人が少なくなってきた。
既に、避難所に逃げたのか。被害に巻き込まれて、死んでいるのか。
分からない。
分からないが。
歩みを止める理由にはならない。
「…この辺りか…?」
崩れ去ってはいるものの、見覚えのある景色だ。かつて通った図書館の屋根が、半壊したまま向こうに見える。
「…こっちだ」
足は自然と記憶の道を辿る。──そうだ、ここを曲がれば、すぐ隣に──。
「っ、…クソッ‼︎」
目に飛び込んできたのは、潰れきった鍛冶屋だった。かつて叔父が店を構えていた場所。見る影もない。
「母さんッ‼︎ 叔父さんッ‼︎」
土埃にまみれながら、瓦礫の山に飛び込む。崩れた梁をかき分け、板をどかす。手が切れても、構わなかった。
何か、希望が欲しかった。生きていればいい。…もう、ここにいないなら、それでもいい。
「無事で、…無事でいてくれ…‼︎」
胸の奥が軋む。祈るように、瓦礫を次々と投げ捨てていく。
もし手が触れた瓦礫の下に、冷たくなった誰かがいたら――その想像だけで手が震えそうになる。それでも、止める理由にはならなかった。
「……っ、…」
手が擦りむけ、爪が割れる。
指先がじくじくと痛む。
刻々と時間は過ぎていく。
いつまでも見切りがつけられない。中に人がいるかもしれないと考えながら、誰もいないことを祈っている。
「っ、…くそ…」
泥や血で汚れた指先が痛む。
血が通っていると思えないほど、掌は冷えきっていて。
不安と焦燥で目が滲む。
いくら考えを振り払っても、何も変わらないというのに。
「………誰か」
嗚咽にも似た、声が漏れる。
見覚えのあるガラクタを掴むたびに。
現実が重くのしかかる。
必死でもがいているのに。
何も答えが見つからないのが、怖くて。
納得するまで、諦められなかった。
──どれくらいの時間が過ぎたのか。
1時間? 2時間?
30分も経っていないかもしれない。
何度目かの瓦礫を掴み、板を避ける。
そのとき。
「……誰か、……いる、のか」
微かに、声が聞こえた。
「…え、」
心臓が、跳ねる。
誰かいる。
その事実に目を見開き、目の前の瓦礫を乱暴にどける。
くぐもり、掠れた声と共に影が動く。
「っ、俺だッ‼︎ アルドだッ‼︎」
叫ぶ声が震える。息が詰まりそうだ。
「今…‼︎ 今、助けるからッ‼︎」
痛みも冷たさも何かも忘れて。
無我夢中で瓦礫の山を掘り返す。
「う、…」
「叔父さんッ‼︎」
叔父サイル。瓦礫の中に、彼はいた。崩れた屋根に押し潰され、動けないようだ。
「ア…アルド…?、…どう、して…」
「いい…‼︎ 喋らなくて、いい、…から…ッ‼︎」
傷だらけでボロボロ。1秒でも早く出してやりたいが、無理に瓦礫を避ければ、自らの手で叔父を殺すことになる。
それだけは、絶対に嫌だ。
「…ぐ、…ぅ、…」
手が震える。無理に避けずに周りから少しずつ、慎重に、丁寧に。
避けて。
避けて。
気が遠くなるほど、時間をかけて。
…サイルの周りの瓦礫を取り除いた。
「っ、……が、は…」
痛々しい姿に苦しげな声。
脚や腹が押し潰され、吐血している。
凄惨さに思わず目を背けたくなる、だが。
──お前は、何故ここに来た?
「…精霊よ。我に、力を与え給え…‼︎」
体から魔力を搾り出し、手が緑に光る。
俺は、救うためにここにいる。
「癒しとなって、汝の身体を救いたまえッ‼︎ ベホイミ‼︎」
柔らかな光がサイルを包んでいく。
だが、この程度では足りない。急いで避難所か病院に連れていくしかない。
「叔父さん、立てるか…?」
「……悪い、な。…楽には、…なったが……歩けそうに、…ない…」
意味のない質問だとは分かっていた。脚は未だに治っていない。潰れたままだ。
サイルの返事は、それを改めて、認識するだけだった。
己の無力さが歯痒い。血が滲むほどに唇を噛み締める。
「叔父さん……母さんは? この中にまだ、いるのか…?」
「…げほっ、…あ…安心しろ…、…姉貴、は……今日は、帰らない、…日だ」
「…そ、…そっか…」
安堵が胸を撫でる。
母は魔道部隊の一員だ。
時折泊まり込みで研究をすることもある。
今日は、その日だった。
幸いというべきか。…自宅にはサイルしかいなかったようだ。
「よし、…俺が担いでいく…‼︎」
そうと分かれば、憂いはない。叔父を連れて行って、治療が出来れば、それでいい。
教官からは延々と怒鳴られるかもしれないが、家族の無事と比べれば、些細なことだった。
「叔父さん、もう少し耐えてくれよ…‼︎」
背中に担いで、サイルを持ち上げる。あまり揺らさないように、されど迅速に。
「…ふふ、……あぁ、…デカく、なったなぁ…アルド…」
「いいからっ‼︎ あとで何でも聞くからよ‼︎」
サイルは薄く笑う。身体が冷えている。ぶら下がる脚には、一筋の力も入っていない。
誰がどう見たって、危険な状態だ。
急がなければ。
瓦礫の山を慎重に降り、サイルを揺らさぬよう、歩幅を調整して走る。
このあたりは、すでに火が回った形跡こそないが、早い段階で襲撃を受けたのだろう。
民家の多くは潰れ、人影も見えない。人々は避難できたのか、それとも──。
足元の瓦礫を踏みしめるたび、見えない犠牲があったのではと胸がざわつく。
それでも今は、背中の命を救うことが先だ。
祈るような気持ちで、避難所へと走っていく。
「(…早い段階で、襲撃?)」
周りの状況から見て、そう考えるのが自然だろうが。何かが引っかかる。
周囲に積み上がる瓦礫の山。踏みにじられた住民の痕。
……魔物はいない。討たれた亡骸すらも。
今、王都に侵入している魔物の居場所も、被害の全容も何も分からない。だが、少なくともここでは、魔物は討たれていないということ。
被害はあったのに、魔物が見えない。
「(……近くに、いる?)」
湧き上がった可能性。
急激に体温が下がるのを感じる。
「っ、…‼︎」
通りの奥から、2つほど気配を感じる。
…人の気配ではない。
荒々しく、無造作な、…獣の気配。
「……逃げ場は、ないか」
じんわりと、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
気配は一歩ずつ、こちらへ近づいている気がした。