勇者の冒険譚   作:ソト

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第12話 夜明け②

ぐずぐずと泣き声と鼻を啜る音が止む頃には、それなりの時間が経っていた。

「……泣き止んだか?」

途中、目覚めたサイルは2人揃って顔をぐしゃぐしゃにしていることにギョッとしていたが、特に口を出すことはなく、待っていた。

「…叔父さんは、大丈夫?」

「お前よりはマシさ。足は現状どうにもならんが……まぁ、何とかなるさ」

鼻声で詰まった問いにサイルは答える。気丈に振る舞っているだけかもしれないが、そこまで絶望してるようには見えない。

「取り敢えず治療は最優先として………鍛冶屋と家をどうしようか」

「あ? そうか、姉貴の家もないのか」

「アンタの家でしょ…」

俺がアカデミーで生活している現在、母と叔父は同じ家で過ごしていた。鍛冶屋も兼用だった家が崩壊している。修理とかそういう次元ではないほどに。

「引越しも検討するしかねえかぁ。落ち着いたら、また話すか。……あぁ、でも姉貴の住む場所がねえのか?」

「一応、今は王宮で寝泊まりしてるわよ。魔道部隊の宿舎があるから」

「そりゃそうか。…まぁ、落ち着いたら」

コンコン。

会話が止まる。扉を叩く音がする。

誰か来たのか。

「はい」

「失礼するよ。…おぉ、アルド君、目覚めてるね」

入ってきたのは、初老の医者だった。人好きのするような笑みを浮かべている。

「傷はどうだい? 痛むかな?」

「すげぇ痛いです」

「はは、だろうね。 君が起きたと聞いたから、傷について説明に来たんだ。親御さんはもう聞いているが…改めて話させてもらうよ」

「お、お願いします」

「まずは君の体にある怪我は大きく分けて3つ。頭部の裂傷、肩の裂傷、脇腹の刺傷だね。全身が細かい擦り傷や打撲はあったけれど、初期治療が幸いしてね。そこまで目立ったものはもうないよ」

「初期治療?」

「魔道部隊がベホイミで最低限の治療はしたと聞いている。とは言っても、3つの怪我は碌に治ってないから、改めて治療させてもらった」

「そういえば、そんな事されたような…」

「ふふ。さて、まずは頭部の裂傷。他と比べれば、1番軽いが、充分重傷だからね」

「はい…」

「心当たりは?」

「えっと…オークキ……魔物にぶっ飛ばされて、屋根に激突したときですかね…?」

「瓦礫や瓦による裂傷ということかな」

「…多分、そうなります」

ふむふむ、と聞きながら、さらさらと何かを書いている。かるて、という奴だろうか。

「さて、次に肩の裂傷だが。…何か刃物で切ったのかな?」

「刃物…確かに槍が掠めましたけど」

「やはりそうか。他と比べれば、切り口が綺麗だったからね。見た目は酷いが、思っていたより浅い。ベホイミが効いているおかげか、筋肉までは達していないが、動かすとすぐに開く。無理は禁物だ。少なくとも2〜3週間は剣は握らないこと。絶対にだよ。いいね?」

「2〜3週間……長いな…」

「…肩が裂けたら、剣が持てなくなるよ?」

「それは困ります…」

「よろしい」

いけない、いけない。今は回復優先。焦らない、焦らない…。

「さて、最後に脇腹の刺傷。…だけど、これ、何?」

「何って?」

「4つ。連なるように縦に穴が空いている。…刃物でも棒にも見えない。何が刺さったんだい?」

「……魔物の、指…ですね」

「はぁ⁉︎ 指っ⁉︎」

そりゃ驚くだろう。俺も最期に指で刺されるなんて思わなかったし。

「……うん、まぁ消毒もしてるから、よっぽど大丈夫だとは思うけどね。……念の為聞くけど、その魔物の見た目は?」

「青い二足歩行の猪です」

「う゛〜ん、獣かぁ〜………アルド君、ちょっとお薬増やそうか」

「え゛⁉︎」

「いや、冗談じゃないよ? 獣から付けられた傷は妙な病気を引き起こしかねないからね? せっかく、命を拾ったのに、病気になりたくないでしょ?」

「ごもっともです…」

「さて、…刺傷だが。本当に奇跡としか言いようがないんだが、…指…だからか、思ったより浅い。内臓にはほとんど傷は付いていなかった。…これもベホイミの効果かもしれないけどね」

「へー……どれくらいで治ります?」

「そうだね。…安静にしてれば、2週間…といったところか。剣を持つのが許可できるのは1月は掛かるだろう。無茶をすれば、肩と同様裂けるからね」

「1月か…」

「アカデミー暮らしなんだろう? 再開の目処は知らないが、しばらくは週に一度ほど診せに来てもらうよ。」

「…分かりました。あの、叔父さんの方は…?」

「一応、アルド君と魔道部隊の方から治療を受けているそうだが、それでも酷い怪我だったよ。君が助けていなければ、間違いなく死んでいた」

「…っ、…」

「君が助け出したおかげで手術もすぐに出来た。元通り…とはいかないが、訓練次第で杖無しでも歩けるくらいには回復するはずだよ」

「そういうことだ。俺からは礼しか言えないよ。…お前が気にする事は何にもねえ」

叔父はそう言ってくれる。叔父が頑張って、歩けるようになるのを祈るしかない。

「退院は3週間は掛かるだろう。その後は杖を併用しつつ、歩けるようになってこうね」

「はい、お世話になります」

叔父と母と一緒に頭を下げた。少しの間は剣も振れず、怪我と向き合うしかないか。教本でも読みながら、心身と共に回復と成長をして行こう。

「さて、説明はこんなところか。…で、アルド君。説明をするから待ってもらっていたが、君に来客だ」

「え?」

「リノ、と名乗っていたよ」

「……教官⁉︎」

もう逃げたくなった。

「まぁ、俺は救われた立場だから何も言えないが…避難指示を無視しての独断専行だろう? 怒られても仕方ないんじゃないか」

「まぁ、私も心配してたのが大半だけど、避難指示を無視したのはちょっとね。…サイルが助かったのだから、強く言えないけど…」

「逃げてえ…」

ガチャ。医者と入れ替わるように入ってきたのは、よく見たことのある教官だ。

切れ目の中で光る眼光、短く刈りそろえられた白髪に髭。そして青筋。

怖い。

「…ん?」

「あれ?」

教官と母が顔を見合わせる。

空気がふっ、と変わった。険しかった教官の眉が僅かに下がる。

「…リノ、…教官?」

「ミア、?…そうか、…アルドは…」

「(え…? 知り合い…? 何で…?)」

一緒、落ち着いたと思ったが、すぐさまこちらを見据えた。

「………ふー、……」

教官が顔を覆い、息を吐いた。

断罪されるが如き雰囲気に内心震える。

「…アルド。色々言いたいことはあるが、……無事で何よりだ」

「…ど、どうも」

「だがな。無事であるならば、指示に背いて良いわけではない。…分かるか?」

「はい…」

「お前が悪戯やふざけて指示に背く奴ではないのは分かっている。…何故だ?」

「…叔父の家の周辺が襲われていて…いてもたってもいられなくなりました」

「そうか。…お前が行かなければ、叔父が死んでいた可能性が高いとは聞いている。だが、それは結果論だ。お前が死ぬ可能性は充分にあった」

「…分かっています」

「……お前が死ねば、残された者はどう思うか、考えたか?」

「…う、…」

「聞いているぞ。夫婦を火事の中から助け出したそうだな」

「え? 何で知って…」

「避難所でお前を探していた。無事を祈っていたよ。彼らもまた、お前がいなければ、助からなかったと」

「………」

短い沈黙。

叱責と感謝の間に漂う、複雑な空気。

ただ、息を整えるしかなかった。

「お前はまだ子供だ。16で大人と呼ばれる我が国だとしても、だ。大人には大人の責任がある。私は立場上、叱らねばならん。それが、こちらの事情だとしても、お前を死なす訳にはいかないし、その行動を称賛する訳にもいかん」

厳しく、現実的な意見だ。

反論は出来ない。全て事実だ。

けど。

「ですが…‼︎」

「…だが、お前の無謀で…勇気ある行動は確実に人を救った」

「…‼︎」

「はっきりいって蛮勇だ。運が良かったといえばそれまで。その結果を棚に上げる事も出来ない」

ふっ、と教官の顔が和らいだ。

「だが──…」

教官は一度、目を伏せてから静かに言葉を継いだ。

「その心を私は称賛したい。…よく生き延びた、アルド。反省すべき箇所は反省するといい。だが、その力と心を練磨することをゆめ忘れるな」

「…はい、精進いたします‼︎」

不敵に教官が笑う。怖いとかなんとか考えていたのが恥ずかしくなった。

「流石ですね、教官。素晴らしかったです」

ぱちぱちと拍手をしながら母が微笑む。

「ふん。久しいな、ミア。名前と顔からしてオルダートの息子だとは分かっていたが、お前の子だったか」

「教官にしごかれてるようで何よりです」

「あぁ、才がある。言われてみたら、剣や呪文の才覚は両親譲りか。……無謀さもだがな」

「ふふっ、何のことでしょう?」

「まったく、……まぁ良い、アルド。回復したら、鈍った体を叩き起こしてやるからな。…その為にも今は休めよ」

「分かりました」

「そうしろ、無理はするなよ」

ガチャン、と扉が閉まる。教官は去り、また3人が残された。

「……教官って母さんの代からいたの?」

「いたわよ。流石に年を取って、老練な雰囲気になっていたけれど」

「義兄さんのこと知ってるだけでもベテランだろうな」

 

その後は日暮れまで話をした。

アカデミーの寮暮らしで碌に家にも帰っていない。その間を埋めるように、話し続けた。

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