勇者の冒険譚   作:ソト

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第10話 誕生前夜⑨

 

「…っ、……あ?」

月が見える。夜風が頬を撫でる。

額に妙な生暖かさは感じ、じんわりと顔に広がっていく。

震える手でそれを撫でる。

ねとっ、とした血。それを認識した瞬間、全身がバラバラになるような痛みを感じた。

「が、…っ‼︎」

体が起こせない。混乱で状況が分からない。

「…精霊よ……我に、力を与え給え……」

「癒しとなって…汝の身体を……救いたまえ……ベホイミ……‼︎」

残り少ない魔力を使ってベホイミを唱える。完全ではないものの、痛みは多少マシになる。

ここはどこだ。

おそらく、失神をしていた。だが、右腕はしっかりと剣を握っている。全身くまなく痛いが、体のどこにも欠損などはない。

「グル…‼︎」

下から、獣の唸る声が聞こえる。眼下にオークキングがいる。何で? 何が起きてる?

周りを見渡して、ようやく理解する。

「俺が屋根にいたのか…」

薙払いを喰らって、建物ごとぶち破り、屋根に飛ばされたのだ。

「ぐっ、…‼︎」

頭がズキズキと痛む。キーン、とした耳鳴りが止まない。

「ォォオオッッ‼︎‼︎」

咆哮を聞き、我に帰る。オークキングが駆けている。何をする気だ。

屋根の上を立ち上がると、オークキングは槍を地面を叩く。

「、?」

飛んだ。槍に飛ばされるように。

身体を捻りながら、俺に向かって、叩きつける動作。

それが、やけに鮮明に見えた。

走れ。

屋根を根こそぎ剥ぎ取るような馬鹿げた一撃。屋根伝いを走り、距離を取る。オークキングはそのまま、屋根に降り立ち、走り出した。

屋根の上は足場が悪い。こちらにも言えることだが、槍の動きを少しでも封じるにはここで戦うしかない。

奴は俺に執着しているのだろう。奴の知性なら、ここが不利なのは分かっているはずだ。

こんな傾斜では、マトモに槍は振るえないはず。それでも奴は追ってきた。

狙った結果ではないし、流れでなっただけだが、平地でやるよりはいくらかマシと判断する。

身体を返し、再度対峙。延々と逃げ続ける余力はないし、そもそも叔父を置いて行けない。振り切ることも余程のことが無ければ不可能。

「グル…‼︎」

足を止めたオークキングも息を吐き、唸る。

もういい。考えたって、同じことの繰り返し。

今は、ただ、コイツを仕留める。

それが全て。

集中。集中。

────集中。

 

オークキングが踏み込む。

瓦が砕け、足が滑る。槍が乱れた。

屋根を蹴る。

一瞬の間。されど一瞬。

槍が一拍遅れたこの瞬間に走り出す。

不思議と恐怖はなかった。

今は奴を切る。それしかなかった。

ヒュンッ‼︎

槍が横を抜ける。

あと少し。

「っ、」

またもやフェイント。今、無理に突き進んでも、風穴が空く。

落ちつけ、冷静になれ。

後方へ飛び、動きを頭に入れていく。

頭部からは塞がりきらなかった傷口から血が流れている。全身は擦り傷、打撲で。体力も限界、魔力も残りわずか。

絶体絶命。ただ、いつになく、体が動いた。

幾度なく突貫を繰り返す。

既に何十、何百と見た槍の弾幕。フェイント、体の動き。食い込んだ破片が体を鈍らせ、消耗させている。

目が、体が。確実に順応していく。

ヒュゥッ‼︎

槍が下段から上へと抜けていく。

体をギリギリまで捻り、頭を下げながら、接近する。

ギョロりと目が下を向く。

「(想定内)」

屋根を滑るように前へ。支えるように屋根に沿わす手は砕けた瓦を掴む。

「ふっ‼︎」

瓦を投げつける。唐突に出てきた飛び道具にも、奴ならきっと対応する。

「ガルァッ‼︎」

即座に引いた槍は的確に瓦を打ち砕き、顔を貫かんと迫る。

ただ、一瞬。

逡巡した。その間が欲しかった。

「おァぁあああッッ‼︎‼︎」

ズプリ。

水平にした剣は横腹の毛皮に食い込み、断ち切った。

「ガァァッッ‼︎」

体を捩り、暴れる。

巻き込まれないようにそのまま走り抜け、反転して構える。反撃は?

「グフっ…グ…」

反撃はなかった。脇腹を抑え、腸が落ちぬよう、支えている。

「(切った…‼︎ 切れた…‼︎ ようやく切れた‼︎)」

表情を変えぬまま、僅かに。ただ確実に変わりつつある流れに希望が照らすのを感じる。

奇襲でもなく、正面から。小細工は使ったけど、確実に自身で切ったのだ。

「ハ、ァ、ー……」

オークキングは息を吐く。普通なら致命傷。ほっといても失血死するレベルの重傷だ。

「(…冷静に見極めろ。奴にはまだ魔力があるか?)」

輝く。緑の光が眩しく照らされる。

目を細めて、悪態をつく。

「(クソッ‼︎ まだ余力があるのかよ…‼︎ 燃え尽きたのを再生したので、魔力を使い切っててくれれば良かったのに…‼︎)」

「フゥーッ…‼︎ フゥーッ…‼︎」

怒っている。目を血走らせ、歯を食い縛る。…だが、緑の光が止まった。腹の傷は完治していない。

「(‼︎ 魔力切れ…‼︎)」

もう回復はしない。腹の傷は治っていない。

今なら切れる。

不確かな確信を抱いた。

ダンッ‼︎

地面を蹴って、前へ飛び出す。

「ォアアッッ‼︎‼︎」

血を流しながら、槍を振るう。

遅い。格段に。

切れる。切れる。首を切れる‼︎

先程の過集中はまだ持続している。今なら接近出来る。

近づいた。あと一歩。

切る。

、燃やすか?

頭をよぎる。確実に大ダメージを与えたのは、毛皮に付けたメラの引火。

ここまで近ければ、弾かれることもない。

いや、いい。切れば終わるのだ。

最期の突きがくる。

避けて首を。

軌道は見えている。当たらない。

ヒュン、

避ける。

「っ、?」

肩から血が吹き出す。

穂先が震えていて、軌道が僅かにズレた。

「ぐっ、、‼︎」

歯を食いしばる。剣を強く握り、カタカタと震える。

しくじった。今から退避は出来ない。

迷ったから、反応がギリギリになった。

こんな懐で、縮こまっては有効打もない。

切る。燃やす。切る。燃やす。

…切る、焼く。

───焼き切る。

高速で巡る思考。かつてないほど体は考えに答えてくれる。

「──メラ」

空いた手ではなく、利き手からメラを。刀身に帯始めた魔力を追うように刃に炎が走り、赤くなる。

迫る槍を見ながら赤く光る剣を振り上げる。オークキングの肺から肩へと立ち上がるように切り裂いた。

「───火炎斬り」

「ガァァァアアアアッッッ‼︎‼︎‼︎」

毛皮が焼ける。刃が走った一閃は焼け爛れ、血すらも焼けて焦げていく。

脂が弾け、全身が再び燃え上がる。

「うォアアッッ‼︎‼︎」

痛みなど知らない。燃え上がる炎の熱さなど感じない。

剣を槍のように尖らせ、熱を帯びたまま、体へと突き刺す。

「くたばれッ‼︎‼︎」

オークキングを剣で押し出す。

衝撃で槍を手落とし、後ずさる。

そして、屋根から共に落ちていく。

「グル、‼︎」

燃えながら、こちらを見る目は怨みがましく、怒りで染まる。

振り上げた右手。鋭い爪のある手を振り上げ。

「っがほ」

俺の左脇腹に突き刺さった。

…まだ、生きている。俺を殺すつもりだ。

 

熱い。焼けるように痛む。

まだ。まだだ。

コイツはまだ倒せてない。

これで終われない。

 

コイツを倒して、叔父を助けるんだ。

 

 

息が口から漏れる。

燃え上がる剣は収束し、魔力が稲妻のように迸る。剣が答えるように、白光が混ざり輝く。

 

空は鳴く。月明かりすら見えない闇の中。

誰かが天で怒るように。

黒い雷雲が夜空を包む。

 

「ォォオオオッッッ‼︎‼︎‼︎」

右手が食い込む。

オークキングは雄叫びを上げた。

 

咆哮も、熱も、関係ない。

今はただ、奴を。

 

「───デインッッ‼︎‼︎‼︎」

 

閃光が大気を裂いた。

雷鳴が夜を貫き、大地を砕く。

世界が一瞬、白に染まった。

 

 

「はァ……はァ……」

オークキングと共に屋根から落ちた。

幸いというべきか、奴が下敷きになったおかげで大した衝撃はない。

「………」

刺さった剣を引き抜く。…反応はない。

確実に倒した。

「勝った……」

雷雲が散っていく。巻き上がった砂埃で火は消えて、不気味なくらいの静寂が辺りを支配する。

「…デイン……初めて…使えたな……」

頭が酷く痛む。全身が震える。

脇腹と肩、頭部は酷く熱く痛い。

だが、体温がひたすら冷えていくのを感じる。

寒い。

剣を支えに立ち上がる。

もうホイミ1発分の魔力すらない。

けれど、叔父を避難所に、連れて行かなければならない。

顔を上げて、目を凝らす。

「…いた」

腹を抑え、よたよたと歩く。

良かった、巻き込まれていない。

相変わらず重傷だが、叔父は息をしていた。

「…俺が、連れていく…からな…」

剣を鞘に戻そうとした瞬間、地鳴りが聞こえた。

「…はぁ?」

オークキングの亡骸の奥から、魔物の群れが見えた。先頭にはキラーパンサー、後方にマンドリルや暴れ猿などがいた。

「…嘘だろ」

もう余力なんてない。今にも倒れそうだ。

だが、全てを投げだす理由にはならない。

「……よし、…かかってこい……‼︎」

剣を構えた。

 

 

「俺たちが来るまで、よく堪えた。後は任せろ」

「…え」

 

誰かが背後から語りかけ、左右から2人の剣士が抜けていく。

そして。

「ギャォオッッ‼︎‼︎」

一撃で首を刎ね、群勢を食い止め、押し返している。たった2人で。

「……アレスナ」

「そうだ、遅れて悪かったな。もうすぐ他の騎士や魔道部隊も来るはずだ」

背後にいたのは、アレスナ騎士団の1人だった。

父が来ていた兜に鎧。そして紛れもない強者の気配。

「よく堪えたな。…お前、名は?」

「……アルド……グリフィス…」

「そうか。……頑張ったな」

騎士は微笑む。

「…お願い、します。…そこにいる、…叔父が、…死にかけています…どうか、避難所に…」

「2人とも助ける。ゆっくり休め」

ガクリと膝を付き、倒れる。

その声を聞いた瞬間、力が抜けた。

戦いで震えていた膝が、ようやく地を感じた。

「おい、魔道部隊さん、遅えぞ。この若者と、その叔父さんを死なせたら恥だぞ」

「分かってるよ、うるさいなぁ…ベホイミッ‼︎」

「隊長ッ‼︎ 喋ってないで、前線のフォロー行きますよッ‼︎」

「わーってらぁッ‼︎ 行くぞッ‼︎」

視界が薄れていく。増援が来てくれた、緊張から解放されて猛烈に眠かった。

「ぼろぼろだなぁ、コイツ。…叔父とやらも足が潰れてる…」

「オークキングを倒し…る………そり……」

目が霞む。

前線へと向かう騎士団を照らすように登り始めた朝日を見つめながら、意識を手放した。

 

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