人の流れに逆らうように、大通りを飛び出す。
自ら、魔物を討ち取ろうなど考えるな。
俺はまだ、ただの未熟な剣士だ。
英雄になど、なれやしない。
ただ──、家族や友を守りたいだけだ。
「はっ、…はっ、…‼︎」
焼けた空気を浅く吐く。
人の間を駆け抜けて。地面を蹴り出す。
走れ。走れ。
「助けてぇっ‼︎」
「熱い熱い熱いぃぃっ‼︎‼︎ やだぁあっっ‼︎‼︎」
自宅までまだ距離がある。燃える建物を横目にここまで走ってきた。
「誰かぁっ‼︎」
耳に入ってしまった。
咄嗟に、脚が止まってしまった。
「妻を、どうかッ‼︎」
瓦礫で動けない女性。火事に飲まれんとする中、妻を案じる男性。
…まだ、火は家の奥まで回り切っていない。時間の、問題だろうが。
「(…助ける?)」
脳裏によぎる可能性。今から向かえば、助けられるかもしれない。
「(…俺が?)」
ここまで来る間、焼けた家も、倒れた人も、踏み越えてきた。
息のあった命も、あったかもしれない。
──俺は、見捨てたのだ。
まずは家族と。友を先にと。
今回も…先程と変わりはしない。
偶然、聞こえてしまった、見知らぬ夫婦を。
…同じように、見捨てるだけだ。
「そこの剣を持った君‼︎ 私はいいから、妻だけでも‼︎」
男が立ち止まったアルドを見る。微かな…それでも確かな期待を込めた目で。
「…仕方ない、よな」
何の為にここまで来た。
母を。叔父を。友人を。
守る為だけに。
脚は、目的地に向かおうとしていた。
俺は、2人を。
……見捨てられなかった。
また衝動で動いてしまった。
ひたすら見捨ててきた俺がエゴの為に。
崩れかけ、燃え始めた家に無我夢中で入る。
「君ッ‼︎」
「奥様はッ⁉︎」
「その戸棚に潰されてしまっている‼︎ それをどけて、妻をッ‼︎」
空気が熱い。息が苦しい。
熱で霞む視線で件の戸棚を見る。
「っ、…く……」
「早くっ‼︎ 死にたくないぃっ‼︎」
重い。力が入らない。僅かに動くが、人が抜けられる空間は作れない。
「はァ、…はァ…ッ‼︎」
「む、難しいのか…⁉︎」
「貴方も、…手伝えませんかッ⁉︎」
「すまない…脚が恐らく、折れている。…立ち上がれないんだ」
ゴォオオオッッ‼︎‼︎
「⁉︎」
壁に穴が空き、一際強烈な火が家を燃やす。
時間が、ない。
急がなければ、誰も助けれず、俺も死ぬ。
「…ご主人。先に貴方を助けます」
「な、何をッ⁉︎ 私はいいと」
「いいからッ‼︎ 黙って従って下さいッ‼︎‼︎」
焦りからか。吐き捨てるように声を荒げる。少しでも、奥様を助けたいならば。
最善手は、これの筈だ。
「…精霊よ。我に、力を与え給え…‼︎」
手をかざし、祈る。身体にある魔力を繋ぎ合わせるように。丁寧に、迅速に。
「癒しとなって、汝の身体を救いたまえッ‼︎
アカデミーの学友から熱心に教わった呪文を。
「ベホイミ‼︎」
光り輝く緑の光が男を包む。焼けた肌も赤く腫れた腕や脚も…元に戻る。
どうやら、成功したようだ。
「な、何を…」
「手足が動く筈です。奥様を‼︎」
「…⁉︎、…あ、ぁっ‼︎ 助かったよっ‼︎」
「…あ、貴方……」
熱と重量で衰弱している。急がなければ、助けられない。
「持ち上げますよッ‼︎ せぇーのッ‼︎」
「ぬぅうううッッ‼︎」
2人で戸棚を持ち上げる。腕が震える。歯を食いしばり、踏ん張る。
「あ、…出れそう…‼︎」
「早、く…ッ‼︎」
奥さんを無理矢理引き摺り出す。これで、2人が助かる。
「動けますかッ⁉︎」
「脚が…」
「、…ホイミッ‼︎ 走れますかッ⁉︎」
「く……よ、よろけます…」
立ち上がれたが、フラフラしている。
もう一度、ホイミを掛けるか?
連発は正直しんどい。…だが、無理をさせられる状況ではない。
「、ホイミッ‼︎ さぁ、走ってッ‼︎」
「あ、動ける…ありがとうッ‼︎」
嘆く奥さんを再び癒し、2人に走らせる。
これでいい。
あとは脱出をすれば、2人を助けられるんだ。
「っ、げほ…‼︎」
苦しい。短いスパンでの呪文を行使。ベホイミに比べれば、マシなものの、極限状態でやるには負担がデカい。だが、…ギリギリ、まだ間に合うだろう。
「よし、俺も」
ガシャァンッ‼︎‼︎
「、え?」
2人が出た後、遂に戸が崩れ、火の壁が道を遮った。瓦礫も積み重なり、容易には越えられない。
「嘘だろ…ッ⁉︎」
四方も燃え上がり、逃げ場はない。
「き、君ッ‼︎ 早く出るんだッ‼︎」
ご主人の声が聞こえるが。
どうにも出来ない。
燃えるのを覚悟で走り抜ける?
焼け爛れた後に正確に魔法を使える自信も、回復しきれる自信もない。
別の道を探す?
建物が立ち並ぶ区間だ。横に行こうが、後ろに行こうが火は変わらずあるだろう。
「(詰み……いや、……リスクを、承知で飛び抜けるしか…ない……‼︎)」
息が苦しい。
空気が焼けている。
「(…体力がもう、無い。やるしか…‼︎)」
思考がまとまらない。
何だか強烈に眠い。
心を奮い起こし、ぐっ、と足を押し付ける。
力が抜ける。
踏ん張れない。
「(………あれ、何だっけ?)」
がく、と意識が途切れる。
何か、あったはずなのに。出来ることが。
父から習った、剣技に。
これは、形なきものを斬る最速の剣技。
遠くにいる敵はもちろん、炎や吹雪…果てには呪文をも、斬撃と共に放たれる高速の剣圧で断ち切る事が出来る。
これは、かつての英雄が使ったとされる第二の必殺剣。その名も───。
「──海波斬」
腰にあった剣を掴み、抜刀の勢いで剣を前へと振るう。
空気が震え、歪む。
剣圧から成る気流は刃へと変わる。
刃は炎に渦のように飲み込まれ、切り裂いた。
──道が開く。
「ぶはぁぁっ‼︎‼︎」
ズドォォンンッッ‼︎‼︎ と、轟音を立てて、建物は崩れ落ちた。
「、…はーーっ、…はーーっ、……し、死ぬかと、…おもった…」
完全に意識が飛んでいた気がした。剣を振い、その勢いで飛び出しただけだ。
「(海波斬……冷静になれば、…それが最適だな……はは、…)」
息が吸いたい。横になりながら、ひたすらに。
「君ィッ‼︎ 大丈夫かッ⁉︎」
「ありがとう、本当にありがとうッ‼︎ 貴方のおかげで…ッ‼︎」
「はは、…無事で良かった、です」
少し、空気を吸ったおかげか。大分、息が楽になった。それでも苦しいし、焼けた肌がじくじくと痛むが。
「さ、君も避難所に。私がおぶっていこう」
「いや、…待ってください。俺は…まだ、行かないと」
「む、無茶よ‼︎ そんなボロボロになってッ‼︎ 何をする気なのッ⁉︎」
「…家族を探さないと」
「待ちなさい。今の君に何が出来るんだ? 無理をすれば死にかねない」
「私も…命の恩人には、死んでほしくないわ」
「だからといって…生きてるかもしれない家族を探すのは、何も間違っていないでしょう…⁉︎」
身体が疲労で震える。ホイミ程度では治っていないであろう傷だってある。
それでも、俺は行きたい。
いるかも分からないが。
…会いに、いきたい。
「あぁ、間違っていない。間違っていないとも。…君の言う事は人として正しいことだ」
撫でるように。昂る気を諭す。
「だが、君が死ねば……願いは無駄になる。君の探す家族も、…助けられた私たちも」
「君の勇気を、無駄にしないでくれ」
本心。
心から俺を想い、引き留めてくれている。
優しさが心に沁みて、痛む。
だが、道は間違っていないと、理解出来た。
「…それでも行かなくちゃいけない」
「ありがとう。でも、…止まれないんだ」
笑みを返す。
死ぬ気はない。
その決意が、より強く光り輝く。
「そう、か。…なら、信じるよ」
「…その眼は、まるで…英雄のようね。…私も貴方を信じるわ」
「…あぁ、最後に。…君、名前は?」
「…アルド・グリフィス」
「そうか。…アルドと、その家族の…無事を祈っているよ」
踵を返し、走り出す。
こんなところで、死んでいられるか。
死んで、たまるか。
まだ何者でもない俺が、
それでも、果たさねばならないことがある。
この手で掴みとるしかない。
──目指すべき、姿のように。