忍遠矢と風の檻   作:黒環ななし

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03 甲斐若虎酒縁 2

 

「……それで。ここへは何しに来たんだチンピラ」

 少しして黒江は落ち着きを取り戻したが、警戒心はそのまま剥き出しにしている。

 チンピラ呼ばわりされた男が、顔を顰めて言い返す。

「俺様そんな名前じゃないんだけど。っていうか、あんた失礼じゃない?」

「どっちがだ!」

「……もし。貴殿は佐助の知り合いか?」

「ん……?」

 

 オレンジ色の髪をした男を睨み付けていた黒江は、その横にいた男に声を掛けられて視線を向けた。赤い羽織を身につけた青年が、少しばかり戸惑うように、己の隣にいる迷彩男と黒江とを交互に見つめている。

 チンピラの仲間にしては品があるような? 

 黒江はそんなことを考えて、相手をまじまじと見つめてしまう。

 面越しに視えるのは炎のような気配。美しい緋色。

 目に痛いほど鮮やかだが陽気で力強く、また顔が美形の類で格好いい。

 黒江は口元に手を当てて、相手について考える。

 

(城の方に来たってことは、ただの訪問者じゃないよな。雰囲気からして、小姓さん……いや、武将かな?)

「あの……某の顔に何かついているのだろうか?」

「え? ああ、いや……」

 貴方の気配を視てました、とは流石に言えない。

 

「ええと──このチンピラ、もとい迷彩柄の人とは顔見知り……というか、以前にちょっと、ありまして」

「そうか。ならば、某の連れが失礼した」

「ちょっと旦那ぁ! 先に仕掛けたのは俺様じゃない──」

「嘘を吐くなチンピラ!」

「だから、その変な名前で呼ぶの止めてくれる!? 俺様は──」

 

「──某の名は真田幸村。本日は、北条殿にご挨拶に参り申した」

 どこか武士口調の青年の言葉に、黒江が「え?」と首を傾げる。

 

「…………さなだ?」

 

 え。待った。

 ちょっと待ったお兄さん。

 いま自分のことを真田と申したか。

 さなだって、あの『真田』? 

 小説とか時代劇とかでよく見てきた、六文銭や真田丸で有名な、あの。

 

「……っ」

 黒江は、ぐっと息を飲む。

 この青年が『あの真田』なら、握手どころかサインと写真が欲しい。感極まって叫びそうになったが、それでは不審者扱いされかねない。歓喜の声を飲み込み、震えて耐える。

「あの? どうなされた?」

「旦那!」

 硬直して見つめる黒江に、幸村が心配そうな顔をして近づいてきた。その背後では例のオレンジ頭が喚いていて、前に出ようとする幸村を制そうと腕を引く。

「そう簡単に近づかないで! 何かされたらどうすんの!」

「こら佐助。無礼だぞ」

 幸村が背後を振り返り、諌める。後ろで一つにくくった長い髪が、黒江の目の前でふわりと揺れた。

 

(おお。なんか尻尾みた……ん、んん?)

 

 黒江の視線が、今度はオレンジ髪の男に向けられる。

 佐助と呼ばれた男はそれに気づくと、幸村の前に少し出るようにして立ち、座り込んでいる黒江を見下ろした。

「なに?」

「……」

 黒江は面越しに佐助の殺気を視るも、そちらを気にするまでもなくぽつりと呟く。

 

「……さすけって、言った?」

「えっ? ああ、うん。そう……だけど」

「……真田十勇士の、猿飛佐助?」

「──っ! あんた、どこでそれを……っ!」

 殺気を爆発的に膨らませた佐助が、どこからともなく取り出した苦無を構える。

「佐助っ!」

「旦那は下がってろ! あんた、何で十勇士を知ってるんだ? 俺様、そこまで名乗っていないよね?」

 まあ名前は旦那が言っちゃったけどさ、と苦笑気味に喋る佐助の声はしかし冷たく、眼差しは氷よりも冷ややかだ。

 

「……」

 けれども黒江は、目を瞬かせるだけ。

 むしろ、怯えるどころか手にした銚子を地面に置くと、佐助を見たまま──とうとう叫んでしまう。

 

「ふは、あはは──有名な忍者きたああああっ!」

「え、あ、──はあぁ?」

「お。おお……?」

 突然叫んだ黒江に、真田の主従は揃って困惑の色をその顔に浮かべたのだった。

 

 

 ※

 

 

 約束した時刻になっても幸村たちが来ないものだから、何かあったのかと心配して出てきた北条の使いは、栄光門の側で真田主従と氏政の客人を見つけた。

 

「お待ちしておりました真田殿! ああ、黒江殿もいらっしゃいましたか。丁度いい、御一緒くだされ」

 

 そうして三人揃って歩く、小田原城城内の廊下。

 黒江は彼らの数歩あとを歩きながら、溜め息を吐いたり、こめかみのあたりを押さえたりして何やら呟いていた。

 

「そうか……そうだった、こただけじゃなくて他にもいるんだよなあ、ああもう何で気づかなかったかなぁ……」

 背後で何かを呟く黒江が気になってきたのだろう、堪りかねた佐助が足を止めて声を掛けた。

「あのさあ。アンタ、さっきからどうしたの。いるとかいないとか。俺様たちが来たのが邪魔だって言いたいの?」

「こら佐助! その方はそのようなことを言ってはおらんだろう」

 噛みつく佐助、諌める幸村。しかし黒江は独り言を続ける。

「チンピラが忍とか……しかもあの猿飛佐助とか……なにそれ、なにこの縁」

「……ほんと、さっきから何なの。俺が猿飛佐助だと、何か問題でも?」

 じろりと佐助が黒江を睨む。

 視線を上げた黒江は、そんな佐助を見て……困ったような顔をした。

「な、なに。やるっての?」

 予想だにしなかった弱々しい眼差しに佐助が思わずたじろぐと、黒江は困惑気味に答えた。

「違うよ。猿飛……さん、が悪いんじゃなくて」

「じゃあ、何なの」

「その……目の前に、本物として、出てきたから……」

「本物? 出てきたから?」

「……有名人に、感動して……、しかも忍者だったから、ちょっと、こう──嬉しくて」

 段々と、小さくなる声。

 やがて黒江は両手で顔を覆い、囁くような声で言った。

 

「年甲斐もなく我を忘れました。あと、チンピラとか言ってすみませんでした猿飛佐助さん。実は忍者が好きなんです」

「……!」

「──!!」

 恥じらい、掠れた声で吐かれた言葉は妙な艶があって。

 幸村と佐助の顔が、一気に赤くなった。

 

「……っ、ちょっ──あんた、なんて声でっ!」

「さささささ佐助ぇ! お前、この方に一体なにをっ」

「俺様は何もして……ないことないけどっ! あれとこれとは今は関係ないってば!」

「さぁああすけぇええ!」

「だから誤解だってば旦那ぁああ!」

「さ、真田殿! お、御付きの方もどうか、どうか落ち着いて下され!」

 佐助の胸ぐらを掴んで、ガクガク揺さぶる幸村。

 揺さぶられながらも、必死に弁解する佐助。

 それを押さえようと、おろおろする北条の案内役。

 

 混沌の広がる廊下。

 彼らから少し離れた場所で羞恥に呻いていた黒江は、誰かに肩を叩かれたところで我に返った。

 

「ん……あ、こた!」

「(……)」

 どうした、と小太郎が黒江の顔を覗き込む。──「何かされたのか」と。

 黒江は両頬に手を当てつつ、眉を下げて首を振る。

「いや……何かされた、というか──何かしでかした、かな」

 そう言って、ぎゃあぎゃあと姦しい方を、ちらりと見る。

 

「こた」

「(……?)」

「さるとびさすけって、心広い?」

「(…………)」

「え。何で無反応」

 

 

※ ※ ※

 

 

「──成程。佐助と黒江殿は、顔見知りでござったか」

「そうなんですよ真田サマ」

「……」

「(……)」

 

 所用で中座した北条氏政の代役として酒宴に呼ばれた黒江は、思い切り作った笑顔で幸村と仲良く談笑をしていた。

 色々と端折ったり誤魔化したりしつつ、佐助と初対面でないのはこういう理由ですよ、と説明した黒江に、幸村はさして疑うこともなく素直に信じてくれたのがありがたい。……そういう振りをしてくれているだけかもしれないが。

 

「黒江殿! 某、貴殿のような実直な御仁に出会えて真に誉れにござる!」

「うわっ、ちょ、真田サマ近い近い!」

 

 幸村の距離感は、その気配同様に熱く、そして近い。ぐいと身を乗り出し、黒江のパーソナルスペースなどお構いなしに顔を寄せてくる。面のすぐ傍で放たれる真っ直ぐな称賛の言葉。黒江はその熱量に気圧され、のけ反るようにしてじりじりと後退った。

 

 すると、背中にひんやりとした、けれどもしっかりとした厚みのある「壁」が触れた。

 小太郎だ。

 彼は酒を口にすることもなく、黒江のすぐ後ろに陣取っていた。のけ反った黒江の背を抱き留め、無言のまま支えている。

 黒江自身は幸村から逃れることに必死で、自分が小太郎の懐にすっぽりと収まるような形になっていることに全く気づいていなかった。

 むしろ、背後にあるその体温を「いつもの安全な場所」と無意識に認識したせいか、遠慮なく体重を預けてしまっている状態だ。

 

 そんな黒江と幸村の和気あいあいとした雰囲気のすぐ隣には、小太郎の鋭く冷たい殺気を至近距離で浴び続けている男がいた。

 男の名は猿飛佐助。

 彼は護衛として、幸村のすぐ斜め後ろに控える存在だ。

 今は小太郎の冷気で射抜かれ、苦笑を浮かべている。ほんの少しでも黒江側に身を乗り出そうものなら、小太郎から「見えない刃」としての殺気が喉元に突き立てられるという状態だ。

 

 過剰なまでに攻撃的な小太郎。その様子から察するに、どうも宿場町の三島宿で黒江を襲ったのが佐助だと最初からばれていたようだ。

 ならば、しばらくは彼のしたいようにさせておくのが筋というものだろう。

『猿に噛まれた』という馬鹿げた黒江の嘘に付き合ってくれた優しい伝説の忍。

 そんな小太郎を騙している(騙されてくれている)のは苦しかったが、これで少しは気が楽になるというもの。いやむしろ精算して相殺だ。

 

 ふと、幸村の隣にいる佐助と目が合う。

 小太郎の殺気を受け続けているせいか、疲れたような顔をしていた。

 黒江は首を傾げ、にっこり微笑む。

『さっき外で会った時、また苦無で襲い掛かろうとしたね?』

 声には出さず、口だけを動かしてそう告げれば佐助が苦笑を深めた。それと同時に、黒江の隣にいる小太郎の殺気が倍増する。

 佐助が、ふるふると首を振って後退った。

 

「怪我はさせてないでしょ! ちょっと落ち着いてよ風魔!」

 涙目になりかけている佐助を見て、黒江は、ふっと笑う。

 

(うん、ちょっと気が済んだ)

 猿飛佐助に会えたこと自体は嬉しいが、あの宿場町で怪我させられたのを、黒江は少々根に持っているのだ。

 佐助に怪我をさせられた──軽い切り傷ではあったが──そのせいで、あの後、小太郎にとんでもないことをされたのだから。

 

(口の中に指を突っ込まれるのは、ほんと参るよなあ……)

 傷の手当だけならともかく、何故あそこまでされたのか。現代人の感覚からすればセクハラ案件だが……ここは、小太郎なりの医療行為か何かだったと思いたい。切実に。

(忍者の常套手段なのかもしれないけど、勘弁してほしいよなーあれは)

 

 それにしても、あの時のチンピラがよもや猿飛佐助だとは。

 風魔小太郎に、猿飛佐助。

 もしや、他にもこうした有名な忍者がいるのか。探せばわんさか出てくるのか。

 

(でも猿飛佐助って架空の存在だったような──)

 ここで黒江は、小太郎からの殺気を浴びて弱り切っている佐助を一瞥する。

 すると、ばっちり目が合った。

 

『ねぇちょっと! そろそろ助けてよ!』

 というような懇願の気配が視えた。

「頑張れ!」と黒江は親指を立てて激励し、見なかったことにした。

 

 ともあれ、架空だろうが何だろうが、ここはそういう世界なのだ。

 それに、自分は研究者でもなくただの一般人。発狂するほどではない。

 

(まあ、細かいことは気にしないでおこう)

 黒江はそう結論付けると、幸村に視線を戻して談笑に興じることにした。

 

 





***
細かいことは気にしたら負け。
というか、ここは『戦国BASARA』なので史実と比べるのはよくない。
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