堀北鈴音の独白
Aクラスの敗北に終わった全体、少数戦学力総合テスト。
「帰ろう───」
放課後、何も考えられないまま教室から外に出て歩き出す。
突然、思考が途切れ、視界が大きく揺れた。
背中に強烈な痛みを感じると、問答無用で前方へと飛ばされた。
「なに・・・・・・何なの!?」
遅れてようやく、自分が蹴られたのだというとんでもない事実に気が付いた。
振り向くと伊吹さんが侮蔑の視線をこちらへ落としてくる。
「あんたの腑抜けた様子がずっと癪に障るのよ。見てるとこっちまでイライラする。このままずっと腑抜けてるつもりなら迷惑だからあんたとはここまでね。この先金輪際私に関わってこないで、っていうか視界にすら入ってくんな」
「あなたに迷惑なんて一度もかけた覚えはないし、そもそも断つほどの関係なんて最初から持ち合わせていなかったはずよ」
むしろ金欠の彼女を助けるために、身銭と手間と時間を大いに割いた。
感謝されることはあっても非難される覚えはない。
「あっそ。じゃあね。」
蹴って言いたいことを吐き出してすっきりしたのか、伊吹さんは立ち去っていく。
「どうしてこんなことばっかり……」
苦しい。
誰か・・・・・・。
私を助けて・・・・・・。
綾小路くん・・・・・・。
助けて──────。
寮について制服も脱がず真っ先にベッドへ飛び込む。
この場所で何を目指しているのだろうか。
いつか立ち直れるのだろうか。
強い孤独感を感じたまま、何も分からないまま私は眠りにつく。
翌朝、目が覚めても世界は何も変わっていない。
彼はCクラスに移籍してそのまま。
『あと1年。私は、改めてあなたに認めてもらえるクラスメイトになりたい』
『全部協力してなんて言わないから、ずっと傍で私を見守っていて欲しいの───』
届かなかったあの時の言葉が、もし彼に届けられていたら。
どうしてもその事を考えて、どうしようもなく後悔してしまう。
あの時に戻って、私の願いを伝えられたら。
彼がいないという現実を受け入れられない。
無理だ。
今日は一日休もう。
携帯を手に取り学校に連絡をする。
「綾小路くん・・・・・・。」
彼と会って、もう一度話がしたい。
話がしたい。
話がしたい。
話をして彼にずっと見守っててもらいたい。
私はもう、彼がいないとダメなんだろう。
突撃
特別試験が終わった後の土曜日、私は我慢できず朝早くから彼に会いに外に出ることにした。
彼に会って、早く前を向けるようにしなければならない。
「彼とは自然に会った感じにする方がいいわよね」
そう。あくまで入りは自然に。
でないと面倒くさい話をされると思われて避けられかねない。
「でも目立ちすぎると彼に悪いから──」
男子寮からケヤキモールまでの道の途中にあるベンチで待ち伏せることにした。
ちょっと待っていると彼が近づいてくるのが見えた。
「あ、綾小路くん。少し話いいかしら。」
彼を呼ぶと意外にも足を止めてこちらに来てくれた。
まぁ来てくれないと大分困るのだが。
「こんなところでどうしたんだ堀北。まさかオレを待ち伏せてたのか?」
「そうね。否定はしないわ」
「長くなりそうか?」
「──長くなるかもしれない」
「わかった。とりあえずこの後会う予定のヤツに連絡させてくれ」
「ええ勿論」
綾小路くんがスマホを取り出して連絡し終えて隣に座ってくる。
いざこう話せるとなるとどうしても緊張してしまうのだろう。
心臓の鼓動が激しくなるのを感じる。
「今日オレが外に出るかも分からないのによく待ってたな」
「確かにそうね」
確かに言われてみればそうだ。
今日彼が外に出なかったら待ち損になってしまっていた。
「まぁいい。で、オレに何の用だ?まさか移籍の理由なんて聞かないだろうな」
「今更そんなことを聞いたりはしないわ。移籍もあなた自身が決めたものだとわかったし」
自分で言ってて苦しくなる。
口に出して尚、その事実を受け入れることができない。
移籍があなた自身の意思でないで欲しいと思ってしまう。
「とりあえずここで長話もなんだからカラオケで話しましょう。一応内密にしておきたいの」
「ああ。分かった」
そう言って彼と並んで歩き出す。
今となってはこれが移籍など起こっていないなんでもない休日だったらどれだけ良かっただろうと思う。
隣を歩く彼のほうから口を開く。
「最近そっちはどうだ堀北。まだ先は長いが一応は念願のAクラスになれたわけだが」
彼は自分が移籍したところでこちらがなんとも思わないとでも思っているのだろうか。
それとももう立ち直れているとでも思ってくれているのだろうか。
彼の期待を裏切るようで悪いけど私は元々そんな強い人間ではない。
それこそあなたが傍にいたから強くなった気がしていただけ。
「そうね・・最初の最初こそ嬉しかったけれど今は不安と緊張でいまにも押しつぶされそうよ」
「そうなのか」
「ええ」
そう。
あなたがいざいなくなると私は自信もなにも持っていない無能になってしまう。
あなたが──
そんな感じの他愛のない雑談を交わしながらカラオケに向かっていく。
カラオケルームに入って向かい合うように座る。
彼がタッチパネルでドリンクを頼む。
「堀北は何にする」
「じゃあウーロン茶で」
「分かった」
ほどなくしてドリンクが届く。
「で、要件はなんだ」
「あなたに──お願いをしたいの」
「お願い?聞くだけ聞くがオレたちは違うクラスだ。聞けるお願いにも限度がある。」
「ええ。分かっているつもりよ」
彼の口から私たちが違うクラス同士であることが再確認されてしまう。
胸が締め付けられるような感じがする。
だが、それでも。
言わなければ前には進めない。
「──あなたにずっとそばで私を見守っていて欲しいの」
「堀北には悪いがそれはできないお願いだ」
そう言われると急に視界が歪んだ。体が震える。彼に拒絶されたという事実を体が受け入れられないでいる。
「さっきも言ったがオレたちは違うクラス、基本的には敵同士だ。しかも一之瀬ならともかく、リーダー同士が仲良くしているとなるとふとしたときに情報が漏れてしまうのではないか、特別試験で情が入ってしまうのではないか、と可能性は低くとも他のクラスの奴らはそう不安にならざるを得ない。お互いのためにもオレは願いを聞いてやらないべきだと考える」
そんな正論を言われてしまったら反論のしようがない。
私の様子を見て私の心境を察したのか彼が言葉を続ける。
「今お前はオレがいなくなったことで不安になっているかもしれない。だがお前にはクラスの仲間がいる。二年間培った関係がお前を支えてくれる。何も不安になることはない」
そう言って彼は隣に来て私を抱き寄せた。
脳が遅れて彼に包まれていることを理解する。
今この間だけは今さっき拒絶されたことなど忘れて幸せを強く感じられる。
彼の匂いがする。
形容しがたい、とにかくすごい中毒感というか、そういうのがある。
無意識に彼を強く抱きしめてしまった。
もっと彼を感じたいと求めてしまった。
だが無慈悲にもそんな時間は長くは続かず彼はその後
「悪いが人を待たせているからこの辺で失礼する」
と言い出ていってしまった。
それから少しして私もカラオケルームから出て寮への帰路につく。
彼の感触の余韻を自身に残してぼうっとしながら足を進める。
彼の言葉とは逆に私はこれまで以上に彼がいないとダメになってしまったようだ。
自室のドアを開けてベッドにダイブする。
これからについて考える。
どうすればいいだろう。
どうすれば彼に認めてもらえるだろうか、見守っててもらえるだろうか、どうすれば褒めてもらえるだろうか。
彼は私にはクラスの仲間がいると言ってくれた。ということは私がクラスのみんなと協力して優秀な成績を残すことを望んでいる?
そうなら特別試験で優秀な結果を残し続けるしかない。
そうだ。
それしかない。
そう考えながら私は眠りについた。