シャーレの先生がポケモントレーナーである場合にありがちなこと 作:子々(ネネ)
アーカイブ編は時間軸が結構前後するので、何か矛盾があった場合は遠慮なくご指摘のほどお願いします。
自分へのご褒美、なんて概念がある。
頑張った自分への。
落ち込んだ自分を慰めるための。
はたまた、特に理由もなくご褒美を用意する、なんてこともある。
そう、シャーレの先生にもそんなご褒美を用意する時間が存在する。
「――お待たせいたしました、よくばりジャンボチョコレートパフェでございます」
ウエイトレスがテーブルに置いた、背の高いパフェ。
先生の座高の天辺まではありそうな、長く巻き上げられたホイップクリームに、これでもかと流れていくチョコレートソース。
グラスの中にもトリュフチョコや、チョコレート色のコーンフレークがみっしりと詰め込まれた、チョコレート好きには堪らない贅沢の極みとも言えるスイーツ。
それが今、先生の目の前に存在する。
「これがナツの言っていたよくばりジャンボチョコレートパフェか……、想像以上だな……っ」
緩衝地帯での事件を解決してから数日経った頃。
【放課後スイーツ部】の
同部員の
「いただきます」
甘党であり、なおかつチョコレートが特に大好きな先生にとっては夢のようなスイーツ。
目の前に鎮座するそれにもう辛抱できず、早速先生はスプーンで上のホイップクリームから掬って吟味し始めた。
(これは……っ、チョコレートソースの濃厚な甘さを、ホイップクリームが中和している……?)
本来、ホイップクリームもチョコレートも、どちらも甘味である。
それもかなり濃厚寄りだ。
しかし、チョコレートソースの重めの甘さがホイップクリームで幾分か和らいでいるのだ。
(食べ方を間違えると胸焼けするな、これは……)
逆に言えば、中身のコーンフレークやトリュフチョコなど、チョコレートを完食するには、このホイップクリームの量は必要条件と言えるのかもしれない。
「中々面白い……!」
それに気づいた先生はニヤリ、と口角を釣り上げ、黙々と食べ続けるのだった。
なおこの時、「シャーレの先生が馬鹿デカいパフェを一心不乱に食べていた」とSNSで話題になったのは別の話。
「ふぅ、食べた食べた……」
口についたチョコレートを拭きながら、先生は一服する。
「ユウカにバレたら怒られそうだな……」
注文伝票に書かれてある金額を見て、先生は苦笑する。
……実は既にバレているとは今の先生には気づかない。
「確かに値段は美食を堪能するうえで無視できない要素ですが、そこを踏み越えなければ真の美食を味わうことは出来ませんわ。きっとそのユウカさんとやらも、今の美食を堪能している先生のお姿を見ればわかってくださいますわよ?」
「ユウカはそんな甘い娘じゃないよ――」
そう呟いて、先生はガバっと立ち上がった。
「い、いつの間に……っ」
先生は視線に敏感な方だ。
しかしそれは逆に言えば、先生は今まで周りの視線に全く気付かないほどに、パフェを食べるのに夢中だったということ。
その不覚を恥じながら、目の前の席に座り、ニコニコとこちらを見つめる少女を見やる。
「うふふ、こうしてお話するのは初めてですわね、先生――」
銀髪の気品あふれる少女――
彼女は上品に笑いながら、先生に手を差し伸べた。
「やはりわたくしの思った通り、先生もわたくし達【
「ええ……??」
そんな彼女の言葉に、先生は困惑するしかなかった。
時間は遡り、先生がキヴォトスに来て少し経った頃。
「――ンナァ〜〜ッ」
「よしよ〜し、怖くないよ」
先生は腕に子猫を抱えながら、街路樹の枝から飛び降りる。
駆け寄ってきた銀髪の少女に、先生は声をかける。
「キリノ、さっきの似顔絵見せて」
「はいっ、こちらに」
【ヴァルキューレ生活安全局】の
そこには、迷い猫探しの文面が書かれており、下半分に猫の特徴を捉えたイラストが載っていた。
先生はイラストと抱えた子猫を見比べながら、うんうんと頷く。
「この子で間違いないね。毛の色と首輪の形も一致してる」
「これにて任務完了ですね!」
「ありがとうね、仕事中だろうにいきなり呼び止めてさ」
「いえいえ! 生活安全局は市民の悩みやトラブルに寄り添うための部署でもあります! 先生と共にその本懐を遂げたのは、本官としても光栄の極みですっ」
堅苦しさすら覚えるキリノの返答に、先生は苦笑する。
そこで先生はふと、キリノの後方を見る。
「あれ、ところでフブキは?」
「えっ」
「――2人ともお疲れ〜」
キリノが後ろを振り返ってキョロキョロと探し始めた時、明後日の方向から2人に声がかかる。
「猫も見つかったみたいだね〜。これにて一件落着かな?」
「なっ、フブキ! 貴女、何処で何をしてたのですか!?」
「いやだって、3人固まって同じ場所探したって非効率じゃん? だから私は別行動を……」
「ではその手に持っている箱は何ですかっ!?」
同じく生活安全局の
その際に、片手に持っている紙箱を手に提げており、ビシィッ、とキリノが指差した。
「え〜? ちょうど探してる場所にドーナッツ屋のキャンピングカーがあって、ついでだから……」
「それ、貴女がいつも立ち寄ってるドーナッツ屋ですよね!? またサボってたんですかっ!?」
「失敬な、ちゃんと聞き込みしてたよ〜。……ドーナッツ屋に」
「ドーナッツ屋に行く前に仕事をしてくださいっ!!」
真反対の2人。
先生は猫探しの依頼を受けて、ちょうど2人で歩いていたキリノとフブキに協力を要請し、現在に至る。
先生はここまで性格が間逆な2人が友人関係をやれている事に、ある種感慨深いものを覚えながら、2人を宥める。
「まあまあ2人とも、依頼は完了したし休憩にしよっか。……フブキもそのためにドーナッツ買ってきてくれたんだろう?」
「えっ、あ〜、まあ……」
ギクリ、とフブキの肩が跳ねる。
その時浮かべた表情は照れ隠し……ではなく若干惜しいことをしたような、勿体ぶるような渋い表情。
「…………まさかとは思うけど、仕事をサボって一人だけおやつタイム独占、なんてことは無いよね?」
「わかった、わかったから! その顔やめてよ先生っ」
先生の笑顔に若干の凄みが滲んで、フブキは顔が引きつる。
フブキは観念して、買ってきたドーナッツを2人にも分けるのだった。
子猫を飼い主に届けた後、近くのベンチに腰を下ろしてドーナッツを頬張る3人。
「ん〜、甘いっ。一仕事終えた後の甘味は身体に染みる……」
「うんうん、先生もわかってるね〜」
「貴女は何もしてないでしょう……」
ホクホクとした表情でドーナッツを頬張る先生とフブキ。
一仕事してやった、みたいな先生の雰囲気に便乗するフブキを見て冷静に突っ込むキリノ。
(それにしても……)
ふと、ドーナッツを咀嚼しながら、先生は先程の子猫を思い出す。
(猫っていうから、ニャースみたいなのを想像してたけど……)
猫ポケモンと言っても、あれはニャースというよりはニャルマーやニャオハに近い雰囲気の生き物だった。
(まあ、俺の場合ニャースって言えばどうしてか四足歩行よりも、二足歩行で人語を話すあのニャースの方が印象強いけどな……)
ある二人組の男女と一緒にいた奇妙なニャースを思い出して、内心先生は苦笑する。
今頃まだ幼馴染をストーキングしているのだろうか……。
(さっきの猫だけじゃない……)
先生は見上げて、街灯の天辺に留まる小鳥を見る。
色合いはポッポみたいだが、体型はヤヤコマに近いスズメという生き物。
見下ろすと、黒胡麻よりも小さい何かが列を成して道路を闊歩する姿。
クロアリという、アイアントみたいだが似ても似つかないくらい小さい虫の生き物。
ポケモンと似て非なる生き物が、このキヴォトスには沢山かつそこかしこに存在する。
先生にとってのポケモンのように。
(改めて、俺は今全く別の世界に居るんだな)
そんな、今更な事を先生は考えてしまった。
「どうしたの先生、ボーッとして。……そんなに疲れたの?」
「えっ? ああ、いやいや……」
考え事していたところをフブキが訝しんで声をかける。
先生はそれとなく誤魔化し、ベンチから立ち上がる。
「そろそろ帰ろっか。2人も仕事に戻らないといけないだろうし」
「え〜、もうちょっと休憩しといた方が良いんじゃない? 先生まだ若干疲れた顔してるよ?」
「先生をダシにサボろうとしないでくださいっ!」
「はは、何か言われたらシャーレの手伝いをしてたって言えば良いよ。そうすれば多少の寄り道の温情はあるだろうし」
そうフォローして、ようやくフブキも重い腰を上げて、渋々と従うことにした。
3人が帰路へと戻るその瞬間に、
――ドガァァァァァンッ!!
そんな爆撃音が聞こえた。
「今のは……!?」
「それほど遠くありません! 今すぐ向かいましょう!!」
「っあ〜もうッ! 何処の誰だよ、D.U.で暴動なんか起こした馬鹿は……!!」
急いで3人は爆撃音の方へと駆け出す。
そこには、火事で燃え盛る家屋と、それを見届けている数人の武装したロボット人間が立ち去ろうとしていた。
「なっ、貴方達、一体何をしているのですかっ!!」
「馬鹿キリノ! いきなり大声あげるなって――」
正義感のつよいキリノが堪らず大声を上げて武装集団を咎める。
当然武装集団は見られたことに気づき、こちらに向けて発砲してきた。
「きゃっ……!?」
「うあっ、コイツら問答無用だし……!?」
「2人とも……!」
キリノとフブキは先生の前に立ち、先生の盾になる。
武装集団はこちらが身動きが取れないのを見て、合図を出して撤退しようとしている。
「……ッ」
それに気づいた先生はどうにかして足止めできないかを考え、ふとキリノの足元に転がったそれを見る。
恐らく、先程発砲された時の衝撃で、ベルトから外れてしまったのだろう。
「キリノ、これ使うよ!」
「えっ、せ、先生――」
先生の盾になるべく相手の銃撃を耐えていたキリノは、先生が手に持ったスモークグレネードを見て目を見開く。
そして止める間もなく、先生はピンを抜いて、
「おらっ――!!!」
力強く投げた。
それは回転しながら勢いよく飛び、
「がっ……!?」
逃げていく先頭のロボット人間の後頭部に直撃した。
ロボット人間は痛みで足が止まり、次の瞬間、
――シュウウウゥゥゥ……。
と煙が噴き出て、辺りの視界が遮られる。
「今だ2人とも! 制圧するよ!」
「はっ、はい!!」
「仕方ないなぁ……!!」
先生の指示で2人は前に出て武装集団を無力化していく。
その間に先生はヴァルキューレ警察学校に通報するのだった。
そして、【ヴァルキューレ公安局】と【ヴァルキューレ消防局】によって武装集団の拘束と鎮火、及び被害者の救出を見届けた先生は、公安局長の
一方、D.U.のとあるビル内にあるレストランにやって来た【美食研究会】。
「へえ! 今日はここで食べられるの!?」
「お腹空いてきた〜。早く席に着こうよ〜」
前を歩く2人に声をかけると、
「ふふ、食欲旺盛で大変結構ですわね。ですが、わたくし達は美食の探求者。ただ食べるだけではただの客と同じですわ。果たして、このお店はわたくし達を“お客様”とするか、あるいは“死神”にするか……」
「うふふ★ まさしく
澄ました顔で物騒な事を言うハルナに同調するように、
「――いらっしゃいませ」
「四名です。黒舘ハルナの名前で予約を取っております」
スーツを来たモニター顔の男が接客し、タブレット端末を取り出して予約を確認する。
そして、何かに気づいたように一瞬だけ目を見開いて、すぐにニッコリと微笑み案内をする。
「結構スムーズに案内してもらえたわね」
「お店の中もそんなにお客さんいないし、完全予約制なのかな?」
「そのような事は書かれてなかった筈ですが……」
イズミの疑問にハルナは思い出すように答える。
そして、ハルナは店内を視線だけで見渡す。
イズミの言う通り、客の数は疎ら。
高級そうな店内の装飾に気後れする人が多いのか、それとも……。
「……まあ、すぐに解ることですわね」
フッとハルナは微笑み、注文表を手に取って――
――ダァンッッッ!!!
壊れんばかりの勢いで出入り口が開かれた音に、ハルナは水を差された気分になった。
「なになに? 何があったの?」
「……無粋な方々ですこと」
「そんな事言ってる場合じゃなさそうですよ、ハルナ?」
ハルナは出入り口の方を睨みつけ、冷めた声を出す。
しかし、アカリの神妙な態度に訝しんで、もう一度出入り口の方を見て、よく観察する。
コツコツ、と足音を立てて入ってきたのは――
「――全員動くなッ!! 【ヴァルキューレ公安局】だ!!!」
鋭く、そして重く。
店内に響き渡る声で叫ぶ婦警の制服を纏う少女――尾刃カンナ。
彼女は一通り店内を見渡してからまた大声で叫ぶように話す。
「現在この建物は公安局が包囲している。不審な行動を取ったものは即刻我々が拘束する。……繰り返す、全員動くな! この建物は――」
「ちょ、ヴァルキューレ公安局!? なんでこんな所に……」
「あら、彼女は確か……公安局の“狂犬”でしたか?」
「もしかして、私たちのこと捕まえに来たとか?」
「なんでよ!? 【風紀委員会】に追いかけられるなら兎も角、ヴァルキューレに追われるようなことなんて――」
――沢山してたわ。
ジュンコはガックリと肩を落とした。
そんな美食研究会の会話をよそに、遅れてコツコツ、と足音が立つ。
「………………」
白のロングコートを靡かせ、静かに入ってきた眼鏡の男性。
「先生」
「…………」
カンナに声を掛けられた先生は、目だけで反応する。
その顔は酷く無表情だった。
「……このお店のオーナーは、何方ですか?」
「――はっ、はい! わ、私ですが……」
先生の声におずおずとモニター顔の男が出てくる。
その男は先程ハルナ達を席に案内していた人だった。
「へえ、貴方が……」
先生はオーナーを一瞥し、カンナに視線を送った。
「……ならば、お前を恐喝、及び食品衛生法違反等の容疑で逮捕する!」
「は、はい!?!??」
何がなんだか分からない。
そう言いたげなオーナーは、有無を言わさずカンナに手錠を嵌められる。
「待ってくださいっ!! 何かの間違いで――」
「D.U.住宅街、〇〇丁目▲▲番地」
ビクリ。
先生が呟いた住所に、オーナーは肩が跳ねてその表情が強張る。
「これは、貴方が今日雇った傭兵達に襲われた住宅の住所です」
「…………や、雇った? い、一体何が何やら……」
「これを見ても、しらばっくれるつもりですか?」
先生は懐から1枚の書類を取り出す。
「なっ、それは……!!」
見覚えがあるのか、オーナーの声が荒げる。
「どうしてそれを……!? ちゃんと処分したはず……」
「貴方はそうやって雇った傭兵達との関係を探られないように、契約書を念入りに処分していたそうですね」
「逮捕した傭兵達から聞いたぞ。都合の悪いことを知った客を、傭兵達を使って暴力で口止めし、腹を探られないように契約書を処分して知らぬ存ぜぬを何度も繰り返しているとな。その筋ではかなりの有名人だそうだな。……勿論、悪い意味でな」
「雇った傭兵達も知っているからこそ、こういう証拠を握っていた訳ですね。何度も同じ手口は通用しないということです」
「く、くそっ――」
「これは…………」
目の前で繰り広げられる逮捕劇に、ハルナも神妙な顔つきになる。
その時に、ハルナは見た。
「…………っ?」
カサカサカサ、とテーブルの影に隠れながら先生に近づく、とても小さな何か。
それは肉眼だと見失いそうになるほど素早く、先生のコートの内側へと隠れていった。
(今のは……?)
「こ、このっ、今更捕まってたまるか――!」
オーナーはカンナの拘束を振り解き、カウンターに急いで駆け寄って何かのスイッチを押す。
――ジリリリリリリリ……!!!
警報音が流れ、店の奥から物々しい格好のロボット人間が何人も現れ、先生達に向けて銃を構える。
「店の私兵か」
「早く撃て! そいつらを何とかしろッ!!」
「……良いんですかい? あそこにいるの、例の“シャーレの先生”でしょう? もし当たったら――」
「言ってる場合か! ここで大人しく捕まっても同じ事だ!! 早くやれェ!!!」
形振り構わないオーナーの指示で、店の私兵は引鉄に指を置く。
「…………ふう、雇い主間違えちまったかね。まあ、そういう事だから、悪く思わないで――」
「“ほっぺすりすり”」
ボソリ、と先生が誰にも聞こえない声で呟いた。
次の瞬間、
「あぎぃっ!??!?」
ビクン!
さっきまで喋っていた私兵はブルリと震え上がって、膝から崩れ落ちた。
「……!?」
「……っ、今だ! 総員制圧開始!!」
他の私兵は、いきなり仲間が倒れたのに狼狽して構えが崩れてしまう。
その隙を見て、カンナは他の公安局員に指示を出し、店内へと突撃していく。
「あ、あわわ……何だかまずい空気になってきたような……」
「ね、ねえ、私達も捕まったりしないわよね?」
「う〜ん、まあそうなったら私達もひと暴れしましょうか★ お話を聞く限り、このお店相当ギルティみたいですし」
イズミとジュンコが青い顔をするなか、アカリは愉快に微笑む。
それをよそに、ハルナはある一点に注目していた。
「い、今のうちに――!」
「……っ! 待て――」
公安局員が私兵の拘束を始める最中、オーナーはコソコソと身を屈めて店の奥へと逃げていこうとする。
だが、カンナはそれを見過ごさず、銃を構えて追おうとする。
「ここまでくれば――」
見つかったオーナーは姿勢を直して逃げ去っていく。
しかし、
――パァンッッッ!!
「ぐはッッッ!?!??」
発砲音とともに、オーナーは吹き飛ぶように横に倒れた。
「ちょ、は、ハルナ?? 何して……」
「……んなっ、アイツらは……!!」
発砲音の主はハルナ。
スナイパーライフルの銃口から立つ煙を振り払って、優雅に笑う。
「ごめんあそばせ、手が滑ってしまいましたわ♪」
「ぐ、このぉ…………!!」
倒れたオーナーは恨めしげにハルナを見上げる。
そして、カンナも、公安局員も、拘束された私兵も、怯えている他の客も、その視線がハルナに集中する。
――コツ、コツ、コツ……。
ただ一人、先生を除いて。
「………………………」
先生は横目でハルナを一瞥だけして、倒れたオーナーへと近づく。
「全員動くな、ってカンナが言ってましたよね? 勝手なことをされては困ります」
「…………っ」
「さて、貴方に聞きたい事があるんですよ」
先生はオーナーの顔を鷲掴み、そのまま持ち上げた。
「ひぃっ……!?」
「傷んだ食材で作った料理を高額で提供して、食中毒で倒れた人を暴力で口止めする。……ずいぶん好き放題やってますね。参考までに聞きたいんですが、貴方みたいな人ってキヴォトスじゃあ珍しくないんですかね?」
「な、なにを……」
「貴方が雇った傭兵達に襲われた家族、前にここで食事した後お子さんが食中毒になったそうなんですよ。その上放火に遭って入院して集中治療だそうです。……微塵も心が痛まないんですか?」
「くっ、そ、それは……」
先生の声音は冷たく、そして重苦しい。
その表情には影が差しているが、相当頭にきているのが伺えた。
「……し、仕方ないだろう! こっちだってオーナー任されてるんだ、多少高額でも、どんな手を使ってでも、店を守らなきゃいけないんだ!!」
「………………………」
「シャーレだか何だか知らないが、外から来たアンタなんかに、人の苦労を知ったふうに語られる筋合いなんてないんだよ!!」
「言いたいことはそれで終わりか?」
「ひぃ……!?」
「……? イズミ、どうしたの?」
先生が凄んだ途端、ジュンコの隣にいたイズミが悲鳴を上げて竦み上がった。
「な、なんか今、背筋がゾワってして……!」
「……確かにこれは、相当な威圧感ですね。ヒナ委員長を思い出します」
「そ、そこまで!? 確かになんか怖い感じはするけど……」
青い顔をして怯えるイズミ。
冷や汗を流しつつも、その瞳は朱くギラついているアカリ。
警戒している2人を見て、ジュンコもゴクリと息を呑んだ。
「お前の経営方針に口を挟む気は毛頭ない。その上で、これだけ好き放題やって、被害者を何人も出して、それでも真っ先に考えることが自己保身しかないお前に、少なくとも店のオーナーをやる資格なんてない」
そう言って先生は、ポイッと自分の後ろに向かってオーナーを放り投げた。
「ぐあっ!?」
「…………、余罪が増えたな」
そして、カンナの目の前で墜落したオーナーは、そのまま縄で念入りに拘束されるのだった。
そして、私兵ともども、オーナーは公安局員に連れて行かれる。
その際に、負け惜しみのごとくオーナーは先生に向かって吐き捨てた。
「……後悔するぞ。超法規的権限だが知らんが、そうやって悪目立ちすれば、すぐ早死にするぞ! お前なんて、銃弾一発で簡単に死ぬんだからな!!」
その言葉を最後に、オーナーは店から去っていった。
「…………、はあ」
頭をガシガシと掻きながら、先生はため息をつく。
「そういうセリフ、子供の頃に聞き飽きたよ……」
「思い出した……」
店を出て、近くの公園に移動し、先生は改めてハルナの顔を見てそう呟いた。
あの時、汚職を働いていた店のオーナーを足止めするために発砲した少女。
動くな、とカンナが言っていたのに危ないことをしたものだ、と当時は思っていたが、オーナーを連れて行くときにいつの間にかいなくなっていた、とカンナが嘆いていた。
「それで、ええと? 美食がどうとか言ってたけど……」
「ええ、ええ。あの後まるで運命の巡り合わせのように飲食店で先生の事を何度かお見かけしたのですが……」
ハルナは語る。
行く先々の飲食店で先生がやって来て、汚職や監査にやって来て摘発を行い、結果としてハルナ達は美食の機会が以前より大幅に減ってしまった。
しかしそれは見返せば――
「先生が食を、ひいては美食を愛するがゆえに、美食を汚す彼らの行いに鉄槌を下し回っていたのですわね。まさしく、わたくし達が美食に追い求めるEAT OR DIEの精神! そしてその見立ては、先程の先生の食への姿勢を見て間違いではなかったのですわ!!」
「え、ええと…………」
ちょっと何言ってるか分からない。
先生は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
「……まあでも、元気そうでよかったよ」
「はい?」
「あの後、あのオーナーに事情聴取をしてたんだけれど――」
先生は語る。
あの日、美食研究会が店にやってきたのを見て、わざと傷んだ食材を使って食中毒にさせようと画策していたらしい。
そうして弱体化した所を叩いて、悪名高い美食研究会を追い払った店として箔が付くだろう、と。
「まあ、そんな事が……。わたくし達は何も口にしていませんでしたが、仮にそうなっていたとしても、イズミさんには通用しなかったでしょうね」
「と言うと?」
「ゲヘナ学園の【給食部】はご存知ですか? イズミさん、ジュリさんの手料理をおいしいと言うほどの強靭な胃袋をお持ちですので」
「……マジかよ…………」
ジュリの手料理を思い出し、先生は戦慄した。
「ま、まあとにかく、被害に遭ってなくて良かった。……姿が見えなかったから、心配してたんだ」
「ふふ、お優しいのですね。わたくし達、それなりに“有名人”なのですけれど……」
「それはカンナからも聞いたけど……」
カンナから【美食研究会】の評判について聞いたことを思い出しながら、先生は続ける。
「たとえ君達がどういう人であろうと、どんなひどい目に遭ってもいいなんてことはありえないよ。だから君達も、あまり危ないことに首を突っ込まないようにね。大怪我したら、美食も何もないでしょ?」
「……! ……うふふっ」
ハルナは目を見開いて、そして頬を赤く染めながら上品に微笑む。
「本当にお優しい方ですわね。それでいて正義感に溢れて……」
「正義感だなんて、そんな大それたものはもってないよ」
「あら、自己評価が正確でないという欠点はあるのですね」
「えっ」
ハルナは一歩先生に近づき、上目遣いで先生を見つめる。
「わたくし、これでも人を見る目には自信がある方ですの。感じますわよ、私の中にある美食に対する想いに似た信念とでも言うべきものが」
「信念、ねぇ……」
色々と複雑な何かを感じ、先生は肩を竦める。
背中が痒くなる気分になって、先生は話題を変える。
「……話は変わるけれど、あの時危うく逃がしかけた所を、君の助太刀で逮捕に至ったんだ。何かお礼がしたいな、と思うんだけど」
「あら、お気遣いなく。でもそうですわね……」
ハルナは顎に指を当てて思案し、思いついたように弾む声で続けた。
「であれば、先生の美食を教えてくださいますか?」
「私の美食? いきなり言われてもな……」
ううん、と先生は唸る。
そして、ある事を思いついた。
「なら、明日シャーレに来る? 明日はカレーを作ろうと思ってたんだ。ちょうど、明日当番にフウカが来て――」
「まあ! フウカさんが!?」
フウカの名を先生が口にした瞬間、ハルナの目が輝く。
「ぜひ、ぜひ!! ご賞味に参りますわ!!」
「あ、ああ……」
そう言って先生とハルナは別れる。
だが、最後にハルナはこんな言葉を残した。
「そうそう、先生。あの時の“小さな相棒”さんにも、後日ご挨拶をさせてくださいましね」
「えっ」
先生はポカンとして、その言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要した。
そして、合点がいった先生はシッテムの箱を取り出す。
「お前の姿、見られてたみたいだな――デデンネ」
『デーンネ?』
『そ、そうみたいですね……』
アロナに抱えられたネズミのポケモン――デデンネが首をかしげる。
――宣言通り、その翌日。
縄でグルグルに拘束されたフウカを担ぎ上げながら、シャーレオフィスに入ってきた美食研究会の4人を見て、先生は「カンナから聞いた評判は間違ってないのかもしれない」と思ったのだった。
大体3行で分かる! 登場人物紹介
シャーレの先生
・後日、スイーツに大金を使ったことがユウカにバレて怒られる
・レパートリーは少ないが、それなりに料理できる
・今回の事件解決をきっかけに、様々な汚職の摘発に関する捜査に関わるようになり、それに比例して先生が襲われる回数も少しずつ増えていった
黒舘ハルナ
・ゲヘナ学園高等部3年、【美食研究会】のリーダー
・EAT OR DIEの精神を持つ、キヴォトスの爆弾魔(その1)
・先生の手作りカレーに合格を出す
中務キリノ
・ヴァルキューレ警察学校1年、【生活安全局】所属
・狙った所を撃ち抜けない、百発百ハズレの少女
・この小説では、チュートリアル組に次ぐ先生と付き合いが長くなる生徒
獅子堂イズミ
・ゲヘナ学園高等部2年、【美食研究会】所属
・恐らくカビゴンレベルの免疫力と悪食
・先生が凄んだ瞬間、自分が喰われるイメージが浮かんだ
デデンネ(♀)
・身体が小さいので、素早く身を隠しながら動ける
・“かげぶんしん”を使って遠隔で攻撃することができる
・後日ハルナ達と顔合わせをして、食いしん坊の姿を見せて同士だと言われる(当然意味はよく分かってない)
お久しぶりです。
この一ヶ月の間にメインストーリーが3回も更新しましたね。
ペース早くてびっくりです。
ただでさえブルアカのストーリーは、特に最近のは1話1話が滅茶苦茶長いので読了するのに時間がかかってしまいます。
まあ、贅沢な悩みと言えばそこまでですが。
長いと言えば、ここ最近の私の執筆状況もですね。
前にアンケートで1話の長さについてご意見を頂きましたが、あまり反映されてないのでは? と我に返ってしまいました。
ただでさえそれで時間食ってるのに、その上更新が遅すぎるんだから始末が悪い。
閑話休題。
今回からまたアーカイブ編と言うことで、今回と、あと次回もアビドス編の補完となるお話を書く予定です。
その後は次回のメインストーリー編の土台になりそうなお話を書いて、レトロチック・ロマン編を書く予定となります。
それでは、次回もお楽しみに。