休日の昼下がり。
街を散策していた時だった。
「‼︎」
気配がする。咄嗟に柄に右手を添え、振り返る。
「…召集ですか?」
「話が早くて助かります。こちらへ」
エレミーが来た、ということはそういうことだ。躊躇なく、差し出された手を握り、目を瞑る。
「ルーラ」
葉が擦れ、木々がざわめく。土の匂いが鼻を掠める。目を開けると、以前来た施設の前にいた。
「こちらへ」
手招きされて、背後を歩く。
さて、何の話だろうか。順当に考えれば、確定しているも顔を合わせ損ねた3人目との顔合わせ。ギルドからの人間にも会うかもしれない。
「失礼します」
以前誘導された部屋とも変わらず。中に入ると、エードとスペリア、そして見知らぬ男性が1人いた。
「……」
紫がかった黒髪。椅子に深く腰掛けながら、こちらを品定めするようにじっと見つめている。視線にやりづらさを感じながら、指示された椅子に座る。エレミーはそれを見届けると、一礼して、部屋を去っていった。
「…エードさん。これで全員かい?」
「いや、あと1人来るはずだ。暇だろうが、茶でも飲みながら、待っていてくれ」
男がエードに話しかける。軽薄とまではいかないが、堅物のような性格ではなさそうだ。
「………」
スペリアは変わらず無言のまま、ぼんやりと窓の外を眺めている。
何とも言えない時間が過ぎ去る。少しの時間が経ったのち、廊下を歩く足音と、戸を叩く音が聞こえた。
「失礼します」
入ってきたのは、ローブを被った男性と青髪の女性だった。
「…え?」
案内役は全員ローブという決まりでもあるのだろうかと、考えるのも束の間、見知った顔に思考が止まる。どうやら、それは相手もそうだったようで目をぱちぱちさせて、周りを見ている。
混乱のまま女性が席につき、エードが話を切り出す。
「さて、今日は本計画の実働部隊として確定した4人の顔合わせが主目的だ。…説明は各自で済ましてある。今後の動きに関しては追って連絡する」
エードが椅子から立ち上がる。
「僕は事務仕事があるんだ。残った4人で後は話しておくといい。行くぞ、モズ」
「はっ」
モズと呼ばれたローブの男は短く答えると、エードを追って、部屋を出て行った。
「……」
要は交流会らしい。色々と混乱しているが、ひとまず息を整え、口を開く。
「えっと…まず、自己紹介をしましょうか。
俺は、アルド・グリフィスです」
女は眉を顰め、男は頷きながら問う。
「アルドね。見ての通りの剣士か?」
「はい。後は呪文を少し」
「剣に呪文、ね。…そりゃあ凄えな」
目を細めて、薄く笑う。が、すぐに表情を崩すと、自己紹介を始めた。
「…さて、俺はバント。ギルド所属の冒険者……まぁ、武闘家だな」
バント。自身よりも遥かに背が高そうだし、頑強そうな肉体だ。武闘家というのも納得である。
「で、そちらの嬢ちゃんは」
ちらりと視線を向ける。
「…私。私はモルク・エメルト。回復呪文が得意です」
「モルクか。宜しくなー」
任務の同行者。回復職。それだけなら、何も思わなかった。この人選にも、何か意図があるのかもしれない…だが、聞かない訳にはいかなかった。
「…モルク、何でここに」
「…そっちこそ。アルド君、何でここに?」
「何だ? 知り合いだったのか?」
「…アカデミーの同級生ね。それなりに交友関係はあったみたいよ」
混乱する2人をよそにバントがスペリアに問う。それに構わず、声を荒げて立ち上がる。
「分かってるのか…⁉︎ 死ぬかもしれないんだぞ…⁉︎」
「…アルド君も、騎士になるんじゃなかったの?…同じことだよ、君も、私も」
それを言われると何もいえない。危険度は同じだ。回復呪文の練度で言えば、モルクの方がよっぽど安全かもしれない。
「…スペリアさんは知ってたんですよね?、どうしてあの時…」
モルクの言い分に何も言えない自分は。
文句、やつ当たりにも近い…やり場のない感情をスペリアにぶつける。
「…機密情報よ。言える訳ないじゃない」
「ははっ、その通りだな」
あっさりと返すスペリアにケラケラと笑うバント。何も言えなくなって、すとんと座る。
「…まぁ、全員知っているでしょうけど、改めて。スペリア・ケルヴァラ。魔法使いよ」
「…ケルヴァラ。ケルヴァラね。アンタ、もしかしてアレストル出身じゃないのか?」
全員の名前を聞いたと思えば、バントが突如切り込んできた。言われてみれば、あまり聞かない姓かもしれない。
「まぁ、そうね。幼少期はクレイザムで過ごしたわ。…すぐにアレストルに引っ越したけれど」
クレイザム。火山地帯にある遠く離れた異国。名前くらいは知っている。
「へえ、裕福だったんですねえ」
「…いや、そういう訳じゃないけれど…」
「違うのか?」
世界各地が魔王軍によって不況が続く時代だ。引っ越しが出来るなら、それなりに裕福だと思うけれど。
言い淀むスペリアに俺とモルクは首を傾げる。
「……いや」
「あー、アルドとモルクはアレストル出身か?」
「え?、あ、はい」
「俺もです」
「アカデミー生なんだろ? 優秀な奴しか入れないって聞くぜ?そこで何を習うんだ?」
「基礎学問に…俺は剣とか兵法、呪文とか」
「私は…経済とか薬学、回復呪文ですね」
「ほお。ってことはスペリア含め、実戦的な知識とかはない訳か? 野営とか出来るか?」
「…私は出来るわよ。そこまで専門的に詳しい訳じゃないけど経験なら」
「俺は剣の試験の時に少しだけ」
「私は無いです…」
「じゃあ意外と旅はどうにかなりそうだな。もし、未経験3人だと、流石にきちーからな」
「…一応魔道部隊も兵士よ?索敵とか食料確保とかは問題ないわよ。地図とかだって、読めない訳じゃない」
「地図くらいなら、俺もいけますよ。…経験がほぼ無いですけど」
「…食材とか物資の管理くらいなら…」
「あー、充分充分。駄目にすると面倒だからな。助かるわ」
何が出来るかを聞いて、役割を回す。ギルドから選ばれた冒険者なだけあって、明らかに旅慣れしていると感じた。
「…凄いですね、バントさん。旅慣れてるというか…会話が上手いというか」
「経験だ経験、年の功ってやつだよ」
「年の功って…貴方、21でしょ」
「何で知ってんだ、スペリア」
「…一応、上から情報は得てるからよ。経歴とか…生まれとか…、分かるところだけだけどね」
「え?全部知ってるんですか?、そんなとこまで?…俺たちにも何か教えてくださいよ」
「バントは15のときに冒険者になった、とか?」
「自分のを言え、自分のを」
バントのヤジにため息をつきながら、スペリアが答える。
「…私は23。ある程度前に魔道部隊入りをしたわ」
「ある程度…? 16とかですか?」
「10」
「…10?」
「ガキじゃん」
「そんなに幼い頃から…? どうしてそんな…?」
「…長い話よ。それよりモルクは?」
「え、私ですか?」
「年齢とか経歴をいう流れでしょ?」
「あぁ、……えっと、私は18です。商会で生まれて……現アカデミー生です。…あ、僧侶の資格がありますよ」
「何だソレ」
「ざっくりいうと…回復呪文を扱うための資格、みたいなものですね。教会に所属する資格ではありません」
「あぁ、冒険者の僧侶連中が破戒僧ばっかなのはそういうことなのか…?」
「ははは。…そういえば、バントさんはどこの出身なんですか?聞いてない気がします」
「俺? ストロイドだよ」
「ストロイド?…ストロイドって軍事国家の?」
「そうそう」
ストロイド。軍事力では世界随一とも言われる大国だ。
「…何でそんな国から冒険者に…? 兵士を目指す方のほうが多そうですけど…?」
「はは、兵士なんて、性に合わなくてな。俺は自由にやりたいんだ。…ま、俺には俺なりの理由があるもんさ」
「へぇ…、俺、冒険者のことはあまり知らないんですよ。何をしてたか聞いてもいいですか?」
「おう、いいぞ。てかアルドもモルクも敬語もいらねえよ外せ」
「え、急に言われても…」
「慣れりゃ外れんだよ、慣れろ」
その後も、他愛もない話は続いた。
アカデミーでの話、旅の失敗談、各国の文化。内容は取り留めのないものばかりだったが、不思議と退屈はしなかった。
そうして時間が過ぎた頃──。
モルクはポットを持ち、カップに注ぐ。ぽた、と水滴が一粒垂れた。
「あ、…紅茶がない…」
「結構話したな。どれくらい経った?」
「さあ、…どちらにせよ、お開きね。足音が聞こえる」
「…、…本当だ」
「ま、今後も呼ばれるだろうし、長い付き合いになる。これからも、宜しく頼むぜ」
バントが纏めると同時に戸を叩く音が響く。
「失礼するよ」
書類仕事を終えたからか、やや疲労の見えるエードは部屋に入るやいなや、そのまま椅子に腰掛けた。ちらり、と空になったカップを見て、微笑む。
「楽しく話せたようで何より。…さて、今日の要件は終いだ。繰り返すが、今後の任務については追って詰めていく。それまでは…各自自由に、そして、旅立ちの準備を進めて欲しい。
頼んだよ」
◇◇◇
「もう夕方だな」
「そうだね」
施設を出た後、アカデミー近くの路地裏に帰ってきた。同じ寮へと帰る俺とモルクは道を歩く。
鳥が鳴く。風が吹き、枯葉が舞い散る中、口を開く。
「モルク。俺は後悔しないよ。進むべき道を見つけた」
少し目を見開いたモルクは、小さく笑う。
「………私も。
うん。決めたよ。後悔しない。私も…私の出来ることをするから」
差し出された拳にこつんと、拳で返す。
旅立ちは、数ヶ月後。
それでも、その日は確実に近づいていた。
ルアスはストロイドからの留学生だったりする。