「っ、……あ…?」
ぱち、と瞼を開ける。ぼーっとする頭の中、何かがけたたましく駆け巡る。
鐘の音。
「……は?」
一度、意識が覚醒すれば、より鮮明に耳をつんざく。かつての事件を思い出すような。
慌ててベッドから飛び降りる。光が漏れるカーテンを乱雑にこじ開けた。
「……何が、起こってる…?」
寮から見える月明かりに照らされたいつもの街並み。遠くに見える城門が。その周辺が。赤々とした火の手が上がっているのが見えた。
「っ、……襲撃…⁉︎」
どくん、と鼓動が跳ねる。
カーテンを握る手が震えた。
「あ……、…ぁ………‼︎」
またあれを見るのか?
壊された街。
広がる血溜まり。
喪う人々。
次に帰ってくるのは、母か?叔父か?友人か?
「はぁっ、……はぁっ、…‼︎」
脳裏によぎって、膝をつく。
丁寧に死化粧をされた父の顔。
それでも隠しきれぬ戦禍の傷跡。
──また、あれを?
「……まず…動かないと…」
せめて何か指示が聞きたい。
どうしたらいい?
…何を、すればいいんだ?
逃げ出すように部屋を飛び出す。
廊下に出てから、腰の重みに気づいた。
──剣だ。
いつの間にか、手が伸びていたらしい。
そのまま足音を響かせて、広間へ向かった。どうやら、寮の人らも似たような考えだったようで、ざわざわと人がごった返していた。
「全員いるかッ⁉︎」
「また奴らが来たんですか⁉︎」
「やだぁ‼︎ 死にたくねえよぉ‼︎」
無数の声が飛び交い、誰が何を言ったのかすら分からなかった。 ただ、あらゆる不安と恐怖が、この空間を支配していた。
全員がパニックで、思い思いに叫ぶ。教師の顔も明らかに焦っており、指示が分からない。
「落ち着け、生徒らッ‼︎」
一際、声の通る覇気のある声。一瞬の間は凪のように伝わり、一転して静寂が場を包む。
「(教官…)」
現れたのはアカデミーの剣術師範。戦える大人の登場に、張りつめていた心が少し緩む。
「察しの通り、王都に魔王軍が襲撃してきた‼︎ 騎士団、兵団、魔道部隊と連携して、敵の排除を行うッ‼︎」
当然、ざわつく。が、鋭い眼光でそれ以上の会話を許さない。
「諸君らは隊列を組んで、避難所へと向かえ‼︎ 命を最優先に考えろ‼︎ 物を持ち出そうなどとは考えるなよ‼︎」
事件の概要。対策。そして、生き延びるための道筋。不安で揺らいでいた心に、それらが確かな光を灯した。
「隊列を迅速に組み直せ‼︎ 私に着いてこいッ‼︎」
教官らに護衛されながら、隊列を組み直し、避難所へと向かう。
「(これで助かる)」
漠然とした安堵感。浮き足立つ気持ちを抑え、避難所へと走る。周りも幾らか落ち着きを取り戻したようで、張り詰めた空気も多少は緩んだのを感じる。
「(大丈夫)」
剣が腰で揺れる。
「(大丈夫だ)」
今の自分じゃ、足手纏いだ。
「(手伝えることだってあるんじゃ?)」
何のために剣の腕を磨いた? 何のために魔法を覚えた?
「(違う…これは間違ってない)」
仕方のないことだ。教師は生徒を守らざるを得ない。迷惑をかけられない。
「(正しいはずだ)」
燻る心を押し殺し、ひた走る。
これは最善だ。自分に出来ることは何もない。
遠目に見える火を横目に。
ただ、流されるように走っていく。
ブレるな。考えるな。
「クソ、もうあそこまで火の手が…‼︎」
「兵士が足りてねえのかよ⁉︎」
「まずは生徒を避難させてからだ‼︎」
周りで話す大人の声が耳に入る。
濁った目で、火の手を見やる。
城門に近い、大きな図書館が目印の場所。
「…え」
また、火の手が上がる。
建物が崩れるのが見える。
「おい、止まるな‼︎ 走れ‼︎」
「あの、場所は…」
「聞いてるのか⁉︎ おい‼︎」
見覚えがある。
あの建物の周りで友人と走った。
母と歩いて、りんごを買った。
叔父が打った、この剣をくれた。
……俺の街。
「おい⁉︎ 何処へ行く⁉︎」
「錯乱したか⁉︎」
「止まれ、アルドッ‼︎」
知ってしまったら──
見て見ぬふりなど、出来やしない。
何かに取り憑かれたように。
理性も、感情も置き去りにして。
足が、前に出ていた。