勇者の冒険譚   作:ソト

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第6話 誕生前夜⑤

人が少なくなってきた。

既に、避難所に逃げたのか。被害に巻き込まれて、死んでいるのか。

分からない。

分からないが。

歩みを止める理由にはならない。

 

「…この辺りか…?」

崩れ去ってはいるものの、見覚えのある景色だ。かつて通った図書館の屋根が、半壊したまま向こうに見える。

「…こっちだ」

足は自然と記憶の道を辿る。──そうだ、ここを曲がれば、すぐ隣に──。

 

「っ、…クソッ‼︎」

目に飛び込んできたのは、潰れきった鍛冶屋だった。かつて叔父が店を構えていた場所。見る影もない。

「母さんッ‼︎ 叔父さんッ‼︎」

土埃にまみれながら、瓦礫の山に飛び込む。崩れた梁をかき分け、板をどかす。手が切れても、構わなかった。

何か、希望が欲しかった。生きていればいい。…もう、ここにいないなら、それでもいい。

「無事で、…無事でいてくれ…‼︎」

胸の奥が軋む。祈るように、瓦礫を次々と投げ捨てていく。 

もし手が触れた瓦礫の下に、冷たくなった誰かがいたら――その想像だけで手が震えそうになる。それでも、止める理由にはならなかった。

「……っ、…」

手が擦りむけ、爪が割れる。

指先がじくじくと痛む。

刻々と時間は過ぎていく。

いつまでも見切りがつけられない。中に人がいるかもしれないと考えながら、誰もいないことを祈っている。

「っ、…くそ…」

泥や血で汚れた指先が痛む。

血が通っていると思えないほど、掌は冷えきっていて。

不安と焦燥で目が滲む。

いくら考えを振り払っても、何も変わらないというのに。

「………誰か」

嗚咽にも似た、声が漏れる。

見覚えのあるガラクタを掴むたびに。

現実が重くのしかかる。

必死でもがいているのに。

何も答えが見つからないのが、怖くて。

納得するまで、諦められなかった。

 

──どれくらいの時間が過ぎたのか。

1時間? 2時間?

30分も経っていないかもしれない。

何度目かの瓦礫を掴み、板を避ける。

そのとき。

 

「……誰か、……いる、のか」

微かに、声が聞こえた。

 

「…え、」

心臓が、跳ねる。

誰かいる。

その事実に目を見開き、目の前の瓦礫を乱暴にどける。

くぐもり、掠れた声と共に影が動く。

「っ、俺だッ‼︎ アルドだッ‼︎」

叫ぶ声が震える。息が詰まりそうだ。

「今…‼︎ 今、助けるからッ‼︎」

痛みも冷たさも何かも忘れて。

無我夢中で瓦礫の山を掘り返す。

「う、…」

「叔父さんッ‼︎」

叔父サイル。瓦礫の中に、彼はいた。崩れた屋根に押し潰され、動けないようだ。

「ア…アルド…?、…どう、して…」

「いい…‼︎ 喋らなくて、いい、…から…ッ‼︎」

傷だらけでボロボロ。1秒でも早く出してやりたいが、無理に瓦礫を避ければ、自らの手で叔父を殺すことになる。

それだけは、絶対に嫌だ。

「…ぐ、…ぅ、…」

手が震える。無理に避けずに周りから少しずつ、慎重に、丁寧に。

避けて。

避けて。

気が遠くなるほど、時間をかけて。

…サイルの周りの瓦礫を取り除いた。

「っ、……が、は…」

痛々しい姿に苦しげな声。

脚や腹が押し潰され、吐血している。

凄惨さに思わず目を背けたくなる、だが。

──お前は、何故ここに来た?

「…精霊よ。我に、力を与え給え…‼︎」

体から魔力を搾り出し、手が緑に光る。

俺は、救うためにここにいる。

「癒しとなって、汝の身体を救いたまえッ‼︎ ベホイミ‼︎」

柔らかな光がサイルを包んでいく。

だが、この程度では足りない。急いで避難所か病院に連れていくしかない。

「叔父さん、立てるか…?」

「……悪い、な。…楽には、…なったが……歩けそうに、…ない…」

意味のない質問だとは分かっていた。脚は未だに治っていない。潰れたままだ。

サイルの返事は、それを改めて、認識するだけだった。

己の無力さが歯痒い。血が滲むほどに唇を噛み締める。

「叔父さん……母さんは? この中にまだ、いるのか…?」

「…げほっ、…あ…安心しろ…、…姉貴、は……今日は、帰らない、…日だ」

「…そ、…そっか…」

安堵が胸を撫でる。

母は魔道部隊の一員だ。

時折泊まり込みで研究をすることもある。

今日は、その日だった。

幸いというべきか。…自宅にはサイルしかいなかったようだ。

「よし、…俺が担いでいく…‼︎」

そうと分かれば、憂いはない。叔父を連れて行って、治療が出来れば、それでいい。

教官からは延々と怒鳴られるかもしれないが、家族の無事と比べれば、些細なことだった。

「叔父さん、もう少し耐えてくれよ…‼︎」

背中に担いで、サイルを持ち上げる。あまり揺らさないように、されど迅速に。

「…ふふ、……あぁ、…デカく、なったなぁ…アルド…」

「いいからっ‼︎ あとで何でも聞くからよ‼︎」

サイルは薄く笑う。身体が冷えている。ぶら下がる脚には、一筋の力も入っていない。

誰がどう見たって、危険な状態だ。

急がなければ。

 

瓦礫の山を慎重に降り、サイルを揺らさぬよう、歩幅を調整して走る。

このあたりは、すでに火が回った形跡こそないが、早い段階で襲撃を受けたのだろう。

民家の多くは潰れ、人影も見えない。人々は避難できたのか、それとも──。

足元の瓦礫を踏みしめるたび、見えない犠牲があったのではと胸がざわつく。

それでも今は、背中の命を救うことが先だ。

祈るような気持ちで、避難所へと走っていく。

「(…早い段階で、襲撃?)」

周りの状況から見て、そう考えるのが自然だろうが。何かが引っかかる。

周囲に積み上がる瓦礫の山。踏みにじられた住民の痕。

……魔物はいない。討たれた亡骸すらも。 

今、王都に侵入している魔物の居場所も、被害の全容も何も分からない。だが、少なくともここでは、魔物は討たれていないということ。

被害はあったのに、魔物が見えない。

「(……近くに、いる?)」

湧き上がった可能性。

急激に体温が下がるのを感じる。

「っ、…‼︎」

通りの奥から、2つほど気配を感じる。

…人の気配ではない。

荒々しく、無造作な、…獣の気配。

「……逃げ場は、ないか」

じんわりと、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

気配は一歩ずつ、こちらへ近づいている気がした。

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