落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
トニーとの話が終わり、取調室から留置所のような場所に移されて何時間が経っただろうか。トニーの宣言通り、何冊かの雑誌が運ばれてきて、一体何時間ここに入れておくつもりだろうと、思わずため息が漏れた。
ファッション雑誌を三回読み終えた頃、電気が消えた。はっと顔を上げる。ここに格子の付いた窓のような物は無くて、電気が消えると真っ暗だ。私は壁代わりの格子に近付く。
「すみません。電気消えたんですけど、停電ですか?」
「今確認中です」
格子の向こうの廊下と声を掛ければ、見張りであろう男の声が返ってきた。
格子の外の廊下も暗いが、天井の隅に沿って非常灯らしきライトが通っていた。薄暗くとも、歩行には問題ない程度の明るさはある。
間違えて電気が消されたわけではなさそうだ。そして未だ電気が復旧していないところを見るに、原因はここの建物の電気設備ではなく、電気供給の大元だろう。
……どうやら本当に、映画通りに進んでいるらしい。
映画通りに進んでいるからと言って、私に何か出来るわけではない。シロの力を使えなくとも、そちらに頼らないルーン魔術は使うことが出来るが、これ以上余計なやらかしが増えるとトニーの胃に穴が開きかねない。ただでさえメンタルよわよわなんだぞ、あの大富豪。
というか私このまま、『シビル・ウォー』が終わるまで牢屋出られないのだろうか。それともトニーが便宜を図って空港の戦い辺りで出してもらえる? でも私まで参戦しちゃったらスティーブ側勝ち目なくない? 映画だとワンダが協定反対派に付いたけど、今のワンダ賛成派だよ? ピエトロもいるよ? えっ、どうなるの?
一人で悩んでいれば、この留置所フロアの入り口である扉から、ゴォン、と音が響いてきた。
明らかに、扉をノックするような平和な音ではない。同じ音は何度も続く。暗がりに浮かぶ、頑丈な扉に出来た不自然な凹凸。何度も、何度も、拳を打ち、壊そうとしている。
見張りの男が、鍵束を持って走ってきた。
「ひっ、避難命令が、出ました!」
「いや、あの……」
焦った様子で鍵を選び、男は鍵穴へ差し込もうとするが、上手く挿さらない。その間にも扉は殴られている。
おそらく洗脳でウィンター・ソルジャーとなったバーンズだ。何のためにこのエリアへ来ようとしているのかは分からないが。
「……っ、もういい、逃げて!」
「っ、いや、しかし」
見張りは私の言葉に、迷った様子を見せる。ウィンター・ソルジャーは見境も、容赦もない。きっとこのままじゃ、この人が危ない。
「私は自分で何とか出来るから! あなたが危ない、だからっ……」
逃げて、と続ける前に、扉が破られた。床に倒れた扉を踏みしめて、ウィンター・ソルジャーはやってきた。
静かになった空間の中、鍵束の落ちる音が響く。一応武器は所持していたらしい、見張りの男が銃を構える。
「う、動くな! そこで止まれ!」
へっぴり腰で構えた見張りは警告をするが、ウィンター・ソルジャーがそれで止まる訳もない。銃声が響くが、当たった様子はない。ウィンター・ソルジャーはずんずんと見張りの男に近付いて、金属の左手で銃をもぎ取る。
私は今にも殺されそうな見張りの男に手を伸ばし、ルーン魔術を使った。見張りの男の体が何かに引っ張られたように後ろへと飛ばされる。さっきまで立っていた場所よりはるか後方で尻餅を付いた彼は、驚いた様子で周囲を見回した。
「逃げろ!」
私がそう怒鳴ると、彼は非常口の非常灯が灯ったドアへと走っていく。
「なんでここに……」
「お前は俺の任務だ」
「は?」
ウィンター・ソルジャーは答えになっていない答えを口にして、メタルアームで簡単に格子を破った。まるで飴細工をするような手軽さに、思わず小さく悲鳴が漏れる。
ものの数秒で人ひとりが通れるような通路を作り出してしまったウィンター・ソルジャーは、私へと手を伸ばす。
殺される! と思った私は反射的に、さっき見張りの男にそうしたように、ウィンター・ソルジャーに同じルーン魔術を使った。
彼の体はぐんっと後ろに引っ張られて、その背中は壁に打ち付けられる。その隙に、私は脱兎のごとく逃げ出した。
非常口から続く通路は避難している人がいるかもしれない。だからと思ってウィンター・ソルジャーが入って来た方の扉から出て、廊下を走って逃げてるんだけど、私って今どこにいるの?
「やばいやばいやばいやばい」
ただでさえ手錠のせいで上手く走れないのに!
あっという間に距離を詰められた私。暗闇でふと振り向いた時に、背後に体格のいい男がいた時の恐怖がどれほどだと思う?
殺されるかと思った私だが、何故かそのまま米俵のように担ぎ上げられた。
「えっ、何!? 何なの!? 離して!? 誰か! 助けて!」
じたばた暴れても何の効果も無くて泣きそう。走る速度が速すぎて、うっかりルーン魔術使ったら振り落とされた衝撃で私が死にそうだし。あとお腹圧迫されて凄く苦しい。
ウィンター・ソルジャーが突き進む廊下には武装した戦闘員たちもやってくるが、まるで物ともしていない。
「〔ユーリ・タカムラも共犯だ! 戦闘配備、射殺を許可する!〕」
「寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、カス! これのどこが共犯なんだよ! さっさと助けろ! 私は重要参考人だぞ!」
誰かの無線機から響いたロス副司令官の声に、私は思わず汚い言葉で返す。顔面マー〇ィン・フ〇ーマン似でも知るか! 次会ったら殴ってやるからな!
やがて太陽光が差し込む明るい場所に出た。スタッフの休憩スペースらしい。並んだテーブルの中には食べかけの食事もある。
半分泣きべそをかきながら何か対抗手段が無いかと視線を巡らせる。
物陰にトニーがいた。目が合うと、彼は静かにと言うように人差し指を立てる仕草。続いて耳を塞ぐようなジェスチャーをする。私は彼が何をしようとしているのか察して、その
トニーが腕時計に触れると、手の部分だけのアーマーが展開される。そして彼は間髪入れずにアーマーから超音波を発した。私の塞いだ耳にもキィン、と嫌な音が響く。振り向いたウィンター・ソルジャーに、トニーは閃光を発して目くらまし。
その牽制によって、私を拘束していたウィンター・ソルジャーの腕が緩み、私はそのまま床に落っこちた。受け身も取れない体勢だったせいで、したたかに体を打ち付ける。しかし痛みに耐えてすぐに物陰へと逃げこんだ。
トニーとシャロン、そしてナターシャがウィンター・ソルジャーとの交戦を始める。近接戦闘は素人に近い私が出ても、足手まといになるだけだ。
「マスター!」
「シロさん! 良かった、無事だったんだね」
駆け寄ってきたシロ。その首には私と同じような首輪が付けられている。おそらく体のサイズを変えられないようにされているのだろう。
感動の再会をしていれば、ナターシャがピンチに陥っていた。首を絞められている彼女をいち早く助けるため、私は傍にあった椅子を持ってウィンター・ソルジャーの背中にぶつけた。
鈍い音はした。けど、ダメージになっている様子が一切見えない。
私の腕力、弱すぎ……?
手に持った椅子と、ナターシャの首を絞めたままこちらを振り向いたウィンター・ソルジャーとを見比べる。その隙を突いてナターシャが足をウィンター・ソルジャーの腕に絡ませるが、ウィンター・ソルジャーはその腕を振って、いともたやすくナターシャの体を放り投げた。
「――ナターシャ!」
息を呑む。叫ぶ。
彼女の体は背中から壁にぶつかった。床に落ちて、動かなくなる。
嘘、嘘うそ、私が余計な事したから、余計な怪我した? いや、怪我なんてもんじゃなかったら。打ちどころが悪かったなら。
――だって、人は、簡単に。
ナターシャに気を取られている内に、ウィンター・ソルジャーは私の体を再び抱き上げる。
「やめろ、離せ! ナターシャ! ナターシャ、生きてるの!? ナターシャ! 返事してよ!」
叫んだ声が、悲鳴みたいだと他人事みたいに思った。
シロがウィンター・ソルジャーに噛み付いた。私は怪我を承知で夢中でルーン魔術を使った。上りかけていた階段からウィンター・ソルジャーの拘束を逃れて階下に落ちる。
落下した痛みなんて感じなくて、私はすぐに立ち上がり、ナターシャに駆け寄った。
「ナターシャ、ナターシャ! 死んじゃダメ、博士はどうなるの、ナターシャ、」
「う……」
頭を揺らさないように気を付けながら、ナターシャの肩を叩き、声を掛ける。その声に反応するように、ナターシャがぴくりと眉を動かして呻き声を上げた。
生きてる!
私は安堵の息を吐いた。生きてる。良かった。良かった……。
うなだれて思わず脱力した私の体に腕が回されて、再び持ち上げられる。ウィンター・ソルジャーだ。
私を担いだウィンター・ソルジャーは、私がナターシャの傍にいた間、ティ・チャラをあしらっていたのか、誰に邪魔されることなく屋上のヘリポートへ向かった。
停まっていたヘリの留め具を外し、ドアを開けた彼は私を奥の席に投げ入れると、自分も操縦席へと座る。
ローターが回り出し、機体が持ち上がる。
もし助けが来ないなら、こちら側のドアを開けて、水に飛び込もう、と私は下を見る。私が覚悟を決めるより早く、ヘリがその上昇速度を鈍らせた。機体は左側に傾いている。
窓からちらりと見えた、金色の髪。
「スティーブ!」
救世主の名を呼ぶような気持ちでその名を叫んだ。物凄い膂力によって、ヘリは屋上へと引き戻され始める。
これでは飛び立てないと分かったのか、ウィンター・ソルジャーがわざと機体を傾けた。機体が大きく揺れて、私はとっさに頭を庇う。ローターがコンクリートにぶつかる嫌な音や、何か大きいものがぶつかったりする音が鼓膜を叩く。
揺れが収まり、ガラスが割れる音に顔を上げれば、ウィンター・ソルジャーがメタルアームでスティーブの首を絞めていた。
「くっそ! スティーブを離せ!」
ウィンター・ソルジャーの腕にしがみついて止めようとするが、叩いて引っ張ってもびくともしない。クソ! 人間なのは私だけか!
ふとスティーブと目が合う。その瞳が「覚悟はいいか? 僕は出来てる」と言っている。
私は頷き返す。ヘリポートの端で何とかバランスを保っていた機体を、首を掴まれたままのスティーブが押し始めた。私はなるべく勢いをつけて背後のガラスに背中を押し付け、そちらに体重を掛ける。
機体のバランスが崩れ、私たちは下に流れていた川へと落下した。その時の衝撃でウィンター・ソルジャーは頭を打って、気絶したようだ。私はとっさに頭を守ったのでなんとか無事だった。
ヘリは川底へ沈み、スティーブはヘリの中からウィンター・ソルジャーと私を順に引っ張り上げた。
ウィンター・ソルジャーを引っ張って泳ぐスティーブと共に、私は何とか水面に顔を出した。