勇者の冒険譚   作:ソト

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第7話 誕生前夜⑥

戦闘は極力避けたいところだが、サイルを抱えて、息を潜めるのは難しいだろう。

万が一、バレた時に、即座に逃げ出すことも応戦することが出来なくなるからだ。大通りである以上、迂回をして遠回りも難しい。

出来るだけ目立たない場所に、自身の上着を引き、サイルを寝かせる。

「ふぅ、…ふぅ、……」

気を失っている。呼吸は浅く、顔色も酷く悪い。長くは、持たない。

「………はーっ、…」

短く、息を吐く。

見えない2匹の魔物の特徴は分からない。先程のリカントと同クラスだと仮定した時に、この被害規模にはなり得ないだろう。

つまり、十中八九、あの2匹以外にも近くに潜伏してる可能性が高い。

「…どんな、魔物だ…?」

物陰に隠れて、息を潜める。ただでさえ、消耗しており、人数不利。奇襲でもなんでも頭数を減らせるなら、そうした方がいい。

「っ、……」

鼓動が早まる。

剣を握る手が震える。

冷や汗が額を伝う。

ずんずんとした足音が徐々に大きくなるのを感じながら、魔物の方向を見つめる。

月明かりによって、それの正体が照らされる。

「…オーク」

猪のような顔に、毛むくじゃらの体。緑の服に長い槍を装備している。コイツらも教本でしか見たことのない未知の魔物だ。

「(槍、か……)」

剣と槍。武器の有効範囲から分かるように真っ向からやり合うには不利な相手だ。

充分に引きつけてから、1撃で沈め、もう1体にも有効打を与えられるのが理想ではあるが…。

怖い。

もし気付かれたら。

もし槍で貫かれたら。

あらゆる可能性が脳裏に駆け巡り、身体を強張らしていく。

「(…考えるな。怯んで、勝ちは拾えない)」

心を研ぎ澄ませ、来る時を待つ。

夜風が吹き、砂埃が舞う。

静寂の中にある足音。

まだ。

まだだ。

ザッ、。

今。

「大地斬ッ‼︎‼︎」

「ガルッ⁉︎」

渾身の一撃は夜気を裂き。足音の主を切り裂いた。

「ガル、…」

首筋を沿うように剣を滑らせる。振り抜いた剣と共に足を出す。

1体は致命傷。もう1体も狼狽えている。

剣を振り抜いた今、出せる手は少ない。

首を狙うには遠い。腕も狙うには厳しい。

確実に弱体化させられ、範囲の広い場所。

ならば、…下腹部‼︎

剣を水平にし、更に踏み込む。

「らァアァッ‼︎‼︎」

手ごたえアリ。だが、追撃するほど、愚かではない。距離をとって、様子を伺う。

「フーッ‼︎ フーッ‼︎」

分かりやすく、キレている。出血も少なくない量も出ているが。

「焦ったか…‼︎」

どちらも有効打ではある。

動きも鈍っているが。

首筋を狙った斬撃は動脈から僅かにズレて。

腹部を狙った斬撃は切り込みが甘かった。

それだけで戦闘不能になる怪我ではないということだった。

「せめて…頭数は減らさせてもらう…‼︎」

体内を巡る魔力を腕に集中させる。

腕から、手から。眩い炎が揺らめく。

「炎の精霊よ…我に力を与え給え…‼︎」

「火球となって、焼き尽くせッ‼︎ メラーッッ‼︎」

腕に絡みつくような炎が塊となり、オークへと放たれる。

狙いは首から血を流すオーク。

「ブォッ⁉︎」

「よく、…燃えるだろ…‼︎」

「ォォオオォオッッ‼︎‼︎ ォオッッ‼︎‼︎」

火球は命中し、毛に引火。たちまちオークは火だるまになっていく。

「あとは、お前だッ‼︎」

地面を蹴って、接近する。

剣対槍。

間合いを取り、接近する前に迎撃する槍使いを倒すには、過剰な警戒は足枷となる。

多少無謀にも前へ出るしか活路は無い。

「ブォオオッッ‼︎」

ヒュンヒュンとしなる槍が眼前を掠める。

「ッッ、‼︎」

咄嗟に上げた剣と槍がカチ合う。

吹っ飛ばされ、後方へと着地する。

「…、クソッ…‼︎」

遠い。これを突破するのか?

何か方法はないか?

「…‼︎」

わざわざ、槍の間合いに付き合わなくても良いはずだ。

剣をかざし、海波斬を放つ型を取る。

──と、考えて、止めた。

炎すら裂く最速の剣技。この間合いを無視して切り裂くには、力も技量も足りていない。

無理に振り抜けば、風穴が空くだけだろう。

まだ、その領域に、俺はいない。

例え、再びメラを放っても、当たらないだろう。もう1体の惨状を見ていて、警戒しないはずが無い。

「……よし」

甘い考えは捨てろ。

俺は、ここを越えるしかないのだ。

「まだまだッ‼︎」

繰り返す。過剰な警戒は足枷になる。

恐怖を殺せ。足を出せ。

活路は前だ。

「ぐっ、…‼︎」

踏み込んだ瞬間に弾かれる。

槍の弾幕に怯み、脚が止められる。

弾いた槍が一拍置いて、即座に眼前に迫る。

合間に挟まれる薙ぎ払う一撃に勢いが削がれる。

「っ、…‼︎」

幾度の後退を余儀なくされる。

槍との交戦は初めてではないが、実戦の経験はない。こうも感覚が狂うのか。

幸いなことに、初手の斬撃が効いている。脚が震えており、これ以上、距離を取られるという心配はなかった。

「はぁぁッッ‼︎‼︎」

幾度目の突貫。

集中しろ。集中。

槍を払え。頭を下げろ。体を捻って槍先をかわせ。

頬を掠める。血が吹き出す。

衣服が裂ける。風で揺らめく。

「っ、‼︎」

剣に手を添え、歯を食い縛る。

しなる槍の軌道を逸らすように剣で受け流す。

「グォォオオッ‼︎」

あと一歩。迫る槍を剣ではたき落とす。

懐まで飛び込んだ俺の足は。

越えられなかった一線を踏み抜き。

「疾風突きッ‼︎」

腕を伸ばし、オークの心臓を突き刺した。

「グゥウ、⁉︎」

苦悶の声を漏らし、血が吹き出す。

「がはっ、⁉︎」

剣を引き抜いた時に激痛が走る。

死に際に放たれた槍が脇腹を掠めた。

「っ、…ごほっ、…‼︎ ごほっ、…‼︎」

オークは追撃することなく、倒れるが、こちらも立っていられなかった。

傷口は焼けるように熱いのに、全身が冷えていく。脂汗が額を伝う。

痛い。

「っぐぅ、…‼︎」

苦痛が頭を支配するが、微かに残った理性で、ホイミを唱え、傷口を癒していく。

「っ、……キツい…」

傷口は塞がった。…が、漏れ出た血と身体に残る痛みは小さくない恐怖をもたらした。

「、…早く、戻「ァアアアアッッ‼︎‼︎」

「⁉︎」

ギリギリで残っていた集中が、警鐘を鳴らす。

飛び上がった時、元いた場所は、振り下ろしで砕ける。

「まだ、生きて…⁉︎」

未だ燃え続けたオークは槍をも失い、つきかけた生命力を振り絞り、俺を殺そうとしてきた。

「グ、…ァア…」

「っ、…‼︎」

体は炭化し、視線も定まらない。消えかけた命と裏腹に燃え上がる炎に躊躇する。

「ァ、…ァ…」

「……悪いな」

このまま、放っておいてもコイツは死ぬだろう。ただ、そうする気にはなれなかった。

「ふッ‼︎」

燃え上がる体を。

命の灯火を。

断ち切るように剣を振るう。

「ァ、…」

今度こそ事切れたオークは呻き声を上げながら、倒れていった。

振り切った剣は血と共に、夜風に揺れる炎を纏っていた。

灼けるような熱が手のひらを刺し、刃が軽くなったような錯覚が走る。

炎はすぐに消えたが、その感覚だけは妙に鮮明に残った。

「はぁ、…」

2体の亡骸を見下ろして、剣を鞘に。

そうして、詰まった息を吐き出した。

「殺される訳には…いかないんだ」

コイツらは生きようとしただけかもしれないが。それは俺も同じこと。

戦場における命の軽さと、重さ。

その両方を、今さら痛感していた。

「ぐ、…」

既に傷は無いはずだが、じくりとした痛みが腹に走る。まだ治療が甘いか。脳の錯覚か。

「……よし、行こ……⁉︎」

一息つき、精神を落ち着かせ、サイルの元へ。その遠くない距離に巨躯の魔物が一体いた。

それは、明らかに人間の存在に気付いている動きだった。

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