暗い。
音がしない。
息が、重い。
水の中……?
苦しい。
手が動かない。
何をしていた?
誰を――。
光が見える。
遠い。
届け。
それだけを願って、手を伸ばした。
◇◇◇
「………」
目を開ける。
天井が見える。白い。見覚えはない。
…まず何処だ、ここは。寮の自室じゃない。
自分は何をしていたんだ…?
「、……?」
記憶に靄が掛かったような感覚がある。
最後…最後の記憶は…。
朝日。
「ッ、叔父さ、痛だだだっっ‼︎‼︎」
かぶっていた布団を跳ね飛ばし、起き上がると、肩と脇腹から激痛が走る。
「……あぁ、……そういえば、やられたんだったか……うっ、…」
急に起き上がったからか。頭がくらっとするし、視界がボヤける。頭がふらつくのは、頭部の怪我のせいもあるだろうか。
「いや、…そうじゃなくて…」
痛みの原因に気を取られていた。
叔父は…サイルは無事なのか?
周りを見渡すと、隣にもベッドがある。そこには、サイルが穏やかな寝息を立てて、眠っていた。
「…よ、良かった…、間に合った…」
記憶の中の叔父は、足が潰れ、息も絶え絶え。瀕死といって差し支えなかったのだ。すやすや眠っているだけでも充分だ。
「…っ、…」
足。潰れてしまった足。ベホイミをしたが、全回復など到底出来なかった。この布団の下にある足はどうなってしまったのか。
「く、…‼︎」
無事かどうか知りたい。怖いもの見たさで、隣のベッドに手を伸ばす。
ガチャ、「動くな、重傷患者」
「っ、痛ァッ‼︎」
急に空いた扉に驚き、体を捩る。脇腹が悲鳴を上げて、ベッドに倒れた。
「、…あ…ロイド…」
「取り敢えず、おはよう。4日ぶりの起床はどうだ?」
「4日ぁ⁉︎ 、っい…‼︎」
「騒ぐな。傷に響く」
「…、襲撃、は…?」
「夜明けから数時間後には、王都に侵入したのは掃討された。その次の日には残党の軍も撤退した」
「……軍?」
「魔王軍の部隊だったそうだ。唐突な奇襲で一部を破られ、侵入を許した。城門近くの街並みは破壊されて現在は迅速な復旧と捜索が行われている。……鍛冶屋の方は残念だったな」
「…アカデミーとかの…被害は…?」
「8年前のが効いてるよ。アカデミーは被害はない。同期や教師も。ただ…逃げ遅れた城門近くの人が何百人かは亡くなったと」
「そう、か…」
「騎士団や魔道部隊が連携して、指揮していた魔族は討ち取ったそうだ。それ以外は被害は少なかったから、避難所からの帰宅指示も出ている。…まぁ、これまで通りとはいかないが。当分アカデミーは休校だと」
「…じゃあ、ロイドは今、偶然来たのか?」
「いや、少し前にマーキングしておいた魔力が乱れてたから、そろそろ起きると思ったから来たんだ」
「マーキン……え…?」
「それくらい心配はしてたんだ。勝手に避難指示無視して前線に走る奴だろう? 気にもするよ。お袋さんも同じことしてたから、そろそろ来ると思う」
「えぇ…」
「心配させたんだから、怒られてこい」
「分かってるよ…、あぁ、多分教師からも怒られるんだろうなぁ…」
「ははっ、…あぁ、そうだ。サイルさんはもう目覚めてるから、いずれ起きると思う。足は分からない、訓練次第だと聞いてるよ」
「じゃあ、切断とかは…‼︎」
「誰かが最低限の治療はしたおかげで足も命も持ったそうだ。随分感謝していたよ」
「……そっ、か…」
「知りたいのはこれくらいか?」
「、んー……あ、ここって病院か?」
「見ての通りだ。アカデミー近くの総合病院。避難所だけで対処出来る怪我じゃなかったんだ」
「だよなー……あー、そうだ。俺の剣は?」
「入院前に回収済みだ。もう寮の部屋に置いてある。手入れは簡単にしかしてないけど」
「そっか、ありがとう……うん、…もう充分だ」
「分かった。まぁ、顔見せと近況報告に来ただけだ。アカデミーの人にも起きたと伝えてくる」
「ありがとう。……、なぁ、誰にも俺が起きそうって言ってこなかったのか?」
「…幼少期からの友人が生死を彷徨っていたんだ。そんな事を考えられないくらい、俺も動揺してたんだろう」
そう言い残して、手をひらひらさせながら、ロイドは病室を去っていた。
「…素直じゃないやつ」
苦笑いしながら、そう呟いた。あいつらしい、と思う。
静かになった病室は、サイルの寝息と鳥の囀りしか聞こえなくなった。
やることもない。ごろっと、再びベッドに寝転がる。
リカントとの戦い、火中の救助、叔父の救助、オーク2体との戦い、…オークキングとの死闘。
確実にあった筈の出来事。4日眠っていたのもあるが、あれは夢だったのではないかと、そう思ってしまう。ただ、肩や脇腹に巻き付く包帯が現実だと示している。
「何か、変わったのかな。俺は」
魔法剣。デイン。死戦。
ぐるぐると頭を回るようにあの夜を辿り。
そして、切れた。
もういいや。まずは体を回復させよう。今は焦ったってどうにもならない。
ちょっとくらい、なーんにも考えなくたって良いだろう。
難しく考える必要はない。
これを繰り返せばきっと父のようになれる。
多分…それでいいんだ。
◇◇◇
「…アルド、アルド」
「…ん」
目を覚ました。
どうやら、また眠っていたらしい。
「……母さん」
「良かった、…本当に良かった」
母。ミア。体を起こすと、ぎゅっと、抱きしめられた。
「…ありがとう、…サイルを助けてくれて」
抱きしめる力が強くなる。ズキ、と脇腹が鈍く痛んだが、あたたかかった。
震える肩に手を添える。
声が出なかった。喉の奥が熱くて、何を言えばいいか分からない。
「……母さん、俺……」
言葉は、最後まで続かなかった。
泣きたいのは、きっと自分の方だった。