落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
日本は、もちろんソコヴィア協定に署名した百十七か国の内の一つの国である。
協定違反で国際指名手配犯になった私とシロの顔写真はテレビやインターネット、新聞などで日本全国に出回った。
運転免許証のあの写真が公開されていて泣きたい。常々犯罪者みたいな表情だと免許証を見るたびに思っていたが、まさか本当に犯罪者になってしまうとは。
ちなみに指名手配犯となったヒーローたちに対する世論は、マジで真っ二つに割れている。ネット上でシビル・ウォー状態である。ヤバいね。
魔法でひとっ飛びすることで、一応
フューリーに頼んで宇宙からでも通信できる
一つは私が持って、残りはスティーブとトニー、叔父にそれぞれ渡して宇宙へと旅立った。
私たちが魔法を使って最初に向かったのはザンダー星だ。
以前世話になったローマン・デイとも偶然再会し、手記は無事レザンに渡されたこと、レザンはピーター・クイル一行と共に脱獄し、紆余曲折あって恩赦を受けたことを聞いた。
……どうやらガーディアンズ・オブ・ギャラクシーに一人増えているらしい。私たちがいろいろやったことによる影響なのだろうか。風が吹けば桶屋が儲かるとか、もしくはバタフライ・エフェクトとか。
まあ、レザンがまた闇堕ちしていないなら、私は別になんでもいいのだけど。
それから、エゴの苗。地球にあったそれもなのだが、苗は抜いてしばらく経ったら枯れてしまったそうだ。映画で見たような例の事件は、少なくともザンダー星の管轄下では起こらなかったそうである。
閑話休題。
ローマン・デイという伝手のおかげで、私たちは軍用宇宙船の払い下げ品を手に入れることが出来た。これを買うためにザンダー星でちょっと働いた。
スクラップを廃品置き場から拾ってくるのとは違って、払い下げの船なので、型落ちしているものの充分に動いた。
……そうして、シロと私が宇宙旅行をし始めて数ヶ月。
『バッキーが目覚めた』
スティーブのポケベルに魔術のマーキングをしておいたので、私たちは量子魔術によるテレポーテーションでスティーブの傍に現れたのだが、そのタイミングが丁度ティ・チャラやシュリと話している最中だった。
ティ・チャラは既に王として即位しており、王と王妹の前に突然現れた不法侵入者に対して警報が鳴り、
……と、まあ、ちょっとしたハプニングはあったものの、私たちは目覚めたバッキーと会った。
バッキーの脳に刻まれた洗脳は、ワカンダの最先端技術によって少しずつ治療していくことになるそうだ。何でも、急ぎすぎると記憶ごと消してしまいかねないとかなんとか。急いては事を仕損じるってことなのだろう。
急がなくとも、ここにソルジェフや原作バロン・ジモのような敵が入ってくることはない。え? サノス軍? キルモンガー? あれは例外でしょ。
◇
「やあ」
片手を挙げると、ナターシャはほっと軽く息を吐いて、こちらへ向けた拳銃を下げた。
雑然と物が置かれた、年季を感じる薄暗いアパートメントの一室。ナターシャの、今のセーフハウスだった。
私とシロはスティーブからこの場所を聞きつけ、家主の不在中に入り込んで、リビングのソファで本を読んで待っていたのだ。
シロは唯一、外の明かりが差している窓辺の一角で日向ぼっこ中である。シロ曰く、女子会に男は不要だろう、とのこと。
「貴方たちじゃなきゃ、撃ってたわよ」
呆れたような声に、私は苦笑を浮かべて挙げた手のひらをひらひらと揺らした。ナターシャは拳銃を太もものホルスターに仕舞い、私の隣に腰掛けた。
私は「お土産」と言って、来る途中にカフェで買ってきたタピオカミルクティーを、量子空間から取り出す。
「宇宙へ行ってたって聞いたけど。いつ戻ったの?」
「この間。バッキーが目覚めるってスティーブから連絡があって、それで」
「ふうん? 仲良いのね」
ナターシャはカップを傾けながら、意味深な笑みを向ける。
ナターシャはバナーといい感じになりつつも、それはそれとして他人の恋バナうめぇってバリムシャするタイプだ。こういうのは流すに限る。
「まあね。そういえば、ヴィジョンとワンダの場所が分からないって聞いたけど」
「ええ。数か月前からね。エディンバラで行方をくらませてそれきり。スタークの方でも把握してないみたい。ピエトロは知ってるみたいだけど、だんまりらしいわ」
『シビルウォー』関連の事件があったものの、決定的な亀裂が入らなかったアベンジャーズの面々は、ロス長官にはもちろん内緒でこっそりと連絡を取り合っていた。
特にナターシャはいろいろな知り合いも多いおかげか、その架け橋や窓口の役となっている。
「息子とその彼女のことが気になる?」
「まあ、多少ね。二人の仲がどうとかって言うんじゃなくて、ほら。ヒーローの周りに事件はつきものだからさ」
私が言うと、ナターシャは納得したように頷いた。事件がつきもの、にはナターシャも覚えがあるだろう。
いつかの
まあ、ピエトロが生きているこの世界線でもヴィジョンと一緒に身を隠すことになるとはちょっと思っていなかったから意外だけど。
半身を亡くしたことで、自身と同じ由来の力を持つヴィジョンへ依存するようになった、という部分もあったのではないかと、私は前世の映画で見たワンダ・マキシモフを解釈していたから。
「母親として真っ当な心配をしてるってことね」
「母親にしちゃ、放任主義過ぎると思うけど」
「良いんじゃない? 子供ではない……のかしら?」
「二歳の大人」
「ああ、二歳の大人ね」
一応母親ってことになっている、私よりも背の高い二歳だ。
「ねえ、聞きたかったんだけど」
ナターシャがソファの背もたれに腕を置いて、軽く身を乗り出すようにする。その瞳に、悪戯な光が灯る。
「答えるとは言わないけど、聞くよ」
私はそう答えつつ、なんとなく嫌な予感。
「J.A.R.V.I.S.のこと、好きだった?」
「ノーコメ――」
「それはなし」
唇に、ナターシャの人差し指が触れる。思わず、こういうの誰にでもやってんの? なんて聞きたくなっちゃう仕草だ。えっちだ。
「旦那とここしばらく連絡が取れてなくて寂しいのよ。あなたの話、聞かせて」
「えっちじゃん……」
旦那が出張中の団地妻かよ。思わず日本語で呟いてしまった私に、ナターシャは首を傾げる。
彼女の内縁の夫であるバナーは、どうやらしばらく連絡が途絶えているらしい。途絶える前に、その旨は伝えられていたらしいからそこまで心配はしていないっぽいけど。
エンシェント・ワンがバナーにどんな修行を課しているのか私は知らないけど、こういう状況になった原因の一端は私にあるのは事実だ。ナターシャの暇つぶしに付き合ってやる義務が、多少なりともあるのかもしれない。
私はため息を一つ落としながら、天井に目を向けた。少し黄ばんだ天井に、茶色のシミ。それらを眺めながら、J.A.R.V.I.S.を思い出した。
「J.A.R.V.I.S.のこと、友達として好きだったのは確かだよ。恋愛としては……どうかな。よく分かんない。分かる前にいなくなっちゃった」
一緒に料理をするのが楽しかったのは事実。約束を楽しみにしていたのも事実。けどそこにあった胸の高鳴りは、好きな人へ向けるそれだったかは、よく分からない。
もう確かめようがない。ヴィジョンはJ.A.R.V.I.S.ではないのだから。
「……じゃあ、質問を変えるわ。J.A.R.V.I.S.と会うのは、楽しかった?」
「そりゃあ……待って、ナット。まさか会うのが楽しかったら恋、なんて言わないでしょ?」
「あら、駄目?」
「だったら私、ナターシャにも、バナー博士にも、恋してることになるけど」
「あら、複雑な三角関係ね」
「からかってるでしょ」
呆れた目付きで見つめれば、ナターシャは肩を竦めた。
「じゃあ、バーンズのことは?」
首を傾げるナターシャ。
「――スティーブから何か聞いた?」
「いい雰囲気だったって」
「スティーブが言ってるだけだよ」
「じゃあ、バーンズのこと、なんとも思ってないの?」
そう言われると、言葉に詰まる。
だってバッキーかっこいいし。私は男性経験がろくにない陰キャなので、ちょっと紳士的に優しくされるとすぐドキドキしちゃうんだから。
無言で目を逸らした私。視界の隅で、ナターシャが笑う。
「この手の話題苦手よね、あなた」
「分かってるなら振らないでよ……」
唸るように言った私に、ナターシャがクスクスと笑い声を漏らす。そして、ふと瞳に真剣味を帯びさせた。
「スティーブ、あなたを心配してるのよ」
唐突な言葉に、私は首を傾げる。
「あなたがスーパーヒロインになった時、あなたはまだ子供だったから。それから特定の相手を作ってるって感じはないし。そういうの、諦めてるのかもって、心配してるの。あなたが、あなたであることを諦めてほしくないのよ」
困ったように笑うナターシャに、私は多分、変な顔をしてしまっただろう。
映画での最後は置いといて、これまでずっとキャプテン・アメリカとして、スティーブ・ロジャースを捨ててきた人が、それを言うのか。
「それ、スティーブが言う?」
「ま、どの口がって感じよね。でも、だからこそそう思うのよ、きっと」
ナターシャは、困った弟を持つ姉みたいな顔で言った。私はスティーブの言うことも分からないでもないから、むぅと口を尖らせる。
「それで自分の親友?」
「信頼してるんでしょ」
「プレイボーイだったって言ってた」
「あら、奥手で鈍感なあなたにはちょうどいいんじゃない?」
「ナターシャまでそんな事言う」
「私も心配してるの」
私の髪を、ナターシャの指が撫でた。母が娘にするような、年の離れた姉が妹にするような、そんな優しい手つき。
「嫌いならそれでいい。恋愛対象として見られないならそれでいい。でも可能性があるなら、諦める必要はないし、追いかけていいってこと、覚えておいて」
ナターシャの言葉に、私はいつだったか、自分がスティーブに言った言葉を思い出した。スティーブ・ロジャースとしての幸せを追いかけていいんだって言葉。それが今、自分に返ってくる。
「バッキーのこと、嫌いじゃないよ」
「ええ、知ってる」
綺麗に染めたプラチナブロンドを揺らす〝ナターシャ〟に、三つ編み姿の〝ナターシャ〟が重なる。
「……ただ、今は、そういうの考えられないんだ」
今は。まだ、今は。
貴女が、あの崖から落ちる必要がない未来に立つまでは。
私が、誰かの手を取るなんてこと。
「……そう」
ナターシャは、ちょっと寂しそうに微笑んで、ただ頷いた。
私はそうやってすぐナターシャとユーリに恋バナをさせたがる。