勇者の冒険譚   作:ソト

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第15話 勇者計画③

「、…朝か」

鳥の囀りと早朝特有の静けさが耳に残る。

ガシガシと頭を掻きながら、ベッドから起き上がる。

「くぁ、…」

極秘任務の話を聞いてから既に3日。何かをしていないとグルグルとその話が頭を巡り続けている。そのせいで碌に眠れやしない。

「………今日は、休日か…」

予定を確認し、休日であることを思い出す。寝不足で頭が回っていない。

疲労が残る身体を引きづり、のそのそと剣を片手に日課の素振りの為に外へと出る。

「う、…」

未だ霞が掛かる頭に冬の朝日は眩しい。手で顔を覆い、白い息を吐きながら、いつもの中庭へと歩いてゆく。

中庭に着くと、一角に備わる井戸が目に入った。引き寄せられるように井戸へと足を進め、組み上げた水を飲んで、頭からも被る。

「……ぷは、」

ぽたぽたと髪から水が垂れる。

寒い。が、幾らか目が覚めた。

持ってきた布きれで乱暴に髪を拭いながら、立ち上がる。

「…ふー、…っ」

息を長く、吐き、剣を構える。

力まず、重さに逆らわず。自然体に。

無心に、剣を振り続ける。

 

 

「は……っ、…は…っ…………」

冷え切った体から汗が流れ出し、熱気が全身を包むのが分かる。程よい疲労感。体は温まり、眠気も飛ぶ。朝食前の運動なら充分だろう。そろそろ戻ろうか、と剣を鞘に戻そうとしたが、やはり頭をよぎるのは任務のこと。

ぎり、と歯軋りをし、強く柄を握る。

嫌なら…断れば良い。簡単なことだ。

2週間後にザルグに頭を下げる。それだけ。

頭では分かっている。だが、本当にそれでいいのか、お前は役割から逃げるのか、と囁く何かもそこにいる。喉に刺さった小骨のような酷く不快な引っ掛かりだ。

 

──だが、何もしなければ、先の襲撃は再び起きることは避けられない。君の周りにいる大切な人々を守るためにも、どうか、…慎重に考えてほしい。

 

「…ッ、クソ…‼︎」

邪念を振り払うように、再び剣を振るう。

袈裟斬り、突き、回転斬り。思うがままに。

体が重くとも、肺が痛もうと。息が切れて、目が霞もうと。怒りにも似た衝動に身を任せる。

「だァアアッ‼︎」

剣を握る力が更に強くなる。制御が乱れた魔力が手から滲み出て炎となる。それが剣を伝い、燃え上がる。

「、ァッ‼︎‼︎」

下段からの切り上げ。刈り上がり、舞った草木は燃え落ちる。炎の一閃が空を裂き、火の粉が降り落ちた。

「、はぁっ、…‼︎ はぁっ、…‼︎」

張り裂けそうな肺の痛みに疼き、肩で息をする。思考がままならず、剣を持つ腕が酷く震えるほど、疲弊していた。

「何をやってるんだ、朝から」

後ろから声が聞こえて顔を上げる。そこには大剣を背負ったルアスがいた。

「休日だからって何時から剣を振ってるんだ?、朝食は食べたのか?」

「……何時、…って……まだ……そんなに…」

「日も大分高いぞ。見てないのか?」

「え…?」

ふと顔を上げると、早朝から来た時より、日はだいぶ高い。目測で2〜3時間は過ぎている。

「あぁ、……本当だ。…朝食…は、…食べてないな…」

「もう食堂は空いてない。昼まで我慢するんだな」

「はは…、」

意識をすると、随分腹が減っている。水で誤魔化しつつ、数時間耐えねばならないか。

一旦、汗を拭いて着替えようか、昼まで何をしようかと考えていると、じっとこちらを見るルアスに気づく。

「……ルアス?」

「………アルド、お前、どうしたんだ?」

「え?」

「途中から見ていた。……お前の剣は流麗だよ。今は多少鈍っちゃいるが、丁寧で隙のない確実な剣技だと思っている」

「…?」

何を言いたい。そう問い返そうとしたが、何かを見通すような真っ直ぐな目を見たら、何も言えなくなってしまった。

「さっきのは何だ。炎の一閃…見たことのない技はともかく、それまでの剣技……動きはバラバラで力任せ……お前らしくない」

「…別に、ただ、振り回したかっただけだ」

「嘘だな。お前はそんな奴じゃない」

…事実だろう。ルアスは誰よりも俺の剣を見ている。当てずっぽうでも何でもない、ただの擦り合わせ。…自分の察しは悪い癖にたまにこうだから困る。

「…2日、…いや、3日前か。…モルクに呼ばれた後か? 何かあったのか?」

「…気にしないでくれ」

「気にするよ。友達だろう?」

優しさがじくじくと痛む。このもどかしい気持ちを吐き出せたら、どれだけ楽で整理ができるか。…けど、言えない。俺だけならともかく、ルアスにも迷惑をかけてしまう。

「うーん、言えないか。…じゃあ、例え話はどうだ? 何か言うだろ、言いやすくなるとか何とか」

「…っ、……あ、……」

「言いづらいか?」

「…いや、……大丈夫、言える」

とはいえ、何と言えば良いのか。ただでさえ整理がついてないのに、要点を掻い摘んで、秘密に触れないように例え話をするのは難しい。

「あー、………と…………自分にしか出来ない……危険な仕事をやれって……言われたら、どうする?」

「危険な仕事ぉ? …んー、私は経験を積む為に留学して、ここに来たからなぁ。…やる価値があると思ったら……やるかな。私は、私の決めたことを曲げたくはない」

「…そうか、…そうなのかな…俺は…」

「あくまで私の考えだ。答えは出すのはアルド自身だろう?」

「はは…そうだな」

「あぁ。…ちょっと落ち着いたか?」

「少しな」

「なら、良かった。…求めてた答えは知らないけど…困ったら、また相談に乗るよ」

「あぁ、ありがとう」

「よし、じゃあ私は素振りしてくから。アルドも休めよ」

「分かってるよ」

剣を揺らしながら、寮へと歩く。重くのしかかった責任が、少し軽くなった気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

昼過ぎ。

本当に少しだが悩みも軽くなり、腹も多少満たされ、酷使した肉体。

窓から溢れる日が心地よく、眠い。けれどわざわざベッドで寝るほどでもないと感じている。

「広間に誰かいないかな…」

早朝と深夜を除けば、大体誰かしらいる寮の広間。知り合いがいれば、話すなどして時間を潰そう。いなければ、本でも読もうか。

 

「…残念」

誰もいなかった。驚くほど静かな広間の椅子に腰掛け、息を吐く。

……しまった。読む本を持ってない。大体誰かいるだろうとタカを括っていたのが失敗だったか。

「……ん」

共同の机に置いてある一冊の本。内容が良ければ、これでも…。

『Lark Bible』

…手に取る気も起きなかった。特に特定の何かを崇めている訳でもないが、全くコレには唆られない。否定したいわけでもないが。

「……まぁいいや、図書室で…」

「…あ、アルド君」

ふら、と立ち上がった直後、声がした。

「…モルク」

あの時呼び出した友達。お前が呼ぶから悩んでるんだぞ、そんな最低な八つ当たりが頭をよぎる。……違う、誰のせいでもない。

「少し…いいかな? 話したいんだ」

「…?、いいけど」

予想外のモルクの提案。

暇を持て余していたくらいなので、素直に応じることにした。

「……いや、本当は、誰だって良いんだけどね…」

「正直だな…」

「でも…アルド君にも、聞きたいことがあるんだ」

「俺に?」

「…あまり、思い出したくないと思うけど…聞かせて欲しい。少しは顛末を聞いてるけど……2ヶ月前…どうして、襲撃事件の時にあんなことを?」

「…避難指示に逆らった話か?」

「うん。どう考えても危なかったのは分かってたでしょう? 現にアルド君は重傷を負ってるし」

「…危ないは二の次。いや、考えてもなかった」

「え?」

「住んでた家がさ…城門から近かったんだ。家の近くにあった建物が崩れて火を上げていた。…母さんや叔父さん……俺の家族が俺のいないところで死んでいく。その可能性が怖かった」

「だから、無視したの?」

「そもそも被害があるのか、行って何が出来るか、…被害に巻き込まれるかもしれない……その可能性を考えられるほど、冷静にはなれなかった」

正直な話、覚えていない。衝動で飛び出し、家に走る。火事、倒壊、魔物…死ぬリスクは幾らでもあったが、怯える暇もなく走っていた。

「結果、叔父さんは被害を受けていて…俺がいなきゃ死んでたって。結果論だけど…魔物に殺されかけたし、間違いだったかもしれない。けど、……後悔は、してない」

「……凄いね、アルド君は。…褒めていいのか分からないけど。…怖く、なかったの?」

「怖かったよ。痛くて苦しくて死ぬかと思った。…けど、それ以上に叔父さんを死なせたくなかったんだ」

「………そう、…なんだ」

「けど、モルクが教えてくれたベホイミがなければ、誰も助からなかった。…今更だけど…教えてくれてありがとう」

「いや…君の努力のおかげだよ。私は、手伝っただけだから」

モルクは学生ながら、回復呪文が上手かった。ベホイミの習得はモルクがいなければ、今でも出来ていなかっただろう。

「それで…頑張って応戦してたら、騎士団に助けられた」

「…よく、生きてたね…」

「…俺も思う」

しみじみと実感する。傷は治ってはいるが、肩や脇腹には痕が残っている。何かが違えば、間違いなく死んでいた、それは間違いないだろう。

「……で、話ってのは?」

「え、……あ〜〜、……」

自身に聞きたい話、が区切りがついた今、誰でもいいから話したいと言う話を聞き出す。…も、どうも歯切れが悪い。

「えっ、と…………あの、さ。アルド君は、将来は…どう、考えてるの?」

「え? 将来?…何で急に?」

「…悩んでるんだ。…このままでいいのかって。…だから、誰かに聞きたかったんだ」

「……俺は騎士、」

 

──任務はアカデミーの卒業後だ。

 

「、っ、…‼︎」

「…アルド君?」

「…騎士、…になりたい。だから…少し後の兵団試験が…」

「また、人を助けるんだね」

「……? モルクは…?」

「実家の手伝い、かなぁ。…分からないや」

どうも会話にズレを感じる。違和感…歯切れが悪く、会話が上手く交差しない。

「…もし、また襲撃があったら、…アルド君はまた行くの?」

「……家族が死ぬかもしれなかった。近しい状況であれば…友達も…見捨てることは出来ない。出来ないんだよ、俺は」

「……そっ、か。…君は根っからの…」

「…根っからの?」

「ごめん、…今のは忘れて。話を聞いてくれてありがとうね」

「えっ、」

すっ、とモルクは立ち上がり、声を掛けるまもなく、立ち去ってしまった。

「、…?…何だったんだ…?」

これでよかったのか? よく分からないが…話を通して…自分も少しだけ、…整理が出来たような気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

「いやー、助かるよ」

「もっとこまめに買っとけよ…」

「最近忙しくてなぁ」

「重いんだよ…」

夕方。

暇を持て余していたら、友人に声を掛けられ、そのまま街に買い出しへ。

本、文房具、小物、服、玩具、日用品……とにかく多い。

「……これお前、荷物持ちの為に誘ったな?」

「バレた? 悪ぃね、暇そうだったから」

「良いけどさ。…実際暇だったし」

「ははは、ほらコレやるよ」

「ん?、もが」

両脇が塞がっているのを見たかと思えば、何かを口に押し込んできた。舌で転がる甘く丸い物。

「…砂糖菓子?」

「さっき買った」

「また高い物を…」

「そういうなよ。たまにはいいだろ?」

「…そうだな。美味い」

甘味なんて随分久しぶりだ。舌で転がすと、滲み出る甘みに自然と笑みが溢れる。

顔を上げると、夕陽が街に沈んでいく。また1日が過ぎていく。なんだかんだで…悪くない時間だった。

 

──2週間で結論を出してもらいたい。

 

不意に過ぎる言葉に体温が下がった。

期日に焦り…考え込んでも、答えは出ない。

じわりと嫌な感覚が広がる。内臓を掻き回されるような不快感を誤魔化すように唇を噛む。

「聞いてる?」

「…え、何?」

「聞けよなー。付き合ってもらった礼に飯でも奢るって話だぞ」

「あー、…悪い。…腹が、減ってない」

「そう? んじゃ、俺も食堂でいーや」

善意が痛い。

どうしようもない吐き気が込み上げて、今は何も食べられる気がしなかった。

先程までは忘れられていたのに。

「いやぁ、助かったよ。後は俺が持ってくよ」

「あ、あぁ」

「じゃ、また今度な〜」

震えそうな体を抑えて、寮に着く。自分が抱えていた大荷物をひょいと持ち上げると、自室に去っていった。

「…クソ」

1人取り残された寮の入り口で悪態をつく。影は伸びていき、辺りは闇に染まり始める。自室に向かおうにも、体が震えて、足が前に出ない。

じくりとした頭痛を感じ、外壁によりかかり、座り込む。

…分かっているんだ。

いくら悩もうと、整理しようと。きっと、誰かに促されようと自分が納得出来なければ、答えは出ない。

……俺は、何をしたい?

 

「何やってる」

顔を上げると、冷たく見下ろす男がいた。月明かりに照らされた銀髪が夜風で靡いている。

「…ロイド」

「図書館の帰りにお前が見えてな。…まだ何か悩んでるのか」

「まだ、…って…何をだよ」

「ルアスから聞いた。何かを悩んでいると」

「……っ、…」

心配をかけているのが、言葉から滲む。俺だって、なりたくてなってる訳じゃない。自己嫌悪でますます気が滅入る。

「何があった?」

「………自分の、…将来が…分からなくなった」

「騎士を諦めるってことか?」

「…そういう訳じゃ…ないんだけど」

「…何があったかは知らない。聞く気もない。お前の将来はお前のものだ」

分かっているよ。

だから、こうして。

「だが、1つ、考えろ。何故、騎士を目指した?」

「…何故?」

「幼い頃からの夢だった筈だ。それを目指した軸…原点があった筈だ。それに従え。幾らかは納得出来る理由になる筈だ」

「…原点」

「それ以上、俺からとやかく言うことはない。さっさと自室に帰れよ。夜は冷える」

言いたいことを言うと、踵を返し、寮へと帰っていった。

「…原点。俺の、最初は」

 

憧れ。

騎士の父。

人を助け、人の為に戦った。

煌めく鎧が眩しくて。不屈の意思に焦がれていて。広い背中が格好良かった。

あんな姿になりたいと、幼い頃から思っていたんだ。

 

ふと、記憶がよぎる。

 

家族と囲んだ食事。

剣の手ほどき。……ただの買い物。

 

 

…俺は、何を?

 

 

 

「ッ、……‼︎」

いつのまにか立ち上がり、夜空を眺めていた。

薄暗い雲が流れ、月を覆っていた空がゆっくりと晴れていく。

草木が揺れる闇の中、その光が目に焼き付いていた。

 

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