堀北の重さを全開にしたい話   作:白石*

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没落と邂逅

1

 週明けの月曜日いつもと同じように登校する。

 ホームルームが終わると須藤くんがこちらに嬉しそうな顔で近づいてくる。

 何かいいことでもあったから自慢でもしたいのかしら?

 いえ、彼は私にあまりそういうことを言うタイプでもないわね──

「鈴音!元気になったのか!」

 彼がとても嬉しそうに言う。

「あ、悪りぃ急に。でもほんと良かった。ここ最近死んだような顔ばっかしてたからよ」

「そう・・・そうね。ええ、大丈夫よ。もう前の試験のような無様な真似を晒したりはしないわ。これからはしっかりAクラスのリーダーとしての役割を果たしていくつもりよ」

 そう。

 もうあんな無様を晒すことはできない。

 これ以上彼からの評価を落とすことがあってはならない。

「そりゃ頼もしい限りだ。これからまたよろしく頼むぜ、鈴音」

「ええ」

 そう言って彼は池くんのほうに足を向けて去っていった。

 この先に待ち構えている試験のためにもこれまで以上に優秀な人間になっていかなくてはならない。

 気を引き締めて授業に臨もう。

 

 帰りのホームルームも終わり皆それぞれに散っていく。

 今日は生徒会の仕事もないし、私も帰るとしよう。

 寮への道を進んでいるとふと、あの日から新たに一日学校生活を過ごして変わったことがあることに気づく。

 一つはあの時、彼が移籍した事実を受け入れられず茫然自失としていた時から比べて圧倒的に思考が冴え渡っているということだ。

 何もなかった私に今は明確に目的がただ一つできたから、それだけに向かって全力で突き進んでいることによるものだろう。

 もう一つは私にとって何事もないような平日、一日でも過度なストレスを感じるようになったことだ。

 やはり彼と会ってあの抱きしめられる温もりを知ってしまったのがイケなかったのだろう。

 試験がないことで彼に私を見せつける機会がないことでどうしようもない不安を感じているのに加えて、アレのせいで、人の、彼の温かさに触れていないとイライラしてしまうような。

 そんな薬物依存のような状態に陥ってしまっている。

 少なくとも新たな特別試験が行われるまではこれが解消されることはない。

「何かストレス発散の方法は──」

 そう思い立ち止まってスマホを手に取りストレス解消法を調べてみる。

「軽い運動、深呼吸、入浴、趣味への没頭・・・」

 運動、そういえばどこかで彼がジムに通っていると聞いた気がする。

 運動自体は嫌いではないし、ストレス発散だけでなく、身体能力の向上にもつなげることができる。

 そしてあわよくば彼とたくさん会えるかもしれない。

「これは通うしかないわね」

 思い立ったが吉日。

 一旦帰ったらすぐに入会しに行こう。

2

 ジムの前、これから入会しに行く。

「もしかしたら今彼がいるかもしれないのよね」

 期待と緊張を感じつつ中に入る。

「こんにちは〜」

 受付の人の言葉を軽く会釈だけして聞き流して器具が置いてある方を見渡す。

 彼は綾小路くんは今いるだろうか。

 彼は──

「あ、」

 いた。

 綾小路くん、アヤノ──

 こちらの向ける視線に気づいてくれたのかこちらを見て近づいてくる。

「堀北。ジムに通おうとしてるのか?」

「ええ。最近運動不足気味だと思って」

「そうか。良かったら入会してみるといい。オレとしても堀北が入会してくれた方が話し相手も増えて嬉しいからな」

「そう、なら良かったわ」

 そんなことを言われたら嬉し過ぎてどうにかなってしまいそうになる。

 そんな私を横目に彼は後ろ手に手を振ってトレーニングに戻っていく。

「ご入会希望の方ですか?」

 会話を聞いていたのかそう尋ねてくる。

「はい、そうです」

「でしたら────────

 

「ありがとうございます」

 手続きを終え無事入会できた。

 これで彼と会える機会も増える。

「さて、どうしようかしら」

 昔から日々の運動は欠かしていなかったがジムとなると器具についての知識なども乏しい。

 何から手をつけるべきかもよくわからない。

「ここは一度トレーナーの方にでも──」

 いや、違う。

 こうだ。

 こうすればいいではないか。

「綾小路くん。いいかしら」

 トレーニング中の彼のもとに行って話しかける。

 やっぱり制服を着ていると分かりづらい彼のカラダ、筋肉が今は目立っていてすごく魅力を感じる。

「どうした堀北。何か用か」

 彼と久しぶりに話をできていると言うことにどうしようもなく喜びを感じる。

「私ジムについてあまり詳しく知らなくて。よければ案内してくれないかしら」

「そうなのか。別に構わないが」

「じゃあお願いするわ」

「そうだな、まずは────

 

「大体こんな感じだ。分かったか?」

「ええ。ありがとう」

「じゃあオレはこの辺で帰るとする。堀北も頑張れよ」

 彼がジムから出ていってしまった。

 でも運動中だったこともあってから彼の成分というかなんというかそういうのは摂取できたからまた多少は持つわね。

もう少しだけ運動して帰るとしよう。

 ある日ジムに行ってトレーニングしている彼を見つけた。

 だが、隣にはあの一之瀬さんがいて彼と楽しそうに話しながらトレーニングしている。

 胸の中にドス黒い感情が湧き上がってくる。彼を取られたような気分になる。いや、実際もう彼女に彼は取られてしまっていると言っても過言では無い。あの移籍の理由を問いただしに行った時もDクラスである彼女はまるで仲間のように話し合いに同席していたし、前の試験でも一之瀬さんに綾小路くんが助言したとされている。

 喪失感と嫉妬と悲しみと不安と色々とが入り混じっている。

 とにかくここにいてはいけない──

 逃げるようにジムを出て、この感情をどうにかするため柄にもなくカラオケに行く。そこでできる限り感情を歌に乗せて吐き出す。

 喉が枯れてきたところで会計を済ませてカラオケを後にして、少し冷静になった頭でまずは落ち着くべきかと寮に戻って自習を始める。

 学力を高めておくこともこれから綾小路くんに褒めてもらうための大事なプロセスだ。彼に褒めてもらうためには──

あの坂柳さんくらいには学力を上げないと、話にならない気がする。もっと頑張らないと、もっと─────

 

「いたっ」

 頭が机にぶつかって目が覚める。

気づけば深夜の3時になっていた。流石に明日も学校があるし、これ以上は非効率極まりない学習になってしまう。

 今日はもう、すぐ寝よう。

 

 綾小路くんがこちらに向かって歩いてくる。

 すれ違うだけというのも嫌だし何か話をしよう。

 まだ褒められるだけのこともできていないし、何気ない雑談になるかしら。どさくさに紛れて彼と自然にスキンシップできたら最高ね。あとは───

「◼️◼️か。どうだ。これから一緒にジムにでも行かないか?」

少し遠い場所から彼が話す。

そんなの予定があったとしても断る理由なんてない。

「ええ。是非───」

「はい、喜んで。今日も綾小路くんと一緒に過ごせるなんて、私は幸運だなぁ」

 後ろから一之瀬さんが小走りで私を通り過ぎて彼のもとに向かっていく。

 二人が並んで一緒に私に背を向けて遠ざかっていく。そこで彼が見ていたのが私ではなく彼女だと気づく。

「っ────」

 あの女はなんなのだろう。なぜ私よりも彼と距離が近いのだろう。

 あんなのが、二年間、同じクラスで、一、二番目にはずっそばにいた、私より。

 2回連続であんなのを目の前で見させられたらもう我慢のしようがない。綾小路くんをこちらに引き戻さなくては。こっちを見てもらわなければ。

「綾小路クン───」

 そう思って彼の背中に伸ばした両の腕は空を切り、目の前の彼は忽然と消えていた。

 辺りを見渡すと外ではなく、ただの自室だった。

 本当に悪い夢だ。見てないだけであんなやりとりが実は行われてるのではないかと思うと不安になってしょうがない。

 不安で不安で不安で不安で───

3

 あれからジムにまぁまぁ通っているものの一之瀬さんのせいで一回も彼と話せていない。

 おかげで日が経つごとに運動で解消しきれていないストレスと彼が一之瀬さんばかり見て私を見てくれなくなるんじゃないかという不安が大きくなってしまっている。

 その解消のために特別試験があると嬉しいのだけど、と思っていたら五月下旬頃にあったはあったのだが生活態度を見る特別試験だった。

 この特別試験では生活態度ということもあって試験内容に気づけるか以外、特に何か策を弄するような試験ではなかった。

 当然のごとく他のクラスも気づいていたようで、最終的に一之瀬さんのクラスが一位、私と龍園くんのクラスが2位、発表当日二人の欠席者を出してしまったとされる綾小路くんのクラスが最下位となった。

 彼でもクラス全員の体調不良など完璧に管理するのは流石に無理というものなのね。

 放課後、自室でベッドの上に寝転がる。

 今回の特別試験が今日終わってしまったということは、次の特別試験は順当にいけば無人島試験になるのかしら。

 ということは少なくとも一ヶ月くらいは彼に評価してもらえるチャンスが訪れないということ。

 学校ではこのストレスと不安を表に出さないようにしているけれど櫛田さんにも最近

「なんか今日も一段とブスだねあんた」

 なんて頻繁に言われるくらいには顔に出てしまっているのだろう。

 今日も深夜まで勉強をする。いくら勉強をしても目に見えて結果を出せない、試験がしばらくない現状がどうにももどかしい。

 もはやいつも通りに机に頭をぶつけて目覚めると、ノートの上に大量の髪の毛が落ちていた。

 勉強中集中しすぎて気づかなかったらしいが、頭を掻きむしっていたのだろうか。頭が少しヒリヒリする。

「そろそろ彼に触れないと───」

 成分が足りなくておかしくなってしまいそう。

 明日にでもすぐ実行しよう。

 

 次の日休憩の度に教室の外に出ては彼と接触できるタイミングを探す。

 在校中はそのタイミングはなかったが、放課後寮に帰る途中の綾小路くんに隙を見つける。

 気づけば後ろから強く抱きしめてしまっていた。

「いい匂い──」

 漏れるような小さな声が出る。

「堀北か。急に抱きついてくるなんてどうしたんだ」

「急に抱きつくなんて驚くわよね。ごめんなさい。でも、今はしばらくこのままでいさせてくれないかしら」

「まぁいいが・・・」

快く快諾してくれたので思う存分堪能する。

「ス──────────────────」

久しぶりに取り込むと前感じた時より強い快感を感じる。

「そろそろ話していいか堀北」

「あっごめんなさい。いいわよ」

「急に抱きついた理由を教えてくれないか」

「ごめんなさい。最近色々考えることが多くて・・・疲れてしまったのよ」

「そうか、疲れてたのか。今回はいいが、今度は場所とかよく考えてくれ。こんなところを誰かに見られでもしたらお前に悪影響しかない」

 不満はあるが、正論だし、納得するしかない。

「場所を考えればいいのね?」

「正直あまりやらないでほしいが・・・仕方がない。今、俺が付き合ってやるからそれでしばらく我慢してくれ。いいな?」

 付き合って・・・くれる。あっちの意味でどうしても捉えたくなるがここは流石に違うと分かる。だがそれはそれとして期待に胸が躍って二つ返事をしてしまう。

「ええ。分かったわ」

 そういうと彼があの時よりも強く抱きしめてくれる。

 彼の感触と、匂いと、想いを感じて幸せがオーバーフローしてしまう。

 足は崩れ、アソコは疼き、濡れてしまう。

 しばらく抱きしめ続けてくれた後、離される。

「前も言ったがお前にはクラスの仲間がいる。それを忘れるな」

 そう言い残し、彼は帰って行った。彼が見えなくなった後、私はその場にへたり込んでしまった。

 あれ以上の幸福がこの世に存在するのだろうか?そう思えるほどのものだった。

しばらくそのままでいるわけにもいかないので、頑張って立ち上がって一歩ずつ寮に向かって踏み出していく。

 

「こんにちは、堀北さん」

 

後ろから、一之瀬さんが来た。

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