はじまりの嚆矢
それは絶えず付き纏っていた悪夢。
深く突き刺さっている呪い。
──この世界から消してください。
何もかもを捨てたくて、何もかもから逃げたくて、夜が来る度に祈っていた。
──こんな自分を消してください。
どうにも惨めで、ひたすら情けなくて、夢を見る前の僅かな空白の中で願っていた。
馬鹿みたいだ。こんな自分の祈りなんて、どこにも届かないのに。
みたい、じゃなくて馬鹿だ。願い事なんて、自分で叶えるしかないのに。
この絶望は、自ら命を絶てば済むことなのだろう。
なのに、踏み切ることが出来ないのはひとえに自分が弱いからだ。
辛いのも痛いのも苦しいのも嫌だった。
ただただ幸せに死ねたら、それでいい。
そんなことを考える自分が嫌で夜の向こうに捧げていた都合のいい願いは果たして、実現してくれるのだった。
何の予告もなく突然に。
※
「……」
何だか妙に寒いなと目を開けたら、自分が野晒しになっていたこの状況をどう見るべきだろう。
どこだか分からない、林だか森の中。
まず確実に理解できるのは、ここは自分の部屋ではない、ということ。
被っていた布団がない。
寝間着でもない……どころか、知らぬうちに和服になっている。
何じゃこりゃあああ──っ!
思わずレトロドラマの殉職刑事の如く叫びたくなったが、あまりに驚きすぎて声が出なかった。
これは夢じゃないかと、何度か目を擦ったり、瞬きを繰り返したり、頬をつねってみたりとベタな行動をしてみたが、逆に意識がはっきりしてきて──目の前のものが、今の状況が、確実な現実なのだと思い知らされただけだった。
(お、おおお落ち着こう。とにかく落ち着こう)
こういう時、パニックを起こすのは良くない筈だと、冷静に──まだ心臓はバクバクしているけれども──考える。
……昨晩、は。
いつものように情けない願い事を祈りながら布団に入った。目を閉じた奥のどんよりとした暗闇の中で、日課となりつつあったどうでもいい願いを、まるで羊を数えるかのように呟いていたときまでは、確かにいつも通りだった。
どこで眠りに落ちたかは知らないが、その直前までは確かに自分は部屋に居て、布団をかぶっていた筈で──。
そういったことを思い出しながら何気なく視線を落としたその時、妙な違和感を覚えた。
「あれ……、え? ……?」
思わず声が出て──そこで、固まる。
何かがおかしい。
「あ、あー……」
もう一度、意味も無く声を出してみて、それからまた硬直する。
「んんっ……」
軽く咳払いめいたものをしてみるも、やはり喉の調子が悪いというか、声質というか──とにかく『声』がおかしい。不安に駆られ、意味も無く周囲を見回せば、木々の間の向こうに川が流れているのを見つけた。
(……人体の半分以上は水だっけ)
何はなくとも水だけあれば数日は大丈夫だった筈だ、と実に曖昧な確信を抱くと、ひとまず向こうへ行くかと立ち上がる。
着物の裾が、はたりとはためいた。
つられるようにして胸元に視線を落とせば合わせ目は右前。やはり和服だが──ふと、ここでも違和感があった。
「あれ、何だろう。何か……」
何かがおかしい気がするのだが、正体が分からない。
ひとまず首を捻るのは後にして前に進むことにした。
地面の上の枯れ葉をサクサクと踏みしめながら、「実はコレ明晰夢でしたーとかないかなー」とぼんやりと考えながら歩いていく。
彼女は知らない。その先に待つものを。
その辿り着いた場所で、膝から崩れ落ちることを。
自分がとんでもないことになっているのだとは──まだ、知らない。
※
そして彼女は澄んだ水面で絶望を見つける。
「……っ、だ」
誰だコレ何だこれ一体全体どういう──!
地面に座り込み、水面に映るソレを彼女はまじまじと見つめていた。
瞬きしたのち、両手で顔を隠してイチ、ニ、サン。
数を数えた後に顔から手を離して再び水面を見つめてみるも、やっぱり『ソレ』は見間違いでも幻でも何でもなくて、絶望を叩きつけられる。
鏡のように綺麗に映ってはいないけれど──元々がキレイじゃないからそれはいいとして──水面には、呆然とした面持ちでコチラを見つめ返す人が映っていた。
醜い傷跡、醜い顔をした女が──いや。
眉間に皺を寄せてこちらを睨む『男』がいた。
──いやだ。
それが自分の素顔だと気づき、両手で顔を覆う。
「なにこれなにこれ、なんで、こんな」
女なのに、男になってるの……!
そして、水面には正体が掴めなかった違和感の答えがあった。
ハッとして顔を上げる。
「──胸が! なかった!」
いやいや元々そう大きなほうではなかったけれど。
しかし何故あの時点で気づかなかったのか。
「……胸元で生地が弛んでいるからかな?」
切ない希望的予測。
だとしても、その程度で隠れてしまう己の胸の大きさを思うと悲しくなる。
「……まあ男だからいいんだけどさ」
ぺたりと自分の頬を触る。
ぺた、ぺた、ぺたり。
何かが剥がれるわけでもない。
新しい顔が現れるわけでもない。
醜い顔。けれど性別が変わったせいか、少しだけ見ることが出来るようになっていた。自身のことも顧みることが出来ていて。
それでどうにか頭が冷えた。
恐怖よりも今は困惑のほうが強い。
女である自分を、その醜い顔を、疎んでいたら男になってしまっていた。
なんと幸運な……幸運だろうか、この状況は?
「なんでこんなことに。それに、ここは」
彼女──いや今は彼となった人物、眞条黒江は空を見上げる。
ここはどこー!
人気のない山奥に、迷子の絶叫が響いた。
***
ゆるっとした戦国トリップものを投下していきます。
戦国BASARAの全シリーズが携帯機に移植されたらいいなあ、というのが最近の願い。
スペック的に無理そうか。いやしかしswitch2ならもしかして……?