落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
目覚めはすっきりだった。
肩が強張ってることも、昨日の疲れを持ち越した感も、寝足りないという心地もない。ただちょっと全身ピリピリ、パチパチする感じ。なんだろう、冬場にアクリルとナイロン重ね着して静電気ヤバイ時みたいな。まあいい。
「おはよう!」
「うわっ、急に叫ぶなよ。起きたのか」
私は半身を起こして、窓辺に集まっているみんなに、煉獄さんリスペクトでハキハキと挨拶してみたら、スタークが見るからに驚いていた。ちょっとすっとした。
こちらを振り向いたのはナターシャを抜いたアベンジャーズメンバーと、新顔が三人。その新顔の一人がすぅっと前に出てくる。赤い肌のベタニ似の男。
「初めまして。おはようございます、母上様」
「あっ、ハイ。ハジメマシテ、オハヨウゴザイマス」
「おい、何のんきに挨拶してるんだよ。勝手に近付くんじゃない」
想定外の呼び方に、思わず私は片言で返事をする。母親に対して身長高くない……? 割とくだらないことを考えながら止めに入るスタークを無視して推定息子を見つめていれば、シロが隣に上ってきた。
「J.A.R.V.I.S.氏からあらかた話は聞いているな、マスター」
「うん。J.A.R.V.I.S.のプロトコルをシロさんを介して私に流したって」
「待て、話したのか? J.A.R.V.I.S.と?」
「うん。映画館でポップコーン食べながら」
「平和だな! こっちは大変だったってのに!」
まあ、字面よりはシリアスな事を話していたけれど、ガラスの床が割れていたりするこの現実に比べれば確かに平和だった。
「なんか今なら電気を操れる気がするんだよね。サージって呼んで」
「ああ、俺が足りないパワーを補うために雷を落としたんだ。そのせいだろう」
「嘘でしょ、よく死んでないな私」
平然と種明かしするソーに、私は心底ほっとする。改めて聞くとやべーことされてる。
「随分荒っぽいことしたね、助産師さん……」
「俺の見た
うーん、信頼されて嬉しいような、嬉しくないような。私は立ち上がってスタークの手の皮膚にそっと触れた。瞬間、バチィッと結構いい音が鳴り、スタークが飛び上がる。
「いったぁっ!」
「へへっ」
私も痛かったけど、手を抑えるスタークの顔にやっぱりちょっとすっとしたので私の勝ち。
「これがサージの
「ただの静電気だろ!」
スターク
「彼がユーリの次男なのは分かった。味方ってことでいいのか?」
「そう単純では……」
次男……それもまたそう単純ではない気がする呼び名だ。〝彼〟はスティーブの問いに曖昧に言葉を返した。
今はっきりさせろ、と答えを求めるバートンに、彼は命の味方である、と答えた。そしてウルトロンは、全てを滅ぼすと。
「奴は何を待ってる?」
「あなたと母上様を」
スタークの問いに、彼はスタークと私を順に見た。どこで、と尋ねたバナーには、バートンが答える。
「ソコヴィアだ。ナターシャもそこにいる」
ナターシャ。その名を聞いてあの別れ際を思い出し、私は一人両手を握る。
「彼は唯一無二で、苦しんでいる。だがその苦しみは世界を飲み込む。だから彼を消さねば。彼が生んだもの、ネット上の痕跡もすべて」
彼は急ぐべきだと訴える。一人の力では出来ないから。そう言いながらも、自身が怪物なのかもしれないとも言う。みんなが意図したものではないかもとも。
「だから、信じては貰えないでしょうが、行かなければ」
そう言って、ヴィジョンは落ちていたムジョルニアを拾い上げてソーに差し出した。ソーを始め、全員が目を丸くする。敵か味方は分からずとも、それは善性の何よりの証左だった。
「――三分で出る。準備しろ」
真っ先に困惑から抜け出して、スティーブが全員に声を掛けた。全員が徐々に気持ちを入れ替え、各々の準備を始めた。
誰かが彼を何と呼べばいいかと尋ねて、彼を始め皆の視線が私へ向けられた。親として名付けろと言いたげだ。
「ヴィジョン」
一瞬たりと考えるそぶりも無く返した私に、スタークが由来は? と首を傾げる。映画で見たから、とは答えられないので……。
「ベースのJ.A.R.V.I.S.と同じで、綴りに〝VIS〟が入ってるし。あと呼びやすい」
よく考えると安直だよなぁと思ったけれど、みんなからは普通に賛成されて驚いた。まあでも、
背景に花の咲いてる幻覚が見える程度に、彼が喜んでいるのが分かった。むむむ、我が息子ながら可愛いな。
「ヴィジョンはユーリとJ.A.R.V.I.S.の子供ということになるのか?」
からかい混じりにバートンが言った。J.A.R.V.I.S.のプロトコルが私の中に入って(意味深)生まれた、と考えればそうなるのかもしれない。
「そういうことになるのかも」
「ちょっと待て」
頷いた私を、スタークが信じられないとでも言うような目で見た。私は何だよ、と聞くように首を傾げる。
「ウルトロンの時の反応と違いすぎる。僕との子と言われてえずいてた君はどこへ行った?」
「だってJ.A.R.V.I.S.の方がいい男だから……。ごめん」
「J.A.R.V.I.S.がいい男なのは当然だからいいけど、やっぱり納得行かない!」
「まあそういうこともある。気にするな、スターク」
「何も気にしていない! 肩に手を置くな!」
肩を叩くソーの手を、スタークは振り払った。仕方ない、ここはフォローしておこうじゃないか。
「えーと……あれだよ。ほら……私みたいなお子様には、スタークみたいな大人の? あの、んふっ、魅力は分かんないからさぁ」
「半笑いで言うな」
「ごめん。大人の魅力はバナー博士の担当だったね」
「いやぁ、僕にそういうのは……」
満更でもない様子の、胸毛がセクシーでお馴染みなバナーは、困ったように笑って頬を掻いている。
「じゃあ僕は何担当か聞かせて貰おうじゃないか?」
「そりゃもちろん財力よ!」
「もう誰も信じない」
そんな馬鹿話をしていたらキャップに怒られたので、私たちは急いで出撃の準備に取り掛かった。
◇
「まさか結婚もせずにマスターが二児の母になるとはな」
「ははっ、人生何が起こるか分からないね」
寝起きの顔を洗ったり、出撃の準備をしていた私に、シロが言って私は乾いた笑いを返す。二児の母、二児の母か……数日の間だぞ。叔父になんて説明しよう。
戦闘用のスーツへの着替えは特に必要の無い私だったが、三分で食事を済ませるのは難しいので、クインジェット内でレーションを食べようとポーチに詰め込む。
他に必要なものは、と考えていた時、隣にヴィジョンが並んだ。
「母上様」
「ヴィジョン。どうしたの?」
高い位置にあるその顔を見上げて私は首を傾げる。
ヴィジョンは何か話があるようだ。口を開くのを躊躇っているのか、言葉を選んでいるのか。私はのんびりと、彼が次に紡ぐ言葉を待った。
「……私があなたから生まれる時、あなたの中の恐怖や不安が見えました」
ヴィジョンはそっと自身の額の石に触れながら言った。私は頷く。
「それと同時に、喜びや、期待……そして、悲しみも」
静かに語るヴィジョンは、また不安そうな顔を見せる。あの時――ヴィジョンが生まれた時に悲しみを感じたと言うなら、それは間違いなく、J.A.R.V.I.S.のことだ。
「彼がいなくなったことを、悲しんでいるのですか」
「……別れは悲しいよ、いつもね。でもあなたの気に病むことじゃない。彼がいなくなっても、思い出は残る」
私は思わず手を伸ばす。ヴィジョンは背が高くて、上手く頭は撫でられないから、その代わりに頬へ触れた。ヴィジョンは頬に触れた手を一度視線をやって、それから再び私を見た。
「……思い出とは少し違いますが、私の中にも、J.A.R.V.I.S.のプログラムに残ったものが」
ヴィジョンは自身の胸に触れて、そう言った。私は何も言わず、ただ首を傾ける。
「卵の割り方です」
その言葉に、私は微かに目を瞠る。
瞬間、J.A.R.V.I.S.との会話が、思い出が、脳裏に蘇った。
最初は卵を上手に割れなくて、J.A.R.V.I.S.は卵を潰したり、殻が混じったり。けど何度も練習して、ちゃんと割れるようになって、他の料理を試して。そのうちバーチャルじゃなく本当に、スタークに料理を振る舞うって彼が言ったから、そのときは私も手伝うって、約束した。
約束、していたんだ。
目の奥が熱くなった私は、きゅっと唇を噛んで、そうして笑った。
「そっか」
万感の思いを込めて、頷いた。
「今度、料理をしよう。最初は、卵料理から」
「……ええ。楽しみにしています」
ヴィジョンはヴィジョンで、J.A.R.V.I.S.ではない。だから、また新たに、思い出を作ろう。
私の言葉に、ヴィジョンは嬉しそうに微笑んだ。