とりあえず急に休日が出来たので、エグザベ大尉とニャアン中尉は連れ立ってデートに来ていた。まあデートとは言っても、休日が今日1日しか無いのでジャブロー基地から出るわけにもいかない。それでもジャブロー基地は無駄に広大無辺なので、基地の敷地内にショッピングセンターやらファーストフード店やら、それどころか遊園地すらあったりする。
まあ普段無駄に超速度の
これが、絶叫マシンは別腹とか言う類のパイロットたちも居るには居る。だがエグザベ大尉もニャアン中尉も、強力なニュータイプ能力者。周囲の事を感知するのは得意であるために、やはり絶叫マシンよりも自分の乗機の方が『恐い』乗り物である事をどうしても『知り得て』しまうのだ。メインカメラがやられても、自身の能力で機体周囲を知覚するぐらい、お茶の子さーい、であるし。
そんな中、エグザベ大尉がふと、とあるアベックを見つける。
「……あれ?」
「あ。ゼロ中尉」
ニャアン中尉が言った通り、そこにはゼロ中尉が居た。いつも通りの仏頂面ではあるが、その左腕に小柄な幼い少女をぶら下げている。少女ががんばってゼロ少尉と腕を組んでいる様に見えるのだが、よく見るとゼロ少尉の方が少女を気遣って、うまく身長が違い過ぎるぐらいの少女と腕を組んであげているのが分かった。
エグザベ大尉は、何かの小説の台詞ではあるのだが、『たちの悪い野良犬が、子犬を庇っている』のを見た様な気分だ。まあ少女はどちらかと言うと子猫に見えたし、その小説の名は思い出せないのだが。
「……なんか、ヤバい野良犬が子犬を庇ってるのを見た様な気分だな。まああの子は子猫にも見えるが」
「言ってくれるじゃないか、エグザベ大尉」
「エグザベ兄さん。ある意味誉め言葉のつもりでも、ニュアンスや表現内容から言わない方がいい事もあるんですよ。まあそこがエグザベ兄さんなんですが」
「ふふふ、お姉さんそっちの人が、ほんとに好きなんだね」
「そのつもり」
いつの間にか、相手方でもエグザベ大尉たちを発見していた様で、近寄って来ていた。思わず、というか思ってたことを全部口に出してたエグザベ大尉のつぶやきを、聞き取れるぐらいには。
と、少女がエグザベ大尉に向かって口を開く。
「あんたがエグザベ大尉さん? あんたには感謝してるんだ。兄さんに、ボクとちゃんと話をしてくれる様に言ってくれたんだろ」
「ああ、君が例の妹か」
「ゼロ中尉の?」
「うん、まああくまで義理の、だけどね。ボクも兄さんも、ムラサメ研で苗字もらったのは違いないからさ。ボクはドゥー・ムラサメ。兄さんの毒牙に掛かった、憐れな小娘さ」
「おい待て」
ニャアンの視線がジト目に変わる。ゼロ中尉の顔は引き攣って、エグザベ大尉は焦る。
「いやニャアン違う。ゼロ中尉は唇を奪っただけだ」
「だからより一層誤解を深めるような物言いは」
「……さいてー」
「どうしてくれる大尉」
「あははは」
困り切った顔の野郎どもに対し、当のドゥーはコロコロと笑う。
「ああ、大丈夫ニャアン? さん。発作起こした時に、薬飲み込めなかったんで、口移しで飲ませてもらったって話だから」
「あ、そうなんだ」
「まあでも、その事で兄さんをボクに縛り付けられたのは、嬉しい事だったけどね」
「おい」
一見険しい表情でドゥーを睨みつけるゼロ中尉。しかしその瞳には心配そうな色が浮かんでいる事は、あからさまに見て取れる。
「ん、同病相憐れむでもいいんだよ。まあボクは事実上失敗作の強化人間だからね。元ムラサメ研のやつらは成功だって言い張ってるけどさ。2段階前の試作品の兄さんにも劣る完成度で、何言ってるんだかね。
兄さんには済まないとは思わなくもないけど。でもまあ、ボクの命がある間だけだから、その間ぐらい我慢して付き合っておくれよ」
「おい! そんな弱気なこと」
「ふふふ、別に弱気で言ってるつもりないよ。確かにボクは、こんなチビのときに強化されたせいで、今後の身体の成長も見込めないし、今まさにこの瞬間死んでもおかしくない。でもね。それを盾に取って、兄さんをボクに縛り付けたまま、兄さんの寿命が尽きるまで生きてられたらなって、そう思ってるんだ。狡猾、だろ?
実際、兄さんって生きがいが出来たせいで、病院から外出許可貰えるぐらいにもなったし。あとジャブローの軍病院に転院の許可も出たし。いいことづくめだ。ボクに関する機密保持のために、可能ならジャブローの軍病院に、って話は前から出てたけど、健康状態から移動させるのが怖いってんで、許可出なかったし。それをひっくり返せたんだからね」
「……」
ゼロ中尉が優しくドゥーの頭を撫でる。やはり『たちの悪い野良犬が(ry』と言う感じだ。くすぐったそうに、ドゥーが笑う。嬉しそうに。はかなげに。
「まあ、今のところ最短の身近な目的は、青少年保護育成条例が解除される年齢まで生きる事、かな。ある程度の健康状態を保って。男の人って、えっち出来ないのは死ぬほど苦しいんだろ? だから、がんばらないとね」
「おい! 何を言って!」
「あ、なんとなくわかるね」
「ニャアンも!?」
野郎どもが慌てふためくのとは対照的に、女性陣は軽いY談で盛り上がる。だがエグザベ大尉は、ニャアン中尉がわざと相手に乗っているのに気付いた。気付いた上で、何か言いそうになるのを飲み込む。随分進歩したものである。
「……ええい、そろそろ行くぞ。せっかくの病院外出時間が、無くなる」
「それは困るね。じゃあニャアンさん、エグザベ大尉さん、またね」
「ああ、また会おう」
「また会おうね」
「それではな、エグザベ大尉、ニャアン中尉」
ゼロ中尉とドゥーは去っていく。なんとも言えない顔でエグザベ大尉が立ち尽くしていると、ニャアン中尉が言った。
「あの子は、わたしたちが楽しめ無くなるのを望まないと思う」
「……そうか。じゃあ、行くか」
「うん」
皆、人生に何らかの
しかしだからと言って、彼らが立ち止まっていない様に、エグザベ大尉とニャアン中尉も立ち止まろうとは思わない。同情するのが悪いとは言わないし思わないし、同情はしてしまう物は感情の問題だからどうしようもない。だが大事な事は、その感情をどう扱うか。悪い方向に行かせなければ、それでいいのだ。
*
第49独立戦隊は、ジャブローからカタパルトで軌道上まで上昇していた。何をするかと言うと、フランクリン・ビダン技術大尉命名のサブフライトシステム『フライング・アーマー』による、全
フライング・アーマーはサブフライトシステムと言う通り、地上ではあくまで短距離用ではあるが、専用のサブフライトシステムと同様に
今回の訓練では、フライング・アーマーによる大気圏突入後に、同時に大気圏突入した母艦に再着艦し、その足でジャブロー基地に戻る。単にそれだけの訓練だ。だが同様の訓練を、今後数回予定している。
『エグザベ兄さん、これって』
「おそらくそう言う事、だな。上層部は、アクシズ軍の大気圏突入しての地上制圧作戦を、万一の場合水際で阻止する事を考えている。ただこれは、以前に言っていた、僕らを先鋒に置いての正面戦術じゃない。それが失敗したか、でなければ終わった後に敵が一か八か大気圏突入での地上制圧を敢行した時の備えだ」
『了解』
視界の中では、シイコ少佐とアムロ大尉に率いられるタイコンデロガ隊が、一斉にフライング・アーマーで大気圏突入して行き、それを追ってタイコンデロガが大気圏に降下して行くのが『
GMⅡによる大気圏突入実験は、それこそ何度も何度も気が遠くなるほどに繰り返し行われたと聞いている。フライング・アーマーの安全性には、疑うところは無い。9機の
エグザベ大尉は指示を下す。
「ではヘカーテ
『『『『『『了解!』』』』』』
そしてフライング・アーマーを装備した9機の
*
今日の訓練は、大気圏をフライング・アーマーで突破後に、地上戦に移行すると言う物だ。だがこれは地上制圧の訓練ではなく、大気圏突入した敵機を追って地上部隊と協力し、降下して来た部隊を迎撃する訓練である事は、状況から読み取れる。
『ゼロ中尉! 右頼んだ!』
「了解!」
エグザベ大尉の指示に従い、3時方向の標的機を叩き落とす。標的機も只じゃないのだが、訓練費用を惜しんで味方に被害を出す方がもっと痛い。ゼロ中尉は、マニュアルに書かれていた『フライング・アーマーをサーフボードの様に使い、その上に
「ちょっと難しいが……。有効、だな!」
サブフライトシステムとしての機動性と、
(……デブリーフィング終わったら、午後はフリーだったな。軍病院にドゥーの見舞に行くか)
必死で生きようとしている妹分の、人が悪そうな笑顔が脳裏に浮かぶ。彼女が生きる気力になれるのであれば、自分の人生が縛り付けられても構わないとも、思う。それはそれで、自分が生きる意味になりそうだし。
ゼロ中尉は、母艦であるヘカーテに、着艦コースを取った。
ちょっとほんわか? と見せて置いて、暗い話です。でも暗い話ではあるのですが、一番重い立場であるドゥーが、かけらも諦めてないどころか、必死で生きてます。そういう、話、です。