勇者の冒険譚   作:ソト

4 / 16
第4話 誕生前夜③

何をやっているんだろうか?

どうして、俺は走っているんだ?

指示は? 避難は?

…頭がぐちゃぐちゃになって、まとまらない。

 

なのに、足が止まらない。

止めたいのに、止まらない。

行き先なんて分かるはずもない。

……でも、分かっている気がした。

 

息が苦しい。

空気が熱い。

音がうるさい。

 

ここを曲がれば、大通りに出る。

街が、燃えている。

人が、倒れている。

…逃げ惑っている。

──そうだ。

俺が、ここに来たのは──。

 

「ガァルゥヴァアッッ‼︎」

「⁉︎」

咄嗟に飛び退く。何かが目の前を掠めた。

視界はまだ闇に包まれているが、炎の明かりで目を凝らせば、かろうじて姿が見える。

「……この辺りじゃ、見ないな…」

青く生えた毛に茶色の衣服を身に纏う魔物。狼のような鋭い爪と牙を持ち、ギラギラと目を光らせている。

──リカント。

そんな名前の魔物だった、はずだ。

「…通らせてもらう」

腰の鞘から抜剣し、構える。

魔物が戦線を抜けてきた。そして、路地の中で一人の男が剣を抜いた。

死の気配が、瞬く間に場を支配する。

息を呑む気配。遠ざかる足音。

叫び声すら、もうこの路地には届かない。

 

「グルル…」

「…ふぅー、…」

深く、息を吐く。

──落ち着け。

 

目を凝らせ。

一瞬の隙を見逃すな。

 

昂っていた鼓動が、徐々に静かになる。

燃えていた音も。叫ぶような声も。

耳から消えていくように。

凪のように。冷静に。

「ガァルァッ‼︎」

リカントが飛びかかる。右の爪を振りかぶっている。顔面を抉るつもりだ。

「ふっ、‼︎」

左脚を引いて、爪を避ける。左が無防備、反撃を警戒していない。

「はっ‼︎」

避けざまに体をひねり、その勢いのまま腰を回して──横薙ぎに一閃。

刃が肉を裂き、断ち切る。切れた右腕が宙を舞い、落ちた。

「ガゥァッ⁉︎」

リカントの体勢を崩す。目線が腕に向く。

「大地斬ッ‼︎」

父に教わった、力の剣。

余計な力を入れず、正しい部位に適切な力を加える──教え通り、それだけでいい。

剣が肩から斜めに振り下ろされ、身体を切り裂いた。

「ガゥ、…」

呻き声を出して、たじろぐ。後方に跳び、反撃を警戒する。

傷口を抑え、焦点の合わない目で膝をつく。

そして、──倒れた。

リカントを やっつけた!

「はぁ、…はぁ、…」

倒れたリカントを見て、荒い息を吐く。

別に魔物と戦うのは初めてじゃない。授業の一環で教官や兵士も同伴ではあるものの、草原や森で、スライムやドラキー、いっかくうさぎとかの魔物なら戦った。

……でも今は、誰のフォローもない。

この辺りじゃ見たこともない魔物と、命を懸けて向き合った。

その事実だけで、体力とは別のもの――余裕や自信――をごっそりと持っていかれた気がした。

「…そうだ、…母さん、…叔父さんは…‼︎」

目的を思い出す。

ここは俺が住んでいた区画だ。母ミアと叔父サイルが住む家と鍛冶屋が近くにある。

「…クソッ、……最悪だ…‼︎」

通りの奥に魔物の群れが見える。兵団が戦っているが、押されているのか、このリカントのように抜けてきたのがちらほらいるようだ。

人が詰まり、道が動かない。

後ろから来るはずの兵団の姿も、いつまで経っても見えなかった。

「あぁぁあぁあぁっっ‼︎」

「邪魔だッ‼︎ 死にてえのかッ⁉︎」

怒声に顔を向ける。

倒れた男を抱えて、ひとりの女が泣き叫んでいた。

男の頭は割れている。……助かる見込みはない。

だが、女は動かない。いや、動けない。

道を塞ぐ2人に、背後の男が怒鳴り声をぶつける。例え、意味など無くとも。

「兵団は何やってんだよッ⁉︎」

「押すなよ、転ぶだろうがッ‼︎」

「早く行けよ、クソがッ‼︎」

「リコッ‼︎ ……リコッ‼︎ どこに行ったのッ‼︎」

それでも、誰も止めようとしない。

人がぶつかり合い、押し合い、倒れた誰かの叫びも足音にかき消されていく。

立ち止まれば、罵声が飛び、進めば、誰かを踏む。

どこにも正しさなんて、もうない。

もう、誰にも余裕など、残っていなかった。

 

リカントが倒れ、人の消えた路地から、阿鼻叫喚の地獄となった大通りを眺める。

いつ、魔物が現れるか。

いつ、人に押し潰されるのか。

いつ、人が死ぬか。

何度も決心した筈の心が震えてしまう。

──思い出せ。

何故、ここに来たのかを。

「…覚悟を…決めないとな…‼︎」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。