落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

8 / 101
序章-8「退路無し」

「〔賢い優李さんなら、これが何を意味しているか、お分かりになりますよね?〕」

 雉村の言葉に、私は歯噛みする。問われなくとも分かる。私が従わなければ、母が殺される。

「……まずは母さんに会わせろ」

 努めて冷静に息を吸って吐き、私は低く言った。

 焦って返答するのは得策ではない。もしかしたら、監視しているだけですぐに手出し出来る状態ではない可能性も少なからずあるわけだし、近くにいければ助ける方法もある。

「〔そうして逃げる算段でもつけようと?〕」

「あなたは信用という言葉を口にしながら、それを得られないようなことばかり言っている。私や私の母に銃を向けて脅迫するというならそれもいいだろう。でもその銃口が本当にこちらに向いているのか、その銃が本物なのか、それすら私には分からない。何一つ信用できないやつと、取引をするつもりはない」

 話している最中に、視界が変わった。見えているすべてが透き通り、線で描かれる。部屋の外も、壁の中も、全てを見通せる。これはシロの力によるものだろうか。

 少し驚いたが、それでも表情筋に活を入れて素知らぬ顔をしておく。

「〔それが脅迫というものです〕」

「ああ。だけどあなたが得たいのは信用だろう。脅迫の上には成り立たない。少なくとも、私にとっては。信用できない相手と取引はできないし、信用を返すことなんて以ての外だ」

 透き通った視界の中で、部屋の壁の中に、おそらく雉村がこちらを監視しているのであろうカメラを見つける。

 私はきっぱりと、母に会わせなければ協力をしないと言い切って、カメラの方をしかと睨んだ。

 スピーカーの向こうから反応はない。しかし沈黙が落ちた。それは雉村が、私の要求を勘案しているということだろう。

「〔……いいでしょう。あなたを母親と会わせてあげます。答えはその時に聞きましょう〕」

 その言葉を最後に、スピーカーの切れる音が響き、テレビも消えた。それらを見て、私は一人、大きく息を吐いた。

 緊張が切れたのと同時に、糸が切れた操り人形のようにベッドに倒れ込む。

「大丈夫か、マスター? しかし、母君に会ってどうする? 使えるエネルギーにあまり余裕はないぞ」

「近くにいなきゃ何もできない。一番はテレポートで逃げることだけど……シロさん、どのくらいの距離までなら行けそう?」

「マスターと母君と俺を運ぶとなれば……単純に計算して、せいぜい二キロ程度の距離だろうな」

「二キロか。逃げ切れるかは、ここがどこかにもよるな」

 私は嘆息を漏らした。エネルギー不足で能力が使えない云々は、雉村も知っているだろう。そうなればおそらく、最低限の食事しか私たちには与えないはずだ。

 先程唐突に変化した視界について尋ねれば、やはりイマジェンの能力の一つだそうだ。透視能力や、相棒同士で視界を共有することも出来るとかなんとか。

 まあそれはともかく。

 逃走経路についてあれこれ考えていれば、部屋のドアが開いた。入ってきたのは日本人であろうスーツ姿の男が二人。どちらも強面で体格がよく、鍛えた体をしている。

 日本人の人員を使っているのか、そもそも日本が拠点の組織なのか。

 男の一人は私に手錠を掛け、もう一人はシロを頑丈そうなケージに入れた。そうして、頑なに外の様子を遮断していた割にはあっさりと、私たちは部屋の外へと出された。

 廊下もカーペットが敷き詰められていて、いくつも部屋が並んでいる。安いホテルなら窓がないのもあり得るかもしれないが、そもそもここはホテルではないのではないかと、そんな推測が私の頭をよぎる。

 その予感は男たちに連れられて階段を上っていくごとに増していく。

 やがて階段を上り終え、広い休憩所のようなフロアを横切る。外に出た時、その予感があたっていたことを、私は嫌でも認識することとなった。

 顔に吹き付ける潮風。私が男に押されて足を付けたのは船の甲板だった。目の前には大海原が広がっている。つまりここは、クルーズ船の上ってことだ。

 私は私の見通しが甘かったことを悟った。二キロ程度飛んだくらいじゃ、海に落っこちるだけだ。雉村が、私と母を会わせることを比較的あっさりと決めたのは、これが理由だからかもしれない。

「もう、ちょっと、押さないでよ! 何なの、あんたら!? 離しなさいよ!」

 波の音が響いていた甲板に、騒がしい声が響く。私のよく知る声だ。

「母さん!」

 私が振り向いた先で、母は男に後ろ手で手錠を掛けられ、歩かされていた。私が思わず呼び掛ければ、彼女ははっとこちらを見て、驚いた顔をした。

「優李! どうしてここに……S.H.I.E.L.D.の人たちはどうしたの!?」

「S.H.I.E.L.D.に裏切り者がいたんだ。それで……」

 説明をしようと口を開いた時、甲板の床を叩く硬いヒールの音が響いた。

「説明は私からしましょう。優李さんのお母さん」

「……あなたは……雉村さん?」

「覚えていてくださったなんて光栄ですね」

 甲板に現れた、黒いスーツの女の姿に、母は怪訝そうに目を細めた。それに対して雉村は、心にもないことを言って形だけの笑みを浮かべる。

「じゃあ……優李が言った、裏切り者って――」

「ええ、そうです。私のことです。そして、高村さん、あなたはお嬢さんに対する人質として、ここに連れてこられたのですよ」

「人質? どういうこと?」

 雉村の言葉に、母は困惑したように雉村と私とを交互に見た。

「お嬢さんには我々から、二つばかり頼み事がありましてね」

「頼み事? 穏やかな話じゃなさそうね。私にも聞かせなさい」

 後ろ手に拘束されているとは思えないほどの毅然とした態度で、母は雉村に問いかける。

「ええ、簡単な話ですよ。高村さんもご存知でしょう、東仁会のシガノ会長。彼の殺害、及び彼の所有する刀の奪取。それだけです」

 まるで簡単そうに言う雉村に、母は絶句する。僅かな沈黙の間に母は話の内容を咀嚼したらしく、やがて唇をわななかせ、手を強く握り込んだ。

「あたしの娘に、人を――()()()()()()()()()()、殺させようっての?」

 それはどこか引っかかる言い方だったが、それでも母の強い怒りを感じたのは確かだ。

 叱られた、怒られた、そんな可愛いものではない。腹の底で煮えたぎり、爆発寸前の憤怒。思わずこちらまで固唾を呑んでしまう。

「あなたがどうであれ、決めるのはお嬢さんです。……さて、優李さん」

 雉村は、ジャケットの下のホルスターから拳銃を取り出して、母に向けた。

「あなたの答えを聞きましょうか」

 私が先程言った事の、意趣返しのつもりであろうか。これでどこに拳銃が向いているか、はっきりと分かるだろうと言いたげだ。

 やめなさい、と母が目で訴えているのが分かった。しかし、従わなければ母は殺される。私たちも無事で済まない。

 S.H.I.E.L.D.の助けがいつ来るかも分からない。シロの力を使ったとしても、雉村たちを制圧していられる時間は限られる。そもそも、雉村たちの戦力も分からない。

 ギュッと拳を握り、私は声を絞り出した。

「……分かっ」

「やめなさいって言ってんでしょうが、こンの馬鹿娘!」

 母の怒鳴り声に、私は驚き、肩を跳ねさせた。落ちていた視線は持ち上がり、母を捉える。母は眉を吊り上げて、私を睨んでいる。

「誰かを殺して生かされるなんて、真っ平御免よ。それがヤクザだろうとね」

 静かで、それでいて真っ直ぐ芯の一本通ったような、母のその言葉に、私は胸をつかれる思いだった。

 そんな私たちの様子に、雉村は小さくため息を吐いた。

「困りますよ、高村さん。私は今、お嬢さんに聞いているんですから」

「撃ちたいなら撃ちなさい。そうすれば少なくとも、〝この子の人質〟なんて言う足枷にはならずに済むもの」

 母は挑発的な笑みを浮かべる。人質の価値が失われていない以上、撃たれることはないと分かっての態度か……いや、ただ単に怖くないってだけかもしれない。

「あたしはね、十代の時から夜の街で働いてたの。危ない客なんてザラにいたわ。銃突きつけたくらいで調子に乗ってんじゃないわよ、()()()()()

 心底から馬鹿にするような声音で、母は言った。母の肝の据わりように、娘の私のほうが驚きである。母は強しと言えど、私の母以上に強い人はいないと思う。

「……ではお望み通り、撃って差し上げましょうか」

 ピクリと片方の目を引き攣らせ、雉村は低い声で言った。これまで見せていた笑みは引っ込んで、今の表情からは余裕が欠けている。案外安い挑発に乗るものだ。

 だが、感心している場合じゃない。母がこれだけ度胸を見せてくれたのだ。庇われた私が、娘の私が、それに応えなくてどうする。

 残存エネルギーを全部使って、私と母、シロでの移動が二キロ。最低限移動できるだけのエネルギーを温存して、私に出来ることは。

 小さく息を吸って、吐く。

 思い浮かべるは、白いタキシードにシルクハットとマント姿の、変幻自在・神出鬼没の怪盗。黒羽快斗、通称怪盗キッド。彼なら持っているであろう、煙玉。

 手の中に現れた小さなボールの、突き出した突起を押し込めば、瞬く間に甲板の上に煙が広がった。風向きとか全く考えてなかったのに、不思議とその煙は甲板にいた人間たちを包み込んだ。

 いつだったか見たマジックの要領で手錠による拘束を抜けた私は、先程やったように、視界を切り替える。煙が透けて、甲板の様子は手に取るようだった。

 煙の向こうで咳き込み、煙を晴らそうと手を振る男の手からシロが入れられたケージを奪い取った。続いて隙を突いて自身を拘束していた男から逃れた母に駆け寄る。

「ちょっと、何を……優李っ?」

「逃げよう」

 一瞬、敵と空目されたらしいが、母は私を認識して首を傾げた。そんな母に私は短く告げる。

 船の上にいる限り、逃げ場はない。けれどS.H.I.E.L.D.が来るまで、きっと時間の問題のはずだ。それまで隠れれば、こっちのもの。何かしらのS.H.I.E.L.D.への信号を上げて、テレポートすればいい。

 煙のおかげで敵は混乱状態。フレンドリー・ファイアは向こうだってしたくないだろうから、止めるために撃っては来ないだろう。

 私は、シロの入ったケージを持っていない方の手を、銃の形にして空に向けた。指先から光弾を放つ。光弾が空気を切る甲高い音か響き、やがて海上の空高くに花火が上がった。

 花火の音に重なって、一つ目の乾いた音が響いた。

 ほぼ同時に、左肩へ、後ろから強く押されるような衝撃。目の前で、母が目を丸くしていた。

「――優李っ!」

「マスター!」

 母は、悲鳴じみた声で、シロは焦りを滲ませて、私の名を呼ぶ。

 左肩に広がった熱。視線をずらせば、じわりと肩に、血が広がっていた。撃たれたのだ、と気付いた。

 私は、丁度背を向ける形になっていた、雉村の方をゆっくりと振り向く。

 海風にさらわれ晴れていく煙の先。構えた拳銃の向こうから、彼女は怒りを滲ませてこちらを睨んでいた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。