計算で出すことって出来たりするんじゃないか、と私は思ったけれど、せっかくだから黙っておいた。
◇
現実世界でやったならば今日の夕飯は卵尽くしとなりそうな程度に卵を割って、J.A.R.V.I.S.は見事卵の割り方を習得した。
まず卵に触れたことで力加減を学んだらしい。それ以降の作業は問題なく、J.A.R.V.I.S.は見事スクランブルエッグを作り上げた。
「次は包丁使う料理が良いね。あ、チキンスープとかどう? 欧米圏だと風邪引いた時に食べるって聞いたことあるけど」
「大丈夫でしょうか……?」
卵を割るのに手間取ったため、J.A.R.V.I.S.は少し自信を失っているらしい。私は笑いながらレシピを検索して目の前に表示した。
「大丈夫だよ、卵割るのって結構難しいし。J.A.R.V.I.S.だって、割った後の作業は問題なかったじゃない。そもそも、少しずつ覚えてけばいいもんだよ」
「そうだ、気にしなくてもいい。俺は練習のためにマスターと二日間卵料理を食べ続けることになった」
「あったねぇ、そんなことも」
まだアベンジャーズも出来る前の、私たちが日本にいた頃の話だ。
主食はチャーハン、おかずも卵料理、スープにも卵だった。シロは肉球と爪で料理をするから、その分練習が必要だったのだ。今では笑い話だが。
「チキンスープの作り方は――切る、焼く、炒める、煮る。うん。同時進行しなきゃいけない手順もないし、初心者の練習にピッタリって感じ」
頑張ろう、とJ.A.R.V.I.S.の肩を叩けば、彼は不安を払しょくした様子で頷いた。
◇
野菜を押さえている方の手で野菜を潰す、というアクシデントはあったものの、おおむね問題なくJ.A.R.V.I.S.はチキンスープを作り上げた。
「鶏の旨味がよく出て美味そうだな」
「今度
似たようなスープは作ったことがあるが、ちゃんとしたレシピを見て作ったことは無いから、食べてみたい。
「これでいつスタークが風邪ひいても平気だね」
「はい。勿論、そのようにしないよう配慮するのも私の仕事ですが」
「スタークって配慮して聞く人だったっけ?」
「ええ、とても聞き分けの良い方ですよ」
すっとぼけて尋ねた私に、皮肉で答えるJ.A.R.V.I.S.。私は笑う。
「今日の料理教室はここまでかな」
「はい。ありがとうございました、ユーリ先生」
「うん。卵の割り方はしっかり復習しておくように。へへ」
先生と呼ばれて、それっぽいことを言ってみる。J.A.R.V.I.S.は素直に「はい」と頷いた。
「でも一番は実際に、現実の方で、作ってみることだと思うよ」
「そうですね。いずれそうするつもりです。その時は、手伝っていただけますか?」
「うん。勿論。約束だよ」
「はい。約束です」
私が小指を出せば、J.A.R.V.I.S.もまた、同じように小指を出して、私のそれと絡めた。
それは世話になったお礼とか、そう言うのは関係なく。ただの友達同士の約束だった。