襲撃事件から早くも二ヶ月が過ぎた。
深手だった傷もすっかり癒え、以前と変わらぬようにアカデミーへ通っている。
しかし、まだ心が何処か浮ついている。
言葉に出来ないような焦燥感が、あの日の記憶と共にこびりついている。
「気が、抜けてるぞッ‼︎」
「っ、うぉっ‼︎」
眼前に迫る木で作られた大剣を跳んでかわし、息を吐く。
まだまだ身体が重い。既に日が暮れ始め、疲労が積み重なっているのもあるだろうが、あの日ほど体力も心も満足には回復していない。
「やっぱりまだ体力が戻ってないんだよ。大剣がマトモに当たったら、またぶっ倒れるなんて分かるだろ?」
「…いや、大丈夫だ。…それに……ルアスも手を抜いてる……そうだろ?」
「…はははっ‼︎ バレたか。病み上がりに本気は出せないよ」
「…悪い。……けど、もう一本頼む」
「…そうか、なら仕方ない。付き合うよ」
担いでた大剣を振り下ろし、構える。
さっきまで豪快に笑っていたのに、今は年頃の女とは思えないほど鋭い眼光をしている。
…これだ。
このピリッとした緊張。何処か呆けた自身を叩き起こすのは、やはり剣なのかもしれない。
「ふっ‼︎」
ルアスは踏み込みながら、下から大剣を切り上げる。
「ほっ、」
下から迫る刃から逃げるように跳んでかわし、間合いを保つ。
槍とは異なるものの、片手剣の間合いとは一線を画す大剣の広さ。踏み込むタイミングを見誤れば、速攻でやられる。
「せいっ、はッ‼︎」
振り上げた勢いのまま、大剣が斜めに振り下ろされる。再び跳んで、間合いを外す。
「ぐっ、‼︎」
着地した勢いで低い姿勢で前方へ踏み込む。手首を返したルアスが放つ突きを頭部スレスレで避けながら、懐へ潜り込み、切り上げた。
「お、」
「……一本」
「…だな」
ルアスの脇腹に添えるように置いた木剣を離して、息を吐く。ようやく一本を奪うことが出来た。
「相変わらず、反応がいいなぁ。さっきまであんなヘロヘロだったのに」
「いや……大分、…反射もあるぞ……」
「復帰数日なら充分でしょ。もう少し一本取られるまで時間がかかると思ってた」
「早く……戻さないと…だからな…」
襲撃のゴタゴタで日時がズレたが、近々兵団の入団試験もある。試験までに仕上げる予定だったが、この有り様である。あまりのんびりと体力を戻していく時間はないのだ。
「とはいっても、全然息も整ってないし。今日は切り上げて、休んだ方がいいぞ」
「…いや、でも」
「おーーいっっ‼︎‼︎」
言い返そうと口を開いた瞬間、訓練場の静けさを破るように声が響いた。
「え?」
声に驚き、思わず二人して振り向く。入り口に、息を切らした同級生…モルクが立っていた。
「どうしたんだ、モルク」
ルアスと共に入り口に歩く。
「はぁ、…はぁ……えっと…アルド君に来客だって」
「来客…?、俺に?」
「そう言ってたよ。面談室だって」
「行ってこいよ。木剣は片付けとくから渡せ」
「あ、…あぁ、助かるよ」
木剣をルアスに預けて、小走りで廊下を駆けぬける。
来客…といっても誰だろうか。母や叔父でないとするならば、思い当たる人物がいない。近所の人…いや、兵団の人か? 以前も襲撃時の独断専行を聴取されていた。が、…話すことは全部話した筈だが。
さて、誰か。
「失礼します」
面談室の戸を開けると、想定外の人物が椅子に腰掛けて待っていた。
「…君が、アルド・グリフィス君だね?」
「え?…はい……?」
座っていたのは、五十代前半くらいの男。豪華な服にどこか余裕のある表情。崩れぬ姿勢に柔らかくも鋭さを帯びた眼光をしている。
しかし…全く会った記憶がない。
「えっと…失礼ですが…どちら様、でしょうか。ごあいにくですが、心当たりがなくて…」
偉い人。そう判断して声が上擦りながら辿々しく問いかける。
「あぁ、失礼した。先に名乗るべきだったね。
はじめまして、私はアレストル王国・宰相補佐ザルグ・ファーベルクだ」
「はぁ、ザル、……はっ⁉︎ 宰相補佐っ⁉︎
そんな方が…俺…いや、私に何のご用でしょうか…⁉︎」
動揺して思考がまとまらず、体がこわばる。
「すまない。驚かせるつもりはなかった。…が、少し事情が混み合ってね。君に話したいことがある」
「えっと、……私に、ですか」
「ふふ、落ち着いてからでいい。深呼吸でもしなさい。少し長話になる」
「………、分かりました」
言われた通りに乱れた呼吸と動揺した心を鎮める。状況はさっぱり分からないが…話を聞くしかないのだろう。
「少し落ち着いたかな? では本題に入ろう」
幾度かの深呼吸をした後にこちらを窺っていたザルグは表情を引き締め、話を切り出す。
「君に、…極秘の任務を頼みたい」
「…極秘?」
「あぁ。その通り。
まず前提として。これから話すことは、王国の最高機密に属する。君が断るにせよ受けるにせよ、内容を漏らすことは許されない」
淡々と事実を告げるように。言葉が発せられる度に空気が一段と冷えていくのが分かる。
「もし、他者に話せば、守秘義務違反……我が国の法の反逆罪として扱われる。君自身はもちろんとして…君の家族にも重大な処分が及ぶことを避けられなくなる。心して聞いてほしい」
「…わ、分かりました。…は、話しません、絶対に、誰にも」
ごくりと喉がなり、声が震える。想像以上の話の重さに、冷たい汗が額を伝うのがわかった。
「あぁ、そうしてほしい」
張り付いたような笑みが酷く不気味で、恐ろしく感じた。
「さて……君に依頼したいのは、極小数で行われる索敵任務だ。
その対象は、…魔王軍」
「……魔王軍?…世界中で被害を出している…あの?」
「そうだ。君自身も2ヶ月前に、遭遇しているな」
「なっ、」
どうしてそこまで知っているのか。そう問おうとしたが、遮るように言葉を紡ぐ。
「魔王出現から既に40年余り。各地で甚大な被害を出ている。滅び消えた村や街は数知れない。我々は…未来のためにも、必ず魔王を討たねばならない」
「だが、事実、…敵の正体を未だ掴めていないのが現状だ。過去に行われた大規模な索敵もほとんど成果を得られなかった」
「じゃ、じゃあ…小数でも変わらない、のでは?」
「以前は大軍を動かす国主導の作戦だった。今回は、冒険者として国境に囚われず、世界中を巡ってほしい。小数であれば、物資の負担も移動の遅延も最小限で済む。索敵は何より隠密性と速さが重要だからな」
「……理由は分かりますが、どうして…私なんですか…? 経験が豊富で…私より優秀な人など…いくらでもいると思いますが…」
ザルグはアルドの目をまっすぐ捉え、迷いなく口を開く。
「我々は君が思う以上に、君を高く評価している。戦闘力、判断力、気質。そして君は若く、まだ伸びる余地がある。その潜在力も含めて…君を選んだ」
重苦しい空気に口が渇き、上手く言葉が纏まらない。吐き出すように枯れた声で答える。
「…ま、待って下さい。そんな、急に言われても…」
「もちろん、今この場で答えを出せとは言わない。しかし、早急を要する。…そうだな、2週間で結論を出してもらいたい。もし、早々と結論が出たのならば、この紙の場所へ迎え。遣いを送ろう」
差し出された紙を受け取る。が、わなわなと震え、紙がくしゃげる。
「そもそも…索敵、でしたよね?何を…何を探ればいいんですか?」
「……魔王軍の実態だ。
奴らがどこから現れ、どう動いているのか、何故…世界を支配したがるのか?
…我々は何も分かっていない。
これまでの大規模索敵が成果を得られなかったのは話したな?」
「……はい」
「大軍は目立ちすぎる。だからこそ、少数で……視点を変えた手段で世界を巡る必要がある」
「……じゃあ、魔王軍のいる場所…敵地にも入る訳、ですよね。一体何人で…」
「…現時点では4〜5人を想定している。先程もいったが、君の任務は情報の収集。戦うことではない。…いたずらに人を増やせば、発見のリスクも跳ね上がる」
少し間を置いて、ザルグは付け加える。
「必要に応じて、国として後方支援は行う。
だが現地で動き、判断するのは……君たち少数精鋭になる」
理由、詳細、目的。詰め込むように告げられる言葉を処理しているが、…納得ができない。
怒りにも似た困惑を机に手を置いて叫んだ。
「いや、やっぱり滅茶苦茶ですよ…‼︎ 幾ら何かを見出しても俺が行く理由にはならない‼︎」
「…すまない。
しかし、兵士や騎士では容易に越えられない国境がある。ギルドには『中立』という立場がある以上、任せられない領域もある。
逆に…冒険者という立場だからこそ、世界中を自由に巡り、各国と接触できる。我々が動けない場所を、君は自然に踏み込める。
……この任務には、その自由さが必要だ」
言いたいことはよくわかる。
よくわかるけれども。
「……でも、なんで俺なんですか……‼︎」
「言っただろう?君だからだ。
若く、しがらみがなく、各国にとって脅威と見なされない。
そして、判断力も、勇気も、潜在能力もある」
拳が震える。
無茶苦茶だ。理不尽だ。込み上げる怒りを言葉にして吐き捨てる。
「……何で、今なんですか」
「…多くは語れない。一つだけ言えるのは、魔王軍の動きに、今までにない動きが見られるということだ。詳しくは機密だが……無為に時を過ごす余裕がなくなりつつある。
任務はアカデミーの卒業後だ。しかし、準備期間にも限界がある。先程も言ったが…君には、2週間以内に結論を出してほしい」
「………」
「納得、したかな」
「……最後に。
俺が、死んだら…家族はどうなりますか」
「…君の家族に莫大な補償を与える手筈になっている。当然、任務の遂行中は、家族の保護を保証する」
「成功しようと、中止になろうと……任務が終われば、君の望むものを可能な限り与えよう。財産でも、地位でも、進路の保障でもだ。将来へ続く道を、国として約束する」
「……分かりました」
「話は以上だ。だが、私からも1つ。
…君には重く苦しい使命を与えることは申し訳なく思う。だが、何もしなければ、先の襲撃は再び起きることは避けられない。君の周りにいる大切な人々を守るためにも、どうか、…慎重に考えてほしい」
ザルグは立ち上がり、面談室を出て行った。
拳を強く握りしめたまま、アルドは静かな部屋に取り残された。
静けさだけが、彼を締めつけていた。