勇者の冒険譚   作:ソト

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第5話 誕生前夜④

人の流れに逆らうように、大通りを飛び出す。

自ら、魔物を討ち取ろうなど考えるな。

俺はまだ、ただの未熟な剣士だ。

英雄になど、なれやしない。

ただ──、家族や友を守りたいだけだ。

「はっ、…はっ、…‼︎」

焼けた空気を浅く吐く。

人の間を駆け抜けて。地面を蹴り出す。

走れ。走れ。

 

「助けてぇっ‼︎」

「熱い熱い熱いぃぃっ‼︎‼︎ やだぁあっっ‼︎‼︎」

自宅までまだ距離がある。燃える建物を横目にここまで走ってきた。

「誰かぁっ‼︎」

耳に入ってしまった。

咄嗟に、脚が止まってしまった。

「妻を、どうかッ‼︎」

瓦礫で動けない女性。火事に飲まれんとする中、妻を案じる男性。

…まだ、火は家の奥まで回り切っていない。時間の、問題だろうが。

「(…助ける?)」

脳裏によぎる可能性。今から向かえば、助けられるかもしれない。

「(…俺が?)」

ここまで来る間、焼けた家も、倒れた人も、踏み越えてきた。

息のあった命も、あったかもしれない。

──俺は、見捨てたのだ。

まずは家族と。友を先にと。

今回も…先程と変わりはしない。

偶然、聞こえてしまった、見知らぬ夫婦を。

…同じように、見捨てるだけだ。

「そこの剣を持った君‼︎ 私はいいから、妻だけでも‼︎」

男が立ち止まったアルドを見る。微かな…それでも確かな期待を込めた目で。

「…仕方ない、よな」

何の為にここまで来た。

母を。叔父を。友人を。

守る為だけに。

脚は、目的地に向かおうとしていた。

俺は、2人を。

 

……見捨てられなかった。

 

また衝動で動いてしまった。

ひたすら見捨ててきた俺がエゴの為に。

崩れかけ、燃え始めた家に無我夢中で入る。

「君ッ‼︎」

「奥様はッ⁉︎」

「その戸棚に潰されてしまっている‼︎ それをどけて、妻をッ‼︎」

空気が熱い。息が苦しい。

熱で霞む視線で件の戸棚を見る。

「っ、…く……」

「早くっ‼︎ 死にたくないぃっ‼︎」

重い。力が入らない。僅かに動くが、人が抜けられる空間は作れない。

「はァ、…はァ…ッ‼︎」

「む、難しいのか…⁉︎」

「貴方も、…手伝えませんかッ⁉︎」

「すまない…脚が恐らく、折れている。…立ち上がれないんだ」

ゴォオオオッッ‼︎‼︎

「⁉︎」

壁に穴が空き、一際強烈な火が家を燃やす。

時間が、ない。

急がなければ、誰も助けれず、俺も死ぬ。

「…ご主人。先に貴方を助けます」

「な、何をッ⁉︎ 私はいいと」

「いいからッ‼︎ 黙って従って下さいッ‼︎‼︎」

焦りからか。吐き捨てるように声を荒げる。少しでも、奥様を助けたいならば。

最善手は、これの筈だ。

「…精霊よ。我に、力を与え給え…‼︎」

手をかざし、祈る。身体にある魔力を繋ぎ合わせるように。丁寧に、迅速に。

「癒しとなって、汝の身体を救いたまえッ‼︎

アカデミーの学友から熱心に教わった呪文を。

「ベホイミ‼︎」

光り輝く緑の光が男を包む。焼けた肌も赤く腫れた腕や脚も…元に戻る。

どうやら、成功したようだ。

「な、何を…」

「手足が動く筈です。奥様を‼︎」

「…⁉︎、…あ、ぁっ‼︎ 助かったよっ‼︎」

「…あ、貴方……」

熱と重量で衰弱している。急がなければ、助けられない。

「持ち上げますよッ‼︎ せぇーのッ‼︎」

「ぬぅうううッッ‼︎」

2人で戸棚を持ち上げる。腕が震える。歯を食いしばり、踏ん張る。

「あ、…出れそう…‼︎」

「早、く…ッ‼︎」

奥さんを無理矢理引き摺り出す。これで、2人が助かる。

「動けますかッ⁉︎」

「脚が…」

「、…ホイミッ‼︎ 走れますかッ⁉︎」

「く……よ、よろけます…」

立ち上がれたが、フラフラしている。

もう一度、ホイミを掛けるか?

連発は正直しんどい。…だが、無理をさせられる状況ではない。

「、ホイミッ‼︎ さぁ、走ってッ‼︎」

「あ、動ける…ありがとうッ‼︎」

嘆く奥さんを再び癒し、2人に走らせる。

これでいい。

あとは脱出をすれば、2人を助けられるんだ。

 

「っ、げほ…‼︎」

苦しい。短いスパンでの呪文を行使。ベホイミに比べれば、マシなものの、極限状態でやるには負担がデカい。だが、…ギリギリ、まだ間に合うだろう。

「よし、俺も」

ガシャァンッ‼︎‼︎

「、え?」

2人が出た後、遂に戸が崩れ、火の壁が道を遮った。瓦礫も積み重なり、容易には越えられない。

「嘘だろ…ッ⁉︎」

四方も燃え上がり、逃げ場はない。

「き、君ッ‼︎ 早く出るんだッ‼︎」

ご主人の声が聞こえるが。

どうにも出来ない。

燃えるのを覚悟で走り抜ける?

焼け爛れた後に正確に魔法を使える自信も、回復しきれる自信もない。

別の道を探す?

建物が立ち並ぶ区間だ。横に行こうが、後ろに行こうが火は変わらずあるだろう。

「(詰み……いや、……リスクを、承知で飛び抜けるしか…ない……‼︎)」

息が苦しい。

空気が焼けている。

「(…体力がもう、無い。やるしか…‼︎)」

思考がまとまらない。

何だか強烈に眠い。

心を奮い起こし、ぐっ、と足を押し付ける。

力が抜ける。

踏ん張れない。

「(………あれ、何だっけ?)」

がく、と意識が途切れる。

何か、あったはずなのに。出来ることが。

父から習った、剣技に。

 

 

これは、形なきものを斬る最速の剣技。

遠くにいる敵はもちろん、炎や吹雪…果てには呪文をも、斬撃と共に放たれる高速の剣圧で断ち切る事が出来る。

これは、かつての英雄が使ったとされる第二の必殺剣。その名も───。

 

 

「──海波斬」

腰にあった剣を掴み、抜刀の勢いで剣を前へと振るう。

空気が震え、歪む。

剣圧から成る気流は刃へと変わる。

刃は炎に渦のように飲み込まれ、切り裂いた。

──道が開く。

「ぶはぁぁっ‼︎‼︎」

ズドォォンンッッ‼︎‼︎ と、轟音を立てて、建物は崩れ落ちた。

「、…はーーっ、…はーーっ、……し、死ぬかと、…おもった…」

完全に意識が飛んでいた気がした。剣を振い、その勢いで飛び出しただけだ。

「(海波斬……冷静になれば、…それが最適だな……はは、…)」

息が吸いたい。横になりながら、ひたすらに。

「君ィッ‼︎ 大丈夫かッ⁉︎」

「ありがとう、本当にありがとうッ‼︎ 貴方のおかげで…ッ‼︎」

「はは、…無事で良かった、です」

少し、空気を吸ったおかげか。大分、息が楽になった。それでも苦しいし、焼けた肌がじくじくと痛むが。

「さ、君も避難所に。私がおぶっていこう」

「いや、…待ってください。俺は…まだ、行かないと」

「む、無茶よ‼︎ そんなボロボロになってッ‼︎ 何をする気なのッ⁉︎」

「…家族を探さないと」

「待ちなさい。今の君に何が出来るんだ? 無理をすれば死にかねない」

「私も…命の恩人には、死んでほしくないわ」

「だからといって…生きてるかもしれない家族を探すのは、何も間違っていないでしょう…⁉︎」

身体が疲労で震える。ホイミ程度では治っていないであろう傷だってある。

それでも、俺は行きたい。

いるかも分からないが。

…会いに、いきたい。

「あぁ、間違っていない。間違っていないとも。…君の言う事は人として正しいことだ」

撫でるように。昂る気を諭す。

「だが、君が死ねば……願いは無駄になる。君の探す家族も、…助けられた私たちも」

「君の勇気を、無駄にしないでくれ」

本心。

心から俺を想い、引き留めてくれている。

優しさが心に沁みて、痛む。

だが、道は間違っていないと、理解出来た。

「…それでも行かなくちゃいけない」

「ありがとう。でも、…止まれないんだ」

笑みを返す。

死ぬ気はない。

その決意が、より強く光り輝く。

「そう、か。…なら、信じるよ」

「…その眼は、まるで…英雄のようね。…私も貴方を信じるわ」

「…あぁ、最後に。…君、名前は?」

「…アルド・グリフィス」

「そうか。…アルドと、その家族の…無事を祈っているよ」

踵を返し、走り出す。

こんなところで、死んでいられるか。

死んで、たまるか。

 

まだ何者でもない俺が、

それでも、果たさねばならないことがある。

この手で掴みとるしかない。

 

──目指すべき、姿のように。

 

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