落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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序章-7「一難去ってまた一難」

 ミルファン星人を倒した私たちは、S.H.I.E.L.D.に拘束こそされなかったものの、事情聴取のために連行された。当然のことである。

 身バレだのなんだの言っていたが、普通に名乗ることとなった。当たり前だ。

 情報規制(操作?)はS.H.I.E.L.D.がやってくれたようで、あの日戦っていた特殊能力者は報道されたものの、その正体は不明とされた。私の日常は守られた。

 まあ、さすがに母にはすべて話すことになったが。

 母は私がシロのことをはじめ諸々を黙っていたことや危険な真似をしたことを叱りはしたが、シロを受け入れてくれた。

 明るくて前向きで、おおらかな人だとは常々思っていたが、宇宙生物まで受け入れたのにはさすがに驚いた。我が母ながら、器の大きさが違うというか、なんというか。人生経験の差だろうか。

 ともあれ、特殊な能力を得てしまった私はその後、シロと共にS.H.I.E.L.D.の元で検査を受けることになった。

 日本にS.H.I.E.L.D.の支部といったようなものは無く、検査機材の関係上、私とシロは上海にある支部の研究所に向かうこととなった。

 もちろんその間学校はお休み……と言うか休学になっている。

 身体検査から能力の調査まで、検査は数週間に渡ったが、想定していたよりは短い日数で済んだ。

 そういえば能力の調査をして分かったのだが、私の医療分野への知識が乏しい所為か、治癒系の能力はかなり制限がかかっているみたいだった。

 擦り傷や切り傷程度の軽い怪我は治療できるが、内臓まで達するような怪我は治せない。テイルズ作品なら、ファーストエイドは使えるけどヒールは使えないとか、ドラクエならホイミは使えるけどベホイミは使えないとか、そんな状態なのだと思う。

 医療知識に関しては今後の課題だな。

 一通りの検査を終えた私たちは、とりあえず一旦日本へと帰国することになった。アメリカにあるS.H.I.E.L.D.本部へ行くにしても、一度母に会わせてやろうという気遣いのようだった。

「優李さん、上海空港から成田空港まで何時間で着くと思います?」

 S.H.I.E.L.D.の上海支部の屋上に向かうエレベーターの中でにこやかに話しかけてきたのは、コールソンが日本での任務に伴って同行させたという、雉村という女性エージェントだ。

 茶色がかった長い黒髪を後ろの低い位置で束ねた彼女は、スラッとしているが女性らしい丸みも忘れていない、恵まれたスタイルで黒いスーツを着こなしている素敵な女性である。

 私は雉村の問いに首を傾げた。

「さあ、四時間くらい?」

「惜しい。正解は約三時間五分です。ですがS.H.I.E.L.D.の最新鋭、クインジェットならなんと、一時間も掛かりません」

 そう言いながらエレベーターを降りて塔屋を出た先で彼女が示したのは、戦闘機に似た形をしたジェット機だった。映画で見たやつ。

「これで日本に帰るんですか?」

 少し興奮しながら雉村に問えば、雉村はにっこり笑って頷いた。

 上海に来るときは、プライベートジェットほどの大きさの旅客機のような形のジェット機に乗ってきた。『エージェント・オブ・シールド』を思い出すそのジェット機も楽しかったが、まさかクインジェットに乗れるとは思っていなかった。オラ、ワクワクすっぞ!

 雉村に促され、私とシロはクインジェットに乗り込んだ。

 後部席の椅子に腰掛けると、雉村から紙袋を渡される。支部のすぐ近くにあるという、ドーナツ屋の袋だった。

「パイロットが遅れてるみたいで。確認してきますから、食べながら少し待っていてください」

「分かりました」

 紙袋を受け取って、クインジェットを降りていく雉村の背を見送る。そうして、渡された紙袋の口を開けた。

 カラフルなチョコレートでコーティングされたドーナツが二つと、コーヒーが二つ。

「相変わらず胡散臭い笑みだ」

 雉村の背を見ながら、シロはぽつりとつぶやいた。愛想のいい性格ではないが、人嫌いではないシロが、何故か嫌っているのが彼女だった。

 確かに雉村はいつも微笑みを浮かべているが、そういう人もいるだろうと私は思う。しかしシロは、そうは思わないらしい。

「じゃあ、シロさんは食べない?」

「そうは言ってない。ドーナツに罪はないからな」

 私の言葉に、シロは憮然として答える。その姿に苦笑を漏らしながら、私はシロにコーヒーとドーナツを渡した。

 コーヒーを片手にドーナツを食べる。

 そう言えばクインジェット内にトイレは無さそうだが、出発前にコーヒーなんて飲んで平気だろうか? 日本に着くまで一時間も掛からないと雉村は言っていたが……。

 まあうっかり催してもせいぜい数十分我慢する程度だろう。問題あるまいと勝手に結論付けてドーナツを平らげる。残りのコーヒーで砂糖たっぷりのドーナツの後味を消す。

「パイロットの人たち、遅いね、シロさん……」

 シロへそう話しかける私に、食後の眠気にしては早すぎる、急激な眠気が襲いかかる。抗おうとするのに、目蓋が自然と下りていく。

 あれ、これ、おかしい、何か。

「マスター、これは……」

 シロの声が遠く響く。紙コップを持っている手の力さえ保てない。紙コップが床に転げ落ち、重さを支えきれずに頭は下がっていく。明瞭でない視界に、誰かの靴が映った。

「……ごめんね」

 意識が暗闇に落ちる寸前、そんな声が微かに聞こえた。

 

 ◇

 

「――ター、マスター!」

 不意に私を呼ぶ声が鼓膜を叩き、私の目蓋ははっと持ち上がった。目蓋を持ち上げた先、目の前いっぱいにシロの顔があった。

「シロさん……あれ、私……?」

 何が起きたんだっけ? と思い返しながら自分たちのいる場所を見回した。

 清潔そうな部屋。眠っていたのは白いシーツのベッドだ。床はカーペットで、小さなテーブルや椅子、テレビがある。一見して、どこかのホテルの一室といった様相である。でも電話はない。

「ここは?」

「分からん。俺もさっき目が覚めたのだ」

 その言葉で、私はクインジェットの離陸を待ちながら眠ってしまったことを思い出す。そうだあの時、雉村から受け取ったコーヒーとドーナツを食べていて……。

「まさか、雉村さんが?」

「その可能性は高い。前から怪しいと思っていたのだ」

 はっとした私に、シロは忌々しげに返した。そうは言うけれど、君も彼女がくれたドーナツを食べたじゃないか、という言葉は、今は飲み込んだ。

 ベッドから立って、部屋の中を確認する。部屋に窓はない。

 ユニットバスとクローゼットのドアは開くけれど、出入り口と思しきドアは開かなかった。ドアスコープも無いため、外を伺うことは出来ない。

 能力を使えば扉を壊すことも可能だろう。しかし外の状況が分からない上、エネルギー補給も出来ない状況で安易に行動するのは危険すぎる。

「これ、いわゆる拉致監禁ってやつ?」

「いやに冷静だな、マスター」

 部屋の物色を終えてベッドに戻る。私の確信を持った問いにシロが返す。そう言うシロの方が冷静に見えるが。

「状況が分からないのに焦っても仕方ないからね。もしかしたらただ眠っちゃったからホテルで寝かせたって可能性も……なくはないし」

「可能性としては低いがな」

 私の提示した可能性を、シロがバッサリと否定する。まあ、可能性の低さに関しては私も自覚していた。これが本当に拉致監禁であるなら、一体誰が、何のために。

 考え込んだ時、どこかに設置されているらしいスピーカーが、電源がついたことを示すような電子音が響く。私は反射的に顔を上げる。

「〔おはようございます、優李さん。目覚めの気分はいかがですか? ……いえ、聞きたい事がありそうな様子ですね。ええ、先に質問をどうぞ。答えられることには答えましょう〕」

 部屋の中に響く、丁寧な口調の女性の声。聞き違えることはない。その声は確かに、雉村の声だった。

「ここはどこですか、雉村さん」

 少ない可能性に一縷の望みを託して、私は硬い声で尋ねる。

「〔どこだと思いますか? ああ、ヒントをあげましょう。日本です〕」

「そういうのいいから」

 マイクがどこに設置されているのか知らないけれど、こちらの声は向こうに届いているらしい。

 質問は答えず、年齢聞いたら「いくつに見える?」って答えるみたいな切り返ししてくる面倒くさい返事に、私はため息交じりに眉根を寄せる。

 ちなみに、いくつに見えるか聞かれたときの一番上手い切り返しは「ぶっちゃけ年齢不詳ですよね」だって母さんが言ってた。

「〔クイズは嫌いですか? では答えを。今の所、S.H.I.E.L.D.の目の届かない範囲にいる、とだけ言っておきましょうか〕」

「雉村、お前は何者だ」

 明確な答えを言わない雉村に、苛立った様子でシロが口を開き、問いかける。

「〔身はS.H.I.E.L.D.にありますが、心は違います〕」

「はっきりと言え、何者だ」

「〔……あなた方を拉致監禁した犯人ですよ〕」

 シロの問いに対して、雉村は一向にはっきりとした答えを示そうとしなかった。つまり口にするのは憚られる何らかの組織から、S.H.I.E.L.D.に潜入していたということだろうか。

 S.H.I.E.L.D.に潜入(潜伏?)していると聞いて思いつくのはヒドラくらいだが……。しかし、ヒドラがこの時期にこんな目立つような行動を起こすだろうか?

「あなたの目的は?」

 情報を引き出すために、アプローチを変えようと私は別の質問をする。

「〔良い質問です。こうして通信を繋げたのもそれが本題ですから〕」

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、雉村は嬉しそうな声を上げた。

「〔単刀直入に言いましょう。優李さん、〝私たち〟に協力して貰いたいんです〕」

 これからあなたたちには殺し合いをしてもらいます、とか言い出してデスゲームとか始まらなくて良かった、と思いつつ、私は雉村の言葉を鼻で笑った。

「何者か名乗れもしないのに、協力?」

「〔ええ。今のところはね。あなた方がこちらに協力してくれて、こちらの味方だと、信用できると判断出来た時は、私たちの素性を明かしましょう〕」

 慎重なのか、そうでないのか、よく分からない行動だ。発見したばかりの能力者を拉致するなんて、事が大きくなるのは目に見えているのに。

「私たちと言ってるってことは、あなたは何かの組織の人間ってこと?」

「〔そうです。まあ、さすがにたった一人でS.H.I.E.L.D.からあなたたちを拉致監禁するのは大変ですからね〕」

 単独犯ではないということは知られてもいいことのようだ。

 少なくとも雉村の返答の仕方を見るに、金で一時的に繋がったような単なる協力者ではなく、金以外の何かで繋がった組織的犯行の可能性が高い。

「何に協力をしろって言うの? 聞いたら断れなくなるようなこと?」

「〔そうですね。私がS.H.I.E.L.D.を裏切ったことはもうエージェント・コールソンをはじめとした皆に知られているでしょう。もう戻ることは出来ない。あなた方も、断るという選択肢を選ぶということは、私たちを潰すまで追い続けることと同義でしょう。普通の人間はまだしも、〝インデックス〟に追われるのは我々も勘弁願いたい〕」

 苦笑交じりの声で、雉村は答えた。〝インデックス〟というのは、S.H.I.E.L.D.の方で把握している、いわゆる超人たちのリストのことだ。

 雉村たちの組織は、普通の人間を相手にできる程度の武装はあるが、超人を相手には出来ない程度の勢力である、と。

 っていうかこうして拉致監禁された時点でほぼ協力するか死ぬかの二択ってことじゃん。

「聞かないで帰るって選択肢は?」

「〔あると思っていますか?〕」

「……さっさと話せよ、クソビッチ。何に協力しろって?」

 大きくため息を吐いて、私は雉村に尋ねる。聞いても、聞かなくても死。まごうことなきクソですわ。

 口の悪くなった私のそのさまを、スピーカーの向こうの雉村が小さく笑う。

「〔あなたの叔父さん。極道の方だそうですね〕」

 唐突に出てきた叔父の話題に、私は片眉を持ち上げる。

「さあね。詳しく聞いたことないから、知らないよ」

「〔そうですか。まあいいでしょう。では、この方はご存知ですね?〕」

 雉村の言葉とともに、視界の端にあったテレビが点灯する。そこに映ったのは一人の老人の顔写真だった。

 ご存知もなにも、よく知ってる。子供の頃に遊んでもらったこともある。叔父の、渡世の親。

「シガノのおじいちゃん?」

「〔ふふ、随分と可愛らしい呼び名で呼ばれているんですね。関東一円を牛耳る極道の大親分も、〝孫〟にはかたなしというわけですか〕」

 叔父の渡世の親であることは察していたが、そんなにエラい人だったのか、と私は内心驚く。と言うか、孫のように可愛がってもらっているとは思うが、孫ではないぞ、と思いながらも雉村の話を黙って聞く。

「〔優李さん、あなたはシガノさんに随分と気に入られている。だから簡単に会うことも出来る。近付くことが出来るでしょう〕」

 こういう状況で協力して欲しいと要求されることというのは相場が決まっている。

「〔シガノを殺し、彼の持つある刀を持ってきて欲しいのです〕」

「……刀?」

 どうせ殺せって言うのだろうと思っていたら案の定だったので、とりあえずそこはスルーして、気になることを尋ねる。

「〔シガノさんが会長を務める〝東連会〟。そこでは〝大響直嗣(おおひびきただつぐ)〟という刀が受け継がれています。それを取ってきて欲しいのです〕」

「聞いたこともない銘だけど、そんなに価値のあるものなの?」

 直嗣というのが刀鍛冶の名前なのだろうけれど、聞いたこともない。

「〔少なくとも、我々にとっては。……それで、協力していただけますか?〕」

「断る」

「〔そう言うと思ってました。ですが、これを見てもまだ、そんな事が言えますか?〕」

 雉村のその言葉と同時に、テレビの画面が切り替わる。

 私たちのいる部屋と、似た作りの部屋の様子が映し出される。そこには一人の女性。ここはどこかと訝しげに、部屋の中を見回している。

「……彼女は、」

 シロがポツリとつぶやく。私の心臓が、耳の奥で嫌な音を立てる。

「母さん」

 スピーカーの向こうで、雉村が狡猾な笑みを浮かべた気配を感じた。

 

 

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