落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
時空の歪みから現れた武器の数々は、サノスへ向けて次々と射出された。
サノスは大剣を振るい、その武器たちを振り払う。数多の槍や剣が弾かれ戦場に突き立つ中、シロはサノスとの間合いを詰めた。攻撃を払った時の隙を突くように、魔法のエネルギー弾を放つ。体勢を崩したサノスに対し、シロは立て直す暇を与えぬよう、間断なく攻撃を仕掛けた。
しかし、サノスはその絶え間ない攻撃の最中にあっても、大剣を持ち直し、シロの攻撃に対応してくる。シロの攻撃の、一瞬の間を見抜いて、大剣を大上段から振り下ろしてきた。シロは魔法の見えない手で、刃を受け止めた。魔法と剣の鍔迫り合いになる。
サノスは力で押し込んできた。見えざる手が押され、シロの眼前に刃が迫る。サノスはにやりと口を歪め、更に力を込めようとする。だが、シロもまた、口角を上げた。
押していたサノスの大剣が、見えざる手によって押し返される。そしてシロは先ほど弾かれて地面に転がっていた剣の一本を飛ばし、サノスの大剣を吹き飛ばした。大剣の片方が折れて、サノスの背後へと転がる。
大きな隙が生まれたサノスへ、シロは時空の歪みから鎖を撃ち出した。天の鎖。ユーリが大物を拘束する際によく使っていたそれで、シロはサノスの四肢を、首を、捉える。
「俺の心がそうされたように……! お前の身もそうなるがいい!」
シロは憎悪を込めて叫んだ。それに呼応して、天の鎖はサノスの四肢を、それぞれの方向へと引っ張る。サノスの体は引き千切られんばかりに広げられ、その体を覆っていた鎧も、無茶な負荷が加わったのか一部が剥がれ落ちる。
このまま四つに裂いてやる、とシロが鎖を引く力を強めた時、サノスが叫んだ。
「空から撃つんだ!」
サノスは、味方に向けて言った。
「いいからやれ!」
サノスが叫ぶと、シロがサノスの四肢を引き千切るより先に、戦場の上空に居座っていたサノス軍の母艦から地上への一斉砲撃が始まった。
敵味方構わず撃ち込まれる砲撃。シロもまた避けきれずに吹き飛ばされた。その隙にサノスは鎖の拘束を抜け出す。
魔術師たちが空に魔術の盾を展開して防ぐ中、シロも同じように魔法の盾を張る。砲撃の勢いは凄まじく、盾を引っ込める隙もない。防御手段を持たない味方も盾の下に入れ、シロは防戦一方となった。他のヒーローたちも似たような状況だ。
しかし、その状況も長くは続かなかった。不意に砲撃が止み、シロたちは上空の母艦を見上げる。母艦から向けられていたたくさんの砲台の砲身が、その向きを変えている。
地上から、上空へ。雲が覆う空の彼方へ向けて、母艦は砲撃をし始めた。
「一体何を攻撃している?」
その場の誰もがそう思った時、雲の中から光が飛び出してきた。
まるで彗星のように、その輝きは一直線にサノス軍の母艦へと落ちてくる。そのまま母艦を貫いた。母艦は爆発を起こし、エイのように広がった翼の片方を破壊されて高度を失い、湖へと墜落した。
その光の正体は、キャロル・ダンバース。キャプテン・マーベルだ。宇宙を助けるのに忙しいと言っていた彼女だが、この宇宙の存亡を懸けた危機に際して駆けつけたのだ。
サノス軍の母艦が墜ち、強力な援軍が到着した。アベンジャーズの士気は今、最高潮に高まった。
シロは戦場を駆ける。襲い来る敵には容赦なく攻撃魔法を浴びせ倒し、ガントレットを追った。サノスもそこにいるはずだ。
視線の先で、サノスはガントレットを拾い上げた。シロはそこへ飛び込む。鋭い爪を剥き出しにした腕を袈裟懸けに振り下ろし、サノスの背中を抉る。
「ぐぁああっ!」
苦悶の声を上げるサノス。だがその手からガントレットを落とすことはなかった。魔法のエネルギー弾と拳を織り交ぜて怒涛の攻撃を浴びせながら、シロは隙をついてガントレットを奪うべく手を伸ばす。
しかし、その手はサノスに掴まれた。掴まれた手を引かれ、シロはサノスに投げ飛ばされる。瓦礫にぶつかり、グラグラと脳が揺れる。歪む視界の中で眩い光が忙しなく動いていたが、その光も視界から飛び出して消え去った。
うごかなければ。
やつを、たおさなくては。
きみのために。
「ます、たー」
おれの、ためにも。
◇
そのシーンが近づいていた。
みんなが悲しむ姿を、相棒が戦う姿を、私はどこか他人事のように眺めていた。
薄暗い映画館。光るスクリーン。ヴォーミアで飛び降りて、それから気付いたときにはここにいた。長いようで短い時間だった。そう言えば、『エンドゲーム』を初めて映画館で観たときもそうだった気がする。三時間もある映画だったのに、長いと感じなかった。
「隣、よろしいですか?」
声を掛けられて振り向けば、そこには見覚えのある男がいた。「J.A.R.V.I.S.」と声を掛けると、彼は「お久しぶりです、ユーリ様」と微笑んだ。
どうぞと頷けば、彼は礼を言いながら腰掛ける。
「ずっとここにいたの?」
「ええ。貴女の中に、ずっと」
ずっと、ここで映画を観ていたのだろうかと思うと、少し笑えた。
「ですが、こんなに早くまた会うとは」
J.A.R.V.I.S.の言葉に、私は苦笑を返す。
そうして再びスクリーンに目をやった。映画で描かれていたのと同じ戦場。でも映画と違って、生き残った彼がいる。彼女がいる。
「私、悔いはないと思ってた」
ぽつりと、他人事のように呟く。
「でもやっぱり、惜しいなぁ」
無理矢理に笑みを作った。そうしないと、泣いてしまいそうだった。私の求めた未来は、そこにあるはずなのに。それでももっとと、欲張ってしまう。
「私……みんなが生きている世界に、私もいたかった……」
「まだ、遅くはないようですよ」
こぼれそうになる涙を止めるため、顔を覆った私の横で、J.A.R.V.I.S.は言った。「え?」と私は顔を上げる。
映画のスクリーンはなくなっていて、そこに広がっていたのは真っ暗な空間だった。そして、私とJ.A.R.V.I.S.の周囲を、大勢の人が囲んでいた。私は驚き、少し怖気づいたように半歩引く。しかしよく見てみると、そのどの人物にも、見覚えがある。
現代人の服装をした、老若男女様々な人々が多い。そこに混じって、宇宙で見かけた近未来的なデザインの服を着た宇宙人や、サンクタムに暮らす魔術師の道着を着た者、アスガルド人らしき鎧に身を包んだ者がいる。
どれも、鏡の中で見たことがある人物――これまで生きてきたいくつもの……多重転生してきた前世の〝私〟だった。
「一体、なんで――何がどうなって……」
目を見開く私に対し、彼らは笑みを浮かべて一人ずつ、肩を叩いて暗い空間へと去っていく。それぞれ「ここまでよくやった」とか「ありがとう」とか、そんな感じのことを言いながら。
アスガルド出身女性だった〝私〟が、目の前に来て私の両手を握る。
「ロキを助けてくれてありがとう」
私が戸惑う中、別の〝私〟が現れて握られた手の上に、手を重ねた。S.H.I.E.L.D.の男性エージェントだった〝私〟は言う。
「バートンとピエトロを守ってくれて良かった。そしてナターシャも」
みんな、私だった。私がみんなを知っていたように、みんなも私を知っていた。
最後に残ったのは、一人の女。戦闘なんて出来なそうな、非力そうな女だった。
彼女も〝私〟だ。
「……トニーは、ちゃんと生き延びられるかな」
私は尋ねた。心残りはたくさんあるけれど、一番はそれだった。〝私〟の悲願はそれに尽きるのだから。
「きっと大丈夫だよね。シロさんの魔法があれば、きっとなんとかなる。トニーも生き延びる。犠牲なんてなかった。でしょ?」
首を傾げた私に、〝私〟は微笑む。そして首を振り、それまで閉じていた口を開いた。
「あなたは、一番大事なことを忘れてる」
その言葉に、私は首を傾げたまま、訝しむように眉を寄せた。
「みんなが生き延びて幸せになった世界だよ?
私は予想もしていなかった言葉に戸惑い、〝私〟をまじまじと見つめた。
「これでも満足しないの? 充分にやったでしょ?」
「そういう意味じゃない。あなたはまだ、死ぬには早いってこと」
私はぽかんと口を開けた。言葉も出ない私に、〝私〟は続ける。
「ソウル・ストーンの代償は、〝魂〟。魂とは、イコールで命ではない。ここにある〝私〟たちはもう、魂の欠片のようなものだけど……かき集めれば一人分くらいにはなる」
「……待って、ちょっと待って」
色々と頭が追いつかない。そんなのアリかって感じである。
さすがに都合が良すぎない? それとも、実は私のただの夢? 死ぬ前に見ている、都合の良い、夢。
「もし、それが、ほんとうなら……あなたたちはどうなるの? 私の中にあったあなたたちは」
「ここから未来は大きく変わる。誰もこの先を知らない。この先に、
『エンドゲーム』後の作品の記憶は、フェーズ4の途中で止まっている。それはつまり、目の前の〝私〟がその頃に死んだということだろう。
何にせよ、この後の展開はどうなるか分からない。
ピエトロとヴィジョンが生きているから、おそらく『ワンダヴィジョン』は起こらないだろう。トニーが生きていれば、ピーター・パーカーはヨーロッパ旅行を平和に終われるはず。ナターシャが生きているから、クリントとエレーナの関係が拗れることもない。
それらがどんな結末をもたらすのかは、私には分からない。
「ただ思い出せなくなるだけ。本来誰もが忘れるものが、あなたの中からも消えていく。それだけ」
〝私〟はそう言いながら私の肩に触れた。そして、申し訳なさそうに微笑んだ。
「私のわがままで、辛くて苦しい道を歩ませてしまった。あなただけじゃなくて、みんなに。でも、もう、これで本当に最後。この先は、あなた自身の人生を歩んで」
不意に光を感じた。右側へ顔を向ければ、遠くに光が見えた。
「J.A.R.V.I.S.に案内を頼んである。私はここまで。それじゃあ……」
「待って。一つだけ」
頬から離れつつあった〝私〟の手を取り、握る。こちらを見返す瞳は、私のそれとよく似ているように思えた。
「確かに、辛くて苦しいことも多かった。それは否定しない。でもそれ以上に、楽しくて嬉しいことも、ちゃんとあったよ」
目を見開いた〝私〟を、私は抱きしめる。
後悔した日もあった。あんな願いを、抱かなければよかったと、そう思うときもあった。いっそ終わらせてしまいたいと思うときもあった。でも、救いたい仲間たちの姿を見るたびに、へこたれている場合ではないと奮い立ったのだ。
「ありがとう。諦めないでいてくれて」
私が言うと、返事の代わりに〝私〟の嗚咽が聞こえる。
ありがとう、と〝私〟は小さく言って、光になって消えていった。私は〝私〟の消え去った腕を見下ろし、それからJ.A.R.V.I.S.を振り向く。
「案内お願い、J.A.R.V.I.S.」
「はい。喜んでエスコートいたしましょう」
差し出された腕に手を添えて、私はJ.A.R.V.I.S.とともに光へと進む。
遠くにあった光はいつの間にか近づいていて、私たちを包みこんだ。視界が光で満たされる。