落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
基地の奥へと進んでいくと、やがて開けた部屋が見えた。
「〔熱反応だ〕」
アーマーのマスクを通して、トニーが言った。
「何人だ」
「……六人。五人は寝ているようだな」
トニーの言葉に、私は心内で冷や汗を垂らす。予想していた展開ではあるが、やはりジモのようにウィンター・ソルジャーたちを殺すことはしなかったのか。
更に奥へと進むと、待ち構えていたかのように部屋の電気が点灯した。
光源は五つ。それぞれ円筒状のガラスコンテナの中の椅子に、人が座って目を閉じている。
映画で見たように、その額に風穴が開いているということはない。生きており、かついつでも目を覚まさせる事が出来るのだろう。
「〔待ちくたびれたよ、ユーリ〕」
機械を通して、聞き覚えある声が響き渡った。その声を聞いた瞬間に、背中から全身に掛けて何万匹もの虫が這っていったような感覚が走り、鳥肌が立つ。
「〔俺を覚えているか? いや、覚えていなくても仕方がないか。俺の顔は醜く爛れてしまった。分からなくても無理はない〕」
熱に浮かされたような声音の男の声。パチン、と再び音が響いて、奥の扉の向こうに電気が灯る。
ガラスの覗き穴から、男がこちらを見ていた。本人の言葉通り、焼け爛れた顔。彼が私の考える名前の持ち主と同一人物なら、以前見たときの面影はない。……いや、あるのかもしれないが、私には分からなかった。
「知り合いか?」
「残念ながらね」
スティーブの問いに、私はソルジェフを睨みつけながら答える。
「ヴァージャ・ソルジェフ。S.H.I.E.L.D.に潜んでいたヒドラの一人だ。生きていたとは思わなかったけど。ヒドラは死人を生き返らせるのが得意みたい」
崩壊するトリスケリオンの炎と煙の中に消えて行った男。死んだと思っていたのだが、ラムロウと同じで助け出されたらしい。
「〔ああ、ユーリ! 俺を覚えていてくれたんだな! 俺も君を片時も忘れることはなかった!〕」
興奮しきった声に、困惑するような瞳が三人分、私に向けられる。私を見るな。知らんわ、あんな変態。
「……お前の目的はなんだ」
「〔分からないか。それとも超人血清というのは普通の人間の心を失くすものなのか? 俺はただ、会いたかっただけだよ。愛する人に会いたいと思うのは普通のことだろう?〕」
スティーブの問いに答えるソルジェフはさも当然だと言わんばかりの表情だ。
「〔デートならもっとスマートに誘ったらどうだ。国連爆破未遂に国王暗殺未遂、留置所からの拉致未遂の上、極寒の軍事基地がデートの待ち合わせ場所なんて、振られてもおかしくない〕」
いつもの軽口を口にするトニーだが、そうしつつも庇うように私の前に立った。
「〔トニー・スターク。浮名ばかり流されている男が。今度は俺のユーリに手を出すつもりか〕」
「誰がお前のだ、ふざけんな」
トニーに対し、嫉妬に狂った男が見せるような敵愾心を向けるソルジェフに、私は思わず口を開く。
出来れば話したくもないが、こういうのははっきりさせておきたい。ちゃんと嫌なことは嫌って言っておかないとね。
「〔……だ、そうだ。振られたな。という事で大人しく連行されてもらおうか〕」
「〔別にいい。ユーリが俺を嫌っていても良いんだ。だって俺はユーリにとってヴィランなんだから。スーパーヒロインがヴィランを憎んで何が悪い。ユーリ、君の記憶の片隅にでも俺がいるならそれでいい。それに、ほら。ここにユーリだけじゃない。三人が揃ったという事実が重要なんだ〕」
「どういうことだ?」
理解出来ない言動は以前と同じだった。いや、もっと酷くなっている気がする。
「〔ユーリ、俺はな、君に消えない傷を付けたい。その傷を見るたび、俺を思い出すような傷を。片時も頭を離れないような、惨憺たる記憶を。俺が君に与えたい〕」
悪趣味だな、とバッキーがつぶやく。しかしその程度の言葉で、ソルジェフが言葉を止めることは無かった。
「〔ならどうしたら良いか考えたんだ。全身を切り刻もうとも、ぐちゃぐちゃに犯そうとも、君の心に至るにはきっと足りない。君ではだめなんだ。君を傷付けるには〕」
「さっさと結論を言え、下郎が。俺たちはお前とお喋りに来たわけではない」
シロが聞くに堪えないと言わんばかりに吐き捨てる。
「〔キャプテン・アメリカとアイアンマン。二人のヒーローの仲間割れが、友人たちの修復出来ない亀裂が、ユーリ、君の目の前で起きたなら、どうだろう〕」
ソルジェフの言葉で、部屋に置かれたモニターが映像を映し出す。見覚えのある映像だ。
夜道で車が事故を起こす。そこにバイクが一台近付いてきて、そのバイクの男が車に乗っていた二人を殺す映像。
「……なるほど?」
顔の部分のアーマーを解いて映像を見ていたトニーが、腕組みをして頷いた。
その様子に、スティーブとバッキーが少し混乱したようにトニーを見る。トニーはそんなスティーブとバッキーを交互に見て、口を開いた。
「どうして怒らないのか、と言いたげだな。それはあのストーカー野郎もだろうが」
トニーはちらっとソルジェフに目を向ける。ソルジェフは変わらずの半笑いに小さな困惑を混ぜてこちらを見ている。
「簡単に言うと、僕の両親は生きている。いや、死んで生き返ったという言い方のほうが近いか」
「何?」
説明を求めるスティーブの視線を受けて、トニーがこちらを見た。言っていいか尋ねる視線に、私は頷く。
「ユーリが能力の実験中に誤ってこの直前に時間移動をしてしまったんだ。目の前で殺されそうになっている僕の両親を魔法で作った偽物とすり替えて助け、誤って現代に連れ帰った。……つまり、バーンズは僕の両親を殺してはいない」
バッキーが、トニーの言葉にはっと息を吐いた。長い緊張が解れたというような吐息だ。
「ま、この映像を知っていただろうキャプテンには、何故もっと早く教えてくれなかったんだと言いたいところだが……。まあ、なんだ。これでチャラだな」
「……ああ。もっと早く打ち明けるべきだった。すまなかった」
トニーとスティーブはそう言って、まだ少しぎこちない笑みを交わしてお互いの肩を叩き合う。
仲間割れを誘おうとしたらむしろ仲直りしちゃって今どんな気持ち? と尋ねたいところであるが、そんな絡みどころか掠りもしたくないので、私は無言でソルジェフを見やった。
薄ら笑いは深まり、暗がりでもその瞳は爛々と狂気に輝いていた。
「〔やっぱり君は最高だ、ユーリ! 俺のやろうとすることなんてお見通しなんだな! 俺の考えと君の考えは一緒ってことだ! やはり一心同体! 運命だ! これを運命と言わずに何という!〕」
「一周回って羨ましくなるほどポジティブだな」
喜悦に満ちた声で笑い出すソルジェフに、トニーが呆れたように言った。
「〔なら仕方ない。最後の手段と言うやつを取るとしよう〕」
ソルジェフの言葉を聞き返す前に、その答えは示された。スティーブが盾を投げてソルジェフのいる扉にぶつけるが、盾は弾かれて戻ってくる。
シュー……と空気の抜ける音が響き、五つのガラスコンテナのガラス部分が上にスライドしていく。閉じられていた十の目蓋がゆっくりと開き、その持ち主たちは音もなく立ち上がる。
「〔殺し合え〕」
目覚めたウィンター・ソルジャーたちに命じたのか、ただ願望を口にしたのかは分からない。確かなのは、その一言でウィンター・ソルジャーたちは周囲を見回して状況を確認。そして私たちに視線を固定して立ち上がった。
「――んっとに最悪、あのクソ野郎!」
私が悪態を吐くと同時に、ウィンター・ソルジャーたちはこちらに襲いかかる。
「ユーリ!」
スティーブの声で、私は弾かれるように魔法を展開した。頭上に現れたミラーボールから光が飛び出して、ウィンターソルジャーたちにぶつかって彼らを気絶させる。
「トニー、ソルジェフが逃げていった扉を壊してくれ」
「分かった」
トニーがビームで扉を壊したのだが、ウィンターソルジャーたちのうめき声が響いた。
え、こわ……もう気絶から覚めようとしてる……。
「ここは僕たちがどうにかする。ユーリ、シロ、君たちはソルジェフを追ってくれ。あいつはユーリの言葉しか聞かないだろう。……あの変態を君に任せるのは心苦しいが……」
「分かった。危なくなったら防犯ブザー鳴らすから、すぐ助けに来てよ」
超やべー暗殺者集団を三人でやるなんて平気かと思ったが、それでもあの変態をみすみす逃して野放しにしておくことも出来ない。
私はスティーブの言葉に頷いて、シロと共に駆け出した。
◇
ソルジェフを追って、私たちは外に出た。雪原を一望する丘の上に、やつはいた。
雪原を眺めていた彼は、私の足音にゆっくりと振り向く。
「ユーリ、シットウェルが死んだことは知ってるか?」
開口一番そう口にしたソルジェフは首を傾げた。ソルジェフの言葉で、私はラゴスに向かう途中でナターシャに見せられた情報を思い出す。
「まさか、シットウェルを殺したのは……」
「ああ。俺だよ、ユーリ。何故と聞きたそうな顔をしているな? 教えよう。それはね、ユーリ。君がスーパーヒロインだからだ。スーパーヒロインが悪党を助けて、あろうことか見逃すなんて、あってはいけないことだろう。だから殺したんだ。君の後始末をしたのさ」
まるで、自分が正義を行ったとでも、私のせいでシットウェルが死んだとでも言いたげな口ぶりだった。
「……私は裁判官でも、執行人でもない。シットウェルが死に値するかどうかは、お前や私に決められることじゃなかった。お前がやったのはただの犯罪だ」
戦いの最中、勝つためにやむなく殺すことはある。
トリスケリオンで私がソルジェフにやった行いはそれだった。私のせいで死んだ人だってきっといるだろう。
相手が聖人でも、悪人でも、殺しは殺し。例えそれが悪党でも、人を殺したというのは事実で、その罪を背負う覚悟はしている。
だけど、生殺与奪を選べる状況で殺すのは、きっと正義ではない。少なくとも、私にその権利は無い。
「……一つ、聞かせてくれ」
さくりと雪を踏む音が響いて、私の背後に誰かが立った。振り向いた先にいたのは、ブラックパンサーことティ・チャラだ。
そう言えば私は彼とほぼ初対面だと気付く。彼はマスクを外して、ちらと私に目を向けた後、ソルジェフを見た。
「ああ、ティ・チャラ王子。ご機嫌麗しゅう」
ソルジェフはティ・チャラの姿を見ると、軽薄に笑みを浮かべた。
「何故私の父を襲った?」
ティ・チャラはソルジェフに問う。私は問いの答えを聞くようにソルジェフを見た。
「ユーリが爆発を止めるのは想定外だった。バーンズを表舞台に引き摺り出すには、騒ぎを大きくする必要があった」
「――誰でも良かったと?」
ティ・チャラの、怒りを押し潰したような低い声。
今にソルジェフに襲い掛かってもおかしくないような一触即発の雰囲気に、私は思わず唾を飲み込む。
「まあ、端的に言えばそうだ。ある程度地位が高い、殺されれば騒ぎになる人間――ティ・チャカ王は丁度良かった」
――こいつは。
こいつは、己の欲のために、大勢の人を巻き込んで、殺そうとしたのか。
「怒っているな、ユーリ。俺に、怒りを向けているんだな」
「……いいや、お前をトリスケリオンでちゃんと殺さなかった自分に怒っているんだよ」
ぐつぐつと腸が煮えくり返るような怒り。こいつを殺すべきだと耳元で誰かが叫ぶ。
顔を上げて睨み据えた先で、ソルジェフは頬を上気させ、恍惚とした笑みを浮かべていた。
「殺したいんだろう、ユーリ! 俺を! 俺を殺したいんだろう! そうだろう!」
うるさい、もう喚くな。
GW最終日だし六章も最後だから今日は二話投稿するね。
(いいところで切って続きは明日って苦手なのよね)