「カッコいいんだぜ、お前の親父さんは」
「父さんが?」
「あぁ、そうだ」
野菜を並べ、総数を指折り数えていきながら、朗らかに笑う。
「困ってる人は見捨てねえ…暴漢をあっさりとっちめたり、火事の家から我が身顧みず子供を助け出したりな。王都の外でも沢山魔物を倒してる。それを鼻にも掛けねえんだ、…惚れるぜあの人にはよ」
「でも、父さんは母さんに叱られるの、たまにみるよ。正座して」
「そりゃおめぇ、誰にだって上手くいかねえことはあるもんさ。良いところ、悪いところなんて皆持ってる。
…だけど、おめぇも知ってるだろ?
あの人は周りの人が大好きなんだよ。自分が生きるのに精一杯のこの時代に…皆が笑顔で暮らしている。そんな生活を見ていたくて、身を粉にして働いてんだ。
これをカッコいいと言わなくて何ていう?」
「たしかに‼︎ 父さん、すごいかも‼︎」
「はは、だろ? いっぱい言ってやれよ。喜ぶぜ?」
ちょうど数え終わったのか、少し顔を上げて考えると、手を出した。
「お代金、42ゴールドだ。足りるか?」
「あるよ‼︎ 50‼︎」
「おうおう、ありがとよ。お釣りの8ゴールドだ。…鞄に入れたが…持って帰れるか?」
「大丈夫‼︎」
「元気なもんだ、気をつけて帰れよ‼︎」
へらりと笑って手を振っているのを見て、精一杯、手を振りながら、帰路へ着いた。
◇◇◇
「…ん、」
重い瞼を持ち上げ、天井を見つめる。
懐かしい夢だ。父が生きていた頃…8歳とかそこらだろうか。八百屋の親父の顔も、そんな話をしたかも、もう覚えていない。
『…惚れるぜあの人にはよ』
ただ、妙に鮮明で。記憶に残る言葉だ。
「…俺は」
ぽつりと呟く。
昨日から一昼夜かけて、考えて、考えぬいた。俺は騎士になりたいのか?
父さんのようになりたいのか?
何に憧れて、何が格好良くて?
…違う。そういうことじゃない。
「ははっ、」
自然と笑みが溢れた。
強かったからじゃない。騎士だからじゃない。
自分の身すら顧みず。苦労したって構わない。人を助けて、皆のために動いていて。
それなのに、辛そうな顔など一度も見せたことがなかった。
家族と手を繋ぎながら、のどかか街並みを眺めて。
──あぁ、幸せだ。
そんな風に笑える生き方が、格好良かったんだ。
「…そうか」
何も難しいことじゃない。
何日も胸の奥に引っかかっていたしがらみが、少しほどけた気がした。
「らっしゃい‼︎ …何だ、サイルんとこの坊主か」
「どうも、叔父さんは?」
「暇だ暇だってぼやいてるよ」
「はは、なら元気そうですね」
朝食と日課の素振りを終え、ふらりと少し離れた鍛冶場に足を運ぶ。大体1月前に退院するも住む場所のなかったサイルは知り合いの鍛冶屋の一室を借りている。それがここだった。
「入っても?」
「構わん。話し相手になってやってくれ」
一言許可を貰い、奥へと足を踏み入れる。
「やぁ、叔父さん」
「おー、アルド。…何か少し痩せたか?」
「そうかな?」
「…いや、気のせいかもな。寝てばっかで目が鈍ってるのかもしれない」
確かに最近、あまり食べれていない。自覚はなかったが、少し痩せこけているのかもしれない。
「足はどう?」
「まだだな。痛みはまだあるし、杖がなきゃ歩けない。…まぁ、歩けるだけマシだけどな。魔法で空でも飛べれば良かったんだが」
窓から覗く日に目を細め、自嘲するように笑う。何を思っているかが分からなくて、つい聞いてしまった。
「…焦る?」
「ん?」
「歩けることとか…鍛冶屋とか」
「そりゃあ焦るよ。居候してる立場からすればな。…どうにか、鍛冶屋を再開したいが…」
ぽんと、自身の頭に手を置いた。
「命があれば、どうにでもなる。焦ったって転ぶだけさ。…今は特に、な?」
杖を指差し、笑う。釣られて、顔が緩む。
失ったものは多い。
時間が経っても全てが戻るとは限らない。
ただ、サイルはここにいる。
それだけは確かなものだった。
もう迷いはない。
鍛冶屋を出て、歩き出す。
この辺りも多少は被害があったようで、小槌を鳴らす音や材木を運ぶ馬車の音が耳に残る。それと同時に商売をする人々や会話をする人々が目に入る。逞しいものだ。
懐から取り出した、先日貰った紙に目を通しながら、目的地へと歩く。
目指すは王都郊外の小高い丘にある古ぼけた教会。昔は人の出入りもあったそうだが、8年前の襲撃で一部が倒壊し、碌に手が入れられていない、…らしい。
とはいえども、その場にずっと人がいるのだろうか?…宰相補佐やそれに準ずる人が?
予想が付かず考え込みながら、歩いていると、人の気配はとんと無くなり、鳥や自然の音が目立つようになってきた。もはや喧騒も聞こえず、吹き抜ける風で身が凍える。
「ふう、」
ちらりと丘から見下ろすと、街並みや王城が見える。遠い。かろうじて襲撃を受けた場所は分かるが、遠目から見れば何も変わらない平和な街並みにしか見えないものだ。
美しい景色を見て、気合いを入れ直し、改めて教会へと向かう。それから十数分…黙々と歩いて、目的の教会へと辿り着いた。
屋根や外壁の一部が大きく、倒壊しているが、正面は無事のようだ。幸い扉は歪んでも、鍵も掛かっていない。朽ちた戸を引くと、薄暗い聖堂が目に入る。
「…いない」
碌に出入りのない場所だ。いてもおかしくはないと思ったけれど。
「…間違えては…ない、よな?」
聖堂を出て、日の当たる場所で紙を広げる。簡素な地図も特徴も、おそらく間違ってはいない。つまり…。
「アルド様ですね」
「⁉︎」
咄嗟に身を捻って、剣に手を添えながら、距離を取る。…フードで顔は良く見えない。声や体格的におそらく女性。ローブを身にまとっており、全容が分からない。
「…遣……いや、えっと…」
「アルド・グリフィス様ですね?」
「…‼︎ そう、です」
「左様で」
つまりは宰相補佐の遣い。来るだろうとは思っていたが、唐突すぎて混乱する。
「…ザルグ様は…?……アッ、」
あ、まずい。失言か。名を出しても良いのか。セーフだったとして、お前誰だよザルグ連れてこいよと捉えられるか。口を引き攣らせ、冷や汗が流れる。
「………初回の訪問は礼儀を示す為です。命を掛ける物事に、上からの指示だけでは貴方への敬意に欠けるでしょう」
「そ…そうです、か」
「……一度、中へ」
覚悟も警戒もしてきた。だが慣れないものは慣れない。…が、気をつけなければ。
ばたん、と戸を閉める。埃まみれの窓と崩落した屋根のみから光が漏れる。
「…ここに来た、ということは答えを出したと?」
「…はい」
「……」
くいっ、と顎を上げる。言え、ということか。
すぅ、と息を吸い、静かに断言した。
「…私は、任務に参加します」
「……確認ですが、これはお遊びや軽率な判断で参加すれば、間違いなく命を落とします。万が一、辞退を希望しようと認められることはありません。
……これは最終通告ですよ。
参加の意思に、変わりありませんか?」
「構いません。決めたことです」
散々悩んだ。散々怯えた。
だからこそ、もう悩むことはない。
「承知しました」
軽く頭を下げると、女は自身の横を通って、戸へと近づく。確認は終わり、ということか。
「…何故、参加を?」
「…え?」
「失礼。…これは私情です」
自身の背後で足を止めて、女は俺に問いかける。
「貴方はまだ若い。任務も非常に危険が伴う…何が、貴方を突き動かすのです?」
何故、何故か。
言葉に出すのは、初めてだ。
「大層な夢や理由はありませんよ。…俺は俺の周りの人が生きていてほしい。それだけです」
俺も、父と同じだ。
父ほど高潔ではない。
家族や友達、知り合いだけでも何の脅威もなく生きていてほしい。
魔王軍という、恐ろしく強大な敵であっても。
その為に、俺は戦える覚悟がある。
「…なるほど」
フッ、と女が笑う。
「納得しましたか?」
「えぇ、とても。
…アルド・グリフィス。貴方の勇気に、我らは心からの敬意を」
最後に、深く礼をして。
「、…ん⁉︎」
風のように消え去った。
◇◇◇
高速で影が木々の間を抜けていく。
任務は終えた。
後はザルグ様に、参加の意思を伝えれば良い。
「……フフッ」
──俺は俺の周りの人が生きていてほしい。
「命を掛けても…か、」
「勇気、自己献身……あれこそが宰相殿が見定めた…『勇者』の資質か」
更新に間が開きました。
体調不良や多忙が続いてました。