勇者の冒険譚   作:ソト

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第8話 誕生前夜⑦

「(いつの間に…⁉︎)」

サイルを抱えて、逃げ切れるか怪しい。無理に走れば、サイルの体力が持たないし、そもそも速度が出せないだろう。追いつかれて終いだ。

「クソッ、…‼︎ もう一度だ…‼︎」

再び、鞘から剣を抜き、構える。

奇襲は出来ない。魔物の特徴も不明。

先程より更に消耗した状況。

ハッキリ言って、最悪だ。

自ら前に出て、サイルの前に立つ。

「ブフゥ……‼︎」

重く湿った吐息と、獣脂の焦げたような匂いが風に乗って鼻を突いた。

それは、荒い息を吐きながら、距離を詰める。

先程のオークよりも更に大きな体。

分厚く青い毛皮。丸太のような筋肉。

立派な牙が、その偉大さを示している。

「、…オーク、…キング……⁉︎」

奴もまた教本で見たことがあった。

その名の通り、オーク族の一種であり、先程倒したオークの2段階上位種という格上も格上の相手である。

立派な体格に巨大な槍。更に知略に優れ、回復呪文を扱うとの記述があった。

先程と同様、この辺りでは見たことのない種であるし、兵団からも充分に危険視された魔物である。

 

「……ははっ、」

乾いた笑いが出る。

疲労とアドレナリンのせいだろう。

頭が馬鹿になっているのを感じている。

最善の選択肢なんて分かりきっているのに。

そんな選択肢を足蹴にして、ここに立つ。

いいや、…これが正しい。

何のために、ここまで来たと思ってる…‼︎

「そこを、どけぇッ‼︎‼︎」

吐き出すように決意を固め、地面を蹴り出す。

要領は同じ。槍を避けて、切る。

オークキングは構え、ごく自然に最初の突きを繰り出した。

巨槍は大気を裂く。

早。死。

「ッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

ガァンッッ‼︎‼︎ 轟音が鼓膜に鳴り響く。

剣をかかげた場所に吸い込まれた槍の威力は先程の比ではない。

数歩分、後方へ弾き飛ばされ、石畳を蹴って、必死に体勢を立て直す。

「……っっ、」

握力を削られる。

ビリビリとした衝撃が腕を伝って肩に響く。

あと数発も喰らえば、剣は手から落ちるだろう。

剣で防げたのだって、奇跡に近い。

落ち着け。

相手は格上。

無闇矢鱈に突っ込めば、撃墜して終わりだ。

どうする?

剣でやり合うのは下策──、

「‼︎」

横に避ける。更に距離を取る。

忘れていた。さっきは負傷していたが故に、同じ間合いだった。

今はオークキングだって、前後左右に動きを詰められるのだ。

「…剣じゃ…死ぬな…」

背筋が凍る。

剣で真っ向勝負──下策なんてもんじゃない。下策も下策。大下策である。

今の技量じゃ、風穴が空くだけの作戦だ。

「…っ、‼︎」

避ける。槍が空を切る。

再び距離を取る。止まれば、穴が空くぞ。

動きながら、考えろ。

何か一杯食わす方法を。

唸る豪槍を退いて避けながら、考える。

残りの余力は少ないが……試す価値はある。

「っ、そこだ、‼︎ メラッ‼︎」

槍を突き出し、避けた瞬間にメラを放つ。

引火すれば、オークも丸焦げにしたのだ。当たれば、絶対に隙が出来る。

「グル、…‼︎」

突き出した槍を即座に引き。

すぱんっ、。

薙ぎ払う槍の風圧で、火球は散っていった。

「……っっ、‼︎」

散った火の粉が頬を掠める。

「ブァッファッファッ‼︎‼︎」

オークキングは槍を回しながら、小馬鹿にするように笑っている。

絶句。この程度では隙ですらない。

ただ、無駄に魔力を減らすだけだった。

「誰か…‼︎」

咄嗟に周りを見渡す。

既に避難が完了している通り。いるのは、嘲笑しているオークキングに近くで気を失っているサイル、オークの亡骸が2つあるだけだった。

「(兵士は…騎士はいないのか…ッ⁉︎)」

先程見たのは、避難誘導をしながら、人の波に呑まれて前線に向かえない兵団の姿。

この通りにくる可能性は低いだろう。

城門から鳴り響く鐘は既に遠く。燃え上がっていた火も耳を裂くような悲鳴も聞こえない。

聞こえるのは、オークキングの笑い声と荒い自身の呼吸だけ。

サイルも胸を僅かに上下するだけで声も出さない。

あまりの劣勢具合に、内心悪態をつく。

「(まずは観察‼︎ ついでに何か足掻く‼︎)」

正直、今の手札で出来ることは思い浮かばない。やれることをやるしかないのだ。

「グルァァッ‼︎」

一頻り笑って満足したのか、再び蹂躙が始まった。

槍の突きは的確で、確実に急所を狙っている。

薙ぎ払いの勢いは瓦礫を巻き上げ、砂埃が立ち上る。

「グル…‼︎」

突きの連打から一拍間を置き。槍の取手の先を掴む。

「?」

「ガアァァッ‼︎‼︎」

「⁉︎」

ある意味本来の槍の使い方。全身全霊の振り下ろしである。

「ぎゃぁああああッッ‼︎‼︎」

横に避けた筈なのに。

振り下ろされた穂先が地面に当たり。

砕け散った。

「…馬鹿力すぎる…‼︎ どうすりゃ、…⁉︎」

地面が割れて、ただでさえギリギリなのに、動きの制限まで掛かってきた。

「……フン、…」

「っ、‼︎ くっ‼︎」

笑みをこぼすオークキングはサイルを気にもかけず、槍を振るい、ひたすらサイルから距離を取らされている状況だ。

オークキングは道の真ん中を陣取り、プレッシャーを放っており、左右は建物に阻まれ、抜ける事を許さない。サイルにも気付いているだろうが、わざわざトドメを刺しにいくよりも俺を殺す方が先だと理解している。もしくは人質の価値を見出したか。

「はぁっ、…はぁっ、…‼︎」

直接的な傷は殆どないのに。

風圧や殺意に精神が異常な速度で摩耗する。

息が上がって、落ち着く暇すらない。

「っ、あ?」

ひたすら飛び退いていたせいだ。

着地した場所に瓦礫がある。

バランスが崩れる。背中から倒れる。

「グフッ」

嫌らしく笑うオークキングは槍を肩に乗せて、思いっきり薙ぎ払った。

───死ぬ。

ドゴォォオンッッ‼︎‼︎

渾身の力で振り抜いた薙ぎ払いは建物を崩し、瓦礫すら吹き飛ばすような勢いだった。

「…がはっ、…はぁっ、…はぁっ、…‼︎」

……生きている。

またもや、咄嗟に振り上げた剣で軌道を逸らす事で生き延びた。

「いってえ……‼︎」

オークキングも渾身だったのか、息を吐いて、動かない。背中を打った激痛に苦しみながら、立ち上がる。

「、ん…?」

背後の瓦礫の山。崩れた建物。

「こんなところまで戻されたのか…?」

瓦礫の山も見覚えがあった。ここはサイルの鍛冶屋である。

「(さっき、躓いた瓦礫は俺が叔父さんを助ける時に放り投げたやつかよ…‼︎)」

過去の軽率さに怒りながら、オークキングを見据える。

「フウ、…フウ、…‼︎」

馬鹿げた力で押され続けているが…、無尽蔵の体力がある訳ではないらしい。

「(その前に、俺の体力が尽きそうだけど…)」

何か突破口は。周りを見て、あるものを見つける。

「…使えるか?」

 

瓦礫から飛び出していて、周りに散らばるコレらを使えば。

ただ、見つけたそれが戦況を変えるかは分からない。

縋る気持ちで、『それ』を掴んだ。

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