勇者の冒険譚   作:ソト

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第19話 出立

 

初めて仲間3人と顔合わせをした後も、日常は大きく変わることはなかった。唐突に呼び出されては、任務の話を詰めていく。

ギルド関連、旅の目的地、移動方法などを決めていく内に、数ヶ月が経ち。

…気付けば、アカデミーを卒業する日になっていた。

 

 

 

お堅い制服を身につけ、裏手にある広場の長椅子に腰掛ける。長く続いた冬も終わり、蕾は花を咲かせ、蝶々が舞い踊る。陽気な日差しを浴びれば、じんわりと汗が滲み出る。腰には変わらず剣。手には修了証の入った巻物。

「よう」

「ロイド」

顔を上げると同じく、制服に身を包んだ親友がいた。

「アルド…お前、何でこんなとこにいるんだ」

「お堅い雰囲気に慣れなくてね。気疲れしてさ」

「…で、1人で感傷に浸っていたと」

「はは、そんな訳ないだろ。……で、ロイドは何でここに?」

「お前に会いに来た。一応、区切りだしな」

「何だそれ」

ロイドはそのまま、長椅子に腰掛ける。

「………長かったような、短かったような…よく分からない感覚だな」

「お前、本とかばっかだっただろ。変わり映えしたのか?」

「したわ。好きに研究もやったし、いろんな場所に出向いたりな。たまには剣にも付き合っただろうが」

「身体をほぐしたいとかそういう理由じゃなかったか…?」

「さぁな。覚えてない」

「お前…」

口角を少し上げて笑うロイドに溜め息を付く。ふと、耳を掻いたロイドの手元へ目がいく。もう片方の手では、修了証をくるくると弄んでいた。

「…卒業したら、何するって言ってたっけ」

「ラミガートの研究室。魔道具を作る場所」

「あぁ、そうだった…言ってたな…」

「俺には魔法の才があるからな。腐らせる理由がない」

凄まじい自信である。しかし、それが傲慢であるとは思ったことは一度もない。昔から机に向かう時間は誰より長く、魔法の腕も教師が認めるほどだった。

好きで魔法を学び、好きに魔道具を弄る。まるで魔法の為に生きる男だと思っていた。

「…アルドは兵士だろう? お前なら数年、真面目にやれば、すぐに騎士になれるさ」

「…はは、だといいけどな」

「気張り過ぎるなよ。死んだら元も子もない」

言い淀む自身の言葉をロイドは緊張と受け取ったらしい。表向きは兵団の少数遠征任務。そう説明されている以上、それは間違いではない。けれど任務を終えた先に…自身が騎士や兵士…何者になっているかは分からなかった。

「…さて、行くか」

「ん、おお」

話に区切りがついたのを境に、椅子から立ち上がる。本来なら級友と別れを過ごすような時間なのだ。2人で駄弁り続けるのも悪くはないが、そうもいかない。他にも会っておきたい相手は沢山いる。全く別れの挨拶をせずに去るのは避けたかった。

 

 

◇◇◇

 

 

正門近くまで歩くと、同級生で溢れかえっており、別れを惜しんでか歓談している。

「あ、何処行ってたんだ?」

「広場。ちょっと疲れてさ」

「わかるわかる。ダリィよな、堅苦しくて」

声を掛けてきた友人と軽口を一言二言話して、適当に場を歩く。

「ロイドは話すやついないのか?」

「…まぁ、…大体は」

よそ見をして小さく呟く。目を逸らしたロイドを見て、何となく察した。

「あ」

何人かの友人と言葉を交わしながら歩いていると、遠くで教官と話す親友を見つけた。

「ルアス……あ、ロイドは話した?」

「話した。…けど、行くよ。やる事もない」

「そうか」

背後についてまわるロイドを連れて、ルアスの元へ赴く。

「や、ルアス」

「ん? あぁ、アルド?…ロイドまで。何処にいたんだ? リノ教官と話すからって探してたのに」

「野暮用でな」

「ははっ、何だ野暮用って」

変わらずルアスは笑っている。揺れる体に従って、背負い込んだ大剣も揺れる。

「リノ教官に用か?」

「いや、ルアスにだな。教官がいるなら、ついでに話したいけど」

「私に?」

「近々ストロイドに発つんだろう?当分は会えなくなるし」

「まぁ、そうだな。2週間後には王都を出なきゃいけない」

「2週間?早くないか?」

「元より秋期入団予定だ。何より定期船の本数が少ないしな。乗り損ねると、何ヶ月も待ちぼうけになるし、向こうでもやることはあるんだ…早めに帰るに越したことはない」

「大変だな…」

「父から相応の金は貰っている。そんな苦労はないよ」

「…ストロイドに戻ったら、入団試験か?」

と、教官が横から口を挟む。

「はい。実家に戻って、夏期試験を受けるつもりです」

「そうか。お前の実力ならば、余程のことがない限り問題ないとは思うが…何が起きるかが分からない」

「承知しています」

「結構。だが、基礎を怠れば、足元を掬われる。慢心せず励むことだ」

「はい」

「お前もだぞ、アルド」

「え、はい、?」

「実力は共に申し分ない。ただアルド。既に入団の資格を得たとはいえ……お前はまだ精神的にも未熟だ。己を律し、磨くことを忘れるな。特に、兵団は規律には厳しいぞ」

「ふふっ、」

「何を笑ってるんだよ…」

「半年前に暴走した奴には耳が痛いだろうと思っただけだ」

「…悪かったよ」

「…だが、奴も騎士でありながら、命令を無視して、すぐに人を助けに…」

「教官?」

「いや、何でもない…ところで傷は癒えたのか? 仕合や鍛錬は問題なさそうに見えたが」

「そうですね。痛みはないですし…動きもほとんど元に戻りました。新しい技も仕上がりましたし」

「それは僥倖。…例の炎の剣か」

「ええ、不発は殆ど無くなりました。他の呪文もまずまずです」

「『火炎斬り』か。私ももう一段二段伸ばしたいところだ」

「次会えたら、更に凄いのを見せてやるよ」

「負けられないな。完封してやる」

「期待してるよ」

ルアスは口角を少し上げて笑う。その目は強く燃えていた。

「……さて、私はまだ挨拶してない人がいる。そろそろ行くよ」

「そうか。またな」

「リノ教官も。3年間、お世話になりました」

「あぁ、達者でな。ストロイドでの活躍に期待している」

ルアスは改めて一礼すると、その場を去っていった。

「それで、アルド。私にも話があるんだったか?」

「まぁ、えぇ…最後ですし…改めて、礼を言おうかと」

「そうか。思い当たる節がありすぎるな」

「う゛…それは、」

通常の指導、技の開発、先の騒動の独断専行に、それに伴う怪我や入院、復帰後の慣らし…ここ数ヶ月だけでも思い当たる節が多すぎる。

「まぁ、…その辺も含めて…本当に色々、ありがとうございました」

「ああ。それら全てを糧にしろ。達者でやれよ」

「はい」

深く頭を下げる。まだまだ完成形には遥か遠いが、教官がいなければ、きっとここまでにすらなれなかったろう。

「そこの銀髪。お前も達者でな」

「…はい、……?」

そういって、笑いながら教官は去っていった。

 

 

「ロイドは一旦どうするんだ? すぐにラミガートに向かう訳じゃないよな」

「いや、数日後に出る。ルーラを覚えたから、行き来は問題ないが、住む場所の準備や手続きが済んでない」

「……あれ、初めてラミガートにはどうやって行ったんだ?そんな長期不在なんてなかったよな…?」

「色々伝手を探して、運んでもらった。一回踏み入れたら、ルーラで直ぐだ」

しれっと凄いことを聞きながら、人混みを歩く。自由にやっていると思っていたら、知らない内に色々していたらしい。

「全然知らなかっ…」

人混みの中で一際目立つ青髪。人と話していた彼女が不意に向けた視線が自身の視線と交差する。

「……」

じっとこちらを見る赤い瞳。分かっている。忘れてなどいない。今は今だ。

「…どうした?」

「モルクに、挨拶をしようかなって」

「ああ。…人しかいないな。人気者は困る」

少し人が去った後に一言二言話せれば良い、と考えていると、モルクが人混みを掻き分けてこちら側に来ていることに気づいた。

「アルド君」

「…モルク」

「また、今度ね」

「…あぁ。また、今度な」

多くは語らない。

どちらも同じ気持ちだ。

「ロイド君も。ラミガートでも頑張ってね。応援してるよ」

「…?…ああ、そっちこそ。達者で」

優しく微笑むと、手をひらひらと振って、元の場所へ戻っていった。

「……」

「アルド。知らない内にモルクと付き合ったりとかしてるのか?」

「してないけどッ⁉︎」

そんな馬鹿話。

それを繰り返して、話す話題が尽きた頃。

名残惜しそうに正門を超えて。

振り返ると、アカデミーを彩るように花びらが舞っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

それから早、2週間が経った。

退院した叔父サイルは母ミアと共に借家に引越し、杖で歩きながらも、近場の鍛冶屋で装備を鍛える生活を送っていた。

任務に出るまでの間はそこで世話になっている。その間にも、最終確認として何度かエレミーの訪問があった。

細かな調整を繰り返し、準備を進めて。

気付けば、任務開始の日になっていた。

「起きなさい。起きなさい、アルド。

今日は初めて兵士として働き始める日でしょ」

「………あー……緊張かな」

余裕を持ったスケジュールとはいえ、いつも起きる時間を既に超えており、母のやや呆れた声で目が覚める。

のそのそと布団から這い出て、服を着替える。時間は全く問題はない。食事をしても充分に間に合うだろう。

 

 

パンを頬張り、水を飲む。喉が通らない、ということはないが、やはり落ち着かない。

「アルド」

「…何?叔父さん」

「部屋に来い。渡したいものがあるんだ」

杖を付いて自室に向かうサイルの後を追う。戸を開けて、机に置かれた布が巻かれた長物を見つけて、思い出す。

「お前の剣を手入れし直しておいた。切れ味もグリップも良くなってる筈だ」

「あー、…落ち着かないと思ったら…」

3日前に唐突に寄越せと回収された剣が返ってきた。もはや命の一部となっていた剣が手元にないのに、忘れていたとは、本格的に浮き足立っているのかもしれない。

「うん、握りが良い。欠けもない」

「当たり前だ。職人だぞ」

握った剣を鞘に納め、腰に備える。何処か昂っていた心が凪いでいくのが分かった。

「ほら、あとは砥石。良いやつだ…手入れは怠るなよ」

「分かってるよ」

「ただ…大きく欠けたり、折れたら、ちゃんと変えろよ。無理に義理立てして死んだら世話ない」

「それも大丈夫。寿命は見誤らないよ」

「そうか、なら大丈夫だな」

「あとは大丈夫?」

「あぁ、これで全部だ」

しっかりと腰に鞘が収まっているのを、改めて確認し、部屋を出ようと戸に向かう。

「アルド‼︎」

「、…何?」

「頑張れ、無理はするなよ」

「…大丈夫だって」

正面からの激励がどうもむず痒くて、少し目を逸らしながら、答える。笑うサイルの顔を見れず、隠れるように部屋を出た。

 

 

「こんな感じかなー…」

鏡を見ながら、慣れない胸当てを装備する。かなり前から支援として支給されていたものだが、やはり何処となく違和感がある。

後は肩当て。左肩に取り付ける。同じく、違和感はある。…一応付けて動く練習はしたので、問題はないが。後はサークレット。兜の一部らしいが、意味があるのかはよく分からない。取り敢えず付けておく。

「…似合ってるのか、これは??」

軽装の剣士としては個人的には理想な装備だ。防御力は最低限保ちつつ、動きを阻害しない胸当て。突き出す左肩を守る肩当て。額は守ってくれるサークレット。

「まぁ、良いか。剣士なら充分だ」

客観視は諦めた。実用性に勝るもの無し。

「そろそろか」

自室から薬や食料、着替え、諸々の道具を詰めた大袋を背負い込む。

「アルド」

「母さん」

起きてからも、朝食は作ってくれたが、不自然なほど喋っていない。母として、思うところがあるのだろうか。

「ハンカチ持った?」

「…え?…持ってるけど」

「着替えは持った?」

「持ってるよ」

「剣は忘れてない?」

「腰にあるでしょ」

「…えぇ、そうね」

柔らかく、優しげに微笑む。

「……っ…」

3年間、殆ど会っていなかった。

また当分会えなくなるだけだ。

大して変わらない。変わらないだろう。

「気をつけてね、アルド」

「…いってきます‼︎」

「えぇ、いってらっしゃい」

僅かに芽生えた寂しさを振り払うように玄関の戸を開け、外へ飛び出す。目尻に浮かんだ涙を拭い、目的地へ走り出した。

 

 

◇◇◇

 

 

「はっ、…はっ、…」

勢いのまま走ってきたが、目的地が近いことに気づくと、歩幅を緩める。

「早く来すぎたかな…」

深く息を吸い、呼吸を整えながら、歩き続ける。目的地は王都アリサーストの東門。そこから任務は始まるのだ。

 

歩くこと、十数分。

「…着いた」

眼下には巨大な門があり、小さな出店や冒険者、商人が所狭しと溢れかえっていた。

「何処にいるかな」

集合時間よりは少し早い。背負った荷物を抱え直すと、人が集まれそうな場所がないかと探し始める。とにかく、この人混みから抜けたい。

「やあ、アルド君」

「…モルク」

声を掛けられ、後ろを見ると、旅装束を身につけたモルクがいた。その背には見慣れない槍。

「え?槍?…使えたのか?」

「護身用だよ。…まぁ、君みたいに達人ってわけじゃないけど」

「まぁ、……魔物と戦う訳だしな」

「そうだねえ。…あ、カッコいいね、その鎧。何だか新鮮だ」

「俺も新鮮。…ま、何があるかは分からないからな、…動ける範囲で守らないと」

「ごもっともだね」

軽い雑談をしながら歩き続け、人の少ない城壁の側で足を止める。そこにはフードを被った女が煙草を吸っている。

「あれ、スペリアさんじゃない?」

「え?そうか?」

よく目を凝らすと、確かに側に大きな杖がある。魔法使いに見えなくもない。

「…?」

顔を見ようと少し回り込むように近づくと、女が顔をあげた。拍子に影の中で赤い髪が揺れる。

「早いわね、2人とも」

「…こんにちは、スペリアさん」

「こんにちは。そちらも、お早いですね」

「……軍人の性分でね。早く行動しないと落ち着かないの」

自嘲気味に笑うと、手に持った煙草から灰を落とし、煙を吐いた。周りに喫煙者があまりいなかったせいか、どうも新鮮に見える。

「…ごめんなさいね、見苦しいものを見せて」

指先の煙草は、小さく燃え上がると一瞬で灰になって落ちた。

「あ、いえ、…別に大丈夫ですよ」

気を使わせてしまっただろうか。既に出会って数ヶ月は経つというのに、何処となくぎこちなさを感じる。

「気楽に行きましょ。…肩肘貼り続ける方がよほど危険だもの」

「…ですね」

そう言われると、少し気が抜けた。そよ風を感じながら、たまに会話。そのまま、最後の1人を待ち続ける。

………待ち続ける。

「…あと3分」

懐中時計を開くスペリアは眉間に皺を寄せながら呟く。バントが来ない。

「まぁまぁ…気長に待ちましょうよ。人混みに呑まれてるとか…私たちを探しているのかもしれませんし」

「…まだ、時間でもないし。置いてかないわよ。どうせ、情報部が動向を追っている。…逃亡していなければ、すぐに見つかるわ」

周囲を見回すが、やはり見当たらない。

普通にまだ来ていないだけ?遅刻?逃亡?

色々な可能性が巡り、不安が広がる。

 

「悪り、遅れたか?」

「いや、丁度ね」

普通に来た。頭を掻き、欠伸をしながら、バントはやってきた。旅慣れているのか、服の所々にある汚れや傷が目についた。その手には手綱、そして繋がる馬。

「う…うま…?」

「元々荷馬は連れてく予定だろ? 集まってから、なんて言われてねえし、先に連れてきた。ちょっと時間ギリギリになっちまったが」

「あー…なるほど…」

道中は随時変わるとはいえ、旅立ちに関しては念入りに話し合いをしている。取り敢えず今は荷馬を一頭借りて、旅を進めることになっていた。

「荷馬がいねえと、寝具とか運ぶのがしんどいからな〜。一応、歩きでも遅くとも3日後には小村に着くって話だが。2日は雑魚寝だしな」

「テントのあるなしじゃ、大分違うでしょうしね…」

「そうだな、…宜しくな」

さら、と馬の背を撫でる。それに応えるように、ぶるると鼻を鳴らす。それを見て、スペリアは手を叩いた。

「さて。揃ったことだし…行きましょうか。時間が惜しい」

「だな。魔物も出るだろうし、早めに連携はやっておきてえ」

「…そうですね、…頑張ります!」

意気込む3人を見て、一度深呼吸をする。

深く吸い込んだ空気が、熱くなった体を巡るのを感じる。

…大丈夫だ。

俺は。俺はやるべきことをやる。

「えぇ、行きましょう‼︎」

 

荷馬を連れて、4人が歩き出す。

城門の側にいた兵士に書類を見せ、出立の手続きを済ます。

音を鳴らし、上がる城門の下を潜ると。

視界の先には、見渡す限りに広がる草原があった。

 

日に照らされ、風でざわめく草木。

果てが見えないほどの長い街路。

城門に阻まれない広い世界がそこにある。

ただの第一歩。

しかし、熱いものが込み上げるには充分だった。

「…よし、やるぞ‼︎」

 

後に勇者となる青年の、長い旅路が。

今、始まった。

 

 

【第1章 青天霹靂 完】

 




ようやくです。
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