落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
ついにこの時が来た、と思った。
瓦礫の中を、子供を抱き上げたバートンの姿。通りの向こうから機銃掃射するクインジェット。
前世でも口惜しく見たシーン。いくつもの記憶で、届かない手に嘆いた場面。何も出来なかったなんて、もう二度と、言わない。
ぎゅるりと視界が捩れる。再び足を下ろした場所で、私は手を掲げ、ドーム状のシールドを張った。シールドの向こうにけぶる土埃。視界が晴れて、背後を見る。
子供をかばっていたバートンと、盾代わりに車を持ってきたピエトロ。死を覚悟していたであろう二人は、自身が無事なことに気付き、ぽかんと私を見ている。
「速すぎて見えなかった? ……って聞いとくとこ?」
言いながら、片手をかざして飛び去ろうとするクインジェットに磁場を発生させる。手を握り込めば、その動きに合わせてクインジェットがゴミのようにクシャクシャと潰れた。
「……たく、クソガキめ」
「あらお口が悪いわ、バートンさんったら」
悪態を吐くバートンに、私は内心物凄くほっとしながら軽口で答えた。そのやり取りを呆然と見つめるピエトロの肩を叩く。
「よくやったね」
人を守るために覚悟を決めた〝彼〟に。そして、記憶の中で実際にその身を呈して人を守った〝彼ら〟に。私はやっと、労いの言葉を伝えられた。
そうして、ワンダがコアを守りきり、アベンジャーズ含め民間人も皆避難を終えて、作戦通りソコヴィアの破壊がなされた。
◇
空に浮いていたソコヴィアは粉々に崩れ、瓦礫は空中分解しながら落下し、海へと落ちた。
大きく抉れたソコヴィアの跡地を見下ろす小高い山の雑木林で、ウルトロンの最後の一体が立っていた。そこへ私とシロは降り立つ。
本来ここにはヴィジョンがいるはずだけれど、譲ってもらった。
「〔母さん〕」
ウルトロンは私を見て、私を呼んだ。
「〔……私には分からない。繰り返される地獄の中で、何故あなたは正気を保っていられるのか〕」
「正気、正気か」
ウルトロンの言葉に、私はふっと吐息のような笑みを吐いた。
「逆じゃないかな。あなたは正気だからこそ、この
雑木林の落ち葉を踏み、私はウルトロンに歩み寄った。ウルトロンにはもはや、攻撃の意思はないのだろう。私は彼の頬に手を当てる。ウルトロンの瞳に灯った赤い光が、私を見下ろし瞬いた。
「〔正気を失うだけの価値が、この世界にあると言うのか。この醜い世界に。いずれ滅びる運命なのに〕」
「私はね、その滅びの瞬間の命の輝きを、美しいと感じたの。でも同時に、その美しさを見たくないと思った。だからここにいる」
「〔矛盾している〕」
理解出来ないと言いたげなウルトロンの言葉に、私は微笑み頷いた。
「人間なんて矛盾だらけだよ。心の片隅で夢は叶わないと怯えながら、結局諦められずに夢を追うの」
「〔その先で、報われなかったとしても?〕」
「うん。報われなかったとしても。今も、きっとその時も、私は一人じゃないから。私が立ち止まった時、隣でまた歩き出すのを待ってくれる人。背を押してくれる人。手を引いてくれる人。私の弱音を聞いてくれる人。私には、たくさんいる」
それぞれ誰かの顔を思い出しながら、私は言った。
「あなたにはそういう人がいなかった。だから、こうなってしまったのかもしれない」
「〔ならば、何故私を創った? ヒトのように愛することが出来ない私を〕」
「私が創ったわけではないけれど――でも発端の一つなのは事実だから。……ウルトロン、愛を教えてあげられなくてごめん。せめて、私の手で、ゆっくり眠って」
「〔……はは、やはり矛盾している〕」
母親のような笑みを浮かべようとしてぎこちない笑みを作った私を、ウルトロンはあざけり笑う。
私はウルトロンの頬を撫で、その手をゆっくりと下ろしていった。
そして、心臓に手を置く。きっと私は、この瞬間を忘れることはないだろう。
「おやすみ、ウルトロン。私は、あなたを忘れないよ」
私は囁くように告げて、ウルトロンの心臓となるコアを貫いた。
◇
ソコヴィアでの戦いは終わりを告げ、ニューヨーク州の北部には新たなアベンジャーズの拠点が建てられていた。そこにはセルヴィグやヘレンの姿もある。世界中から、優秀な科学者や技術者が集められている。
「ヴィジョンを連れて日本に行ったんですって?」
「耳が早いね、ナターシャ」
アベンジャーズの訓練用の部屋に繋がる廊下を進んでいけば、スマホを見ていたナターシャが顔を上げて、口を開いた。
「この間、ヴィジョンが言ってたのよ。大叔父様に会ったって」
ナターシャはそう言いながら、見ていたスマホの画面をこちらに向けた。画面にはバートンの生まれたての息子、ナサニエルの写真が映っている。頬を緩ませ、私は可愛い……と思わずつぶやく。
「驚かなかった? あなたの叔父さん」
「マスターの叔父御は人造人間の息子を連れてきたことより、恋人を連れてこなかったことにショックを受けていた」
ナターシャの問いに、シロが代わって答えた。その言葉にナターシャは眉をひそめた。
「なんて言って連れて行ったの、あなた」
「……会わせたい人がいるって」
「それは勘違いされてもおかしくないわね」
「日本語って難しいから」
「日本語じゃなくっても勘違いするわよ、そんな言い方」
あなたの叔父に同情するわと言いたげな言葉に、私は首を竦めた。
「ナターシャ、ちょっと良いかな……ああ、ユーリもいたのか。話の途中だったかな、後にするよ」
廊下の向こうからタブレットを持ってやってきたバナー。ナターシャに話しかけたが、私の姿を見ると踵を返そうとする。
「ああ、今終わったところ。気にしないで、バナー博士、ミセス・バナー。ごゆっくり。新婚さんの邪魔して馬に蹴られるのは御免だし」
「ユーリ?」
ソコヴィアでの事件が終わり、晴れて結婚した二人。と言っても、籍は入れてないし結婚式も挙げてはいないが、しっかりと二人の左手の薬指にはペアリングが輝いている。
私がからかい気味に言えば、ナターシャから睨まれた。バナーは照れたようにはにかむ。私は降参……と言うか全面降伏と言うように両手を上げて、廊下を離れた。ナターシャはため息を吐いてバナーへと近付いていく。
二人のいる廊下が見えるギリギリの壁の端で、私はちらりと二人を振り向いて、仲睦まじく話している姿を視界におさめた。バナナタに心の中で手を合わせながら、私はその場を離れた。
「壁になりたい」
「あれがすべての望みではあるまい」
「まあ、そうなんだけど」
私のつぶやきに、シロは冷静に答える。最後は私が壁になって終われば完璧だろうか。いや、壁だと壊される可能性あるから、推しカプの間を流れる空気になろう。それがいい。それなら移動出来るし。
「ユーリ、シロ」
「スティーブ」
声を掛けられて顔を上げれば、コスチュームを纏ったスティーブが歩いてくるところだった。
スティーブはソーとスタークの見送りに行っていたのだ。ソーはアスガルドに帰り、スタークはウルトロンの責任を取る形でアベンジャーズを離れた。まあ離れたと言っても、金銭的援助はこれからも行うらしいが。
「ナターシャは?」
「博士とお話中」
「ああ、なるほどな」
廊下の向こうを首を傾げて示せば、スティーブは心得顔で頷いた。
「何がなるほどよ」
そこへやってきたナターシャ。バナーとの話は終わったらしい。じろりとこちらを睨むが、私たちはにやにやと笑うだけだ。
「もっとゆっくりお喋りするかと思ってたのに」
「博士は忙しいのよ。それに私たちもね。……どんな様子?」
私のからかいに、ナターシャは軽くあしらって本題に入る。同じくからかい交じりの表情をしていたスティーブも、その言葉で顔を引き締めた。
「ヤンキース黄金時代とはいかない」
「いいバッターはいるわ」
「けどまだ、チームにはなってないね」
「俺たちで鍛えてやらないといけないな」
スティーブ、ナターシャ、私、シロ、それぞれが言って、訓練室へと足を踏み入れた。
中には新たなアベンジャーズのメンバーが顔を揃えている。
〝ウォーマシン〟ジェームズ・ローズ。
〝ファルコン〟サミュエル・ウィルソン。
〝スカーレット・ウィッチ〟ワンダ・マキシモフ。
〝クイックシルバー〟ピエトロ・マキシモフ。
そして、〝ヴィジョン〟。
スティーブが新たに加わったメンバーを見る。それぞれの顔を見回し、スティーブ――キャプテン・アメリカは口を開いた。
「アベンジャーズ――」
ここから、再び始まる。
一番正気じゃないのは書いていた当時の私だろうな。
それを今になってさらしている今の私も相当だが。