落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第六章-3「調印会議の日に」

 イギリス、ロンドンにある大聖堂。そこは故人ペギー・カーターのお気に入りの場所だったらしい。ペギー・カーターの葬儀はその美しい大聖堂で、しめやかに執り行われた。

 私とシロとナターシャは葬儀に参列した後、すぐに飛行機に乗ってオーストリア東部に位置する首都・ウィーンへと向かった。この街にある国際連合の事務局で、ソコヴィア協定の署名式が行われる。

 空港から事務局までは、国連の手配した車で向かうことになる、のだが。

 空港前の通りに横づけされた国連の車に乗る手前で、私のスマホが鳴りだした。

 相手はハワードだった。現代の生活にまだまだ慣れないことも多く、よく電話をしてくるのだが、ちょっと今忙しい。それでも、待ってるから出ていいわよ、というナターシャの言葉に甘えて、車を待たせて電話に出る。

「もしもし? どうしました?」

「〔ああ、すまない、移動中だったかな。実はこの間買ってくれたタブレットのことでちょっと聞きたいことがあってね……〕」

 あんまり待たせるわけにもいかないし、だからといって今ハワードとの会話をナターシャに聞かれるのは、説明が面倒だから避けたい。そしてハワードのとの会話を適当に切り上げると、その後が面倒くさい。後者に関しては、息子(トニー)とよく似ている。

「すみません、ちょっと待ってくださいね。――ナターシャ、ごめん。先に行って。タクシーで向かう」

「署名式の時間、覚えてるわよね」

「分かってる。すぐに向かうから」

 スマホのマイク部分を手で押さえて、ナターシャに言う。彼女は呆れたようにため息を吐きながら、車に乗り込んだ。軽く手を上げて、私は再びスマホの向こうへと意識を向ける。

「ええっと、それで、出てきたメッセージウィンドウの内容、教えて貰えますか?」

 老人向けのパソコン教室の講師ってこんな気分なんだろうかと思いながら、私はハワードの話を聞いた。

 でも、この人絶対分かってるのに連絡してきてる節あるんだよな。トニーに電話しろ、トニーに。え? まだ気まずい? この父子は……。

 

 ◇

 

「これは、協定的に平気なのか?」

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよって孔子も言ってた」

「孔子がそんなこと言う訳ないだろう、すぐに分かる嘘を吐くな」

 ハワードとの通話を終え、タクシーに乗り込んだ私とシロ。しかし会場周辺の交通状況は芳しく無く、私たちは途中でタクシーを降りて、目立たぬように能力で変化して会場まで歩いてきた。

 スマホには、ナターシャから「まだ?」と連絡が何度も入っている。そのたびに歩きながら今このあたりにいる、と返しているのだが、若干メリーさんっぽくなっている気がする。

 正面ゲート近くの物陰で変化を解き、守衛に声を掛ける。

 遅刻の連絡はナターシャからいっていたらしく、軽い持ち物検査等を受けて中に入った。案内の女性がすぐに現れて、彼女に連れられて会議場へ向かう。もう始まっているらしい。

 建物の中から行くのが本来の道らしいが、最短ルートで外を突っ切るらしい。会議の途中で入るの嫌だな。でもナターシャを追って会議室に瞬間移動なんてしたら目立つ以前に、色々問題になりそうだし。

 ハワードに、この時間に電話は止めてくれって言っておくべきだった。今度から気を付けよう。……っていうか向こうは早朝じゃないか? ハワードはもう起きているのか。それとも寝ていないのか。

 ちらりと腕時計を見る。もう定刻は過ぎていた。会議の次第がどうなっているのかは知らないが、もうワカンダ現国王のティ・チャカ陛下の挨拶は始まっているだろうか。映画にあったあの爆発は起こるのだろうか。

 全員を助けられるのが一番だが、それはきっと難しいだろう。せめてあの会議場にいる人々くらいはと思っていたが、徳川秀忠並みの大遅刻ではそれも……。

 そんなことを取り留めなく考えながら、私は見ていた腕時計からふと顔を上げる。私たちの通る道の脇に停められた白い中継車。不審車両だと知らせて退避を指示する声。警察犬らしきシェパードが中継車に向けて吠えたてている姿。

 ――私は、この光景を知っている。

「嘘だろ」

 呆然と小さくつぶやきながらも、能力で視界を切り替えた。中継車の中には爆発物処理班だろうか、武装した警官が二人。爆弾らしき機械が分析される。時限装置のタイムリミットはすぐだ。

 私は反射的に、警官たちと、そこらにあった石ころの場所を入れ替えた。そして、私が魔法の見えない膜で中継車を覆った瞬間に、爆発は起こった。

 轟く爆発音。しかし炎も、煙も、熱風も、中継車の半径一メートル内に留まった。

 こめかみを汗が流れる。一体どれほどの規模の火薬を乗せていたのか。抑え込んでいるだけでやっとだ。……いや、映画で見たあの爆発の規模から考えれば、抑えつけるのがやっとなこの威力こそ妥当なのかもしれない。

「何を呆けている! さっさと離れろ!」

 尻餅をついたり、驚いた顔をこちらに向ける人々へ向けて、私に代わってシロが怒鳴った。その声にびくりと反応して、警察官が、近くにいた民間人――国連の職員たちに手を貸しつつ、私たち以外の全員がその場から離れる。

「マスター、どうする」

 炎の渦巻く球体を見て、シロが私に尋ねる。

 量子魔法で自分以外の何かを移動させるのが……私はかなり下手だ。いや、ただ量子世界を通して適当な場所に移動させるなら――つまり、行き先を指定せずに使うならば比較的簡単なのだが、指定する場合はかなり神経を使う。

 ラゴスで使った時は、量子のゲートでワンダが寄越す爆弾を受け止めるだけだったので問題なかった。しかし今は私が自分で爆発を抑え込んでいる状況だ。片手間に行き先指定の量子ゲートを使うのははっきり言って無理。行き先を指定しないで移動させれば、どこかの街で爆発してそれこそ問題になる可能性もある。

 スリングリングを使った魔術を使うには人目が多すぎるし、そもそも集中力がいることに関しては量子魔術とそう変わらない。私はエンシェント・ワンたち本業魔術師に比べたら見習い程度の腕しかない。

 つまり実質の方法は一択。

「ここでこのまま抑え込む」

 火が燃える条件は、可燃物、酸素、熱の三つだ。その中で私が今どうにか出来るのは、酸素と熱の二つ。

 魔法の膜を、分厚い氷の壁へと変えていく。氷は熱で一瞬にして溶けていくが、そのたびに量を増やしてカバーする。熱と酸素を奪う。私の体力も奪われていくけど。

 一瞬でもミスをすれば、集中が途切れれば、恐らく爆心地の最も近くにいる私は死ぬし、周辺の人々にも被害が出る。一瞬の油断も許されない。

 遅刻した結果がこれかと、被害を抑えられたことを喜ぶべきか、大変な目に遭っていることを呪うべきかよく分からない。

 しかしそれでも、数分の攻防の末に何とか爆発は収まり、あとに残ったのは氷の残骸と、原形の残らない中継車の燃えカス。

 爆発をおさめた私はその場に座り込んで、大きく息を吐いた。公衆の面前で、理由はあると言えどスーパーパワーを使った。協定が調印される場での協定違反。

 私は地面に手をついて狭い空を見上げた。

「まさか私が最初の協定違反者になるとはね……」

「来たようだぞ、マスター」

 ぼやく私に、シロが建物の方を見ながら言った。そちらを見れば、先陣切ってやってくるロス長官の姿があった。その後ろには武装した部隊、それにナターシャ。

「早速協定違反とはな、Ms.タカムラ」

「目の前で爆弾が爆発するって時に、黙って見てろと?」

 座り込んだままの私に、ロス長官は上から見下ろして嫌味を放つ。私は飄々と言い返した。

 多分、ソーとハルクのことでつっかかった時から、多少目は付けられていたのだろう。ジャパニーズマフィアの親戚って件に関しては、どうだろ。どこまで把握してんだろうね。

「爆発物処理班は向かっていたはずだ。君が余計な手を回したから爆発したとも言えるのでは?」

「さあ? それを議論するには情報が少なすぎるでしょう。それで、誰が私に輪っかを掛けるんです?」

 ロス長官の指摘に私は肩を竦め、抵抗することなく、両手を差し出す。その様子も癇に障るのか、ロス長官は眉をぴくりと動かした。

「捕らえろ」

「待って下さい、長官。彼女たちがいなければ、大勢の死傷者が出ていた可能性が……」

「聞いていなかったのか、Ms.ロマノフ。彼女たちがいなければ、そもそも爆発までしなかった可能性もある。それが分かるまでは、彼女たちを拘束する。そのための協定だ」

 背後の部下に短く命令を下したロス長官に、ナターシャが食い下がる。しかしロス長官は断固として譲らずに、私たちの拘束を命じた。

 武装部隊が私の両手に手錠をかける。それも普通の手錠ではなく、以前S.T.R.I.K.E.チームに捕らえられたとき、使われたような頑丈そうなそれだ。シロの魔法も使えない。

 シロもまた、ペット用のキャリーバッグのような、専用のケージに入れられた。

「ユーリ、シロ」

 ナターシャが両脇を武装部隊に固められた私たちの傍に駆け寄る。表情にはそれほど出ていないが、その瞳は揺れていた。心配と、動揺と、不安が見て取れた。私はそんな彼女の手を握る。

「大丈夫だよ、ナターシャ。心配しないで。私たちは平気だから」

「マスターの言う通りだ、ナターシャ嬢。そんな顔をするな」

 ナターシャを励ます私たちに、ナターシャは歯がゆそうに表情を歪めた。

 そうして話もそこそこに、私は連行される。その裏で、もう一つ事件が起こっていたことも知らないまま。

 

 

 

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