教会での邂逅から早、1ヶ月。
ただ、参加意思の表明をしてから、女はすぐに去ってしまった。今後の話や次に何処で何をするかすら、聞かされていない。
一報入れて城に突撃する訳にもいかない。そもそも、手紙を書いても何処に、どうやって渡せばいいのか。上手く渡せたとて、検閲的なのが入るか、処分されて終いだ。機密情報の取り扱いが分からない以上、こちらから動く訳にもいかない。
何も出来ない以上、ごく普通に剣を振り、授業を受け、変わらない日々を送ってきた。
少しは情勢について調べてもみたが、街に降りてくる情報はそこまで大したものでもない。
「…これでいいのやら」
愚痴を言いながら、廊下を歩き、自室へと赴く。その手には小さい封筒。
「さて」
部屋の椅子に腰掛け、封蝋を割る。
宛名は、『アレストル国家守備隊 兵務局』。
この1月の間に行われた入団試験。それの合否だろう。封筒から書類を取り出して、目を通す。
「……合格、」
ぼんやりと天井を眺める。
不思議な感覚だった。ほんの少し前まで夢を見ていた兵士、騎士への足掛かり。友といれば、騒ぎながら、小躍りでもしていただろう。
手ごたえはあった。筆記はともかく、実技は全勝。採用官とも接戦だった。この結果には満足している。
…けれど、素直に喜べない。
決してヤケになった訳じゃない。やれる事をしなければ、と闘志は強く燃え上がっている。
だが、思えば、遠くまで来てしまった。そんな感覚だ。現実味がないといっていい。
「…やめだ」
がたっ、と音を立てて、立ち上がる。焦燥感で、身を揉んでも仕方がない。受かった、が、別の道を行く。それだけだ。
「散歩しよ」
部屋に篭っても、息が詰まる。今日は剣もそこそこ振った。気分転換に街を歩くのも良いかもしれない。
◇◇◇
「くぁ、…」
あくびをしながら、何も考えずにただ歩く。
気の思うままに、右へ左へ。たまに路地裏。見知らぬ道を躊躇なく歩く。もはや、碌に知らない場所まで来てしまった。
「どの区画だ、ここ…」
見覚えのある尖塔でも見つければ、大体分かる。小高い場所があれば。
「うぐっ」
「邪魔だ、ガキが‼︎」
考え事をしていたら、背中に誰かがぶつかった。酒臭い大男だ。
自身に悪態を付き、肩を鳴らす。向かいには、またもや大男。喧嘩をしている。
「おい、コラ喧嘩すんな‼︎」
飛び出したのは精悍な顔をした男。男は慣れた様子で二人の間に割って入り。
──数秒後には二人とも地面に転がっていた。
「、ぐ、う゛ぅ、…バ…ン、……テメ、…」
「悪いな兄ちゃん、迷惑かけたな」
ひらひらと手を振って、沈んだ2人を引き摺りながら、去っていった。
「……何だったんだ」
怒涛の流れに困惑してぽかん、と立ち尽くす。感情の行き場を無くし、きょろきょろしていると見覚えのある看板を見つけた。
「…、…あ、ギルドの」
ギルド周辺の区画だ。さっきのは冒険者たちなのだろう…通りで荒事に慣れた人の多い訳だ。
「あ」
目的を思い出す。尖塔でも探すつもりだったが、ギルド周辺なのが、分かれば苦労はない。アカデミーまで距離もある。そろそろ帰ろう。
「…もう日が暮れそうだな」
大通りを通っては時間もかかる。この辺りなら、路地裏を通った方が早い。そうと決まれば、足早に。
「アルド様」
ひゅっ、と喉がなる。路地裏の薄暗い影。人の気配はなかった。なのに、後ろに。
咄嗟に身を捩り、剣の柄を握りながら、距離を取る。
「、アンタは、」
「今、お時間はございますか?」
例のローブの女だった。相変わらず顔は見えない。ただ、有無を言わせぬ不気味な圧力がそこにある。
「…ありますよ」
だが、好都合。やる事が分からなすぎたくらいだし、詳細が分かるなら大歓迎だ。帰りの時間が遅くなるくらいしか不都合がない。
「どちらへ向かえば?」
「すぐ分かります…お手を」
「…手?」
差し出された手を見る。…握手、ということか。…手を引かれて、目的地まで?
「…これでいいですか?」
「結構です。では、行きましょうか」
「…どうやって…」
女は懐から青みがかった緑に輝く石のようなものを取り出した。
「…それは」
「目を閉じていた方がいいですよ」
「え、目?」
「ルーラ」
石は淡く光ると、一瞬で世界は弾けた。
ぐらりと世界が捩れる。
激しい光に目が焼けたような感覚に陥る。
「…ご忠告なさいましたよね?」
「早すぎますって…」
ぱちぱちと目を幾度か瞑り、ようやく視界が戻る。…が、何処だここは。
「…先程、…ルーラでしたよね?、ここが目的地ですか?」
「その通りです」
「ここは何処なんですか?」
「…正式に任務に参加になったとはいえ、依然全容は機密です。少なくとも今、現在全てを開示する訳にはいりません」
「…それもそうですね」
顔を上げると、何かの建物が側にあった。全容はよく分からない。…が、周りは木々が立ち並び、人の気配は感じられない。
…少なくとも、見知った場所ではない。
「こちらへ」
案内に誘われるまま、中へと入る。薄暗い…が、汚れはない。人の出入りはある…国の施設か何か、か。
廊下を歩き、目的の場所へ着いたのか、コンコンと戸を叩く。
「入れ」
「失礼します」
「、失礼、します」
中にはやつれた中年男性と赤髪の女性がいた。…が、印象に囚われてはいけない。
「アルド・グリフィスをお連れしました」
「ご苦労」
やつれてはいるが、覇気がある。身が縮こまるような圧があった。
「……アルド、よく来てくれた。…そこに座ってくれ」
「…はい」
「…はじめまして、俺はエード・アンブロス。情報部の人間だ」
「…はじめまして、アルド・グリフィスです」
「…まず初めに。厳しい任務であるにも関わらず、快諾してくれたこと。心より感謝する」
遥かに立場が上の人物が自分なんかに頭を下げている。それだけで、この任務が自分が思っている以上に危険なもので、大事などだと、改めて実感をする。
「さて、ついでに紹介しておくよ。……いや、君からするかい?」
ちらりと背後に立つ女を見る。
「最低限で構いません」
「釣れないね。顔くらいは見せてあげなよ。
…彼女はエレミー・トラウト…ザルグ君の部下だ。今は彼女は臨時で情報部の実務部隊に入ってもらっている。今後も君に用があるときは彼女を通して接触するよ」
エレミーを見ると、フードを脱いだ妙齢の茶髪の女性がいた。こくりと会釈をしたが、それ以上の会話はない。
「そして、俺の隣にいるのは、スペリア・ケルヴァラ。魔道部隊所属だ。既に本計画への参加が決定している。今後、君達は行動を共にすることになるよ」
「…宜しく。アルド・グリフィス」
「どうも、…宜しく、お願いします」
赤髪の女性。魔法使い。…年齢は自分より何歳か上…といったところだろうか。
「さて、本題に入ろうか。
君はどこまで任務を知っている?」
「、えっ…と……、超少数で行う魔王軍の索敵・情報収集任務と聞いています」
「そうか。なら、話は早いね。
現在、任務の参加が確定しているのは3名。更にギルドから1人参加を予定している…まだ選定中ではあるけれどね」
「…計4名…、…確定している残り1人は?」
「諸事情で今日、顔合わせが難しかったんだ。旅立ち前に一度は場を設けさせてもらう。…まぁ、君には不要かもしれないが」
「?」
「…まぁ、今日はそこまで肩肘張るものじゃないんだ。今後の共有の流れや追加説明、スペリアとの顔合わせが主目的だからね」
「…追加説明、とは?」
「大したことじゃない。任務の最中に頼みたいことだ。スペリアが窓口になるだろうからそこまで仰々しいものではない。…定期的に情報の連絡をしてもらいたいんだ。滞在している場所、こちらで持つ情報、別途で手に入った情報…それらによって任務の動きは大きく変わるだろうからね」
「…なるほど」
「もう一つ。現在、ギルドとも協力体制を取っている」
「ギルドと?」
「あぁ。あくまで中立の範囲内だがね。情報提供や手続きなど、多少の便宜は期待できるだろう。…更に物資の供給を依頼した。完全な補助…は難しいが消耗品、食料、金銭などは確約した。旅の最中に困った時に尋ねるといい」
「!、ありがとうございます…‼︎」
国家、更にギルド。2つの巨大組織が援助をしてくれる。無謀な任務であることに変わりはないが、胸中に渦巻く不安を掻き消し、安心感をもたらすには充分だった。
「さて、こんなところかな。……ふう、しんどい話で息が詰まるね。エレミー、一服付き合ってくれないか」
「……承知しました」
エードが立ち上がると、葉巻を咥え、エレミーと共に外へ出る。場には自分とスペリアの2人だけが残った。
「……」
「……」
気まずい。旅に出る仲間とは聞いたが、それ以上は何も知らない。年齢、性格、出身、特技……、何か話した方がいいんだろうか、こういうものなんだろうか。
「……私の顔に何かついてる?」
「え、?、いや」
「……ふふっ、百面相ってこういう事をいうのね」
「…そんなに、ですか?」
「面白いほどにね」
くすくすと笑うスペリアを見て、少し緊張がほぐれる。
「スペリアさんは」
「気楽でいいわよ。気にしないなら、呼び捨てでも敬語じゃなくたって。私は気にしないわ」
「…スペリア………さん」
「…まぁ、慣れるわよ。どうせ私たちは、旅に出れば、数年は共に過ごすことになるのだから」
「…それも、そうですね」
「…アルド、だっけ。貴方はどうして、この任務に?」
じっと、見つめているスペリアの目。吸い込まれそうな深い、深い緑に息を呑む。
「…色々は、当然悩みましたよ。…けど、もう納得しています。
それじゃあ、ダメですかね?」
上手く説明が出来ない。
散々悩んで、決めたこと。
今更、迷いたくはない。
「そう、ならいいわ」
「…スペリアさんは何故?」
「私?……上からの指令ね。…まぁ、何より…」
「……?」
「ごめん、何でもない。ただの勅令よ」
お互いに手探りだ。まだ出会って数分だ、仕方ないだろう。ただ、無言に耐えられないので、周りから話を聞いていく。
「あー、…他に…参加者がいるって話でしたよね? 何か聞いてますか?」
「…回復呪文が得意、とは。貴方は剣に加えて攻撃・回復魔法を扱うけれど専門じゃないでしょう? 私みたいな攻撃魔法特化のように回復魔法特化の人材だと思うわ」
「回復………スペリアさんは何の攻撃呪文が使えるんですか?」
「…メラ系、ギラ系、イオ系、…辺りね。後は補助呪文を少し」
「へえ。イオ系……俺は使えたこともないです」
「ふふ。他にもヒャド系も使えはするけど、少しコントロールが苦手なの。……アルドは?」
「えっと…メラ、ギラ…くらいですね。他はホイミ、ベホイミくらいで」
「なるほど、十分ね」
一応デインも使えなくはない。だが、まだ発動や命中精度が不安定で、あの夜のように思い通りには放てない。要はレベルが足りていないのだろう。
「ん」
「…帰ってきたわね」
コンコン、と音が響く。先程喫煙に向かったエードとエレミーが帰ってきた。
「失礼するよ」
エードは椅子に腰掛けると、間髪入れず話し始めた。
「…多少は話せたかな?」
「は、はい」
「それは何より。…さて、今日は要件は終いだ。先程も言ったが、今後も用があれば、エレミーを通して行う。今後も急な要請にはなるだろうが…応じてくれると助かるよ」
「分かりました」
「ありがとう。…エレミー、アカデミーまで送ってくれ」
「はっ」
エレミーが戸を開け、こちらを一瞥する。またルーラで帰るのだろう。今は何時なんだろうか、食堂は開いているのだろうかとぼんやり考えながら、立ち上がる。
「…アルド君。残り数ヶ月、…学生生活を悔いのないように過ごすといい。怪我などないことを祈っているよ」
「…はい、ありがとうございます」
一礼をし、部屋を出る。
本格的に計画が動き出す。
不思議と、足取りは軽かった。