シャーレの先生がポケモントレーナーである場合にありがちなこと 作:子々(ネネ)
それだけにエミュがくっそ難しい……。
「――何を、しているの……?」
“それ”を目視した時、ヒナは威圧感が漏れ出た。
目の前に繰り広げられているのは、正座をして頭を下げる先生と、それを高慢そうな態度で見下ろすイオリ。
勿論ヒナの誤解なのだが、それに気づかないイオリはヒナの声が聞こえた瞬間、ビクリと肩が跳ねた。
「い、委員長っ!? いや、これは……!!」
「イオリ、私言ったよね?」
イオリが言い訳しようとして、それを遮るようにヒナの圧が強まる。
「シャーレの先生に迂闊な事をするなって……。なのに、何をしているの?」
「ちがっ、私は何もしてないよっ! ただいきなりコイツがやって来て――」
イオリが視線を落とすと、先生はイオリのブーツに手を伸ばし、今にも脱がせようと鷲掴みしていた。
「アンタも何やってんだっ!!?!?」
「足を舐めろと言うからそうしてるだけだよ。私が脱がせばいいのか、それとも自分で脱ぐのかい? 足を舐めるなんて初めての体験だから作法なんて知らないんだ」
「私だって知るかっ!!!」
真面目にズレたことを言っている先生。
人目も憚らず大声を上げるイオリに、ヒナの眼力はより凄みを増す。
「イオリ?」
「だから誤解なんだって! まさか本当にするなんて思ってなかったしっ。それに、いきなり無茶苦茶な事を言うもんだから……! ……いい加減に離せっ!!」
イオリのブーツから手を離さない先生を、乱暴に振りほどくイオリ。
「……ったく、聞いてよ委員長! この大人、いきなり風紀委員会の戦力を貸してくださいって言い出したんだ」
「……っ」
その言葉を聞いて、ヒナも神妙な顔つきになる。
未だに土下座の姿勢を崩さない先生に、ヒナは視線を落として声をかける。
「シャーレの先生、顔を上げて」
「…………」
言われた通り、先生は顔を上げてヒナとイオリを見上げる。
その顔つきは真剣な表情……と言うよりは、とても切羽詰まったような焦りのもの。
伊達眼鏡越しでも鋭かったその目つきは、眼鏡という仮面を剥がされその凄みを増したように見える。
「いくつか聞きたいことがある。……まず、私達を頼ったのはどうして?」
「それは……」
「今朝の生配信については、ゲヘナでもニュースになっていた。だからこそ、カイザーPMCを今すぐ追い立てずにゲヘナに来た理由が分からない」
先生は一瞬だけ迷った。
だがここで腹を割らなければ、恐らく信用を勝ち取れない。
先生はここに来る途中、ヒフミにも話したことをヒナにも話した。
「小鳥遊ホシノが誘拐された……。それも、カイザーグループとは別の組織に……」
「ホシノを助け出すためにも、カイザーPMCは障害になりうる。でもアビドスだけじゃ戦力は足りないんだ」
「風紀委員会を頼ってきた理由は解ったわ……」
「……まさか行くつもり? アコちゃん、絶対煩くなると思うけど」
ヒナは納得するように、何度か首を小さく縦に振る。
そこでイオリは、風紀委員会が先生の要請を受ける上での懸念点を口にする。
アコは一昨日の先生との論争で、先生の名が聞こえた瞬間に露骨に機嫌が悪くなるようになった。
それくらいあの日の出来事を根に持っている。
たとえヒナがこの要請を受け入れたとしても、ヒナに待ったをかけるくらい、今のアコは先生に対して良い感情を持っていない。
「……2つ目の質問」
だが、ヒナは一旦イオリの疑問には答えず、質問を続ける。
「私から見れば、貴方が本気を出せばカイザーPMCは簡単に制圧できると思ってる」
「………………………」
「貴方の知略で、カイザーPMCは全国指名手配。そうする大義名分がシャーレにはあるはず。なのにどうして?」
「……買いかぶりすぎだよ」
先生は苦笑する。
「私一人に出来ることなんて高が知れている。自分が出来ないことは、周りの協力を得る……。そうするしかないんだ」
「……その結果、ゲヘナに借りを作ることになったとしても?」
ヒナは一番気がかりになっていることを指摘する。
連邦捜査部【シャーレ】は超法規的権限を持つが故に、中立の立場を維持しなければならない組織。
生徒の手助けを第一とする理念だとしても、その過程で特定の学園に入れ込んだり、借りを作るような行為を軽々しくするものではないと、ヒナは考える。
そしてそれは、先生も理解している。
「貴方個人には……一昨日の件で申し訳ないと思ってる。個人的には協力したい。でも……」
「君は治安維持組織のトップ。“個人”の裁量で決めていいことじゃない。そしてそれは、私も同じだ」
「…………そこまで理解していながら、私達に頭を下げるのね」
ヒナにとって、大人とは自身の地位やプライドを第一に考えて行動する人達ばかりだった。
権力が大きければ大きいほど、背負う責任が多ければ多いほど、自分だけは絶対に守ろうとする。
だが、目の前の大人は何かが違う。
「……あの娘達は諦めていない」
ボソリ、と先生か呟く。
「今を必死に足掻くことを、抗うことを、ホシノを助けることを。私はそんな彼女達の足を引っ張りたくない。そのためなら、自分のプライドなんて何度でも擲ってみせるさ」
「…………とんだエゴイストね」
「それで誰かを助けられるなら、私はエゴイストになるさ」
辛辣な事を言ったつもりだった。
だが、先生は躊躇いもなく言い切った。
「……解ったわ。貴方の依頼を受ける」
「…………!」
「い、委員長……!」
「けれど、1つ問題がある。さっきも先生が言ったけれど、私はこれでも組織のトップ。気軽には動けないし、何より目立つ。【万魔殿】に痛くもない腹を探られるのは面倒なの。何かいい方法を考えてほしい」
「それなら、1つ抜け道がある」
先生は立ち上って、コートの内ポケットからシッテムの箱を取り出す。
そして、シャーレのポータルサイトにアクセスし、部員登録のページを開く。
連邦捜査部【シャーレ】は、その超法規的権限をもってして、学籍、所属、地位を問わずキヴォトスの生徒をシャーレの部員に登録する事が出来る。
そして、先生の許可が下りれば、シャーレに所属する部員も超法規的権限の下に他の学園へ捜査の名目で介入することも可能である。
だからこそ、先生はここに来る前にヒフミをシャーレ部員に登録し、現在のアビドスの状況を伝え、可能であれば【ティーパーティー】の支援を取り付けて欲しいと頼んだのである。
「ヒナをこの場で部員に登録すれば、シャーレの仕事として出動できる。【万魔殿】に
「っ、それは……! それは、あまりにも貴方に対して無体だわ!」
「頼み込んでるのは私だ。そして私の都合で君達を連れ出すんだ。その責任は私が背負うよ」
「…………ッ」
ヒナは絶句し、そして大きくため息を吐いた。
その後、ボソリと一言呟く。
「…………私の完敗よ、先生」
これが大人か、とヒナは器の違いを感じ取ったのだった。
陽は落ち、空は闇色に染まる。
しかし、ビルの窓から漏れる光が、夜道を淡く照らす。
そんな中、先生はメールの位置情報で指定されたビルの前に立ち、無表情で見上げる。
目に留まったのは、そのビルで唯一明かりが付いている階。
先生はそこを目指してビルの中へと入っていく。
まるで先生が来るのを待っていたかのように、ドアやエレベーターが独りでに動く。
導かれるまま先生は足を運び、待ち構える大きな部屋へと足を踏み入れた。
そこに居たのは、異質な存在だった。
上から下まで真っ黒な、スーツを来た人物。
これまで先生はロボット人間や獣人など、元の世界ではおよそ有り得ない外見の人間ばかり見ていたが、目の前にいる人物はそれらとも全く違う。
「――お待ちしておりました、先生」
白く妖しく光る瞳が真っ直ぐに先生を捉え、三日月型の口から男の声が紡がれる。
「クックック、ようやく先生とお会い出来て光栄ですよ。貴方とはこうしてお話をしたいと前々から思っていましたので、今回は丁度良い機会でした」
「………………………」
余程ご機嫌なのか、上ずったような笑い声を上げて、先生に語りかける。
「さあどうぞ、こちらにおかけください。夜は長い、膝を交えて語り合いましょう……」
黒服の男は手で仰ぎ、対面に置かれた背もたれ付きの椅子へと先生を案内する。
先生は一瞥してから、言われた通りに椅子に腰を下ろすのだった。
「さて、恐らく私のことは暁のホルス――小鳥遊ホシノから伺っているでしょうが、改めてご挨拶をば。まず、我々に適切な名はありません。便宜上【ゲマトリア】と、名乗る名があれば不便ではない。集会名にはその程度の理由しか込められておりません」
「………………」
「メンバーも皆、仮の名で呼び合っており、私もその例に漏れないもので。名は体を表すと言うことで、以前ホシノさんからそう呼ばれた通り、
まさしく見た目通りの名前。
黒服は先生が口を挟まないのを気づいてか否か、言葉を続ける。
「【ゲマトリア】の目的はただ1つ、この箱庭――キヴォトスに蔓延る神秘の探究、および研究です。既に先生も感じ取っているやも知れませんが、この箱庭ではおよそ常識では語れない神秘や現象、怪異や奇跡がそこかしこで確認されています。我々はそれを観測し、実験し、探究し、齎すものを追究するのです」
「………………………」
「ですので先生、貴方にはアビドスから手を引いて頂きたいのです」
唐突に、黒服は切り込んできた。
「貴方の介入は我々の計画を大きく変え得る、未知の変数になります。とはいえ、貴方と事を構えるのはゲマトリアとしても本意ではないのです」
「計画、それに実験か……」
ようやく、先生は合点がいった。
頭に浮かんだ答えは、先生にとって最低な答えだった。
「つまり、お前はその実験やら探究やらで、ホシノを求めていたのか」
「ええ――キヴォトス最高の神秘。この箱庭広しと言えども、彼女程の神秘を内包する者はそう多くありません」
先生は、ホシノを実験動物扱いしたことを暗に黒服に尋ねたつもりだった。
黒服から返ってきた言葉は、肯定。
先生は湧き上がる何かを必死に抑えようとする。
それに呼応するように、腰に身に着けたモンスターボールがグラグラと揺れ始めた。
「ですので、かねてよりホシノさんには協力を申し出ておりました。そしてこの度了承を頂いたのですよ」
「………………………」
「これは正当な契約に基づいて交わされたものです。アビドス生徒会とカイザーコーポレーションとの土地の売買と同様です」
「物は言いようだな。お前、カイザーPMCが直接的な手段を取ることを初めから予期していただろう」
「……ふむ?」
「借金の“大半”とは“全て”ではない。あの娘達の首輪は嵌められたままだ。ホシノの立場も分かっていたのなら、その後どうなるかもお前には分かっていたはずだ」
先生は黒服の悪意には初めから気づいていた。
だが、その邪悪さは先生の想像以上だった。
「契約には『告知義務』というものがある。契約を交わす上で、契約者が背負う恩恵とリスクを“全て”話す義務が、お前には発生する」
「………………………」
「ホシノがアビドスを去り、アビドスがどうなるかを説明していない時点で、その契約は不当だ」
「ですがこの通り、彼女は私が提示した契約書にサインをしております。学園も自らの意思で退学した以上、それらのリスクは彼女も承知の上です」
「なら尚の事、その契約は成立しない」
先生は、黒服が取り出した契約書を睨みつけ、その穴を突く。
「その契約書には、『アビドス高等学校を退学し、契約相手の管理下に置かれる』とあるが、ならばアビドス高等学校を退学していなければ、そもそも契約は前提から破綻している」
先生はコートのポケットからある書類を出す。
「これはホシノが用意した退学届だ。この退学届が受理されるには、顧問である私のサインが必要になる」
「ふむ…………」
黒服の瞳は、その書類の下部に目を通す。
そこにホシノのサインはあるが、他の者のサインはない。
そして、先生は黒服の目の前で、退学届を破って、クシャクシャに丸めてポケットへ戻した。
「この通り、私は退学届にサインしない。そもそも、社会人じゃないんだ。学生がいきなり退学するなんて話が出たら、それを受理する前に“先生”が接触するものだ。こんないきなりの退学なんて、認められるはずがない」
「…………なるほど、これが“先生”という肩書の力ですか」
黒服は前のめりの姿勢を直し、椅子の背もたれに背中を預ける。
「では、我々と敵対すると……そう解釈してよろしいのですね?」
「お前は子供を実験動物にする危険な奴だ。こうして話をして確信した。この上見過ごす訳にはいかない」
「ふむ、見解の相違ですね」
「……何だと?」
まるで理解出来ない。
そこまで言われるのは心底不本意だ。
そう言わんばかりの態度が、黒服から滲み出ている。
「元より大人と子供との関係とはそういうものでしょう。自らの目的のために他者を利用し、搾取し、陥れる。その知恵比べに負けた者は相手の踏み台となる。社会を知らぬ子供はその格好の的です」
「大人に良いように利用される子供は、当然の扱いだと……そう言いたいのか」
「皆、そうしているでしょう。自らの目的のために、欲望のために、生活のために、今日も何処かで大人は子供を利用している。自然界の生態系と同様です。それの何が異常だというのでしょうか?」
「子供は、未来の大人だ。未来は今の大人が作っていくんじゃない。未来の大人が作っていくものだ。そんな子供を潰していくような振る舞いは、自らの未来を閉ざすも同然の暴挙だ」
「ならば、尚の事生態系の如くこのままでも、いかようにでも社会は回っていくでしょう。よく言うではありませんか、『子供は大人の背中を見て育つ』と。ならば、これが正しい大人と子供の関係でしょう」
「冗談じゃない。お前みたいな邪悪な大人が当たり前の世の中なんて、反吐が出る。お前みたいな奴を少しでも減らすために、私はこの道を選んだんだ」
ギラリ。
先生から炎の如き威圧が漏れ出る。
黒服はそれを感じ取りつつも、努めて冷静に言葉を交わしていく。
「やはり、理解に苦しみますね。何故そのような道を歩むのですか?」
「私はお前みたいな自分の欲望に正直な奴を1人知っている。その末路もな。……もっとも、お前からはあいつみたいな支配欲は感じられないが」
先生の脳内には、ある2人の男が浮かんだ。
1人は、支配者になろうとした男。
もう1人は、どこまでも研究者基質な男。
先生は最初、実験だの探究だのと、まるで後者のような人物に見えていた。
しかし違う。
黒服の本質は、そのいかがわしい言葉遣いで他者を何処までも利用し、自らの目的を果たす。
間違いなく、邪悪で危険な男だ。
「1つ忠告だ。あんまり自分の欲望に正直すぎると、破滅するぞ」
「……おや、そのような言葉をくださるのですね」
クックック、と黒服は愉快そうに笑う。
「やはり、不可解な方です。貴方の本質は我々と同じでしょうに」
「―――――――――」
先生の顔が、ほんの一瞬だけ強張る。
「物事を俯瞰して見ようとする癖。連邦捜査部【シャーレ】は生徒のための捜査機関と銘打っておきながら、中立を保とうとする姿勢。何より、戦闘指揮や推理における冷静な分析能力。これらの才はゲマトリアに居てこそ十全に発揮されるものだと、私は考えます」
「………………」
「故に先生――貴方も【ゲマトリア】に所属しませんか?」
黒服は、その黒い手を先生に差し伸べる。
先生はその手を強く睨みつけながら、絞り出すような低い声で話す。
「……私をここへ呼びつけた目的は、それか」
「人の行動と才覚は、得てして食い違うものです。迷いの果てにその道を選んだのであれば、貴方に適切な職場をご案内いたしましょう」
「馬鹿馬鹿しい」
先生は辛辣に吐き捨てた。
「心からの善意で言ってそうなのがより始末に負えない。私がメールに応じた理由は、お前ならとっくに分かっているはずだ」
「……やはり不可解です」
黒服から出た声音は、心底理解出来ないと言いたげだった。
「何故、そのような不必要なリスクを背負ってまで、他者を救おうとするのですか? 何故、自らの才と噛み合わない行動ばかりするのですか? 何故、他者が背負うべき責任を背負おうとするのですか?」
何故、何故、何故。
黒服は立ち上がり、その顔を先生に近づける。
食い入るようにこちらを見る黒服に対して、先生は冷めた態度で返答する。
「自分の目的のためだけに、人の心を擲った奴には一生理解できない、背負うべき大人の責任ってものがある。……認めよう、確かに私とお前は同類なのだろう」
先生も立ち上がり、黒服の顔を見下ろす。
「その上で、私はお前とは違う。かつて自分の理想のために、がむしゃらに駆け抜けて痛い目を見た無責任な男がいた。……私はそういう人間にはもうならない、と決めてるんだ」
「………………………」
「アイスブレイクはもういいだろう?」
先生の威圧感が増す。
「もう一度言うぞ。お前の契約書は前提から破綻している。故にホシノはお前の“物”じゃない。今も、アビドス高等学校の生徒だ」
先生はシャーレの首掛けステッカーを手にして、黒服に突きつける。
「ホシノを返してもらう。カイザーPMCと同じ、無様な末路を迎えても良いと言うなら、話は別だがな?」
「…………っ」
黒服から息を呑む音が響く。
「……ゲマトリアに勝てると? それは流石に増長していると言わざるを得ません」
「かもな。だが――今ここでお前を叩き潰す事くらいならすぐにでも出来る」
先生の目が強く見開かれる。
先生の腰にあるモンスターボールは、更に揺れを強めている。
それを感じ取ったのか、黒服は小さく息を吐き、降参するように両手を挙げた。
「……分かりました。アビドスから手を引きましょう」
続けて黒服はホシノの居場所を先生に伝える。
「現在彼女はカイザーPMC基地に構えてある実験室に収容しております。助け出すには、カイザーPMCの抵抗をくぐり抜ける必要があります」
黒服は内ポケットからタブレット端末を取り出し、手早く操作する。
その刹那、先生のシッテムの箱から通知音が鳴る。
……どうやら位置情報のメールを先生に送ったようだ。
「お気をつけて、先生。追い詰められた獣の抵抗は凄まじいですよ」
「……忠告、どうも」
そう短く返事をして、先生は黒服に背を向けた。
そして、部屋を出ようとした時に、先生の背中にある言葉が突き刺さった。
「――ポケットモンスター、縮めてポケモン……、でしたか?」
「――――――――」
先生の足がピタリ、と止まった。
「クックック、全くもって知的好奇心をそそられる生物です。空を駆け、火を吹き、電気を生み出し、分体を作り出す。キヴォトスに蔓延る神秘に匹敵する摩訶不思議な存在です。それを自在に駆る先生――貴方も」
「………………………」
「だからこそ、私は貴方が欲しい。今すぐにでもゲマトリアに来て欲しい。貴方がいらっしゃれば、ゲマトリアの探究は、崇高の解明は――」
「最低な口説き文句だな」
先生は顔だけ黒服に振り返る。
その目は、先ほどよりも強く見開かれている。
まるで、逆鱗に触れた者を見つけた竜のように、瞳には激昂の色があった。
「もう1つ忠告しておく。ポケモンは道具でもプログラムでもない。人間と同じく意思がある、知識がある、感情がある。私と私のポケモンに上下関係があると思っているのなら、お前達は一生ポケモンを理解できる日は訪れない」
「………………」
「お前達はポケモンと関わってはいけない類の人間だ。ポケモンからは手を引け。火傷じゃ済まないぞ」
「……であれば、私からも1つ」
黒服は静かに言葉を返す。
「先生はポケモンを露出させないよう苦心されていらっしゃる様ですが、それは正解です」
「…………?」
「ポケモンはキヴォトスのテクスチャを、根本から覆し得る劇薬です。ある日目の前の生徒が、ポケモンの存在が原因で全く別の何かに変生するのは、先生にとっても本意ではないでしょう。ポケモンの力を借りる場面は取捨選択するべきです」
「………………っ」
先生は内心で冷や汗をかく。
ポケモンの事もそうだが、先生がポケモンをなるべく人目につかせないようにしている理由まで、黒服にはお見通しだった。
「……クックック、ええ、ええ。今先生が心の中で思ったとおりです――」
――――ゲマトリアは、いつでも貴方を見ていますよ。
「気持ち悪い……」
ビルを出て、先生から出てきた言葉は黒服に対する嫌悪感だった。
まさか面と向かってストーカー宣言されるとは夢にも思っていなかった。
――グラグラグラグラッ!
先ほどから強く揺れているモンスターボールを手にして、諭すように言葉を投げ掛ける。
「落ち着け、相棒。今回はあくまで話し合いだ。頭に血が上ったのは認めるが、向こうがその気じゃない以上、お前の出番はない」
先生がそう言うと、ゆっくりと揺れが弱まっていく。
このポケモンとは先生がポケモントレーナーになった日からの付き合いだ。
たとえボールの中にいても、先生に何を伝えようとしているのかがすぐに分かる。
「勿論、必要に迫られればお前達の力は借りることになる。だが、面と向かって忠告された以上、身の振り方は考える必要がある」
先生がそう言うと、短く、それでいて強くモンスターボールが揺れる。
「……分かってる。黒服の言いなりになる気はない。それに、俺は諦めてないよ」
それは、トレーナーとポケモンがそうであるように、キヴォトスの住民とポケモンがいつか距離が縮まる日が訪れる。
異物である先生達が、いつか歩み寄る日が訪れる。
その時、受け入れてもらえるかどうか。
その答えを探すのも、先生が背負うべき責任の1つだろう。
ただがむしゃらに、当て所もなく可能性を追うのではなく、ゆっくりと立ち止まりながらも歩んでいく。
今度こそ間違えないために。
――我々ロケット団のしている事がただの暴力だとしよう。ならば問うが、ポケモンバトルは暴力と何が違うのかね?
「…………」
黒服から同類だと言われ、ふと過去に先生へと突き刺さった言葉が脳内で反芻される。
あの時、先生は何も言い返せなかった。
そしてそれは今も、確かな答えを出せていない。
「それでも」
それでも、と先生はあの時口にした言葉を、虚空へと泳がせた。
「それでも俺は、お前のようにはならない――サカキ」
先生が去った大きな部屋で、黒服は椅子に座り直す。
「想像以上でしたね……」
先生から一心に向けられた、身を焦がすような威圧感。
黒服はそれを、ポケモンがボールから放っている威圧だと思っていた。
だが、違った。
「小鳥遊ホシノが警戒するのも納得ですね」
あれは、先生から放たれていたものだ。
炎のような威圧も、覆い潰すような存在感も、全てを吹き飛ばすような強い意志と感情も。
「先生の世界の人間は、誰も彼もあの様な者たちばかりなのだろうか……」
黒服の中で、ある言葉で形容される。
「そう、まるで“大空”を駆け、天地を“炎”で焦がす、暴虐の“竜”のごとく……」
黒服は思わずそう呟き、すぐに頭を振った。
「マエストロならば、より的確に表現できるでしょうか……」
クックック、と黒服は苦笑した。
「やはり、ゲマトリアへ招待出来なかったのは残念でしたね。あの神秘や崇高とは違う、“
黒服は虚空を見上げ、ある事を思いつく。
「先生にはあのような事を言いましたが、百聞は一見に如かず。やはり実際にこの目で確かめねばなりませんね」
黒服はタブレット端末を操作して、あるメモ帳ファイルを開いた。
――そこには、『ポケットモンスターを誘致する手段について』と書かれていた。
大体3行で分かる! 登場人物紹介
シャーレの先生
・滅茶苦茶目つきが悪い
・7年前、シャガにソウリュウシティでドラゴン使いにならないか、と提案されたことがある
・これ以降、先生はストーカーに悩まされることとなる
空崎ヒナ
・ゲヘナ学園高等部3年、ゲヘナ【風紀委員会】の委員長
・イオリに土下座している先生を見て一瞬息が止まった
・器の違いを見せられ、本格的に先生に興味を持つ
銀鏡イオリ
・原作通り、足を舐めろと言ったら本当に舐めようとしてきてドン引き
・流れでシャーレ部員にされた
・この後アコに報告したら案の定面倒くさいことになった
黒服
・神秘の探究者の集い【ゲマトリア】の1人
・内心先生と話ができて滅茶苦茶ウッキウキ
・先生の、ポケモンに近しい波長にいち早く気づいた人物
Who is that Pokemon?
・先生がポケモントレーナーになった日にオーキド博士からもらったポケモンだよ
・メガシンカするポケモンだよ
・タマゴグループがドラゴンだよ
大分時間が空いてしまいました。
リアルが色々忙しくて執筆のモチベーションが上がりませんでした。
お陰でブルアカもポケモンも全然手がつけられてなかったです。
さて、アビドス編2章も、残り2、3話くらいで終わるかと思います。
今後の執筆予定ですが、またアーカイブ編を何話か書いてからレトロチック・ロマン編を書いていく予定です。
こんな感じで気長にやっていくので、ここまで読んでくださった方も、気長にお付き合いしてくだされれば幸いです。